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黄金の天使2

 シャーロットの周囲に飾られた花々が次々と枯れ、白い花吹雪が舞い落ちる不気味な光景に、中年の修道女は悲鳴を上げるとその場で腰を抜かした。

 【老化・腐敗】呪いの範囲は半径五メートルだから、大聖堂の六分の一が呪いの範囲内にあり、貴族たちは席から立ち上がると出口の方へ逃げようとして将棋倒しになる。

 大聖堂の隅で待機していた武装神官は逃げる人々を払い除けながら、舞い落ちる花びらを楽しげに仰ぎ見ていたシャーロットに無言で近づく。


「呪われたシャーロット、神聖な王都聖教会を汚すとは、例え聖女シルビア様の姉でも許さ、ウガァーー」


 シャーロットに大剣を突きつけて威嚇する武装神官が、突然後ろに弾け飛ぶ。

 仲間が驚いて助け起こすと、武装神官の黒覆面が破けて兜が大きく凹み脳震盪を起こしていた。

 大聖堂内に武器を持ち込めないシャーロットは、ブレスレットの数珠玉をひとつ摘むと指で弾き、武装神官を狙撃したのだ。


「花が枯れたぐらいで、なに大騒ぎしているの? お前たち神官は、萎れて枯れた花しか準備できなかったのね」

「なんだと、大聖堂の花を呪いで枯らしたのは貴様の仕業だ!! 母親を呪い老化させた悪ノ令嬢シャーロット」

「ええっと、花ならちゃんと咲いていますよ。どうぞご覧ください」


 シャーロットの後ろからスコット・クレイル子爵が弱々しく声をかけると、両手に抱えた植物の鉢を差し出す。


「武装神官様、これはクレイグ伯爵家から亡きフレッド殿下に捧げる花で、今まさに蕾が開こうとしています」


 スコット子爵が持つ鉢には、サボテンのように分厚い葉に白く細長い蕾が付いている。

 奇妙な花の蕾が目の前で生き物のようにザワザワと動くと、両手より大きな純白の花びらが開木、それ見た武装神官達は口をあんぐりと開き呆けている。


「勝手に花を枯らせたり咲かせたり出来るとは、面妖な呪いだ。やはりシャーロットを捕らえ、アガガッ!!」

「美しい花を咲かせるのが呪いというなら、死者を蘇らせる方が、よっぽど呪いだ」

「我ら武装神官の邪魔をするのは誰だ、ヒェエっ、死に損ない公爵!!」


 シャーロットを取り囲んでいた武装神官は、アンドリュース公爵に後頭部を叩かれて失神する。


「王都聖教会は、花を枯らした不始末を十二歳の少女に押し付けるのか。この美しい白い花は月下美魔女。年に一度一晩しか咲かない高貴な夜の花を咲かせたシャーロットは、まさに黄金の天使」


 シャーロットの呪い【老化=成長促進】は、切花は枯れるが鉢植えの花は七倍速で成長する。

 仕事をしない王族連中の代わりに葬儀準備を任されたアンドリュース公爵は、中の人に頼まれ蕾をつけた白い花の鉢を王都中からかき集めた。

 大聖堂の花は半分が枯れたが、フレッド王子の棺の周囲には鉢植えの白い花が咲き誇り、月下美魔女はフレッド王子の頭上に飾られる。

 神官や修道女が枯れた花を片付け、逃げた貴族達が再入場している間に、アンドリュース公爵はクレイル子爵に声をかける。


「スコット・クレイル子爵。我が亡き甥フレッドのために、貴重な花を献げてくれて感謝する」

「畏れ入りますアンドリュース公爵殿下。葬儀に参列できない聖女シルビアの代わりに、我が家の月下美魔女を贈らせていただきました」


 ちなみに月下美魔女は、クレイグ伯爵家の庭師ムアが大切に育てていたもの。

 シャーロットの中の人はインキュバス執事アートに命じて、「シルビアが月下美魔女を贈る」とスコット子爵に偽の言伝をした。


「聖女候補シルビアは、また魔力切れを起こしたのか?」

「昨日事故で死んだ大富豪を蘇らせて、魔力を使いすぎたシルビア様は気を失い、三日はお目覚めにならないでしょう。母親のメアリー伯爵夫人が聖女に付き添っています」


 事故で亡くなった大富豪とは、浮気がバレて妻に刺されて死んだ悪徳大商人で、浮気相手が王都聖教会に全財産寄付して蘇らせた。

 しかし生き返った悪徳大商人は無一文というオチがついている。


「スコット子爵は、聖女候補シルビアについて詳しいのだな」

「私はメアリー伯爵夫人から、クレイグ伯爵家代理を任されていますので」

「なるほど、これからはスコット子爵に話を通せば良いのか。ところであなた方は、シャーロットの呪いを恐れないのか?」


 ほぼ初対面というのにスコット子爵と母親は驚くほどシャーロットに好意的で、子爵夫人だけはシャーロットを避けていた。


「私とメアリーは幼なじみで、シャーロットは若い頃の彼女に似ているからでしょう。昔のメアリーはとても可愛らしく綺麗な女性でした。今は、その面影もありませんが」


 スコット子爵が複雑な表情で深くため息をつくと、隣の子爵夫人は鼻で笑った。

 アンドリュース公爵は何も見なかった様子で、シャーロットに話しかける。


「シャーロットは、今も王都聖教会が怖いか?」

「いいえ、アンドリュース叔父様。修道女の叫び声はメス魔猿みたいで面白かったし、聖教会の武装神官って強そうな成りをしているのにオークより弱いのね」

「いやいや、武装神官は全員四つ星魔力持ちでオークくらい倒せるが、シャーロットの方が強いのだ」


 魔力測定をしていないが、すでにシャーロットの実力は四つ星魔力MAXだろう。

 魔力以外も、巨人族の腕力で弾いた数珠玉は、武装神官の頭部を破壊できる。

 シャーロットが手加減したおかげで、彼らは命拾いしたのだ。

 その後アンドリュース公爵がフレッド王子の葬儀をとり仕切り、ダニエルは裏方を任され厳かに粛々と行われた。

 我儘で横暴で女好きだったが、見目麗しいフレッド王子の死はサジタリアス王国に暗い影を落とす。




 葬儀後に予定された母親メアリー夫人との面談は、王都聖教会控えの間で長時間待たされることになる。

 そこは王都聖教会の力を誇示するように、ギラギラした宝石が埋め込まれた女神像や宗教画が飾られた豪華絢爛な部屋。

 朝から一日中葬儀に参加したシャーロットは、待ちくたびれて赤いビロードのソファで横になると寝てしまい、深夜になってシャーロットの中の人が出てきた。

 中の人は王都聖教会の客間に飾られた大きな姿見の前で、艶やかで見事に波打つブロンドの髪に触れながら微笑む。

 レースのふんだんに使われた黒ドレスに金糸刺繍の赤いマントを羽織り、何度も何度もシャーロットの美しい姿を確認していた。


『世界一麗しい僕の黄金天使シャロちゃんが、おデブ母親と瓜二つってマジ? そういえばスコット子爵のあの口調、メアリーに呆れていたな』

「メアリー夫人は最近ますます太ったそうです。スコット様は馬車から降りようとしたメアリー様に足を踏まれて骨折したり、酔ったメアリー様に倒されてアバラ骨を何本か折っています」

「えっ、スコット子爵がシルビアをよく知るのは、何度も骨折を治してもらった関係?」


 エレナは眠気覚ましのお茶を手渡しながら、中の人に報告する。

 夜遊び好き酒乱メアリー夫人のエスコートというか、世話をする役目はスコット子爵に丸投げされていた。

 

『もしかしてシャロちゃんも、中年太りしやすい体質?』


 お茶受けのクッキーに手を伸ばそうか迷っていると、控えの間の扉が開きにアンドリュース公爵が入ってくる。


「すまないシャーロット、今は夜の君か。メアリー夫人の都合で、こんな遅い時間の会談になってしまった」

 

 メアリー夫人は、あらゆる理由をつけてシャーロットと会おうとしない。

 流石に王族の葬儀には参列すると思ったがシルビアの介護を理由に不参加で、この面談もアンドリュース公爵が王命としてやっと実現できた。

 かなり困難な交渉だったのか、アンドリュース公爵の目の下のクマが濃くなっている。


『いやいや、アンドリュース公爵こそご苦労様。王族連中は葬儀の間座っているだけだった。そういえばサジタリアス王国の王位継承権、二位のフレッド王子の代わりにダニエルが来るのか?』

「いいや、ダニエル程度で王位継承権二位にはなれない。私の次席は第一王子だ」

『何故、第一王子はまともに起き上がれないほど寝たきりなんだろう?』


 アンドリュース公爵はどこか遠い目をしながら秘密を告げる。


「私の知る第一王子は、サジタリアス王国の至宝。生まれながら六つ星魔力を有する子供だった」

『生まれつきの六つ星って、五つ星シルビアやアンドリュース公爵より格上の魔力!! でもなんで天変地異クラスの六つ星魔力持ちが寝たきりなんだ?』

「私と愚兄はエンシェントブラックドラゴン討伐に向かい、私は即死呪いに侵された。だがエンシェントドラゴンを討伐した兄は呪われていない。ヤツは自分の幼い息子に、即死呪いを肩代わりさせたのだ」


 そういえばゲームの第一王子はシルエットと字幕表示のBOTで、第二王子はシルビアに付きまとうお邪魔キャラだった。

 まさか現実の第一王子が、こんな重要な秘密を持つ人物とは思いもしない。

 

『出来のいい第一王子に即死呪いを肩代わりにさせたら、第二王子は馬鹿で第三王子は女狂いで第四王子は託卵。だからダニエルの母親をNTRって、どんな地獄だ!!』

「あの愚兄だけで、エンシェントブラックドラゴンの呪いを操れるはずがない。討伐メンバーだった、現法王が悪知恵を授けたのだろう」

『どこの一族も、因縁怨念でドロドロぐちゃぐちゃだな』


 思わずシャーロットの中の人は、吐き捨てるように呟く。

 それならせめて僕の愛するシャロちゃんは、一族のしがらみから解いてあげよう。





 控えの間に無表情の神官がやってきて、会談の始まりを告げる。

 扉の向こうからドスドスと重たい地響きが聞こえ、両開きの扉が大きく開け放たれ、現れたのは巨大な肉の塊。

 両肩を屈強な武装神官に支えられ、黒いドレスを飾る大量のリボンとフリルがさらに体を大きく見せる。

 アゴの肉で首が埋れた厚化粧のメアリー夫人は、のそのそと重い体を引きずりながら娘シャーロットの前に進む。


『うわぁ、これは相撲レスラー級。スコット子爵の骨も折れるハズだ』

「お前、その姿はまるで、黄金薔薇と呼ばれた若い頃の私」


 シャーロットが子供部屋から逃げ出して二年半、感動?の母娘対面だった。

※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 家族から虐められるの凹むなぁ...と初めは思いましたが最初からイッキ見しました。 めちゃくちゃ素晴らしい作品ですね。 続きをお待ちします
[良い点] コウシンヤッター! [気になる点] 今回とても読みやすかったです 個人的に、悲鳴が「ー」で終わると間延び感が出るから最後は「ッ」を使ったほうがすき [一言] メアリー夫人ゲームだとタンク…
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