白亜のアンドリュース城
銀砂の牢獄と呼ばれる大砂漠のほぼ中央。
突如現れる巨大な結界壁にかこまれた、白亜のアンドリュース城。
南の大門をくぐると、中は緑の木々が生い茂り色とりどりの花々が咲き誇る別世界。
池には極彩色の美しい魚が泳ぎ、噴水のまわりに二つの虹が架かり、異国の神を模した精密な彫刻がいくつも置かれている。
優美な花文様のレリーフが刻まれた白い城壁に、空に向かって伸びる八本の尖塔。
エンシェントブラックドラゴンの刻印がほどこされた重厚な黒い扉の内側で、家令は苛立った様子でカイゼル髭を摘まみながら手紙を読む。
「国王様の側近を務めるはずの私に、こんな砂漠の中で死に損ない王太弟の世話をさせるなんて。ああいかん、アレでも一応ご主人様だ」
アンドリュース公爵が城に戻るのは数ヶ月に一度、その間城を管理する家令や召使いの半数は、兄国王の間者だった。
家令に届いた手紙には、明日の昼頃、シャーロット・クレイグ伯爵令嬢が城をたずねて来ると書かれていた。
「シャーロットとは、ご主人様に散々金を貢がせているガキじゃないか!! 城に居座られたら面倒だ。速攻で追い出す計画を立てなければ」
カイゼル髭家令がシャーロットを嫌うのは、彼らが横流しして儲けていたアンドリュース公爵の宝物を、シャーロットに貢がれてしまうから。
家令は召使いに命じて、シャーロットが宿泊する客室の窓を開けっぱなしにして中を砂まみれにして、ベッドに砂牢獄サソリを放つ。
翌日約束の時間、カイゼル髭家令はロビーの柱時計を確認していると、外から不思議な歌声が聞こえてきた。
大量のコバルトブルーの旗が風にはためき、アザレア教信者たちが女神賛歌をうたいながら列を成し、整然と城の中に入る。
「ご主人様の話では、娘ひとりと付き人数名のはず。なんだ、あの連中は!!」
シャーロットはアザレア教信者八百人と、大砂漠で助けたり仲間加わった冒険者二百人、総勢一千名を引き連れてアンドリュース城にやって来た。
突然現れた大集団に城の召使いたちは慌てて扉を閉ざし、警備兵が武器を手にシャーロットたちを取り囲む。
しかし警部兵は百人程度、こちらには腕っ節の強い信者と実力派冒険者を含む総勢一千人。
信者&冒険者はわずか数分で警護兵を制圧すると、シャーロットは閉ざされた玄関扉をコンコンとノックした。
「扉を開けてください。アンドリュース叔父様のお城に遊びに来たのに、扉を閉まって中に入れません。わたし、勝手に開けちゃいますよ」
シャーロットは返事が返ってこないのを確認すると、カイザーナックルを填めた拳を、ドラゴンの刻印に叩きつける。
ガシン、メキメキ、バッコーーンッ!!
鉄より固いと言われる千年樹の厚い一枚板で作られた扉は、巨人族の豪腕で粉々に砕け散る。
扉の内側でシャーロットの様子をうかがっていたカイゼル髭家令は、衝撃波で吹き飛び壁に叩きつけられた。
「ギャアァーッ、王太弟アンドリュースの印証を破壊する逆賊、敵襲だぁ」
「扉が開かないから壊したけど、中に人が居たのね。私、砂漠を歩いて疲れたの。誰か椅子を持ってきて」
シャーロットが声かけると、信者たちは革張りの一人がけソファーを運んでくる。
「私、喉が渇いたわ。誰かお水を持ってきて」
椅子に腰掛けたシャーロットは公爵家の召使いたちに声をかけるが、誰ひとり動こうとしない。
意地悪そうな顔の女官長が、乾いた笑いを浮かべながらシャーロットを見つめる。
「砂漠で水は宝石よりも貴重なモノ。《老化》呪いのシャーロットは、水をタダで飲むつもり?」
公爵家の召使いは高位貴族の子息子女、貴族間のゴシップをよく知っている。
これまでアンドリュース城にたどりついた冒険者は、コップ一杯の水を銀貨一枚で買わされていた。
「シャーロット様、アンドリュース城の召使いたちは全員役立たずのようです。では私が飲み物を用意しましょう」
完璧メイドのエレナは、綺麗に磨かれたグラスに冷えた果樹水をなみなみと注ぐと、シャーロットは美味しそうに飲み干す。
アンドリュース城にたどり着くまでに、オアシスを十八カ所発見したシャーロットたちは水不足と無縁だ。
それから女神アザレア教信者たちは、召使いを無視して好き勝手に城の内装を整えはじめ、シャーロットはアンドリュース城の探検に出かける。
壁に叩きつけられたカイゼル髭家令が意識を取り戻すと、ガリガリに痩せた鋭い目つきの男と、その後ろに主であるアンドリュース公爵がいる。
「大変です旦那様、シャーロットという娘と邪教信者たちに城が乗っ取られました」
「はははっ、私の可愛いシャーロットは、扉を閉めて追い返そうとしたお前が気に入らないらしい」
「公爵様がお留守の間、懸命に城を守ってきた私より、ワガママ娘の話を聞くのですか」
起き上がった家令は哀れな声で叫ぶと、ジェームズは皮肉めいた笑みを浮かべながら尋ねる。
「それはそれはご苦労様です。ところで大砂漠で出会ったキャラバンの話では、毎月満月の夜にアンドリュース公爵と面会出来ると聞きました。公爵を慰める美女を用意して、酒池肉林のパーティが開かれるとか」
「それは摩訶不思議な話。私が城に戻るのは年に一,二回。そしてアンドリュース公爵家を名乗れるのは私ひとり」
低く怒気を含んだ公爵の声に、カイゼル髭は後ろに尻もちをついて倒れる。
そこへ昆虫採集大好きシャーロットが、一差しで魔熊を倒すほどの毒を持つ砂牢獄サソリを手に捕まえて、二階の客間から降りてきた。
「アンドリュース叔父様、お城に沢山虫がいるの。ベッドの中に砂牢獄サソリが五匹クローゼットの中に三匹。廊下の天井に多眼百脚が十匹いて、捕まえた砂牢獄サソリと戦わせたい。あっ、サソリが逃げた」
「ぎゃーっ、私の脚を砂牢獄サソリが刺したぁ!! 毒が、毒が、痛いっ苦しいーーっ」
カイゼル髭家令のズボンの中に逃げた砂牢獄サソリは、脚の付け根を刺したらしい。
口から泡を吹く家令のズボンを脱がせようとして、シャーロットに見せられないので隣の部屋に移動する。
「シャーロットは、そんなにこの城が気に入ったか」
「白くて綺麗なお城に、沢山の宝物。蟲も沢山住んでいてとても楽しいわ。ねぇアンドリュース叔父様、この大きな壺(国宝級)にサソリと多眼百脚を入れて、最後の一匹になるまで戦わせたいの」
アンドリュース公爵は、兄国王に押しつけられた領地も居城も関心無かったが、シャーロットはアンドリュース城に興味を示した。
即死の呪いに怯える自分に生きる希望を与えてくれた彼女が欲しがるなら、城丸ごとくれてやってもいい。
「そうかシャーロット、この城を自由に使って良いぞ。そこにいる兵に命じる。私になりすましたアンドリュース公爵の首を持ってこい」
アンドリュース公爵の成りすまし警備兵隊長は首を落とされ、カイゼル髭家令と召使いは大砂漠の最奥にあるオアシスに左遷された。
これはすべて、シャーロットの中の人の指示通り。
ゲームの中で白亜のアンドリュース城が焼かれたとき、モブ召使いたちは未亡人シャーロットを見捨てて逃げた
だから主を見捨てるモブ召使いたちと、シャーロットに忠実な信者たちを入れ替える。
アンドリュース公爵が召使いを追い出したのではなく、シャーロットがワガママを言って追い出したのなら、兄国王も文句を言えないはずだ。
その十日後。
公爵家家令となったジェームズは、アンドリュース公爵に金の縁取りの封書を渡した。
「私が家令となって最初の仕事が、フレッド王子の結婚招待状をお渡しするとは、なんとも皮肉な話です」
「はははっ、フレッドがいくら私を嫌っても、王位継承権一位を無視することは出来ないからな。式の二十日前にやっと招待状が届いた」
これまでシャーロットやエレナやジェームズは、第三王子フレッドの魔の手からアザレアを守ろうと散々苦労した。
特にジェームズは優柔不断なダニエル王子をおだてて諫めてけしかけて、やっとふたりは結婚までこぎ着けたのだ。
アンドリュー公爵は、新郎新婦の名前と時間しか書かれていないカードを一瞥する。
「しかし困った、私は婚礼式では王族席にいる。その間誰にシャーロットを任せるか」
「これはアンドリュース殿下に届いた招待状です。シャーロット様は関係ないのでは?」
「婚礼式の前日に行われる、豊穣の聖女候補シルビアの聖誕祭に、姉シャーロットを参加させたいのだ」
「ではその場で、アンドリュース殿下がシャーロット様の後見人になると、メアリー夫人に直談判するのですね!!」
「そうだ、急いで準備を整えよう。三日後、王都に出発する」
十歳誕生日から家出状態のシャーロット。
外国で貿易中の父親とは連絡が取れず、育児放棄の母親メアリーは何故かシャーロットの親権を手放そうとしない。
現在王族と王都聖教会の権力は均衡状態。
豊穣の聖女候補シルビアの母メアリーも、かなりの権力を持っている。
「母親がどうしてもシャーロットを手放さないのなら、私の六つ星魔力でねじ伏せるだけだ」
こうしてシャーロットは、子供の頃《老化・腐敗》呪いを告げられた王都聖教会に、再び行くことになる。
*
冬の寒さもほころび、暖かな春の日差しに若葉の新緑が眩しい季節。
豊穣の聖女候補シルビア聖誕祭を前に、王都は以前の賑やかさを取り戻していた。
「聖誕祭でシルビア様は、一度に千人の怪我や病気を治す奇跡を起こすそうだ」
「俺は二日前から場所取りしている。王都聖教会に近い方が怪我が治りやすいからな」
年老いた母親を背負った男は、聖教会の壁にもたれながら嬉しそうに話す。
普段は貴族や戦場で負傷した上級兵士しか受けられない聖女候補シルビアの治癒魔法を、聖誕祭は誰でも治癒魔法が受けられる。
フレッド王子の派手な婚礼式の批判を、シルビア聖誕祭の治癒魔法大盤振る舞いで誤魔化すことに成功した。
「俺はシルビア様に足の怪我を治してもらって、景気の良い辺境に働きに行く」
「私は子供の眼を、シルビア様に治してもらうの」
「無料で治癒魔法を授けてくださるなんて、ありがたいことだ。将来シルビア様は豊穣の聖女として認められ、沢山の人を救ってくださる」
王都聖教会の中心にそびえ立つ巨大な女神像に向かって、母と子は両手を合わせる。
冬の間、外から物乞いの罵声が聞こえたのに、今は私を褒め称える声が聞こえる。
「なんて弱くて、愚かな人々なの」
大聖堂の最上階、曇りひとつ無く磨かれた硝子窓から外を見下ろしながら、十一歳のシルビアは呟いた。
シルビアの広域結界に守られた王領は、他の領地と違い、魔物に怯えて暮らすことはない。
しかし恩恵に慣れた人々は、腹が減った食べ物を寄こせ怪我をした治癒魔法を施せと、次々シルビアに要求する。
シルビアの誕生日なのに、誰も彼も施しを待つだけで、シルビア自身を祝ってくれる人はいない。
ひとりだけ、心からシルビアを心配してくれた人は、フレッド王子に気に入られて聖教会を去った。
外の人々に見飽きて、窓からはなれ部屋に戻ろうとした。
「ここにいればシルビア様とお会いできると思い、お待ちしていました」
扉の前に立っていた灰色の修道服の女は、とても聞き慣れた声で呼びかける。
彼女はいつも凜々しい純白の騎士衣装に身を包んでいたのに。
「生涯離れずシルビア様をお守りすると誓ったのに、約束を守れなくなりました」
「リーザの声がする。本当にリーザ、リーザ会いたかった」
ビスクドールのように無表情だったシルビアが、銀色の長い髪を振り乱しながら駆け寄ると抱きついた。
背の高いリーザはシルビアを軽々抱き上げ、その場でくるりと一回転する。
「シルビア様、少しお痩せになりましたね。好き嫌いせず食事をとってください」
「リーザは相変わらずお小言ばかり。本当のお姉さんみたいに想っていたのに、私よりフレッド王子を選んだのね!!」
「申し訳ありませんシルビア様。王子に純潔を奪われた私は、シルビア様のお側に居られないのです」
「あやまらないでリーザ、頭を上げて。私とても寂しかった」
シルビアはリーザの首にぎゅっとしがみつくと、ふと何かに気が付いて首をかしげる。
「リーザの中に、とても小さな魂がある。綺麗な緑色の、優しくてあたたかい光」
シルビアはまだ目立たないリーザのお腹に手をそえると、不思議そうに何度も撫でた。
「リーザはもう、私のお姉さんじゃないのね。この子のお母さんになる」
「いいえ、私は母になろうとも、いつまでもシルビア様を妹のように想っています」
リーザはお腹に添えられたシルビアの手を優しく握る。
「シルビア様、子供が生まれたら名前を授けてください。私の可愛い妹シルビアにお願いしたいの」
リーザの愛情こもった眼差しは、シルビアが密かに欲した疑似家族愛。
貿易商の父親とは数年に一度しか会えず、派手好きな母親は地位と名誉を得るための道具としてシルビアを扱い、呪われた姉は一度も口をきいたことがない。
「リーザの子供に名前を付けて、私がお姉さんになってあげる」
シルビアは嬉しそうに笑った。
その日の夜、行方不明だったサジタリアス王家聖槍が発見された。
聖槍を持ち逃げした側近マックスは捕らえられたが、禍々しく巨大に育った聖槍はマックスの左腕と繋がり同化していた。
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。
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