二十四杯目
繋ぎー
「信ヶ原さん、スリッパ回収しといたよ」
「入れっぱなしにすると危ない」
「先輩方、地味なイジメ好きだからねぇ」
「……というか、直接的なイジメが出来ないだけ」
「要するにヘタレの集まりってことだ」
「自分らのやれる範囲で同学年の連中のイメージアップ中」
「片っ端からメールしとけ」
「男子陣は元々燻ってたから余裕」
「女子陣は、まだちょいと時間かかるかな」
教室に入ったらクラスメイトがオレのスリッパ片手にやってきた。そして矢継ぎ早になにがしかを報告される。たぶん、オレのイジメについてだけど……好意的すぎやしませんか。
クラスメイトの半分くらいが教室に入った所で押し寄せてきたから、ちょっと怖くなって孝の後ろに隠れた。教室に入る前におんぶを解除したのは正しかったようだ。
……隠れはしたが、出されたスリッパだけは一言お礼を言って回収しといた。裸足ってなんか嫌だし。
孝は孝で突然の出来事に対応しきれていないようだ。軟弱者め。
「はいはい、信ヶ原がなにごとかと怯えてるじゃない。とりあえず中に入れてあげなさいよ」
その声は、安西さん! あなたは椅子に座ったままなんですね!
その言葉によって、なんとか人の輪を脱することが出来た。そして中でおろおろしていた絵里ちゃんを発見。あいさつは、するべきだよね。
「おはよう、濱屋さんカレー」
「それ挨拶じゃないよ!? っていうか私のカレーを欲しがってるだけだよね!?」
すぴーくもあ。
「おはようカレー」
「私の部分がなくなった!?」
間違えちゃった。
「あ痛っ」
「ちゃんと挨拶しなさい」
「むぅ、頭を叩くとはおーぼーだ。即刻慰謝りょごめんなさい。濱屋さん、おはよー」
決しておもむろに右の拳を握られたから謝ったとか無い。オレは反省できる良い子。ちゃんと挨拶できる良い子だから拳をグーパーするのは止めて。
「おはよう千里ちゃん。朝からすごく疲れたよ……あと、名前……」
聞こえない。
フリをしていると、孝が肩をぐりんぐりんと回し始めた。
「……おはよう、え、ええ絵里ちゃん」
「あっ、うん! 千里ちゃん!」
ぱぁーっと花を咲かせたような笑顔。名前を呼ぶだけで、なんとも幸せそうな。
決して脅しに屈した訳じゃないのであしからず。顔も青くなんてなってりゃしない。
うー、孝が昨日よりなんかキツい。
「そんなことより! うちのクラスの連中が、なんかあんたに話したいみたいだから聞いてやりなさいよ」
おおふ、いつの間にか再び大量の制服男女に囲まれていた。その顔は一様に良い仕事したぜ、と言わんばかりのドヤ顔だった。全力で逃げ出したい。
安西さんは、相も変わらず地味に遠いところで高みの見物だ。孝をここに置いてくからオレもそこに行きたいんだけどどうかな。
ダメですね、分かります。
それにしてもなんなのだろうかこの沈黙は。たぶん、イジメについてなんだろうけど出来るなら早く話して欲しいと思うのは、ちょいとワガママかな。孝も我関せずと傍観者気取っていて今は頼りにならないし、絵里ちゃんはただおろおろしているし。
はぁ、メンドい。
囲んだ連中を見据えると、お前行けよとなにかを押しつけあっていた。嘆息して、オレからお礼を言うことにした。
もしかしなくても、色々と動いてくれてるようだし。いちおー言葉だけでもお礼をば。
「ぇっと、まずはありがとう、かな。どうもオレの為なんかに、一年生の間で手回しをしてくれてるようだし……だよね?」
オレが口火を切ると、俺が私がと身を乗り出すように自己主張を始めるクラスメイトたち。
赤ら顔を見ると、どうにもオレの顔は全属性対応の効果は抜群のようだ。女子にも効くとか、淫魔フェイスは伊達じゃない。
伊達であって欲しかった。
「お、おう!」
「ま、まぁちょっと大変だったけどぉ?」
「私達にかかれば、この程度ねぇ?」
「すぐになくしてやるからな!」
「一年生だけなら、大丈夫!」
「俺達が目を光らせておくからな」
「下級生をイジメるような先輩なんて誰が敬うかよ!」
「安心して!」
なにがどうしたら、こうも好感度が上がっているのか。嬉しいけど、理由がわからないからちょっと怖い。
動機無き善意は信用できない。
それに、ずっとこの子……いや、オレがイジメられるのを看過してたんだよね。今更というか……ま、どうでもいいけど。
「ぁだっ! な、なん……!」
頭に軽い衝撃が加えられた。埒外の出来事だったので、狼狽しつつ殴られた方を向くと、孝が呆れたような目でオレを見ていた。
な、なんだよ。オレが何かしたのか? そう、眼差しできくと、これ見よがしにため息をつかれた。
ヒドい奴だ。
「余計こと考えるなよ。素直に礼を言っとけ」
「……さっき言った」
「意味が違う」
「……よくわかんない」
……孝の言うことは時々意味が不明だ。お礼に種類も何もないと思うんだけど。
ただ、まぁ、でも……ぶぅ。やっぱりなんか納得いかない。確かに昨日、オレがイジメの原因は誤解だ間違いだと言ったけど、この変わり身の早さはちょっと違う気がする。
また先輩方、たぶんイジメの主犯格に変な噂を吹聴されたらどうせ向こうに傾くんだ。たぶん。
確証は無いけど、孝以外はどうせ信用できない。
「ふん、結局あんたは信用できないと言いたいのね。ま、そうよね。今の今まであたし達はイジメに荷担してたわけだし」
「安西……」
「あら、どうかしたのかしら飼い主さん。あなたのペットは人の好意も受け取れないそうよ」
安西さんが遠くでオレを嘲笑っていた。
孝がそれに反応するが、すぐに苦虫を噛み潰したような顔になる。下手に言い返すと、不利にしかならないと判断したんだろう。
オレは別にペット扱いでも構わないけど。似たようなもんだし。
「とか言いながら、一番頑張ってたのは安西だよな」
「そうよね。片っ端から走り回ってたのは安西さんよ」
「なんか。あたしのせいだからって」
「昨日から今日までの活躍の半分くらいは安西なんだよね」
「その癖、悪役になりたがるんだから」
囲んでいた男女が全員やれやれと肩を竦めた。
「う、うっさいわね! そんなワケないじゃない! どうしてあたしがこいつなんかの為になにかしてあげないといけないのよ!」
「「「「「はいはいツンデレツンデレ」」」」」
「こんな所で団結力見せるんじゃないわよ!」
……はぁ、変に肩肘張ってるオレがバカみたい。
信用もなにも、頑張ってくれたのは事実みたいだしそれについてお礼は言った。けど、たぶんこれからについて。
からかうクラスメイトに、顔を真っ赤にして否定する安西さん、おどおどしつつもしっかりオレを見ている絵里ちゃん、やたら優しい眼で見てくる孝、信用とか、信頼とか、難しく考えるだけこの面子には無駄みたい。
大体、歩み寄ったのは昨日が初めてだっての。
たぶんね。
「つまるところ、みんなが守ってくれる、でおけー?」
間違えてたら、自意識過剰乙。違うと信じたい。
おずおずと、上目づかいのような形になってしまった。
それを聞いてオレを囲んでいたクラスメイトが、ニンと笑みを浮かべた。
「「「「「 おけー!! 」」」」」
大きな波が来たんじゃないかと勘違いするほど、ザッと音を立てて中心に向かって、オレに向けてサムズアップをする。絵里ちゃんも、円の中にいるけどオレに向かって笑顔で、孝も他に漏れず。安西さんは相変わらずぶすっとしたまま。だけど、ちっちゃく指を立てていた。
……情緒不安定なうなオレには些かキツい光景である。オレの涙腺がマッハでヤバい的な意味で。
男の時だって、こんなにみんなが味方してくれたことなんてなかったのに、これが美少女パゥワーってやつか。
……やけに、人を信用できなくなってる件。そりゃ、前から人間不信気味ではあったけど、こうまでされないと人を信用できないのは割と末期な気がする。気のせいだと信じたい。
例に漏れず、高貴な血とかいうワケワカメなものせいだと思われだけど。これ以上中二病な設定を増やすなし。オレは孤独だ、一人だ、誰も信用できないとか今時流行らないんだよちくしょー。暗い過去なんてかっこわらで済ませろし。
うん、余計なこと考えてないとそろそろヤバい。
……おい、孝。オレの頭に手を乗っけるな、頭を撫でるな、やめろバカ泣くぞこのやろー。
……仕方がないね。その胸をちょっと貸して。
「……とどめをさしたのはおまえだからな……ばか……」
とん、と頭を押しつけた。孝の手が宙をさまよった後に、頭を後ろから押さえつけてくれるのがむずがゆくて、でも暖かくて、その温もりを享受させて貰おうと、自分からさらに強く押しつけた。
また依存度が上がってるな、と頭の片隅で思いながら。
「……なんか私たちいらない子」
「言わないで、悲しくなる」
安西さんのポジションはツンデレ
絵里ちゃんは……なんだろ




