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二十六杯目

 ……微睡みの中誰かがオレを呼ぶ声が聞こえる。男の声、聞いたことはある。鼓膜を震わすだけで、心が幸せになる声。

 ……ああもう、うるさい。オレは寝ていたいんだ。夢と現の間にいるくらいの時が、一番気持ちがよくて起きるのが困難だっていうのに。

 きっとおにちくさんの所業。オレは悪くない。寝させてくれない現実が悪いのだ。ともあれ、オレは寝る。惰眠を貪るのだ。ふははははは……はぁ。

 なにがあったのか分からないけど、身体の倦怠感がマッハでヤバス。賢者タイムなう。冗談だ。たぶんね。そうであったら良いな的な希望的観測がオレを渦巻くのだがしかし。

 思考が上手く纏まらないのもきっと倦怠感のせい。瞼を開けることすら面倒というかなんというか。


 近くで幼い女の子の声と男の声が言い争うのが聞こえる。というか、リリムと孝だ。そうか、さっきの声は孝か。なんですぐに思いつかなかったんだろうね。ここはオレの部屋、ベッドの上だ。ようやく感覚が起きあがってきた。

 どうやら孝とリリムはなにがしかを言い争っているらしい。らしい、というのはまだ連中がなにを言っているのか聞き取れないためだ。ただ、その剣幕から言い争っていると類推したまでだ。

 ……身体が鈍い。でも起きないと。このまま眠っていると自分がなにか別のものに塗り変えられるような、そんな気がして。


 動け~~ここで動かないでなにがゲフンゲフンだ~~動いてくれ~~


 オレの祈りが届いたのか、それともただ努力が実ったのか、やたら重い身体はどうにか右手を衝立にすることで上半身だけ起こすことができた。


「な……なにがあったのか、説明求む、てか教えれ」

「「千里!?」」

「はいは~い……みんなのアイドル千里だよ~……気持ちが悪いね、仕方がない……おぇっぷす」


 おうふ、オレが声を上げると二人の首がぐるんとこちらを向いた。その動きがあまりにも俊敏で微妙に怖い。

 二人の表情は、心配やら後悔やら不安やら、なにがあったのか知らないけどやたら負の感情で埋め尽くされていた。


「せ、千里? 身体は大丈夫か……? その、お腹が減ってたりしないか?」

「なぜ身体の調子を聞いた後にお腹が減ってるのか確認するのかワケワカメ。だがあえて答えるとしたら身体は全力でダルいし、お腹は未だかつてないほど減ってるのら」


 孝はオレの答えを聞いて、まさしく顔色を変えた。不安そうな、から焦ったようなにジョブチェンジ。オレの答えのどこにそんな要素があったし。


「……ふむ、ならば別のことは感じないのかえ? 身体がムラムラしたり、うずうずしたりとかじゃ」

「なぜエロ方面に特化したのかオレにわかるように説明よろ」

「お主が暴走して孝の貞操がマッハでピンチじゃ」

「把握。よしちょっと死んでくる」


 今こそ肉体の頸木を越えて、新たな世界へ踏み出すとき。

 立ち上がりは好調、さぁ窓辺に立ってアイキャントフライでセーブポイントに戻ろうか。


「ちょっと待てぇ!? ってか、ダルくて立てないんじゃなかったのかよ!?」

「孝、どいて。オレが死ねない」

「どかねぇよ!?」


 なんと孝がオレの進路方向へ立ちふさがった。きっとオレたちは戦い合う運命だったのだろう。その憂いを帯びた目を見れば分かる。もはやオレたちに言葉は不要。ならば、実力にて存分に語り合おうではないか。

 

 信ヶ原千里、推して参る!! 


 がっ!! 言うまでもないがこれはオレが蹴躓いた音だ。けしてぬるぽじゃない。

 地面が近づいてくるぜ。


「おっぷす」

「危なっ、と。はぁ、まだ本調子じゃないんだから暴れるなよ」


 ……孝の胸に収まるとかオレヒロイン過ぎワロタ。

 上を見上げると、やたら優しそうな目で見てくる孝が真正面に。間近に。あれ、こいつこんなに体つきよかったけか。ていうか胸板広いな。オレと同じくらいならもう一人くらいいけるんじゃないか? ……気分悪いな。たかしはオレのものなのに、べつの女が入るとかゆるせるわけが……せいっ!


 なにか危険信号的なものが発信されたので、胸板を押して強引に脱出をはかってみた。

 そーですね。非力なオレの腕力じゃ、本気で押しても数歩後ろに下がるだけでよね、そーですか。


「っと、いきなりどうした?」


 怪訝な顔で孝が問いただしてきた。

 それを受け、あえてオレは仁王立ちのドヤ顔で言ってやった。


「ヤンデレ千里が爆誕するがよろしいか?」

「ナイス判断だ千里」


 褒められちった、テヘッ。

 ちなみにリリムはずっと我関せずだ。座椅子にふんぞり返って座りつつ、暇そうにこちらを見ては時々ニマニマしている。うん、いつか謀ったな!? と言わせてやろうと誓いますた。


「さて、小芝居は終わったかの? ならばそろそろ本題に入りたいのじゃが」

「なんか嫌な予感がするので却下の方向で」

「んむ、それなら仕方が……なくないのじゃ!? お主、事態の重要性を理解しておらぬのであろう!?」

「甘いな。理解した上での却下だ」

「甘いとか、そういう問題じゃないのじゃ!」

「……千里、今回は真面目に聞きなさい」


 えー。


「話を聞こう。君にとってはオレのことだが、私にとってはおれの出来事だ」

「……妾は娘のテンションについていけないのじゃ」

「大丈夫だ、俺もテンションが高い千里についていくのは至難だ」


 なにかすごく失礼なことを言われてる気がするよ。仕方がないね。

 ベッドに舞い戻ると、隣をぽんぽんと叩いて見せて孝を呼び寄せた。


「……俺に座れと」

「座らないと、全力で心が未完成なオレが光臨」

「正体不明のshouタイムか」

「お主たちはなにを言っておるのじゃ……」


 ふむん、ロリ神様ともあろうものが日本のサブカルチャーに通じていないらしい。これは甚だ遺憾である。これから時間が許す限りアニメの良さを叩き込んであげようと思う。

 なんにせよ、孝は渋々とオレの隣に座った。とても良い匂いである。美味しそうと変換しても間違いじゃないな。

 ……あれ、これってもしかしなくても自分で自分の首を絞めたんじゃね。淫魔的な意味で。

 ……て、手を握るくらいならいいよね。

 孝の突いた手にオレの手をそっと重ねた。ぎょっとした目で見られたけど、気づかない振りでやり過ごす。


「で、じゃ。お主はどうしたい?」

「どうしたいってどういう意味さ。もっとオレにも分かりやすく、日本語でプリーズ」


 リリムも話の飛びっぷりを自覚していたのか、こほんと小さく咳払いをした。


「お主が寝ている間、妾が必要最低限の精気を分けておいた。じゃが、それもすぐに尽きてお主は再びそこの者を襲うだけのメスに成り下がるじゃろう」


 ですよねー。寝て起きたら回復なんて都合の良いものじゃないですよね。たぶん、次も孝の意志を無視して己の欲を満たそうとするんだろうな。

 無理矢理襲って、愛されてると錯覚して、孝の所有権を主張して、知能を持たない動物のように。それは、なんか、イヤだな……

 自分のやろうとしていたことを思い出して、泣きそうな気持ちになった。こんなオレがどうして孝のそばにいられるのだろうか。重ねた手がすごく惨めに思えて、そっと離そうとした。

 すると反対に、孝の方から逃げようとするオレの手を捕まえてきた。強く、離れないように。孝の顔は見えないけど、恥ずかしくなって俯いた。手から伝わる温もりが嬉しくて、逡巡した後ぎゅっと手を握り返した。

 


「お主には二つの選択肢がある。妾から精気を貰うか、孝から精気を奪うかじゃ」


 びびくぅっ!? きっと孝とオレの反応を正しく擬音で表現しようと思えばこうなるはずだ。

 そう言えばリリムが話し途中でしたね。


「そ、そうだな、うん」

「せ、千里はどうしたいんだ?」

「お、オレはカレーが食べたいな」

「か、カレーなら作っておいたぞ。千里が起きたらすぐに食べさせようと思ってな」

「孝、愛してる」


 ガバーッと抱きついてみた。


「な、な、なぁ!?」


 おうおう、混乱しておる。こんなに顔を真っ赤にしちゃって、可愛いなぁもぅ……このまま唇奪っちゃ──


「去れ去れ去れ去れ煩悩退散!!」


 ふぅ、危ない危ない。咄嗟に孝から飛び退かなくちゃどうなっていたか。今も手は繋いでるんですけどね。なんか、安心するし。飛び退いたと言っても、抱きつくのやめただけだし。

 孝の顔はまだ赤いけど。


「お主ら、絶対遊んでおるじゃろ……」


 うわーロリ神様がお怒りじゃー。ジト目でこっちをみてくるぞー。呆れた視線が飛んでくるー。逃げろー。


「で、どうするんじゃ。妾か、小僧か!」


 答えを急かすリリムを見て、昨日の彼女の言葉を思い出した。

 孝はオレと交わるときっと後悔するって。

 うん、オレもそう思う。孝はオレが精気とやらを吸収するために、孝とせ、せ、SEXしたら、その、一生それを背負い続けると思う。

 頑なに、オレ以外を見ないようにすると思う。それは奇しくも暴走状態の欲望だだ漏れのオレと同じ願いだ。

 ……けど、きっとそれは違う。こんな風に、変な体質になったことを笠に着て、孝を縛るのは本意じゃない。愛がないのはつまらない。対等じゃないと、いけないんだ。依存だとか、それでもいいって本心が言っていても、理性でそれを止めないといけない。

 オレは顔をいまだ赤くしたまま固まる孝をチラと見上げた。そして、困惑していてもオレの手を離すまいと握っている手も。

 あれはもう一つの人格とかじゃない。まさしくあれもオレなんだ。欲望だだ漏れでも、あれもオレが望むこと。こんなことで知りたくなかったけどね。


 もう一度孝を見上げて、リリムを見た。

 リリムはオレの答えを待っている。それと同時に警戒をしているようにも見える。きっと、オレがいつ暴走するか分からないからだ。

 難儀な体質に変えてくれたもんだと微苦笑して、キュッと握った手に力を込めた。


 結論はでている。


 最初からやることは決まっているのだ。

 

「──千里」


 雰囲気が変わったのを察してか、リリムがオレに呼びかけた。ああ、分かってる。リリムの言いたいことは分かってるさ。

 

 オレは、声を高らかにあげて宣言した。



「そんなことよりカレー食おうぜ!!」


 

 


新しく小説投稿したw

無謀なら無謀と言うがいいさ。

題名は「ボクが僕であるために」です。

もし暇であれば、読んで頂けると嬉しいです。

安定のTSものですのでw

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