二十杯目
さぁ、これで設定はほぼ出尽くした
問題は、今回の話で見限られないかで…
「さてロリ神はどうしてここにいるのかな? かな?」
「娘が男と同棲してると聞いて、落ち着いていられる親はいないんじゃ。それよか、もう一度母と呼んでくれんか?」
「却下。あれはあの時限定です」
「そんな!?」
「……さぁて、俺は帰るか」
「帰れ帰れ!」
「待てよ孝」
「ぐえっ」
「にょわっ!」
本当に帰ろうとする孝の首根っこを掴んで無理矢理座椅子に座らせると、ロリ神を座椅子から引っこ抜いてオレが代わりにそこに座った。
当然、ロリ神は膝に収まった。
思った通り柔らかくて良い匂いだ。思わず後ろから抱きしめて頬ずりをしてしまうほど。
「抱きしめたいなガン○ム!!」
「抱きしめながら言うでないわ!」
なにこれすごく可愛い。
……んっ、なんか変な息づかいが。
「はあ……はあ……」
孝が息を荒げてた。
「「こっち見んな変態!」」
「銀髪美少女と銀髪美幼女の絡みとか……じゅるっ……」
ふむ。
「孝が壊れたがロリ神なにをしたし」
「なにもしとらんわ! こやつが変態なだけじゃろう」
腕の中でもがくロリ神を見てみたがなにも知らないらしい。
フェロモンを出してるわけでもなし。仕方がないね。
「とりあえずカレーでも食べて落ち着こう」
「カレーは嫌じゃカレーは嫌じゃカレーは嫌じゃ…………」
おおふ。カレーと口に出した瞬間、ロリ神が凄まじい勢いでカタカタと震え始めた。顔をのぞき込むと驚くほど青い。神様のトラウマになるとか、やっぱりカレーはすごいな。
「なんにせよカレーを食べよう」
「娘が虐待してくるのじゃ!?」
「お母さんに私のカレーライスが食べてもらいたいな……」
「ふぉぉぉお! いいぞ! お主の母がどんなものでも食そうぞ!」
チョロすぎワロス。でも興奮するロリ神が可愛いからどうでもいいや。
「……銀髪美少女銀髪美幼女……ここはきっと桃源郷……」
孝の目がそろそろヤバす。すごくラリってます。
名残惜しいが一端ロリ神を降ろしてレトルトカレーをセットしてこよう。
む、しゃかしゃかとベッドの上まで逃げおって。そんなにカレーが嫌いか。だが震えながらこっちを見てるとか、嗜虐心を煽ってるとしか思えない。
冷蔵庫から牛乳を取り出すと、三つコップを持って座椅子まで戻っていった。
「で、ロリ神はどうして孝がこうなってるか分からないの?」
ぎくっ、と肩が上がった気がした。
「……さっきはなにもしてないと言ってた気がす」
言外に神様が嘘を吐くの、と言ってみた。ロリ神は心外な、という顔つきで立ち上がったが何か思い当たったのかすごすごとベッドの端に座っていった。
「本当に妾はなにもしとらんのじゃ……強いて言えば妾とお主がしているというかなんというか」
「どういうこと? ……胸元見すぎだバカ孝」
……くっそ。あんまり凝視するからいくら何でも恥ずかしくなってくるじゃないか。どうしてオレが胸元を両腕で隠しながら赤くならにゃいかんのか。
「ふっ、俺は胸元を見ているんじゃない。透視しようとしているのだ!」
「同じだバカ!」
「顔真っ赤な千里にバカって言われると……萌えるよな」
「せいっ」
「うごっ」
思わず手元にあった本を投げたオレは悪くない。顔に直撃したがオレは悪くない。
「憎い憎い憎い……神ばっぎゃふん!」
何か言おうとしたので立ち上がって拳骨を食らわしたった。ついでに確保。膝の上にIN。抱き。
「俺よりもそこの幼女の方が扱いよくないか……?」
「SAN値がほとんどない男と幼女、どっちを愛でるべきか」
「そういう問題じゃないよね!?」
「ふっふっふ、貴様よりも妾の方があだっ!」
「調子に乗るなし」
拳骨は何度でもいくぞ。そう言うと、涙目でこくこくと頷いた。とても可愛い。
やはり母というより妹。それもすごく手の掛かる。
「結局のところ、孝のSAN値がガリガリ削られてるのはなにゆえ」
「妾とお主という魅力持ちが二柱もこの狭い空間にいれば、いくら押さえていようと凡夫が耐えられるものではないわ」
「つまり?」
「親娘が揃うとどんな男もイチコロじゃ♪」
「それなんてサキュバス」
「失礼な! 妾をあの程度の者と一緒にするな!」
「そういえば名前を聞いてない」
「む、そう言えばそうじゃったな。カツ目して聞くがよい。妾の名は──」
「妾の名は?」
「リリムじゃ!」
「上位種じゃねえか!!」
「なにそれ怖い」
あ、孝が復活した。
というか諸悪の根元はやはりロリ神だった件。つまりこいつを追い出せば万事解決。
「というわけで出ていけ」
「なにがというわけなのじゃ!?」
抱っこしたまま玄関まで歩いた。ばたばた暴れるが十分押さえ込めるレベル。
だがなにを思ったのか孝がオレよりも前に出た。いや、もう外に出ようとしている。
「いや、いい。俺が出ていく」
「待てコラ。これを捨ててくるからちょっと待て」
「妾は猫じゃないぞ!?」
「勝手に上がり込んだという点では猫より性質が悪い」
「そんな!?」
喋っているうちに扉が開く音がした。
「ちょ、ちょっと待てって! あれか? もしかしてオレが本を投げたから怒ってるのか? それともオレが見られるのを拒んだからか? な、ならいくらでも見ていいから! ここにいてよ……」
もう、ロリ神なんて構ってられない。落とすように離すと、乱雑な玄関に踏み出して孝の腰に抱きつき引き留めた。リリムがむぅと睨んできた気がするが知ったことではない。ってか、ベッドの上まで帰るなし。
ま、まあこうまですれば孝は助平だから絶対に撤回するはず。すぐに悪い顔になって扉を閉めるんだ。そうしたら、少しくらいは、うん……。
だけど、オレの希望は簡単に裏切られる。
頭に大きな手が乗った。髪の毛を梳くように優しく何度も頭を往復した。
なにを、と思い顔を上げると孝が細い目をして微笑んでいた。
「嫌いになったわけじゃない。ちょっと体調が悪いから家に帰るだけだ。心配しなくていい」
簡潔に必要なことだけを抜き出したような言葉だ。オレに心配させまいとしている時の顔だ。この時、孝は絶対に大事なことを言っていない。重要なことを抜いている。
そして、それはとても寂しいことだ。
「体調が悪いならここで療養すればいい。オレが看病する。原因のあいつは捨ててくる。だから今日も──」
「ダメだ」
断定だった。
孝は厳しい目で泣きそうなオレを見つめた。すぐに、俺を笑うような顔をした。
「なんだ。そうかそうか千里は俺がいないと何もできないのか。仕方がないな。そこまで言うなら一緒にいてやろう」
「む、そんな訳があるか。大体女になる前は普通に一人暮らしだったんだからな。一人だって余裕だし」
言ってから、あ、と後悔した。
孝はオレの言葉を聞くとふ、と顔を緩めた。
もう一度だけ頭を撫でると、オレの抱きついてる腕を解いて……扉の外に出た。
「なら大丈夫だ。それに一人じゃないだろ。なんたって神様がいる。お前の新しい家族がいる」
「でもぉ……」
「永遠の別れじゃあるまいし。明日学校で会えるだろ? 泣くなよ」
ぐしぐしと涙を拭った。それがいけなかった。その隙に、
「またな」
「っ、たかし!?」
笑いながら孝は帰っていった。追いかけようと思って靴を履くと玄関に見えない壁のようなモノが出来ていて、去りゆく孝を見ていることしかできなかった。扉が独りでに閉まる。油の足りない耳障りな音が響いた。オレは呆然と立ち尽くした。
気づいてる。自分でも驚くほど孝に依存していることを。でも、制御できるようなものじゃない。制御したいとも思わない。涙が独りでにつっと流れた。
「ふん、一人の男が出ていったくらいで仰々しい」
なんて言った……?
オレはその言葉を吐き捨てた奴を、孝が出ていった原因を、追いかけられないようにした人外のモノを睨みつけた。
そいつは人のベッドの上でふんぞり返っていた。
「おぉ、おぉ、嫌われたもんじゃの。そんなに妾が憎いか? ん?」
「うっさい! お前のせいで!」
嘲るように言われて頭にカッと血が上った。憎らしかった。腹立たしかった。
オレは跳ねるように飛び出すと、リリムに掴みかかった。
どすん、と大きな音がする。リリムをベッドの上に引きずり倒した音だ。
「妾がいなければあやつは帰らなかったと、妾がいなければあやつとずっと一緒にいられたと、そう言いたいのかお主は?」
「そうだ! お前がいなければ、付いてこなければ孝がここにいたはずなんだ! それをお前が!」
胸元を掴んだ手が、空で固めた拳が強く引き絞られる。すぐに殴らなかったのは最後に残った理性か、それとも。
甲高い声で不満を叫び、髪の毛を振り乱す様はきっとひどく滑稽だろうな、とどこか遠くの自分が考えていた。
「して、お主はどうするつもりだったのかや? またあやつにまた我慢を強いるつもりだったのかえ?」
だというのに、そいつは涼しい顔をして戯れたことをのたまった。
「我慢? なにを我慢する必要がある! オレを襲いたければ襲えばいい! 孝は男で、オレは女で、それくらいの覚悟はあった!」
自分でもなにを言ってるんだろうな、と思う。だけど一度口火を切ったその言葉はまさしく本心だったのだろう。
「お主はそうじゃろうな。じゃが、愛しの孝はどうなると思う? その小さな脳味噌で考えてみい」
そいつはこちらを嘲る態度を隠さない。馬鹿にしてる。オレに組み敷かれてるのに、オレを見下している。
「……そんなの、どうでもいいだろ」
──嘘だ。わからなかった。孝がもしもオレを抱いたら、孝は、どう思うのだろうか。喜んでくれるのだろうか。想像ができない。
「くくっ、そうじゃろうなぁ。わからんじゃろうなぁ。お主のように頭に血が上って自分のことしか考えられない女にはなぁ」
っ!
その言葉を聞いたとき頭の中が真っ白になって、気が付いたときには握った拳を振りおろしていた。鈍い音がした。殴った手がひどく痛んだ。
柔らかいと触れた頬が、暖かいと言った頬がオレに殴られて赤くなっていた。白磁の肌に刻まれた色は、生々しくて痛々しかった。
「あ、ああ、ごめ……でも……」
殴るつもりはなかった。脅して謝らせればそれでよかったのに。
リリムはそれでもオレから目を逸らさなかった。その強い眼光に優位のはずのオレは目を合わせていられなかった。
「目を逸らすな信ヶ原千里!! お主のやったことだ! お主の所業だ! 行ったことから目を逸らすでないわ!」
だが、それをリリムは許さない。胸元を掴んでいたはずなのに、逆に掴まれてぐいと引き寄せられた。
ともすれば、キスをしてしまいそうなほど近く。
「教えてやろうか信ヶ原千里! もしもあやつがお主を襲ったらどうなるか! 簡単じゃ、後悔して苦悩して自嘲して貴様の前から姿を消すじゃろうな! それでもいいとお主は言うというのかえ!」
「あ、うぐ……」
泣きそうだった。リリムに言われたことは全て想像するに難くないことだった。孝は優しすぎるほどに人に優しい。そんな人間がオレを欲望に任せて襲ったらどうなるか、それくらい親友のオレが分からないはずないのに。
なにも言い返せない。眼前から吐かれた言葉はオレの心を強く抉った。
「しっかりしろ信ヶ原千里! お主はその程度の人間だったか! その程度の器しか持っていない男だったのか! 答えろ!」
「……ちが、ちが……う。オレ、は……」
そんなことはないと言いたかった。
だけど嗚咽が混じる。呂律が回らない。涙で視界が滲んだ。
「そうじゃ! 違うんじゃ! 妾の欠片に飲まれるな! 自分を見失うな! もっと強く、自分を意識しろ!」
「うあ、ああ……」
そっと、リリムの小さな手がオレの胸元から離れていった。そのまま、その手はオレの頬に流れる涙を掬いとり、優しく撫でた。
「……そうじゃろう、千里よ。我が、愛しい娘よ」
──限界だった。
「うあ、うわぁぁあああああああああ!」
泣いた。オレは年甲斐もなく……お母さんの胸の上で喚き叫びながら咽び泣いた。
その間、お母さんの小さくて大きな手はオレの頭を泣き止むまでずっと撫で続けていてくれた。抱きしめたまま、ずっと。
何分経ったのかわからない。数分か、数十分か。はたまた。ただ、穏やかな時間が部屋に流れていた。聞こえる音は互いの息づかいと、静かな時計の音だけ。触れ合う肌が温もりと暖かな鼓動を伝える。
うん、もう大丈夫だ。泣き止んだ。正気も取り戻した。
「……ところで、さっき欠片に飲まれるとかなんとか」
「しまったのじゃ!?」
どうやら聞かないといけないことはまだまだありそうだ。
「あ、レトルトカレー」
すごく沸騰していた。
本当は今日の午前零時に投稿するつもりだったんだ……ただ、あまりの歯の痛みに悶絶していてそれどころではなかっただけで……
歯が痛ひ(泣)




