黄金の天使
王都の北に位置するアンドリュース公爵邸の周囲は、最下層の病人や怪我人たちが集まっていた。
シャーロットは倒れた病人の口をこじ開けて綿あめを押し込み、痛みで暴れる怪我人を巨人族の剛腕で押さえつけて口に綿あめを押し込み、怯えて逃げる病人の頭をわし掴んで口に綿あめを押し込む。
「俺はもうだめだ、最後に金髪の天使様がお迎えに来た。モグモグ、甘い、これは天国の食べ物かな?」
「触るな、痛い痛い!! モグモグ、あれ、痛くない」
「やめて、私の肌をみないで。モグモグ、爛れた腕のやけどが消えたわ!!」
治癒キャンディ入り綿あめ・天界の白い雲を食べた者は、熱が下がり頭の痛みが引き怪我が治る。
それを見て他の人々も、大人しく雲を食べさせてもらった。
周囲の者に綿あめを与え終えたシャーロットは、少し一休みして半分の大きさになった綿あめを千切って食べる。
金色の髪についた砂糖が光の加減でキラキラと輝き、同じく砂糖まみれの黒いドレスも虹色の光を放っていた。
最初に綿あめを食べた幼い少女が目を覚まし、マジマジとシャーロットの顔を見つめ、何かに気付いて大きな声を上げる。
「ねぇお父さん。あのお姉ちゃん、聖女シルビア様と同じ顔をしているよ」
どこか見覚えのある、誰かによく似た顔だと少女の父親も思っていた。
彼らはシャーロットの妹、聖女候補シルビア生誕祭のために王都を訪れていたのだ。
「シルビア様は床に届くほどの長い銀髪。でも彼女は金色の太陽みたいな髪だ」
「シルビア様とそっくりだと!! まさかこいつはシルビア様の姉、呪われたシャーロット」
痩せた中年男は悲鳴をあげて、シャーロットを指差す。
「呪われたシャーロットに近づくと寿命を奪われるぞ。自分の母親に老化呪いをかけた恐ろしい娘だ」
中年男の言葉に驚いてその場から逃げ出す者と、怒りの形相で立ち上がる者が半数。
シャーロットの顔を仰ぎ見て、その場で平伏する者が半数。
「俺の娘の病気は治った。女神アザレア教は人々を分け隔てなく救ってくれるという、噂は本当だったんだ」
「でも聖教会は、アザレアは女神の名を語るニセモノで、汚れた悪魔だと言っている」
「アザレア邪教徒を捕まえたら、聖教会から報酬を貰える。呪われたシャーロットなら金貨十枚、もしかして百枚くれるかもしれない」
中年男が口から唾を飛ばしながらわめくと、金貨百枚と聞いて欲に目の眩んだ者たちがシャーロットを取り囲む。
「せっかく病気を治してあげたのに、お前は私の大切な女神様を悪魔と罵倒した」
シャーロットは頭上の雲から可愛らしい花モチーフの杖を取り出すと、捕らえようと腕を伸ばす男たちを軽く払う。
パキン、ボキボキっと乾いた鈍い音が響き、瞬く間に男たちの腕を叩き折る。
王都の冒険者はオークの子供より弱く、男たちはシャーロットの敵にすらならない。
悲鳴をあげて倒れた男たちの肩にモーニングスターを振り下ろし、無慈悲に叩いて砕く。
「私の女神様の悪口を言う者は同じ目にあわせる。そして女神アザレア教に救いを求める者は平伏せよ。その口に天界の甘い雲を与えます」
巨人族の血を引くシャーロットが全身からオーラを放つと、普通の人間は威圧され立ち上がることができない。
「ヒィイー、呪われたシャーロットに睨まれたら死んじまうっ」
「この罰当たりめ!! 年寄りのワシが十才若返ったのに、なにが老化呪いだ」
さっきまで死にかけていた老婆に、男は靴先で叩かれて慌てふためいて逃げ出す。
病の娘を治してもらった父親は、シャーロットの目の前で膝を折り深々と頭を下げる。
「娘の命を助けてくださり、ありがとうございます。この御恩をお返したくても、貧しい自分達にはなにひとつ寄附するものがありません」
「私、欲しいものは自分で取りに行くから、寄付なんていらないわ。それより病気や怪我が治って動けるなら、アンドリュース叔父様のお屋敷を綺麗に掃除してちょうだい」
「綺麗に掃除、なるほど。あなた様の尊い善行を邪魔をする者たちを、排除するのですね」
父親は洗練された仕草でスクッと立ち上がると、老婆と目が治った少年に声をかけて娘を預ける。
背負ったズタ袋から剣を取り出し、腕をへし折られてうめく男の襟首をつかんでどこかへ連れて行った。
「エレナ、喉が乾いたわ。それに髪も服もベタベタしている」
「お疲れ様です、シャーロット様。残りの綿あめは彼女達に配ってもらいましょう」
シャーロットが屋敷に帰ったあと、豊穣の女神によく似た長い黒髪の美男美女が、白い雲をちぎって人々の口の中に入れてゆく。
甘くとろけるような香りと共に現れた黒いドレスの黄金の天使が、天界の雲をちぎって病人に与えている。という噂が、その日のうちに王都中に広がった。
女神アザレアから天界の雲を授かった黄金の天使は、裏街の病人怪我人を助けている。
天界の雲はふんわりと柔らかくてとろけるように甘く、食べると瞬く間に元気になるらしい。
ただし白い雲を食べたら、聖教会が邪教と呼ぶ女神アザレア教に改宗しなければならない。
「王都の北、裏街は邪教徒達の住処になっている。決して近づいてはならない。魂が穢れ地獄に落ちるぞ」
聖教会は信者達を諌めるだけで何もしない。
聖教会神官が白い雲を盗み口に入れようとした途端消えてしまい、残りの雲も空高く飛び去ってしまった。
そのせいで御利益を授かれなかった者たちは怒り狂い、神官を袋叩きにした。
「天界の雲は舌先にまとわりつくような甘さで、それを食べると身体中の痛みが消えた」
「もうすぐ天界の雲は消えてしまう。早く女神アザレア教に改宗して、怪我を治してもらおう」
「裏街のゴミを拾ったり壁の汚れを洗う簡単な奉仕活動で、仕事が終わると肉の入ったスープと大きな芋がもらえる」
シャーロットと女神アザレア教宣教師は、二日間で三千人以上の口に綿あめを突っ込んだ。
しかし改宗する人間が予想以上に多く綿あめが品切れる頃、現在の主人アンドリュース公爵よりシャーロット最優先のジェームズは、ワインセラーに保管された高級薬草の蜜で作られた特別な蜂蜜酒を提出した。
特別な蜂蜜酒を薄めて凍らせた綿雪かき氷を、天界の雪と偽り病人怪我人に与えて急場を凌ぐ。
『アンドリュース公爵家秘蔵の、特別なハチミツ酒が五十本見つかってよかった』
「ハハハッ、知らんふりしていた訳では無いぞ。王宮の仕事が忙しすぎて忘れていたのだ。それにしてもシルビアのように全員分け隔てなく救うのではなく、女神アザレア教に改宗した者だけ救うとは、よく考えたものだ」
軽い綿あめを空に雲のように浮かすのは一つ星風魔法、綿雪氷を作るのは一つ星氷魔法で出来る。
ちなみに滑車回しの役目を終えたモル魔ットたちは、配給スープの具になった。
シャーロットの中の人の作戦が功を奏し、第三王子フレッドの葬儀前日に王都の騒乱は治まって暴徒を鎮圧する必要がなくなった。
現在女神アザレア教に改宗した者の中から、砂漠のアンドリュース領に入植者を募っている。
「改めて、これほどの奇跡を起こした夜の君に感謝する」
『僕は聡明で清らかで慈愛あふれるシャロちゃんの願いを叶えるため、治癒キャンディを混ぜた綿あめを作っただけ』
「ハハハッ、王は暴徒を排除せよと命じ、シャーロットは暴徒の病を治して我が領に移住させた。六つ星魔力を持つ私でも、そのような事を成し遂げられない」
『そうさ、僕のシャロちゃんはサジタリアス王国で一番、いや大陸イチ世界イチ銀河イチ宇宙イチ素晴らしいのだから』
胸をそらして自慢げに答える中の人の行動は、全てシャーロットの為。
『しかし王都は聖教会のお膝元なのに、四千人も女神アザレア教に改宗するなんて、かなりヤバい状況だ』
「王都の住民は聖教会への帰属意識があるが、他所から来た者は王都聖教会に裏切られたという意識が強い。それに国王は葬式の準備で頭がいっぱいだ」
『でも国民がこんなに苦しんでいるのに、王は何も考えないのか」
「サジタリアス国王、愚兄は第一王子さえ生きていれば他はどうでもいい。自分の命が惜しいだけだ」
アンドリュース公爵の訳ありな物言いに、シャーロットの中の人は首を傾げる。
『第一王子は病弱で寝たきりで、第二王子は母親が奴隷で身分が低すぎると聞いている。フレッドの弟の第四王子は、確か留学中だったはず』
「ハハハッ、第四王子は現王妃の祖国に留学しているが、奴は母親の元護衛騎士と顔が瓜二つだ。兄の葬儀も国には戻らない」
『えっ、まさか第四王子は托卵? だから国王は王妃を見限って、ダニエルの母親を側室にしたのか』
「さすが夜の君、私の一言でそこまで理解できるのか」
ゲームでサジタリアス国王の後継は、賢く病弱な第一王子と馬鹿な第二王子のふたりだけ。
第三王子フレッドは魔王ダール(ダニエル)に殺され、第四王子は異国で流行病で死んでいた。
オープニングムービーで、十四歳のシルビアが【豊穣の聖女】として神託を授かると同時に、魔王と勇者が覚醒する。
『この世界はゲームと同じ現象が起こるから、ひと月後にシルビアが豊穣の聖女になったら、魔王とエロ勇者が現れる?』
でも現実は王子四人存命で、王の孫にあたるアザレア様の子とリーザの子が生まれるし、六つ星魔力最強アンドリュース公爵がいるから勇者は必要ないだろ。
『そういえばアンドリュース公爵、フレッド王子の葬儀で頼んだ準備は出来ている?』
「王都聖教会でシャーロットが呪いの烙印を押されたトラウマを拭えるように、ちゃんと準備をした。フレッドの葬儀の後に、母親のメアリー夫人と面談する予定も取り付けた」
中の人は静かに頷くと、大きな姿見に映る綺麗なシャーロットの姿をその目に焼き付ける。
『明日、僕がする事をシャロちゃんは許してくれるかな? でもこの方法しか無いんだ』
※※※
第三王子フレッドの結婚式場となる予定だった、王都聖教会大聖堂で葬儀は行われる。
その日の昼過ぎ、王都の上空に一匹の魔獣が現れて、一時騒然となった。
「久しぶりグリフォン。遠くから飛んで疲れたでしょう。今すぐお水をもってくるね」
「シャーロット嬢は、相変わらず俺をガン無視だな」
「ダニエル・トーラス辺境伯、女神様は元気ですか、ちゃんと守っている?」
シャーロットはすこし後退り、筋肉モリモリむちむちマッチョ化したダニエルを受け付けない。
ダニエルはアザレアの安全の為、国王への結婚報告すら避けていたが、流石に兄弟の葬儀は欠席できず辺境からグリフォンに乗って葬儀に駆けつけた
「葬儀では俺もアンドリュース公爵も王族席だから、シャーロット嬢は一人で大丈夫か?」
「王都の貴族は魔獣より弱いから、全然平気です」
日没から行われるフレッド王子の葬儀には、王都中の貴族と富豪が参加する。
メアリー・クレイグ伯爵夫人は実の娘であるシャーロットとは距離をとり、貴族ではなく聖教会関係者席にいる。
「私は親族のクレイル子爵と同席します。 ちょうどクレイル家が迎えに来ました」
車椅子の老女の側に優しげな顔立ちのイケメン執事と、気弱そうな中年男性と地味な女性のクレイル子爵夫婦の姿が見える。
「スコットさんは、よくお母様と一緒に帰ってきたから顔を覚えているの。それに私はひとりじゃない」
巨人族の血を引くシャーロットの視力は暗闇でも顔を識別できるので、深夜過ぎに馬車で二人が帰ってくる姿を子供部屋の窓から眺めていた。
クレイル家の人々はどこかよそよそしく、執事だけが親しげにシャーロットに話しかける。
王都聖教会は白い花で埋め尽くされていた。
下位の爵位から大聖堂に入り、伯爵家のシャーロットは半分以上席が埋まった頃大聖堂に足を踏み入れる。
シャーロットの光り輝く黄金の髪と美しい顔立ちに気づいた者から、黄金の天使様と声がかけられ、神官からは睨みつけるような厳しい視線の投げられた。
その時、扉の真横に飾られていた白い花がボトボトと下に落ちる。
シャーロットの足元に飾られた小さな花が瞬く間に萎れて、頭上の花がパラパラと花びらを散らした。
貴族を席に案内していた中年の修道女が、枯れた花を見ると甲高い悲鳴をあげる。
「ヒィーっ、聖教会の花が突然枯れるなんて、八年前のあの日と同じ。この中に呪われたシャーロットがいる!!」
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。
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