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十一杯目


「気を取り直して、いらっしゃい」

「……どうして男の方が恥ずかしがらなくちゃいけないんだ」

「それはあなたが童貞というたった一つの勲章」

「お前だってそうだろうが……」

「残念、私は処女なのだよ。童貞だとザマァだけど、処女となれば希少価値。しかもこの容姿で」

「なんども言うが、ナルシストだよなぁ」

「この容姿で、えー? 別に可愛くないですよー? とでも言ってみろ。そっちのがキモいわ」

「くそっ、すごい説得力だ……」


 所定の位置。つまり向かい合うように座椅子に座る。すでに孝も風呂を上がり、互いに歯磨きも終わった。残すは睡眠だけ。

 最初の孝の台詞は、風呂に入ってる最中にオレが乱入したからだ。と言っても、すぐに閉めたが。キャー、と叫ぶ孝は面白かった。


 それにしても孝の理性はすさまじいと思う。自分でもどうしてこうも孝をからかいたくなるかは知らないけど、襲われても文句を言えない所業をかましてることは気づいてる。そして、何度も言うが、この容姿で。

 ……気にしたら負けか。

 さて、孝に来てもらった理由ってのは、端的に言えば不安、なんだけど。孝もそれを察してか、なにも聞いてこない。うれしい半分、寂しい半分。自分の心の内がわかりにくい今日この頃。いやしかし。


「オレは寝るけど孝はどうする?」

「あー、俺も寝るかな。今日は疲れた。てきとうな敷き布団を使わせてくれ」

「はいよー。敷き布団はそこの押入の中だから勝手に出しといて」


 そこを指でさすと、オレは座椅子と小さな机の片づけに取りかかる。横にズラすだけの簡単作業。


「…………敷き布団がないんだけど」

「そんなバカな。もっとよく見れ」


 孝が青い顔でのぞき込む押入の中には確かに、敷き布団が存在しなかった。というか何も入ってなかった。


 ふむ。


「友達がいない弊害がここにもとか、残念過ぎるな」

「……仕方がねえ。俺は床で寝るよ」

「それには及ばない」


 孝が胡乱気な視線を向けてくる。


「……家主を差し置いて、ベッドで寝ろってか?」

「早とちりいくない」


 ふふーん。イタズラな表情で見ていると、孝もだんだん理解してきたのかピシッと固まった。


「ベッドの上に二人で寝れば万事解決おけー」

「それは倫理的にも見た目的にもダメだ!」

「ばっと、ここにおいては私が家長です。つまり、オレがルール」

「よろしくない!」

「こんな美少女と寝れるんだぞ? むしろカレーを奢って欲しいくらいだ」

「やすいな」

「ああもう。つべこべ言うなし。寝ている最中、鼻の中にカレーをぶち込まれたくなければ言うことを聞きなさい」

「なにその脅し!?」

「やるよ?」

「…………わ、わかった」


 よし。ようやく分かってくれたか。

 オレはベッドの上に一足先に寝ころぶと、ぽんぽんと枕を叩いた。わりと大きめのサイズだから、二人寝ても問題ないはず。


 孝が恐る恐る、ベッドに入り込んだ。当然の帰結で、孝は完全にオレから背を向けている。どうやら、いないものと扱うことで、煩悩を乗り切ろうとしているようだ。


 ……おどおどっぷりがヤバいな。恥ずかしいのは分かるけど、オレからしたら男同士で寝るのとハードルは変わらないんだけどさ。

 ……絵面的に男同士は勘弁したい。


 明日は学校だ。イジメについてはやはり孝には相談しなかった。どうなるかは当然分からない。だけど、やるだけのことはやろうと思う。

 ついでに、祠の捜索も進めないと。はぁ、やらないといけないことが多すぎる。それに、まだ色々と確定した訳じゃないし。


 オレは目の前で縮こまる、大きな背中に目を向けた。

 対照的に、オレは手も身体もとても小さい。

 もっとしゃんとしていれば、もっと頼りになるのに。その願いも込めて、背中の服をちょこんと掴んで睡眠を選んだ。

 疲れてるし……すぐ……に……寝……


「……年の近い甘えん坊な妹と思おう」


 失礼、な……


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 孝はいつまで経っても、緊張してしまい寝付くことができなかった。背中からは、安らかな吐息とちょこんと掴まれた感触を感じる。 

 寝れるわけがない。全力で、千里せんりは男。千里せんりは親友と心の内で唱え続けていたというのに、なにを考えたのか千里せんりは変に挑発してくるし。

 今だってそうだ。床で寝ようと思ったのに、わざわざベッドに呼ぶわ、背中を掴まれてるから、逃げるに逃げ出せないわ。

 一体、千里せんりは俺に何を求めているのか。

 悶々と考えてると、時間だけが過ぎていく。


 いくら時間がたったのか、背中越しに声が聞こえた。


「……たか、しぃ……こわ……よ……」


 ……きっと、この寝言こそが千里せんりの本音なのだろう。おどけた態度に隠されてなかなか心の内を見せない千里せんりは本当に難敵だ。

 突然変わってしまって、不安にならないはずがないよな。

 孝はしょうがない奴だ、とため息をつくと腕を回して千里せんりの頭を優しく撫でた。


「……ふにゃ……みゅぅ……すー……すー……」


 するとすぐに、千里せんりの寝息は安らかな物になる。現金な奴だよ全く、と一人笑うと、孝も眠りにつくのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「朝目覚めると、孝の顔が目の前にあった。ついでに孝の腕が後頭部にある。要するに、孝に抱きしめられてますよ驚きだ。いや、こう男臭いのに何故かセクシーに感じる今日この頃。オレはどこに向かおうとしているのか、誰にも分からない。オレにも分かるまい。混乱しているのは分かります。真っ赤になっているのも分かります。ばっと、思いの外強く抱く締められているので抜け出すに抜け出せないこの現実。近い。近い。近い。そろそろ起きろよこのやろー。恥ずかしいんだよばかやろー。なにがどうなってどうしたら、あんなに初な反応を示した孝がオレを抱きしめるのか。ちょっと嬉しいオレが怖い。間違えた。本当に。頭が回らないよあばばばばば」


 これだけ耳元で騒いだというのに、身じろぎをする程度とかマジ勘弁。

 朝日が部屋に降り注いで、陰影を照らし出す。ちょっとカッコよく言ってみたけど、暑いだけだった。ってか蒸れる。孝のせいだ。離せよこのぉ。


「……ん、くぁ……」


 あ、起きた。おはようございます。

 半目がオレを捉えた。


「……朝目覚めると……目の前に銀髪美少女とか……夢だな……」


 惜しい。途中までオレと似た感じだったのに。

 おい、寝るな。


「起きろし」

「ぐふぅ!」


 膝をくれてやった。


「おまっ……!」

「おはようございます。よい朝だ」

「……のわぁあぁあああ!!」


 おおーおおー。朝っぱら元気なことで。5㎝前で目があっただけで、逃げようなどとは。許さぬ。オレと同じだけ恥ずかしい目にあってもらわなくては。

 飛び退く孝の服を掴んで、体勢が崩れた所で上に乗った。


「乗っ……乗っ……!」

「日本語でおけー」

「乗るなぁぁぁあああ!」


 ふむ。仰向けの孝の腹の上に馬乗り。エロいな。

 もちろん、それだけですまさないけど。

 孝の胸に両手を乗せて、そのまま顔を近づけていく


「なっにっ……をっ……」


 銀の髪が重力に負けてこぼれていく。ばらばらと、孝の頭の周りを覆うように。ついでにオレの顔もだんだん近づいていく。5センチ前だ。互いの吐息を感じるくらい近く。


「…………っ!」

「おー、一杯一杯って顔をしてますな。どーだ、朝のオレの気持ちがわかったか」

「顔、近っ……」

「わかったか?」

「わかったわかったわかりましたから、早く顔を離せぇ!」


 客観的に見れば、どう考えても女が男を襲っているシーンである。もちろん性的な意味で。

 実のところ、千里せんりは孝以上に混乱していた。自分がなにをしているのかを理解していない。原因は当然、起きたとき孝の顔が目の前にあったからだ。

 


 なにはともあれ、


「孝」

「なんだってか早く退いてくれってかそろそろげーんかい」

「お尻に堅いの、あと息がクサい」

「大きなお世話だよこんちくしょぉおおおお!!」


 信ヶ原 千里せんり、TS後二日目の朝である。


~~朝ご飯の一幕~~


「朝飯どうする?」

「カレー以外で頼みたい」

「……パンならあるよ」

「お、っとありがと」

「どういたしまして」

「……普通に食パンだな」

「カレーパンでも出てくると思ったかい?」

「正直な。ジャムは?」

「ほい」

「サンキュ……おい」

「文句は許さない、絶対だ」

「……カレールーぇ……」


短いかなぁ……

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