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中の人と治癒キャンディ

 シャーロットは生誕祭の朝早く、フレッド王子が魔人に殺され、シルビアが蘇生魔法で花嫁リーザを生き返らせたと報告を受ける。

 生誕祭用に仕立てたエメラルド色のドレスはお蔵入りして、喪服をこしらえるため再び仕立屋が呼ばれた。


『魔人役がダニエル王子からマックスに変更したけど、ゲームとまったく同じ展開。フレッド王子は魔人に殺され、シルビアが【亡者の姫アザレア】の蘇生魔法を取得した』

「シルビア様は蘇生魔法で猫を生き返らせた後、三日間眠り続けました。それほど蘇生魔法は体力と魔力を消費するのですね」


 葬儀用の黒いドレスを身につけたシャーロットの中の人は、鏡の前でポージングしながらエレナに答える。


『ゲームは亡国の姫アザレアが一日一回無料蘇生してくれた(それ以上の蘇生は課金)。現実の蘇生魔法も一日一回しか使えないだろう。まだ十二歳のシルビアでは一人蘇生したら魔力が枯渇して眠り続ける』

「でもシルビア様の治癒魔法を頼って、王都には大勢の怪我人病人が集まっています。私は蘇生魔法でひとり生き返らせるより、万人を癒すほうが良いと思うのですが」


 王都聖教会の周囲には、シルビアが目覚めるのを待つ大勢の信者たちと、大通りには死者を蘇らせようと沢山の棺が並べられている。

 しかし蘇生魔法の奇跡を授かるには、聖教会に金銀財宝を山のように積んで寄付しなければならない。

 最初シルビアの蘇生魔法に驚喜した人々も、今後の予定を知らされず放置されたままで次第に不信感が募る。

 




 生誕祭ドタキャンから十日後、豊穣の聖女シルビア就任式がひと月後に行われると発表された。


「あと一ヶ月待てだと。婆さんはどんどん弱ってる、今すぐシルビア様は病気を治してくれ」

「足の傷が膿んで指先が動かなくなって、早くシルビア様に治してもらわないと手遅れになる」

「聖教会で治癒ポーションを買う金があったら、野宿なんてしていない」

「どうかシルビア様お助けください。シルビア様、シルビアシルビアっ」


 怪我や病を治してもらおうと王都に来たのに、滞在日数が伸びて宿代を払えず追い出された信者たちが路上で物乞いをする。

 聖教会は貧しい彼等に手を差し伸べるどころか、邪魔だと敷地から追い出された人々は、王都の裏街に流れてきた。

 混沌とした王都を出歩く事もできず、シャーロットは広い屋敷の中で暇を持て余していた。


「フレッドの葬儀が五日後に行われる。私は葬儀前に、暴徒を排除せよと王命を受けた。この私に罪なき人々を追い払えというのか」


 久しぶりに自分の屋敷に帰ってきたアンドリュース公爵は、渋い顔で告げる。

 アンドリュース公爵のタウンハウスを取り囲む高い塀の周囲には、大勢の人々が野宿していた。


「アンドリュース叔父様、外で暴れている連中は悪者でしょ?」

「シャーロット、彼らは君の妹シルビアに病気を治してもらうため、魔獣の蔓延る危険地帯を乗り越えてやっと王都に辿り着いた。しかし生誕祭は中止、聖教会は彼らに高価な治癒ポーションを買って病気を治せという」

「治癒ポーションって、エレナの弟の病気を治した薬?」

「はいシャーロット様。聖教会のポーションはとても高価で、平民には手が届きません。私は弟の薬を買うために騎士学校を辞めて働きに出ました。親の薬を買うために子を売る話もよく聞きます」


 シャーロットは耳をすますと、屋敷の外から自分の妹の名前を呼んで懇願する声が聞こえる。

 外で寝起きする厳しさや空腹のつらさ、怪我の痛みをシャーロットは知っていた。


「私、シルビアとは一度も話をしたことがないけど、妹シルビアが蘇生魔法で力を使いすぎて動けないなら、姉の私が代わりにみんなを助けてあげたい」


 そういうとシャーロットは、スカートのポケットから金色の飴玉をふたつ取り出す。

 アザレアの結婚式で人々に配った高級薬草の蜜入りキャンディは、熱病で死にかけた娘を治した。


「部屋に置いているカバンの中にもキャンディが十個あるから、これを細かく砕いて病人に食べさせたらいいわ」

「なんてお優しいシャーロット様。でも辺境は人が少ないからキャンディを配れたのです。王都は人が多すぎて、キャンディを奪い合い騒乱が起こります」


 シャーロットが慈悲で数人助ければ、その話を聞きつけた万人が押し寄せてくれだろう。


「でも私、アザレア様が毒で苦しんでいた時、とても心配で悲しかったの。だから外にいる人達を少しでも助けたい」

「残念だがシャーロット、私でも治癒魔法は使えない。シルビアは蘇生魔法ではなく、治癒魔法を使って人々を救わなければならない」


 万人を救済できるのは妹シルビアだけなのに、金に目の眩んだ王都聖教会は、ひとりを蘇生して万人を見捨る。


「私知っているわ。王都聖教会は人々を救わないし王様は人々を排除する。でも女神アザレア様ならきっと苦しんでいる人々を見捨てない。私が治癒魔法持ちなら絶対みんなを助けるのに」


 シャーロットは自分の無力を感じ、悔しくて大粒の涙をこぼす。

 後ろで静かに控えていたジェームズは、堪えきれずにシャーロットに駆け寄る。


「私は慈悲深いシャーロット様に従います。シャーロット様、私のキャンディもお使いください。この場にムアが同行していたら上級薬草を補充できたのに」


 たとえアンドリュース公爵の執事になっても、ジェームズの絶対君主はシャーロット。

 胸ポケットから三つ袖口から二つ、腰ベルトやズボンのポケットから三十個のキャンディを目の前に差し出す。

 エレナも諦めたように大きなため息をつくと、メイド服のエプロンドレスのポケットから一掴みキャンディを出した。

 両手に持ちきれない量のキャンディを見たシャーロットは、ふらりと体が揺れて瞳光を失い全身から黒いオーラを放ち始める。


『僕の大切な最愛シャロちゃんが悲しんでいる。妹シルビアの代わりに病気の万人を助けたいなんて、心優しく清らかで崇高な天使シャロちゃんの願いを叶えるぞ。エレナ、王都に潜伏するアザレア教宣教師が所持する治癒キャンディを集めろ』

「こんな真昼間にゲームオ様が出てくるなんて。確かにアザレア教宣教師に持たせているキャンディを回収すれば百個以上集まるでしょう。しかしそれでも万人は助けられません」

「シャーロット、今は夜の君か。いくつキャンディを集めても焼石に水だ」


 中の人はアンドリュース公爵たちの意見を無視して、いつも持ち歩く異世界ジャンクフード本を手にしながら、立て続けに指示を出す。


『ジェームス、今すぐ王都中の岩砂糖を買い占めと、モル魔ット五百匹生捕り。アンドリュース公爵は腕利きの鍛治師と火魔石1000個準備してくれ』


「えっ、モル魔ットを五百匹捕まえるって、シャーロットお嬢様が食べるのですか?」


 モル魔ットは家の屋根裏や床下に住む小さな生き物で、骨が多くて過食部は少ないが食糧難の王都でよく食べられている。


「火魔石なら倉庫に沢山保管してある。それで鍛治師に何を作らせる?」


 シャーロットの中の人はニヤリと笑って異世界本を開き、中に書かれた奇妙な道具を見せる。


『僕は救うのは、シャロちゃんにひれ伏し女神アザレア教に改宗する人間のみ。シルビアの代わりにシャーロットの奇跡を起こしてやろう』


 翌日、王都ギルドに通常の報酬の三倍でモル魔ット生捕り依頼が出て、夕方には五百匹納品された。

 鍛治師は徹夜で本に書かれた道具を作り、黒髪の美男美女がアンドリュース邸に集まってくる。

 翌々日、アンドリュース邸から砂糖を煮詰めた甘い香りが漂い始めると、飢えた人々は屋敷を囲む高い塀に張り付いて中を覗こうとした。





 アンドリュース邸の食堂に巨大滑車のついた大鍋が三つ置かれ、その滑車の中を数十匹のモル魔ットが走り、大鍋の中心に設置した金属のコップが高速回転している。

 ジェームズは細かく砕いた岩砂糖と火魔石を、高速回転するの中にザラザラと流し込む。

 砂糖の溶ける甘い香りと同時に、モワモワと白い綿がコップから溢れ出ると、中の人は木の棒でくるくると絡めとった。


「ゲームオ様、貴重な砂糖をおもちゃで遊んでいる場合ではありません。その綿毛を使ってなにを、ふぐっ」


 飛び散った砂糖が髪の毛にこびりついたエレナが小言をいう口に、中の人は綿あめを押し込む。


「あ、甘いっ。口の中でフワフワの甘い綿が、あっという間に溶けて無くなりました」

『よしよし、祭りに欠かせないお菓子と言えば綿あめ!! 異世界ジャンクフード本に書かれた通り、綿あめ製造機ができた』


 仕組みは簡単。

 モーター代わりにモル魔ットを走らせて滑車を回し、金属のコップを高速回転させる。

 コップの中で火魔石に熱せられた岩砂糖が溶けると、小さな穴から蜜が糸になって飛び出し、それを木の枝でくるくると絡めとる。

 エレナは頭ほどの大きさになった綿あめをちぎる手が止まらなくて、嬉しそうに顔中べたべたにして食べている。


「蜘蛛の糸のように細くて綿毛より軽い、まるで空に浮かぶ雲のようです。でもシャーロット様のおやつにしては岩砂糖の量が多すぎます」


 食堂にはアンドリュース公爵の財力でかき集めた岩砂糖の麻袋が、天井高く積み上げられていた。

 シャーロットの名前で召集されたアザレア教宣教師たちも、口の周りや手をベタベタにしながら美味しそうに綿あめを食べている。

 王都に派遣されたアザレア教宣教師は八十人、豊穣の女神によく似た長い黒髪の美男美女を選抜していた。

 治癒キャンディは宣教師たちの分も合わせて三百個集まる。

 


「ジェームズ、コップ1杯の岩砂糖に砕いた治癒キャンデーを混ぜると、綿あめが十個できる。それを一口サイズに千切って病人に与えたらどうなる?」

「さすがはシャーロットお嬢様です。キャンディに含まれる高級薬草の成分は普通の薬草の三百倍なので、綿あめひとつでも薬草三十倍の薬効があります」

「さすが勘がいいなジェームズ。薬草を煎じたり治癒ポーションを飲む必要はない。綿あめをちぎって病人の口に突っ込めばいい」


 大抵の病気は薬草五本を煎じたものを飲めば治るので、これは薬代わりになる。


「ゲームオ様、治癒キャンディ三百個で綿あめが三千個作れるのですね。しかしベタベタ手にくっつく綿あめを、どうやって配るのですか?」


 


::



 男は娘の病を治すために親戚中から金を借りて、生誕祭三日前に到着した。

 王都の宿代は普段の五倍で、生誕祭が中止になると宿代が払えなくて追い出され、路地裏や公園で野宿を繰り返し王都の北側にたどり着く。

 病気の娘は二日前から目を開けなくなって、微かに息をするだけ。

 巨大なサジタリアス王宮の影で、一日中陽の当たらないジメジメとした裏街には、似たような境遇の人々が地面に寝転がっている。


「シルビア様はどうして金持ちの猫は生き返らせるのに、貧しい俺の娘の病気を治してくれないんだ」


 男が何かに気づいて顔を上げると、汚物の悪臭のする裏街に、とろけるような甘い香りがただよい、大きな壁の向こうからモクモクと白い雲が湧き出している。

 

「えっ、空から雲が落ちてきた?」

「おい見ろよ。女の子が片手で、でっかい雲を持っているぞ」


 それはとても奇妙な光景。

 レースをふんだんに使われた漆黒のドレスに真紅のマントを羽織った、光り輝く黄金の髪の美少女が、巨大な白い雲を片手で持ち上げながら歩いてくる。

 少女の後ろを、エメラルド色の女神アザレア教旗を掲げた美しい男女が続く。

 人々は驚きで口をあんぐりと開けたまま、手が届くぐらい真上にきた白い雲を見ている。

 少女が手を離すと雲は頭上にふわふわと漂い、男の腕に抱えられた病気の娘の顔をのぞき込むと、白い雲をちぎって目の前に持ってくる。


「病で苦しむ人々のために、女神(アザレア様が天界の甘い雲の授けます。さぁ、お食べなさい」

「勝手に娘に食べさせ、急になにを、はぐぐっ、あっ甘い!!」


 シャーロットは千切った綿あめを娘の口に突っ込むと、抗議してきた男の口にも突っ込んだ。


「なんだこりゃあ、空の雲がとても甘くて、口の中で溶けて無くなった」


 思わず大声で叫んだ男の腕の中で、娘がぱっちり目を開けるとモゾモゾ身じろぎする。

 すでにシャーロットは隣で倒れていた老婆の口に綿あめを突っ込んで、うなだれた子供の頭をわし掴んで上を向かせると口に突っ込む。


「うぉおおっ、俺の娘が目を開けた。青白い顔に血の気が戻って、手足もちゃんと動く」

「ワシの胸の痛みが、消えた? なんだか体が十歳若返ったようじゃ」

「えっ、空が青い、光を感じる!! 君が僕の目を治してくれたの?」


 深い森でゴブリン百匹の喉笛をかき切る作業をこなすシャーロットにとって、アンドリュース邸の周りで野宿する人々の口に綿あめを押し込む作業は簡単すぎた。


※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。


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[良い点] 更新乙! [一言] アザレアのいないところでどんどん話が進んでいく…
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