二十二杯目
「いざ寝ようと思ったら、ベッドが一つしかない事実に全オレが絶望」
「妾もお主も小さいから問題はないじゃろ」
「貞操の危機を味わわせた淫魔となぜ寝ねばならぬのか」
「淫魔淫魔言うでないわ!」
だって淫魔だし。
濡れた髪の毛をリリムに乾かしてもらって、牛乳を飲んだ後。さぁ寝ようと思った矢先の出来事である。問題はベッドが一つしかないこと。正直、この淫魔は床にでも寝せてしまえばいいのではと思うのだが、見た目が幼女なだけノミほどの良心が痛む。
座椅子を揺らしていると、簡単なことを思いついた。対称に座るリリムに提案する。
「わかった。オレが座椅子を並べてタオルケットで寝よう」
「妾はある程度の物ならなんでも作り出すことができるのじゃ」
そういえばそうだった。
「なら早よ出せし」
「しかし信仰で手に入る神力が切れたので出せないのじゃ」
「……ベンチ」
「あれが最後の神力だったのじゃ!」
都合が良すぎてその笑顔が邪なものにしか見えない件。都合が良いというのはもちろんリリムにとってだ。
「オレの過去を改竄したのは」
「あれはたくさん神力が必要じゃったの」
どうじゃ、と言わんばかりに見られて、もうなんだかどうでもよくなってきた。神力とかもうこれ以上設定を増やさないでほしい。オレはカレーを食べれればそれで幸せだのに。
というか、なけなしの神力をそんなものに使うなし。
「神力が空っぽになったおかげであの神域から出られるようになったしの!」
「……娘が男と同棲しているからどうたらってのは」
「……あれじゃ。世界の理に導かれたのじゃ」
要するに嘘と言うことらしい。大概いい加減な神様もいたものだ。信じて良いものか不安になってくる。
「──普通ならたった二日でも食事をしなかったら腹が減ってくるものなのじゃ。じゃからお主がそれで傷つかないように、どうせ妾はなにが何でも今日お主に接触をしたじゃろう。まさかもう一度あの場所で合い見えようとは夢にも思わなんだ」
目の前の幼女は真剣な顔つきでオレを見つめた。オレを襲ったにしても、精気だかなんだかを補給するという名目があったらしいし、一応オレをちゃんと心配してくれているのだろう。
すでに食事=エロいこと、という等式が頭の中で成り立つことに辟易としながら、オレはかぶりを振った。
「で、あれだけのことをしたんだから補給はできたんだろうね」
思い出すだけでも顔が火照る。よもや自分が女として嬌声をあげるなぞ、三日前までは思いもしなかったことだ。思っていたとしたら、それも相当の好き者かもしれなかったが。
リリムは口元に片手をつけ、考え込むような仕草になった。
「──それがじゃな。お主はすでに精気を満杯まで持っていたのじゃ」
「……よくわからないけど、なら問題はないんじゃないの」
なくなっていた、とかなら困るけどフル充電ならなにを困ることがあるのだろうか。
そうは言ってみたが、リリムの顔が険しいものから変わらないのを見ると言いしれない嫌な気持ちになる。知らずぶかぶかなパジャマの裾を握った。
「いや普通ならあり得ないことじゃ。妾たちは精気を常に消費している。そして精気はけして自己生産が不可能な物資なのじゃ。妾は大気から精気を吸収できるが、それは神格を帯びた妾だからこそ出来る芸当。お主のような若輩は、男もしくは同じ種族に分けてもらうしか精気を増やすことは不可能、そのはずなのじゃが」
……考えたくないけど、本当にオレの種族が人間から淫魔にクラスチェンジしている不思議。リリム曰く、まだ人間らしいけど淫魔らしく精気も必要だとかおかしすぐる。
ん?
「もしかしてオレは辛うじて人間だから自分で生産できるとか。ほら、元男だし。もしくは恐ろしく燃費がいい。個人的には前者キボンヌ」
後者だといずれ補給が必要になるし。
「それも考えたが、ない。お主の身体は完全に変わっておる。燃費がいいだけじゃと、ほぼ満杯だというのが説明がつかぬ。フェロモンも使ったことがあるようだしの」
「っていうか、オレを男に戻せばすべて丸く収まり。日々是好日だがしかし」
信じてるけど、こう目の前に簡単な解決方法があると飛びつきたくなるよね、人間だもの。
リリムは少し不機嫌になりながら身を乗り出してきた。
「ならぬ。何度も言うが、これはお主のためなのじゃ」
……ま、仕方がないね。母が言うなら従おう。オレは両手を上げて降参のポーズを取った。
「相変わらず色々足りないけど、うん。というかその精気がなくなるとどうなるのさ」
リリムは座椅子の座りが嫌だったのか、立ち上がりベッドに腰をかけていた。
そして、返ってきた言葉はひどく単純明快だった。
「発情する」
一瞬なにを言われたのかわからなかった。
「は?」
「徘徊して見境なく男を襲う」
「ひ?」
「足りなくなるほど男に依存し始める」
「ふ?」
「自動的に異性を魅了する」
「へ?」
「近しい者ほどそれが顕著じゃ」
「ほっ」
それなら対象はほとんど孝だ。じゃない。なにをほっとしているんだ。むしろ問題じゃないか。というか、もしや孝が出ていくときのあの異常なほどの執着心は……うわっうわあ……やべぇ、精気やべぇ……
そもそも。もしかしなくても孝が出ていった理由は……うっは。
考えれば考えるほど顔が青くなっていってるのを感じる。
「思い当たったようじゃな。お主の孝に対する反応から妾が危険だと判断し帰した、のだが……」
「なぜかオレの精気はフル充電」
「あの執着心から思うに、それなりに減っていたはずなのじゃが……」
……ええと、とりあえず面倒なことになっているのはわかった。
一端、頭の中で纏めよう。
オレはリリムによくわからないものを突っ込まれたことで女になっている
しかも女神もどき淫魔もどきの一応人間……たぶん。
そのくせ淫魔に必要な精気が必要である。
ないとどう足掻いても絶望。
充電していないのにフルMAX。
結論、人知の及ぶことじゃない。
「よし寝よう」
「どういう判断じゃ!?」
「難しいことは明日のオレがどうにかしてくれる」
「それはまる投げと言うんじゃ!」
「仕方がないね」
今日は色々なことがありすぎて疲れたんだ。寝させてくれよ。
オレはやおら立ち上がり、ふらふらとした足取りでベッドに倒れ込んだ。リリムがまだなにか喚いてるようだけど、もう聞き取ることすらもまどろっこしい。
眠い、眠い、眠いのだ。今は寝る。ふふはははは。私が寝るまでに所用する時間は……5……びょ……だ……
「……すみ、……あさん」
──暖かい手のひらが頭の上に乗った気がした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「……もう、寝おったか」
できるだけ話せることは今日中に話しておこうと思ったのだが、少し詰め込みすぎたのかもしれない。それに、よく考えればこの娘は変わって二日しかたっとらんのじゃ。
女神だの、淫魔だの、ことを急きすぎたかの。
……柄にもなく、ハシャいでるのかもしれんな。幾百年の時を生きてなお、初めての娘の誕生に。
ベッドの端に腰掛けて、乱れてしまった銀糸を整えながら愛娘の頭を撫でてやった。
それにしても、頭からベッドに突っ伏すとは……女としての自覚が足りとらん。じゃが、まあ、スカートを違和感なく着こなす所は褒めてやらんこともない。淫魔としての血が流れとる証拠でもあるしの。
「……しかし、精気はどこから調達してきおったのか……」
今のところ、一番の問題点、じゃが……考えても詮無きことよの。
危なくなれば、妾が受け渡してやればよい。当然、性的な意味じゃ。
実はただ手を握るだけで渡すこともできるのじゃが、そこはほら妾のご褒美ということで。うん。いいんじゃ。……快楽に慣れていないものの顔は、こう、すごくそそられる……ジュルッ……はっ。
……襲った時の顔はすごくよかった。初めての快楽に振り回され、顔を真っ赤にして懇願し、なおとろけきった瞳。精気を分け与える必要がないと分かった後も個神的には襲ってしまいたかった。
そんなことをすれば、折角の娘に確実に嫌われてしまうであろうから自重せざるを得なかったが。大義名分さえあれば……ぬっ、嘘はダメじゃぞ。不本意にじゃが女神に連ねられてしまった以上は、正直に生きねばならぬ。
……ならぬぞ。
静かな部屋に時計の針の音と娘の寝息が響く。寝苦しそうだったのでうつ伏せの千里を横向きにし膝を抱くようにして寝かしつけた。
「……全く、戯けた願いを述べおって……」
──胸の奥の奥にあんな妾好みの願いを隠したまま。いや、叶うと微塵も思っておらんかったのじゃな。この娘はあれで妙に現実主義な所があるでの。
今日だって内容を理解は出来ておったようじゃが、常識との葛藤で頭から湯気を出しておった。
なんにせよ。妾は愛娘が壊れないよう見守るだけじゃ。見たところ淫魔の血というより、元々のメンタルの弱さも如実に現れるようになってしまっているようじゃし。あやつへの依存も、尋常ではないであろう。
……もしも傷つけでもしたら、搾り取ってくれる。
「……妾も、今日は久しぶりに……つかれた……」
妾は娘の身体に包まれるようにベッドの中に潜り込んだ。
おやすみ。
次の日の朝、銀髪美幼女が銀髪美幼女が、と千里がまた叫び出すのだが、それはまた別の機会に。
サブタイトルっていりますかね?
こう、一杯目“性転換なう”みたいな感じでですけど。
あ、あと次話から孝が復活するよ!
満を持して登場するよ!
もう百合とは言わせない……!w




