十三杯目
「お前ら、なにしてんだよ」
「はぁ? 見てわかんない?」
「わかんねえから言ってんだ」
「イジメよイジメ。悪い?」
はい、教室についてみれば早速孝にバレてました。いやさ、今は教室のドアの前で待機してるんだけれども。
その声はこの教室で一番のギャル、安西さんではないですか。イジメの主犯格ですね、わかります。
孝、がんばれ。
あれ、どこにしまったかなぁ……お、あったあった。
ろくおんきー!!
ぽちっ。
「やめろ」
「嫌よ。なんであんたに命令されなくちゃならないの? っていうか、今まで見て見ぬ振りしてたくせに今更なに? ヒーロー気取り? それとも籠絡でもされた? さすがビッチは違うわね」
「…………っ!」
「なに? 殴るの? いいわよ。すればいいじゃない」
「……てめぇ……!」
おい、殴るのは不味いぞ。そして弱いぞ孝。
はぁ、言質を取りたかったけど仕方がないね。
がらっと扉をスライドしてみた。
「はいストーップ。杉浦くんは所定の位置に戻って下さい。安西さんは……」
杉浦くん、というのは孝の名字だ。いちおー、互いに知らないという設定でいこうと思ったんだけど。
教室の視線が集まる。集まる。振り上げた手を止めてる孝も、タッパーに入れたカレーを机に流そうとする安西さんも。
おまいら絶対カレー大好きだろ。
「安西さんはその手のカレーを私に下さい」
迷いはなかった。
「よく恥もしないでここにこれたわね」
「そんなことよりカレーをおくれ」
「杉浦とかいうのも、籠絡したそうじゃない」
「この匂いは……お前も自作カレーか……!」
「よ、よくやるわね、ビッチ!」
「レシピもくれたら喜びます」
「誰があんたなんかを喜ばすか! あっ」
「反応したな。ふへへ……じゅるっ……」
「く、来るな! にじりよるな! 気持ち悪い!」
涙目で叫ばれた。
これではまるでオレがイジメてるようじゃないか。
なぁみんな。教室を見渡してみた。
さっ。
誰も目を合わせてくれなかった。濱屋さんたちなんて、教室の隅で震えてる。
…………。
孝ー? あっ、目をそらした。
…………。
あるぇー?
「引かれすぎワロタ。なにはともあれカレー食いたい」
「あ、あんたちょっと変わり過ぎじゃない?」
安西さん、その質問はごもっともです。みなさん、首を振りすぎです。
根暗という蔑称からして、女のオレが暗いことは百も承知。だがしかし、それに甘んじる必要はどこにもないのだよ。
カレー、カレーと主張する銀髪美少女に気圧される教室の生徒たち。今までろくに抵抗されなかったいじめっ子たちにとってみれば、まさしく青天の霹靂であった。
すでに安西さん以外はびっくびくしていた。孝は自分の中で常識と戦っていた。
「カレーを食べたらこうなった。異論は認めない」
「認めなさいよ!? ああもう、そんなにカレーが好きならこれでも食らいなさい!」
安西さんがカレーのタッパーを振りかぶった。
次の瞬間にはその手を千里に止められる。
「もったいない」
説明しよう! 信ヶ原千里はカレーを守る為なら、自らの|生体時間を加速<クロックアップ>することができるのだ!!
「わけがわからないわよ!!」
安西さんは半泣きになった。どうにか振り解こうと腕を振るが、気持ちが悪いほど俊敏な動きで阻止される。
「MOTTAINAI!!」
「離しなさいよ!」
「嫌よ嫌よも好きのうち。故に私は止まらない」
「離して!」
「カレーのレシピを教えてくれたら離します。ついでにこのカレーもくれたら離します」
「い、嫌よ! なんで私があんたなんかを喜ばせなくちゃ……」
「お前が! 寄越すまで! 求めるのを! やめない!」
「ひぃっ……! い、いやよ……私は……」
「やめない」
「わかった! わかったからぁ! 離してよぉ!」
ふいぃぃぃーー……。勝った! ふへへー。カッレェ! カッレェ! わほーい。
美味しそうなカレーを安西さんから引ったくって、早く早くとレシピをゲロらせるとそれをメモしてドヤァと振り向いた。安西さんはほぼ泣きながら、オレの側から逃げ出した。うん、いつの間にか窓際まで追いつめていたようだ。
しーん。
どん引きだった。
男子も女子もなくみんなどん引きだった。
…………。
「っという夢を見たのさ!!」
「無理がありすぎるだろ!!」
あ、孝だけ復活した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「カレーで遊ぶのはいくない、常識的に考えて」
「昨日、人の鼻にぶち込もうとしてたのは誰だったかな」
「そんな昔のことは忘れますた」
「都合の良い脳味噌だよなぁホント!」
「過去に囚われていては前に進めない」
「お前はもっと過去を大事にするべきだ」
「今はそんなことを話しているんじゃない!」
「二度ネタ禁止」
「しょぼーん」
「……その顔も禁止だ。破壊力が比にならない……」
「うへぇ」
あまりにもみんながどん引きしたまま帰ってこないものだから、オレと孝は席に着いてしまったよ。正史通りオレと孝は隣同士だった。
安西さんや濱屋さんのグループはどん引きではなく怯えてるし、少しだけ悪いことをしたかなぁと思う。特に濱屋さんとは後で仲良くならないといけないしね。
あとは、みんな遠巻きに見てるだけか。会話もオレと孝の分しか響いてない。
うん。多少イレギュラーはあったけどスタートダッシュは順調だ。
オレが目指している一番平和的なのが既存のイメージの完全破壊。誰もカレーカレーと叫ぶ変態少女を下手に刺激したくないでしょ。現在、わりとうまくいってるしね。
第二候補は盗聴やら盗撮を間違えた、録音やら撮影をして証拠と一緒に担任団に提出。もしも過去のオレが日記を書いててくれたら楽だったんだけどね。日記も証拠として扱われるし。
その二つ。できれば男の時に仲良くやっていたから第二案は廃案にしたい。保険はかけておくけどね。
「ところでさ」
「なんだよ千里」
ちなみに、面倒だったから互いに呼び捨ては解禁だ。他人のフリとかオレが耐えられん。
「なんでオレはイジメられてるんだろうね」
びくっ。女の子たちが方を揺らした。良い反応だ。
「──さぁね。どうせくだらない理由だろ」
さすが親友。素敵なフォローだ。
「くだらない理由でイジメられるオレおっつん」
「あ、あんたが!」
フィーーーッシュ!! とでも叫べばいいのか。
安西さんはガタンと音を立てて気丈に立ち上がった。まだ少し涙目なのは言わないであげようと思う。
「あ、あんたが竹ノ内先輩の告白を断るからでしょう!! それにいつも無口でなに考えてるのかわからないし! どうせ心の中で私たちのことも馬鹿にしてたんでしょ!」
そして堰を切ったように口々に文句を言い出す女性陣。男子の一部が不快そうにしているあたり、裏がある確率も十二分。孝、そう眉をしかめない。オレは大丈夫だから。
しっかし。想像以上に……うわぁな理由だった。それに竹ノ内って……男子に悪名が轟いてる奴じゃん。
オレは孝に口を出すな、と目配せすると立ち上がる。
「告白されたって誰に聞いたんです? 伝聞だとしたらかなり残念、出直してこい。それに無口だったのはズバリ友達がいなかったからであって、本当の私はこんなもの。最後の理由なんて被害妄想激しすぎだろJK」
再び、教室の空気が死んだ。
この台詞は元が俺だったことから推測したことだ。孝がいなかった場合をシミュレートしたら余裕ですた。
「な、あああああんたねぇ!」
顔真っ赤。
金髪のギャル対銀髪のカレー。教室左斜め前にいるのが金色で教室の右斜め後ろにいるのが銀色だ。間に挟まれて濱屋さんがいる。
「聞いたのよ! あんたかなりヒドい振り方をしてたじゃない! 普通に断ればいいところを、あなたじゃ私につりあいませんって! これを人を馬鹿にしてる以外にどう解釈すればいいのよ!!」
そして再び盛り上がる女性陣。男性陣は意気消沈。孝はガッツポーズ。なにゆえ。
おおふ。オレはそんなヒドい振り方を。しかもなんと安西さんが直接聞いただって。信憑性はともかく不味いことになった。
……シミュレーションをしてみよう。孝がいなかったとして、引っ込み思案なままのオレがイケメンに告白されました。なるほど。
「ああ、それは私があなたにつりあいませんって意味」
「ほらみなさい! あんたは……え……?」
「だからそれは私があなたにつりあいませんって意味だって」
あぜんぼーぜんってか。安西さんは顎をこれでもか下げているし、女性陣は追随するように顔を固まらせている。
いつから彼女たちはコメディアンに変わったのだろうか。今日からですね、わかります。
孝、どうしてそんなにイライラしてるの。
「う、嘘をつきなさい! どうせわからないと思っていい加減なことを言ってるんでしょ!!」
安西さんはとても打たれ強い。
すぐに復活すると、言葉を返してきた。
あくまで冷静に強かに。首を竦めて言い返す。
「シミュレート。私は安西さんの言う通り無口な根暗でした。そんな私にイケメンが告白。それなんて乙女ゲー。現実主義なんです、私」
「そ、それとこれとは関係ないでしょ!」
「つりあわない彼女とか、遊び目的とかつまみ食いとか、警戒するよね普通。すぐに食いつくほど乙女じゃないんです」
「そっ……それは……」
「第一、万が一付き合ったとして、それはそれで安西さんたちは許せるのかって問題も」
「ゆ、許すわよ……」
「実際問題ありえないからどうでもいい件」
「どっちなのよ!?」
安西さん。ギャルっぽいと言ってごめんなさい。オレは涙目で律儀に叫んでくれるあなたが大好きです。
うむ。いい感じにクラスとの溝が埋まってきているな。孝、深まっているなんて節穴だと思うよ。
はぁ、それにしても竹之内に目を付けられてるとか、前途多難もいいとこ。孝を見ると、良い笑顔を向けてきた。なにを勘違いしたんだろうか。
「イジメなんて不毛もいいとこ。人類皆兄弟」
まだ睨むか。安西さん。でも涙目だから可愛いだけという。はっ、オレに対するトラップか! んなわけないわな。
「わ、私もそう思うかなぁ……なんてぇ……さっきのことも謝りたいし……」
──救いの手は意外なところからきた。頭頂部で二つにちょいと結んだ可愛らしい濱屋さんだ。イジメになど荷担しそうにないから不思議に思ってたけど。
びくびくしながら、確かに手を上げていた。
「絵里!」
「やめときなさいよ!」
「ごめんね二人とも……信ヶ原さん、ちょっと前にカレー特集の雑誌を熱心に見てたよね。食べたいなぁって信ヶ原さんの声が聞こえたから、さ。その、家で作りすぎちゃったからプレゼントしようと思ったら……今朝。こぼしちゃって……」
カレーをプレゼントするとは、ハイセンスすぐる。
要約すると、カレーをプレゼントしよう! だけど誰からかバレたら絵里もイジメられちゃうと、友達二人。ならげた箱に。こぼしちゃったよ、どうしよう。イジメの一貫にすれば無問題だと友達二人。謝りたい。遠くで伺おうと友達二人。すごい笑顔でオレが迫ってきた。怖い。絵里たちは逃げ出した!!
結論、悪いのは友達二人。ばっと、全部濱屋さんの為を思っているから憎めない。
さて、一人がイジメから一抜けを宣言すると、芋蔓式に抜けていくのが日本人って奴でありまして。
私も、私もとぽいぽい抜けていった。みんな軽い気持ちでやってたんだね。いやぁ、人を嫌うのって体力いるよねー、ねーって本人の前でやるなよちくせう。
最後に残ったのは、言わずと知れた安西さんだ。
「安西さん?」
「く、くぅぅうう! 分かったわよ! イジメなんて終わり! 止め! これでいいでしょ!?」
わーーー!! 沸き立つ男子。
うし、よかった。案外簡単にイジメも終わるもんだ。
孝の方に振り向いて笑顔でハイタッチをした。
疲れた。ノリと勢いと気合いで十分。二度とこんなことはやりたくない。
「でも、知ってるだろうけど! 私たちはほとんど関与してないわよ! 先輩たちにイジメろって言われたから、無視をしてただけなんだから! 生温いって言われたから、今日初めて直接害をかけようとしたんだからね!」
「「え?」」
聞くところによれば、イジメの主犯は年上のお姉さま方で、安西さん達クラスメイトは命令されていただけのようだ。安西さんはたまたま告白シーンを目撃していた分、イジメられても仕方がないと思って黙認していたらしい。で、ついにもっと直接的なことをしろと言われて、クラスの誰かにやらせるくらいなら、と自分で名乗り出たそうだ。
薄情だとは思わない。それが学校という社会で生きるための処世術なのだろう。わざわざ進んで汚れ役を買って出た安西さんをむしろ尊敬するほど。
恒例の、要約すると、私を倒しても第二第三のいじめっ子が……ナ、ナンダッテー!?
なにそれ怖い。マジそれ怖い。終わると思ってたのにぃ。
待てよ。その考えでいくと、孝は年上のお姉さま方には逆らえないのに、クラスメイトには食ってかかったひきょ……深く考えるのはよそう。
オレたち二人は何故か歓声が上がる教室の雰囲気を余所に、顔を見合わせてため息を吐くのだった。
「カレーをかけようと思ってたのは、せめて好きなカレーを使ってあげようと思っただけよ!」
その気遣いはいらないと思う。
イジメって怖いですよね!
感想待ってます!
……批判がありそうで怖ひ




