松永織①
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■松永織視点
私は十歳の時、並井十蔵に買われた。
父は幼いころに他界し、毎日酒をあおっては、色んな男を家に連れ込むような母親と二人暮らしをしていた私は、いつも暗い部屋の片隅で膝を抱えて過ごしていた。
そんなある日、突然黒服の男達が家にやってくると、母は私の腕を引っ張りながら玄関へと連れられた。
そして。
「さあ、来るんだ」
「……え?」
黒服の男がそう言うと、私を抱え上げ、そのままどこかへ連れ去ろうとする。
「イヤ! お母さん助けて!」
私は男の腕の中でもがきながら母へと手を伸ばすが、母は薄ら笑いを浮かべながら、別の黒服の男から封筒のようなものを受け取っていた。
その時、私は悟った。
ああ……私はあの母親に売られたんだ、と。
そのまま黒塗りの車の中へ放り込まれ、私はただ静かに震えながら、知らない場所へと連れていかれた。
「降りろ」
冷たく言い放つ男の言葉に従い、私はおずおずと車を降りる。
そこは、今まで見たことがないような大きな日本家屋の前だった。
「コッチだ」
前を歩く男について行き、私はその日本家屋の門をくぐる。
そこには広くて立派な日本庭園があり、その中央でお爺さんが一人、椅子に腰かけていた。
黒服の男がそのお爺さんの元へと歩いて行くので、私も一緒に向かう
「ご老公、連れてまいりました」
「おお、おお……この子がそうか」
お爺さんは私を見るなり、すごく嬉しそうにそのしわくちゃな顔をさらにしわだらけにする。
「フォフォ……名前はなんていうのかね?」
「あ、え、ええと……」
私はチラリ、と男へと視線を向けると、男は静かに頷いた。
「わ、私は“松永織”です……」
「そうかそうか、良い名前だねえ」
ニコニコと笑うお爺さんの様子に安心した私は、今までの緊張の糸が切れ、ぽろぽろと泣き出してしまった。
「おやおや、これはいけない。どうれ、ワシが君を悦ばせるとしようかの。さあ、コッチへおいで」
お爺さんが嗤いながら、家の中へと手招きする。
「は、はい!」
ああ、このお爺さんはいい人だ。
そう感じた私はお爺さんに誘われるまま、その大きな家の中へと入って行った。
……それが、地獄の始まりとも知らずに。
◇
それから私は十年もの間、並井十蔵に嬲られ続けた。
笠井十蔵の玩具として。
私は恐怖と苦痛を味わいながら、ただあの男を受け入れさせられる。
そして、気づけば私の中から感情というものが欠如していた。
何も見なければ、何も感じない。
何も聞かなければ、何も響かない。
何も思わなければ、何も苦しくない。
そうして私は、感情を見せることなく毎日を繰り返す。
ただ、なぜか並井十蔵はこの私に教養を身に着けさせるため、教師を一名私にあてがった。
そして、私はかなり高度な英才教育を受け、二十歳の時に並井十蔵の秘書となった。
……もちろん、並井十蔵の慰み者としての役割を果たすために。
そんな悪魔のような並井十蔵だが、心臓を患ったことを機に、異常に生に執着することとなる。
「ええい! この並井十蔵を生き永らえさせるための研究はどうなっておるのじゃ!」
「は……それが……」
額に汗を流しながら、黒服の男が視線を落とす。
「この! 馬鹿者があ!」
そう叫ぶと、傍にあった壺をつかみ、黒服の男の頭へと振り下ろした。
男の頭からポタポタと血が流れる。
「何としても研究を完成させ、不老不死を成し遂げるのじゃ! それまでワシの前に顔を見せるでないぞ!」
「……は」
男は深々と頭を下げると、部屋から退室した。
「ああ、全く! 使えん奴等じゃ! 織! 今すぐ脱げい!」
「はい」
そして私は何の感情も持たないまま、並井十蔵に今日も嬲られ続けた。
◇
それからしばらくしたある日、並井十蔵はとうとう己の目的を達成し得る人物を見つける。
それが、反町一二三という一人の研究者だった。
並井十蔵はあらゆる手段を使って反町一二三を抱え込むと、不老不死のための研究を強制的に行わせる。
そして。
「織よ、お主も反町くんに協力して、その身を差し出すじゃ」
「はい」
並井十蔵から無造作に死刑宣告とも取れるような指示を、私はただ淡々と受け入れた。
所詮、私は感情の無いただの人形でしかない。
なら、実験材料として醜く朽ち果てるのも、私に相応しい……そう思っていた。
「そ、その、君のような美しい女性をこのような実験に使うなんて、心苦しいよ……」
反町一二三の指示で私を手術台へと固定する助手は、私の裸体を見て頬を赤らめながら、そんな言葉をかけてきた。
「お気遣いなく」
私は、無機質にこの助手の男にそう答えた。
だが……私はこの男が妙に気になった。
なぜなら、その助手は恥ずかしそうにしながらも、申し訳なさそうにしながらも、その瞳の奥は何かを期待するかのように爛爛と輝いていたのだから。
——それが、私と高田様との初めての出逢いだった。
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