12)新入りの竜丁と団長
ルートヴィッヒは、トールにつつかれて、目を覚ました。すでに明るい。
「朝か。ありがとう。トール」
竜騎士となる前、新月の晩は、暗闇に乗じて刺客に襲われることが多かった。トールはルートヴィッヒを匿ってくれた。竜が人の気配に敏感だと気づいてからは、ルートヴィッヒは、新月近くなると、トールの檻で眠っていた。
今でもルートヴィッヒは、新月が近くなると眠れない。無理に寝ても、血の匂いのする悪夢で目が覚めるだけだ。トールの檻の中ならば、安心できた。
「寝過ごしたか」
寝藁が残っているのはトールのところだけだ。
「団長様、おはようございます」
笑顔のアリエルがいた。
「あぁ。おはよう。寝過ごしたな。お前の仕事を増やしてしまったか」
「いいえ。トールが手伝ってくれますから」
アリエルの言葉通り、トールが尾で、寝藁をかきだしていた。アリエルは、その寝藁を、ピッチフォークであつめていく。ピッチフォークがやたらと大きく見えるが、アリエルの背丈のせいだろう。
「貸せ、ここは私がやろう」
「いえ、でも、これは私のお仕事ですし、団長様には団長様のお仕事もありますから」
アリエルのもつピッチフォークに手をかけたが、ルートヴィッヒの手はかるく外されてしまった。
「私のお仕事です。団長様は、団長様のお仕事をなさってください」
アリエルは、ややきつい口調でいうと、ピッチフォークで、トールがかきだした寝藁を集め始めた。
「団長様、団長様のお仕事は?」
さっさと仕事に行けと言わんばかりのアリエルの言葉に、ルートヴィッヒは苦笑した。
「わかった。行ってくる」
下働きのはずのアリエルに、王都竜騎士団団長である自分が、竜舎から追い出されるようで可笑しかった。
「行ってらっしゃいませ」
アリエルの言葉に、ルートヴィヒは振り返った。笑顔で見送るアリエルがいた。
「あぁ。行ってくる」
ルートヴィッヒには、自分の声が自分のものでないように聞こえた。見送りの声が、あれほど心地いいものとは、知らなかった。その心地よさに浸っていて気づくのが遅れた。
アリエルは、ピッチフォークにかけたルートヴィッヒの手を容易に外したのだ。握力も腕力もアリエルのほうがはるかに劣るというのに。竜丁として馴染んでしまったから忘れていた。アリエルの養父は護衛騎士のヴォルフだ。




