十杯目
「はぁ……ほんとどうしようかなぁ」
くいっくいっと座椅子の背もたれを倒しながら、物思いに耽った。
──あれから、孝は家に帰って宿泊道具を持ってくると言って、一時帰宅した。オレが泊まっていって欲しいと懇願したのもあるけど、孝曰く「今の千里は危なっかしいから見ていられない」だそうだ。失礼な奴だと思う。
オレは一応お前がドギマギしてるの気が付いてるんだからな。
まぁ、一日中こんな美少女と一緒にいてよくもその程度で済ませられるものだと感心するが。
しかも言っておいてなんだけど宿泊て。耐えられるのか。孝の理性。こんな狭いスペースに男女二人とか。手を出されたい訳じゃ当然ないけど、なにもしなかったらヘタレか不能か。親友的にはどちらを願えばいいんだろう。
しまった。そんなことはどうでもいいんだ。いやさ、どうでもよくないけど、今においては火急の用事じゃないから捨ておいていい。
「いやはや、予想はしていたけど、これはキツい」
今、目の前の小さな机の上には問題のブツが散乱している。これを見つけてしまったから、一生懸命思索を巡らせなければいけなくなったのだ。
かたん、と座椅子で遊ぶのを止めてもう一度じろりと眺めた。
そこにあるのは見慣れた高校一年の教科書の数々。
ただし──
「──カッターで切り裂かれた痕や、売女やら根暗やらなんやら悪口がセットで付いてきます、ってか」
はぁ、現実のあまりの非情さに引きこもりたくなったよパトラッシュ。
これらを見つけてしまった経緯はこうだ。
孝がいなくなって、カレーライスにチーズを乗っけてそのとろけたチーズとまろやかかつ香ばしいカレーライスを絡めて食べて幸せ一杯になった後に、まどろんで、歯を磨いて、食器を洗って、さあテレビでも見ようかとウキウキ気分で座椅子に戻ろうとした時、足にエナメルを引っかけて中身をこぼしてしまったのだ。で、しまったと思い片づけようとすれば、見たくもないものが見えてしまったというね。
さっきは手だけをエナメルに突っ込んでいたから気づけなかったのだ。
「友達いない、この容姿、導かれる答えは……イジメだよなぁ、やっぱり」
女の嫉妬は怖いと言うからね。
それに、このオレは孝に出会っていない。つまり、誰も味方がいなかったんだ。要はこの子は俺に孝がいなかったらという典型。ほんと、祠の神様は何がしたいんだよ。
──次見つけたらぶち壊してやる。
なんにせよ。このブツは孝から隠さなければならない。明日どうせバレるにしても、今日はあまりにも迷惑を掛けすぎた。朝っぱらからずっと付き合ってもらって、泊まりさえすると言う。
お人好しすぎるのも考え物だ。
「なにかお礼でもあげるべきか……」
簡単なもので言えば、この身体を使ったお礼。……なんか卑猥だ、却下。ラッキースケベを意図的に起こすべきか。そのままベッドインなんて笑えないぞ。足フェチの気がありそうだから、足でも組んだら喜んでくれるかいな。
オレは孝にもらった帽子を指で遊びながら考えた。それにしても、やけに嬉しい。宝物だぁー! と公言してもいいくらい、この帽子が大切に思える。ダメだ。見てるだけで頬が緩む。これは机の上に置いておこう。
傷ついた教科書類はエナメルの中にリリース。どばどばー。
「……とりま、イジメには屈しない方向で。多少性格が変わっていても笑顔で仕方がないね、と言えばきっと許してくれるはず」
ふへへ。今までイジメに従順だった女の子の突然の反抗にどういう反応をするか楽しみだ。危なくなったら迷わず孝を頼ろう。もしくはフェロモンで男を操ろう。
……それをしたら人間的に終わるな。二つ目の案は却下で。
オレはなんの気なしにフェロモンを出してみた。そもそも、これがフェロモンかどうかも怪しいんだけどね。なぜか視覚化できた仮名フェロモンは薄いピンクの靄だ。しかも指向性。
トルネード、大回てーん、と言いながらぐるぐる回していると、良いことを思いついた。
「雲散霧消」
……うん、なくなった。やっぱり、肛門を閉めるのがフェロモンを出さない条件じゃなくて、なくすという意志を持つことが大事なようだ。
かけ声はなんとなく。中二病言うない。
時刻は午後九時。もうそろそろ孝が来てもおかしくない時間帯。
「よし、お風呂に入ろう」
ふっふっふ。ちゃんとお風呂は30分前に沸かし始めたのだよ。
「パジャマ、パジャマはどこかいなっと」
座椅子に座ったまま真横のタンスを開けた。ぎっしり詰まった男物。寝間着を見つけたので立ち上がって広げてみる。うむ、がっつりぶかぶか。
今ならその意図がなんとなーく分かるけど、家にいる時用まで男物にしなくていいじゃないか。ケータイの時も思ったけど、この子はかなりドジッ子というか、萌えポイント高めだったんじゃなかろうか。
まぁいまさら何を言った所でって話だ。
オレは一番マシだと思われた、ボタンで止めるタイプの寝間着を取り出すと、替えの下着を手に取って洗面所に向かおうとして、はてと立ち止まった。
「……寝る時って、ブラジャーはいるのだろうか……?」
……とりあえず、付けようと思う。
あ、その前にトイレ、トイレ。
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現在、裸族と化したオレは風呂場の姿見の前に立っているわけだが。
「全く興奮しないとはこれいかに」
腰を越える銀髪に、新雪のようなきめ細かい肌、作り物のような整った顔や、お椀型推定Bカップの胸も綺麗にくびれた腰もスラッとした足も、綺麗だなとは思うけど性的な興奮が全くない。
あれか、去勢すると性的興奮が起きなくなるって言うよね。似たような状況だし。
なるほろ。女性ホルモンと男性ホルモンで大分心の内も変わるのな。TS物の身体に心が引っ張られるっていうのも、あながち間違ってはいないわけか。
「……とりあえず身体を洗おう」
この後、身体の洗い方が分からず思いっ切りごしごし洗おうとして悲鳴をあげることになるのだが、オレの名誉の為にも割愛させてもらおう。
髪の毛に至っては、この長さをどう処理していいか分からず、もっと四苦八苦することになる。
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「もしかしたらと思いバスタオルで身体を隠しながら浴室を出ると、案の定孝がいた件」
「いいから早く服を着ろぉぉおおーーー!!」
えー、いいじゃん減るもんじゃないし。それにオレは風呂上がりに牛乳を飲むことが日課なの。
それに手で顔を隠しつつも、しっかり指のまたで見ているのも王道だよね。顔真っ赤にしてかぁいいかぁいい。
「さて、牛乳はっと」
「お願いだから服を着てくれやがりませんかねぇ!?」
「冷蔵庫をあさくるのに忙しい」
「嘘つけぇ!」
胸元までちゃんと隠してるからいいじゃん。この巻き方、初めてだから大変だったんだぞ。
お、あったあった。牛乳牛乳。コップはぁ、っと。
とくとくとく。
「孝うるさい。ご近所迷惑」
「ちょっ! それは……」
「うるさい」
「ごめんなさい」
コップを片手に文句を言うと、孝はうなだれた。
だけどまさか、着替えとけよと捨てぜりふを残すと座椅子のある居間に引っ込んでしまうとわ。ヘタレめ。サービスタイムはしゅーりょーですよ。
牛乳を飲み干すと、コップを流しにポイと放り込んで洗面所に戻っていった。
「着替えようにもブラジャーの付け方が分からないという事実」
「いちいち報告せんでいい!」
ちぇー、とブラジャーと向かい合う。そう言えば、店員共にもみくちゃにされた時にブラジャーを付けられたから、オレは付け方を知らないんだよな。
たしか、小説やマンガでTS主人公が初めてブラジャーを付けるときのやり方は。こう、ホックの方を正面に置いて、胸元の所で付けて、カップの方を正面に持ってきて、周りの逃げてしまった肉を寄せ集めて型にはめる、と。
おお、心なし胸が1サイズでかくなった気がする。
この渾身の出来映え。是非ともこの感動を誰かと分かち合いたい。
「孝、孝。見て見てー、ほれ上手くブラジャー付けれたよ」
「だから報告せんでい……い……」
おおふ、なぜに倒れるし。そんなにオレの裸が扇情的だったのか。……あ、パンチー履くの忘れてた。
・・・。まぁいいか。
「だ、大丈夫だ……辛うじて直視は避けた」
「バジリスクかゴーゴンか」
「お前はもっと恥ずかしがれ! そしてさっさと服を着ろぉ!」
「静かに怒鳴るって器用だな」
……さすがにちょっとやりすぎたか。ここは素直に戻って服を着ようか。
今度ネットで髪の毛を纏める方法を調べようと思う。
感想、ご指摘待ってます!!
そして、この小説はあくまでコメディを目指しますよ!




