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20)お稽古

 アリエルは精一杯神妙な顔をつくった。

「殿下、お願いがあります」

鏡の前で練習した表情の効果はあったらしい。

「なんだ?」

エドワルドが身を乗り出してきた。


 大人にお願いされて、嫌な子供はいないだろう。特に、エドワルドのように大人に囲まれている子供には、めったにない体験のはずだ。


 エドワルドは最強の竜騎士とされるルートヴィッヒに、少年らしく憧れてもいる。だが、ルートヴィッヒのように強くなれるわけがないと、剣の稽古にあまり熱心でない。アリエルは、護衛騎士達との雑談で、国王陛下の最近のお悩み事を知った。雑談というには真剣な護衛騎士達の表情に、アリエルは一つ芝居を打つことにした。


「殿下は、剣のお稽古をなさっておられますよね。私に教えてくださいませんか」

アリエルの言葉に、エドワルドはそっぽを向いた。

「ラインハルト侯に頼めばよいではないか」

そういわれると思って、対策は立てていた。

「お願いしてみたら、駄目と言われました。団長様のみならず、みんなに断られてしまって。私がこれ以上、女とは違うものになっては困ると思っているようです」

アリエルは、本来、屈強な男の仕事である竜丁だ。力仕事のほとんどを竜がやっているとはいえ、アリエルはかなりの変り者だ。


「だったら、私が教えるのも駄目だろう」

「でも、殿下、ここにいる人は、私以外みな戦えます。私一人が、何にもできないのは変です。それに、万が一のことがあったとき、足手まといになるのは不本意です」

「男は女を守る。竜丁だったら、竜騎士だけではなく、騎竜も守ってくれるからいいじゃないか」

「頼もしいですわ」


 アリエルは微笑んだ。ルートヴィッヒにもトールにも、鍛錬などしてどうすると、言われた。アリエル自身は、養父に剣を教わっていた。剣も短槍も養父の遺してくれた形見のようなものだ。稽古せず、腕が鈍る一方にしたくなかった。エドワルドが剣の稽古に乗り気になってくれたら、練習相手のアリエルにとっても利点があるのだ。


「でも、剣をどのように使うかわかっていないと、邪魔になると思うのです。少なくとも、間合いが分からないものが近くにいたら邪魔です。邪魔にならない程度に、剣の扱いを知っておきたいのです。それに、竜騎士様たちよりも、殿下に教えていただきたいのです」

「どういうことだ」

「団長様が、竜騎士様達に稽古をつけているのをご覧になったことはありますか?」

「ないな」

「想像なさってみてください。あの団長様と竜騎士様達の稽古です。本気ですよ」


 黙ったエドワルドとアリエルの目が合った。アリエルが見た訓練は、訓練というより、実戦だった。稽古用の切れない刀でなければ、死人が出るだろう。彼らが時々痣をこしらえ、服が切り裂かれている理由が分かった。出入りする薬師を手伝い、アリエルは怪我の治療を色々教えてもらった。服を切り裂くのは止めてほしい。繕い物をする側の身にもなってほしい。針子のマリアの腕前があるから、何とか繕えるが、結構大変なのだ。


「絶対に、殿下のほうが、きちんと教えてくださると思うのです。ほかにお願いできる人はおりません。どうか、教えてください」

尊敬する伯父より、頼りになると言われて、嫌な子供はいないはずだ。

「そうまでいうなら教えてやろう。でも、稽古用の剣はどうするんだ」

アリエルは隠していた木剣を出した。

「古くなったから、処分する予定だったものを、隠しておきました。これでいいですよね」


 欲しいといったらゲオルグに何に使うか聞かれた。団長の許可をもらっておけと言われた。アリエルの計画を知らない竜騎士はいない。ルートヴィッヒには、護衛騎士の同席と、怪我をさせないように、しないようにとだけ言われた。

「だったら、最初はな、持ち方からだ」

「はい」


 勿体ぶりながらも張り切るエドワルドは可愛かった。持ち方、基本の構え、素振り、から始まるのは、養父に教わったときと同じだ。片手間にも練習した。練習仲間が上手なほうが、エドワルドもやる気になるというと、ゲオルグが練習に付き合ってくれた。竜騎士としてのルートヴィッヒの師匠だ。沢山の竜騎士を育ててきただけあって、丁寧に教えてくれた。


 上達ぶりに驚くエドワルドには、殿下の教え方がうまいのです。それに私、とっても沢山練習しましたから。と笑顔で告げた。養父やゲオルグに稽古をつけてもらっていることは秘密だ。


 護衛達からは、エドワルドが稽古熱心になったと感謝された。


 そのうち、二人で、ゆっくりとだが、手合わせの型をなぞれるようになった。やればできる、人に教えるという体験は必要なのだ。

「私が剣を極めてもなぁ。護衛がいつもいるし、必要ないのではないか」

エドワルドの言う通りでもある。一人しかいない王子が、あまり張り切って、前線に出すぎてもらっても困る。


「殿下、いつか殿下はお妃さまを迎え、お子様もお生まれになるでしょう。有事の際、殿下が御身をある程度守ることができたら、護衛達は、お妃様、お子様方を守ることができます。無論、剣豪になる必要などございません。ですが、殿下ご自身のご家族のためになります」

それに、間合いの分からない相手が近くにいては、護衛も十分に実力を発揮できない。素人は本当に邪魔なのだ。


「竜丁も、男は強いほうがいいのか」

アリエルは知らなかったが、ここでの会話は、護衛騎士達を介してルートヴィッヒに筒抜けだ。

「弱い人は嫌ですね。弱い私が言うのも何ですが。少なくとも、私が逃げる時間を稼いで、自分も逃げきってくれる人じゃないと、二人とも死んでしまうではありませんか」

アリエルは、だからこそ、守ってくれる誰かを、間合いもわからず邪魔をするようなことを避けるために、稽古をしているのだ。


「竜丁、それは相当強くなくては無理だと思う。私が言うのもなんだが、お前の言うようなことができるこの者達は、他に比べてかなり強いぞ」

エドワルドに指さされた護衛騎士達は、静かにお辞儀をした。

「では、殿下、聞かなかったことにしてください」

アリエルが一度戦った、訓練を受けたことのない盗賊と、ここでの前提となる王侯貴族を狙う刺客とでは格が違うのだろう。


「まぁ、竜丁は、竜に守ってもらえば大丈夫だ」

アリエルはあいまいに笑った。外で、竜が近くにいればよいが、屋内で襲われた場合にはどうしようもない。

「屋内に竜は入れませんから、竜のところまで、逃げられるように頑張ります。でも、私などが狙われることもないでしょう。私を殺して、何が変わりますか」

ただの竜丁である自分を、殺す価値などあるとは思えない。自分が死んでも何も変わらないだろうとアリエルは考えていた。


 エドワルドと護衛達は、顔を見合わせた。この国で、竜といえば竜に乗る竜騎士を指すことが多い。特に王宮では、王都竜騎士団を指し、その団長であるルートヴィッヒ個人を指していると言ってよかった。

「竜が大変なことになる。少なくとも、竜丁がいなくなったら、だれが王都竜騎士団の騎竜の世話をする。次の竜丁を確保するのは大変だぞ。なにせ、お前が来るまで何年も、王都竜騎士団は新しい竜丁を探していたからな」

「まぁ、それは聞いてはおりますけれど」

アリエルからしたら、最初から竜達が懐いてくれたので、今一つ理解ができない。


「竜騎士もそうだが、竜に気に入られている人間を殺すのは、相当な覚悟がいるはずだ」

「なんの覚悟ですか」

「竜に殺される覚悟だ」

確かに、竜騎士同士の決闘で、卑怯な手を使って殺された竜騎士の騎竜が怒り狂い、相手の竜騎士と騎竜を殺してしまうこともあると教えられた。


「竜丁、お前は自分が、この国一番の暴れ竜と他の気性の荒い騎竜達すべてに好かれている、とても珍しい人間だということを、もう少し、わかった方がいいと思う」

そういうエドワルドは、ずいぶんと大人びて見えた。


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