本町先生②
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■本町重雄視点
「ふむう……しかし、飯綱くんも紫村くんも休みだと、なかなか寂しいものだなあ……」
温かいコーヒーの入ったマグカップを片手に、私は軽く溜息を吐いた。
今思えば、飯綱くんも紫村くんも、うちの研究室になくてはならない存在になったものだ。
それまでの私は、どちらかと言えばあまり弟子は取らないほうで、一人研究に没頭することが多く、寂しいなんて思ったことは一度もなかった。
そんな状況に変化が訪れたのは、四年前の春……アイツからあんな手紙を受け取ってからだ。
◇
「本町先生、手紙が届いてますよ」
「手紙? はて?」
私の部屋へとやってきた秘書の言葉に、私は首を傾げる。
個人的なものであるなら自宅に届くはずだし、今までこうやって手紙を受け取ったことなど一度もない。
とりあえず、私は秘書からその手紙を受け取る。
「ふむ……宛名はなし、か……」
ますます怪しい……。
だが、そう思うと同時に、なぜか私はこの手紙に興味を持った。
ペーパーナイフで封を切り、仲の手紙を取り出す。
『——拝啓 親愛なる我が親友、本町重雄殿
君のことだから、今も息災ながら、生物工学の研究に没頭していることだろう。
私も君と一緒に肩を並べ、勉学に励んでいた時のことを今でも鮮明に覚えている。
そして、死人の私から突然この手紙が届いたことに、君は驚いていると思う。
君に危害が及ぶ恐れがあるため詳しくは語れないが、私はある研究のため、この国の秘密組織にて活動していた。
そして、私はその組織から粛清の対象となってしまい、現在身を隠している。
さて、私の身の上については置いておき、君に一つお願いしたいことがある。
実は、私には娘が一人いる。
今は妻の姓を名乗っており、名前を“紫村由宇”という。
その娘が、今年の四月に君のいる大学に入学することになった。
しかも、驚いたことに私達と同じ生物工学を専攻して。
ついては、君が思い出した時、手の空いている時で良いので、私の代わりに見守ってやってはもらえないだろうか。
勝手なお願いであることは重々承知している。
だが、もはや表に出ることができない私が、全幅の信頼を置いて頼めるのは、親友の君しかいないのだ。
もし君が、今でも君の心の片隅に私という男が友としているのならば、どうか願いを聞き入れてはもらえないだろうか。
君が私の願いを聞き入れてくれること、切に願う。
反町 一二三——』
この手紙を読み終えた後、私はクシャ、と握り潰した。
「勝手なことを……!」
反町が妙な研究をしていたことは知っていた。
そして、それを学会からは異端と呼ばれ、徐々にその居場所を失っていたことも。
「だからあの時、もうそんな研究は止めてしまえと言ったんだ!」
手紙をさらに潰して丸め、床に叩きつけた。
「ばかもんが……だが……」
そう呟き、私は叩き付けた手紙を拾い、また広げる。
「紫村、由宇……か……」
私は手紙に書かれた彼の娘の名前を、無意識のうちに反芻した。
◇
「紫村由宇です! どうぞよろしくお願いします!」
彼女の自己紹介に、私は思わず息を飲んだ。
どうやら彼の娘である紫村くんは、私のゼミを選択したようだ。
まあ、生物工学……特に細胞学に関してこの大学で学ぶならば、私のゼミに入るしかない。
そうか……彼女は自分の父と同じ道を目指すのか……。
結局私は、彼の思惑通り紫村くんの面倒を見ることになる。
だが、彼女は非常に優秀で、ゼミの中でもメキメキと頭角を現してゆく。
気づけば、彼女は私の一番弟子として、私の研究に欠かせないほどの存在となっていた。
やはり、彼の子ども、ということか。
私はこの皮肉めいた結果に苦笑しつつも、弟子である彼女の育成に力を注いだ。
◇
「はじめまして。今日からお世話になります、“飯綱江”です」
紫村くんが来たことで私の研究も軌道に乗り、ますます人手が必要となったことで、私は学長にお願いし、新たな人材を加えることにした。
それが、彼女——飯綱江という女性だ。
彼女は今まで、九州の大学で生物工学の研究をしていたとのことだが、問い合わせたところ、そのような事実は確認できなかった。
それでもなお、私が彼女を加えた理由……それは、やはりあの男からの手紙だった。
『——拝啓 親愛なる我が親友、本町重雄殿
由宇について、これほどまでに心を砕いてくれたこと、感謝に堪えない。
これからも君の指導の元、どうか由宇を正しく導いて欲しい。
さて、そんな君がちょうど優秀な人材を求めていることを聞き、一人推薦したいと思う。
私の弟子である“飯綱江”という研究者について、君の手で鍛えてやってもらえないだろうか。
彼女は優秀で、しかも生物工学に非常に長けている。
きっと君の力となるはずだ。
まずは、一度面接をしてやって欲しい。
その時に、君も彼女の優秀さを知ることになると思う。
彼女には、採用募集に申し込むよう伝えてある。
娘のことも含め、重ねて恐縮だが、君が私の願いを聞き入れてくれること、切に願う。
反町 一二三——』
この手紙を読み終えた後、私はクシャ、と握り潰した。
「またか! 反町の奴は、この私を便利な小間使いか何かと勘違いしているんじゃないのか!?」
全く……アイツは一体何を考えているんだ!?
とはいえ。
「はあ……人が足らないのは事実だし、生物工学のエキスパートが来るとなれば、断る理由もないか……」
何だか反町の奴に踊らされている気分だが、背に腹は代えられん。
結局私は反町の言を受け入れ、飯綱くんを面接した上、採用したわけだが……。
「先生、細胞分裂時における反証データはこちらです」
「お、おお、悪いね」
反町の言葉通り、飯綱くんはとても優秀な研究者だった。
私が一伝えれば十を理解する、まさに理想的な助手だ。
紫村くんといい、私としてはまさにホクホクである。
だが。
「反町……彼女達にも何かあるんだろう……?」
私とて海千山千を相手にして教授職まで登りつめたのだ。
それなりに人を見る目も持ち合わせている。
だから、彼女達が何かを抱えていることくらいは分かる。
「反町……まあ、彼女達のことは私に任せておけ」
私は、どこにいるかも分からない反町のことを考えながら、ぬるくなってしまったコーヒーを口に含んだ。
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次話は明日の夜更新予定です!
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