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毒母と天使と聖女


「母親メアリーを捕えろ」


 だが王太弟アンドリュースが命じても、神官達は戸惑った様子で倒れたメアリーの周りをうろうろするばかり。

 豊穣の聖女・蘇生魔法の使い手シルビア、その母メアリーの意に逆らえばシルビアの治癒魔法や蘇生魔法を受けられず、聖教会内で彼女は神官以上の権力を有している。


「静まりなさい、何の騒ぎです。これは法王様へ報告しなければなりませんね」


 甲高い男の声を聞いた神官たちが顔をこわばらせる。

 銀刺繍がほどこされた法衣をまとった鷲鼻の准神官が、薄笑いを浮かべながらシャーロットを抱えたアンドリュース公爵の前に進み出る。


「王太弟アンドリュース殿下。聖女シルビア様の母君を捕らえるなどと、恐ろしいことを仰らないでください。これは聞き分けの悪い娘を母が諌めただけの事」

 

 准神官長はニヤリと薄く笑い、神官たちを見渡して持ち場に戻れと命じる。


「この惨事が、親が娘を叱っただけと言うのか。では聖女シルビア様も、日頃から母親に折檻を受けているのだな」

「まさか、メアリー夫人はシルビア様を大切に扱っています。母を呪う姉シャーロットを、厳しく躾けただけではありませんか」

「貴様はこの惨たらしいシャーロットの首の火傷を見ても、同じことが言えるのか!!」


 アンドリュース公爵は抱えたシャーロットの体を起こし、姿がよく見えるように掲げる。

 豊穣の聖女と瓜二つの少女の、赤く爛れた痛々しい首の傷を晒されると、ヒィッと息を呑む声や、おいたわしやシルビア様と神官達の嘆く声が聞こえる。

 今回シャーロットの中の人は、面談用に日に焼けた健康的な肌を白く塗り、薔薇色の分厚い唇を沈んだ色の薄い唇にして、眉尻を下げたシルビアそっくりメイクに仕上げていた。


「お前達、この少女はシルビア様では無い。呪われた貧相シャーロットだ」

「畏れながら准神官長様、私はシャーロット様付きのメイドございます。貧相だったシャーロット様は、この二年で美しく成長なされました。しかし母メアリーは、美しいシャーロット様を妬み襲い掛かったのです!!」


 エレナの話を聞き、それまで冷静さを装っていた准神官長も真顔になる。

 実は聖教会内でも、メアリーに妬まれイジメを受けた聖女がかなりの人数いるのだ。

 

「それは大変だ。美しく成長した娘を平気で傷つけるメアリー夫人は、いつか同じ顔をしたシルビアを傷つける恐れがある」

「しかしアンドリュース殿下、いくらメアリー様でも実の娘のシルビア様に手を出したり……」


 准神官長の言葉は説得力皆無で、黙って話を聞いていたひとりの武装神官が、意を決して倒れたメアリーの両手を縛ると、他の神官達もワラワラと集まって巨体を縛り上げる。


「しかしメアリー様は、豊穣の聖女シルビア様にとって大切なお方。聖女様が眠られている間に母親が捕らえるのは、いかがなものかと」

「聖女に選ばれし者は、幼き頃より家族と別れ、女神に仕える。豊穣の聖女となるシルビア様も、独り立ちの時期が来たのだ」

「ですがメアリー様がいらっしゃらないと、シルビア様は私達のお願いを聞いてくださるでしょうか」


 シルビアは普段から母メアリーの言いなり、影で操り人形と噂される。


「これは聖女シルビアの身の安全を守るためでもある。我はメアリーを地下牢に幽閉しろとは言わない、どこか離れ小島の修道院で療養させてはどうだ。今後のことは、王都聖教会の裁量に任せよう」


 アンドリュース公爵は暗に、メアリーを島流し&人質にしてシルビアにいうことを聞かせろと告げる。

 准神官長はしばらく考え込んだ後、満面の笑みを浮かべながら頭を下げた。

 その後アンドリュース公爵は、シャーロットの手当てをしたいと申し出た神官を払い除け、彼女を抱き抱えたまま王都聖教会を去った。

 礼拝堂に駆けつけてメアリーからシャーロットを脱出させた善良な神官は、抱えられたシャーロットを痛ましそうに見つめた。

 

「メアリー夫人が娘を殺めようとした時、礼拝堂から眩い光が溢れ出た。あれはきっと豊穣の女神が、哀れなシャーロット様を助けたんだ」


 聖女シルビアの母、メアリー・クレイグ伯夫人の娘殺し未遂事件は夜のうちに聖教会中に知れ渡り、翌朝には王都中の人間がその話で持ちきりになる。





 騒がしい夜が明け、懺悔室という名目の独房の中で目覚めたメアリーは、朝食を運んできた神官見習いを羽交締めにしながら叫ぶ。


「聖女シルビアの母である私が、なぜこんな薄汚い場所に閉じ込められているの!!」


 食器の割れる音と悲鳴を聞いて武装神官達が駆けつけ、メアリーに押さえつけられた神官見習いを助ける。


「おい、しっかりしろ。 だめだ、失神している。昨日は自分の娘、今日は神官を締め殺そうとするなんて、この女完全にイカれてる」

「自分の娘? アレは悪魔よ。私はシャーロットの怪しい魔法陣に囚われて、四つ星魔力を奪われたの」


 武装神官から報告を受けて懺悔室に来た准神官長に、メアリーは哀れな声で訴える。


「シャーロットは私を老化で呪い、さらに四つ星魔力まで奪ったの。魔力強奪は大罪、早くあの娘を捕らえて私の魔力を返して」

「魔力を奪われたにしては、メアリー夫人は大変お元気な様子。それに夫人の魔力は二つ星です」

「なんですって、私の魔力は四つ星よ!! シャーロットが母親である私から魔力を盗んだの」

「メアリー夫人、シャーロット様は冒険者ギルドで四つ星魔力認定されています。ランクの低い二つ星魔力を強奪する必要はありません」


 そう告げる准神官長は、二つ星のメアリーを見下した口調で笑う。


「違うわ、私の魔力は四つ星。そして娘シャーロットは魔力二つ星の出来損ないよ」

「メアリー夫人の魔力判定が行われた二十年前は、判定ミスが多かった。しかし昨夜、貴女の魔力は二つ星と正確に判定しました」


 貴族の魔力は自己申告で多少のごまかしがあるため、メアリーがいくら四つ星だと主張しても、准神官長は聞く耳を持たない。


「メアリー・クレイグ伯爵夫人の罪状は、王都聖教会内での娘殺し未遂と中庭の礼拝堂破壊。余罪として神官見習いへの暴行も加わった。懲罰として、罪人メアリーを絶海孤島修道院に送る」


 武装神官三人に取り囲まれたメアリーは、逃げようと懺悔室の扉を破壊したので手枷足枷されて連れ出される。


「離しなさい、私は聖女シルビアの母親なのよ。たかが准神官長の命令なんて聞かない。法王様はどこにいるの、シルビアに会わせなさい!!」

「法王様は第三王子殺しの魔人捜索に忙しい、私は法王様から全権を預かっているのだ」

「この女は危険だ!! シャーロット様と神官見習い、次はシルビア様を締め殺す気だ」


 暴れるメアリーを護送馬車に押し込めるのに武装神官七人が怪我をして、シルビアが目覚める前に修道院送りは決行された。



※※



 事件後、傷ついたシャーロットはこんこんと眠り続け、翌々日の昼に意識を取り戻した。


「シャーロット様、目を覚ましたのですね。どこか痛いところはありませんか」


 寝ずの看病をしていたエレナは、安堵の表情を浮かべながらシャーロットに話しかける。

 シャーロットは少しぼんやりとしてベッドから体を起こすと、無造作に首に巻かれた白い布を外す。

 少し熱を持った首は微かな痛みを感じ、指先で触れるとボコボコした肌の引っかかりを感じる。


「エレナ、鏡を持ってきて頂戴」


 命ぜられたエレナは、微かに肩を震わせながらエプロンドレスのポケットから手鏡を取り出して、シャーロットに差し出す。

 鏡を覗くと寝起きの腫れぼったい眼が映り、少し鏡を傾けると首の周りを覆う赤黒いアザがある。

 はっきりと指の形がよくわかるアザに自分を指を重ねると、シャーロットは微かに笑った。


「ねえ見てエレナ。お母様の指ってとても太いのね」

「ううっ、なんて痛ましい。大丈夫ですシャーロット様、辺境に戻れば首のアザを消せる上級薬草があるはずです」

「どうして? このアザは私がお母様から四つ星魔力を勝ち取った証、勲章よ」

「メアリー奥様は、シャーロット様を害しようとしました。わ、私はあの女が許せません!!」


 エレナは悲しみを堪えながらシャーロットの顔色を確かめると、常にキラキラと輝く瞳が、湖の深い底のように重たく曇っていた。


「オークは群れのボスになるために、親兄弟が殺し合って、勝者が最強オークキングになるの。私は殺そうとしたお母様から魔力を奪った。きっと私もお母様も、オークのような醜い魔獣の心を持っている」

「シャーロット様がオークだなんてとんでもない。貴女は魔力のない無能な私をエルフ王女と励まし、毒に侵されたアザレア様を救った黄金の天使。雌オークはメアリー奥様だけです!!」


 シャーロットはエレナの剣幕に驚くと、エレナは拳を握りしめ悔しそうに足を踏み鳴らす。


「メアリー奥様が雌オークだったら、私がさっさと討伐するのに。どうかシャーロット様、人の心を忘れないでください。貴女はみんなに愛されています」

「プッ、お母様を討伐するって、エレナ冗談、ふっ、アハハッ……」


 思わず吹き出したシャーロットの曇った瞳に微かな光が宿り、手に持った鏡の上に水滴が落ちる。

 シャーロットは不思議そうに首を傾げながら水滴を拭うが、水は次々とこぼれ落ちて鏡を濡らす。

 声もなく涙を流すシャーロットを、エレナは優しく抱きしめた。


「エレナ、お母様に首を絞められたのは、私の中の人。アノ人はとても苦しかったのに、私が五つ星魔法使いになれるって、とても喜んでいた」

「シャーロット様とゲームオは同じ体ですから、シャーロット様の利益がゲームオの利益になります」


 しかしシャーロットは、ぱらぱらと涙をこぼしながら首を横に振った。


「中の人はいつも私が楽しく、幸せに暮らせるように願っているの。料理を作る時も、自分はお腹が空いていても、私の食欲が満たされるよう魂を入れ替える。私の事だけしか考えていない」

「ゲームオはいつも、シャーロット様は世界で一番愛らしいと言っています」

「私はお母様に一度も愛情をそそがれた事が無いけど、愛情を知っている。私の中の、魂の半分に優しくて暖かくて深い愛情があるの」


 シャーロットはエレナの胸の中で泣きながら話をして、やがて泣き疲れて眠る。

 翌朝、明るく溌剌とした表情で目覚めたシャーロットは、ベッドから飛び起きると寝巻き姿で部屋の外へ駆け出す。


「私、アンドリュースおじ様の持っている五つ星武器が欲しい。五つ星魔法使いになれば、女神アザレア様の護衛ができるわ」

 

 

※※



 三日ぶりに目覚めたシルビアは様々な神事や接待を命じられ、半日以上経ってから、メアリー夫人の事件を知らされる。


「お母様がシャーロットお姉様を殺そうとしたなんて、そんな話信じません。私をお母様に会わせてください」

「聖女シルビア様、その話は後でいたしましょう。今は蘇生魔法の儀が優先です」


 大聖堂の中に信者たちは多くの亡骸を持ち込み、聖女シルビアの蘇生魔法を待っていた。


「嫌です、私は法王様とお母様の言うことしか聞きません。ここにお母様を連れて来なければ蘇生魔法は使いません」


 准神官長は強張った笑みのまま後ろを振り返り、目の周りが黒く腫れ上がり首に包帯を巻いた若い男を呼び寄せる。


「それでは聖女シルビア様。メアリーお母様から暴行を受け、殺されそうになった彼の願いを聞けば、お母様の罪が軽くなるかもしれません」


 王都聖教会内でも見習い神官程度では、治癒魔法も薬草も使わせてもらえない。


「それなら私が、あなたの怪我を治癒魔法で治せばいいのね」

「いいえ、シルビア様。僕の怪我が、な、治っても、メアリー様に殴られた痛みと、恐怖と屈辱は消えない」


 若い男はシルビアと目を合わせず、何度か口籠もりながら答える。


「そんな、では私はどうすればいいの?」

「聖女シルビア様、僕の知人が、大切にしていた、う、馬を蘇らせてくれたら、僕はメアリー様を許します」

「まぁ、そんな簡単なことで、お母様を許してくれるのね。その馬はどこにいるの」


 そしてシルビアは男の知人の馬を甦らせると、魔力が尽きて深い眠りにつく。

 数日後、目覚めたシルビアの前に、母メアリーに鞭で打たれたと言う女が現れる。

 母親の罪を許されるために、再びシルビアは女の願いを聞いて溺死した男を甦らせる。


「今日も聖女シルビア様は、魔力が尽きて眠られた。母親の罪を償うために健気なことだ」

「それにしても、これほど大人数のメアリー夫人被害者が出てくるとは思わなかった」

「さすが准神官長様、親の罪を子に償わせるとは素晴らしい考え。これで聖女シルビア様は、我々の言いなりですな」


 メアリー夫人の被害者に少し金を与えて願い事を言わせ、蘇生者から金銀財宝を寄付させる准神官長は、法王が留守の間に権力を増す。


 しかし理由を知らない信者たちは、瀕死の子供より馬を優先して蘇生し、流行病で苦しむ大勢の赤子より泥酔溺死した男を蘇生した聖女シルビアに対して、次第に怨嗟の声が湧き上がる。


※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] シャロちゃんとゲームオの関係すこ シルビアちゃんが不憫すぎる…
[良い点] 書いてくださり、ありがとうございます!今回の話もすごく面白かったです!メアリーざまぁ!       個人的に私が好きなキャラはゲームオです!彼のシャロちゃんを愛し、幸せを願っているところと…
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