シャーロット十二歳
シャーロットの右手中指には三つ星魔力上限解放の指輪、左手人差し指に四つ星指輪が輝いている。
「私、アンドリュース叔父様と結婚して全部の指に指輪をして、六つ星魔法使いになるの」
「でもシャーロットちゃん、本当に結婚の意味を分かっているのかしら?」
「もちろんです、アザレア様。アンドリュース叔父様と結婚したら一緒に冒険するの。私力持ちだから、叔父様の荷物持ちをします」
「シャーロット様、それでは夫婦というより冒険者パーティです」
「それにアンドリュース叔父様は、まるで女神絵本に出てくるエルフ王様のようにスマートでミステリアスで格好良くて、この国で二人しかいない六つ星魔法使いなの」
九歳まで子供部屋に閉じこめられ、辺境に来てからも同年代男子との接触は少なかった。
そして以前は痩せ細り初老に見えたアンドリュース公爵は、期間限定で(シャーロットが十三歳になるまで)即死呪いの不安から解放されて食事や睡眠をまともにとれるようになると、年相応のナイスミドルになった。
なお筋肉マッチョボディビルダー体型のダニエルは、気味悪がって避けられている。
「ハハハッ、シャーロットの気持ちは嬉しいが結婚は無理だろう。私は死に損ない公爵だ」
「アンドリュース叔父様は死なない。一緒にエンシェントホワイトドラゴンを倒して、即死呪いを上書きして私と結婚するの」
笑って誤魔化そうとするアンドリュース公爵を、シャーロットはまるで悲鳴のような声をあげて想いを伝える。
「シャーロットは、私と本気で結婚したいのか?」
即死呪いをかけられた中年男と結婚したいなんて、夢見がちな少女の世迷い事で、しばらくすれば若い男を好きになるだろうと思った。
しかし強さを渇望するシャーロットは、最強六つ星魔法使いのアンドリュース公爵を本気で欲しがっている。
その時、シャーロットの体が直立不動になり、黄金色の髪に黒い影が降りる。
『ダメダメダメっ、僕の大切な世界遺産級美少女シャロちゃんが、干支二周離れた草臥れおっさんと結婚なんて絶対許さない。結婚反対ケッコンハンターイ!!』
シャーロットと入れ替わって現れた中の人は、めちゃくちゃ焦った。
だってゲームのシャーロットは十三歳でアンドリュース公爵と結婚、三ヶ月後未亡人になり闇落ち、魔王側近へのカウントダウンが始まる。
シナリオでは悪ノ令嬢シャーロットはロリコン爺に無理矢理嫁がされたと書かれていたが、現実は彼女からアンドリュース公爵に猛アタックしている。
ゲームのシャーロットが恋したのは正義感あふれる熱血ムキマッチョ勇者だが、現実のシャーロットは細マッチョでミステリアスな年上の男が好みだ。
『シャロちゃんに結婚なんてまだ早いよ。エレナもジェームズも黙ってないでシャロちゃんを説得して』
「シャーロットお嬢様が結婚となれば、クレイグ伯爵家より格上の王太弟という後ろ盾が出来ます。誠におめでたい事」
『でもシャロちゃんは今日十二歳になったばかり。年齢差三十歳、中学一年生とアラフォー学年主任が結婚するような、けしからん禁断の関係だ!!』
「お言葉ですがゲームオ様。アンドリュース殿下に南海の新羅鯨の髭や天空の紫水晶林檎を貢がさせておきながら、結婚反対なんてよく言えますね」
エレナはそう言いながら、中の人に数字の書かれた書類を手渡した。
『なんだこれ、公爵からの贈答品一覧。えっ、紫色のアップルパイを作りたいと頼んだけど、紫水晶林檎一個が大金貨四十枚? 弓の弦にした鯨の髭が大白金八枚(大金貨8000枚)!!』
シャーロットの中の人が軽い気持ちでおねだりした物は、入手困難激レア国宝級貴重品ばかり。
『これじゃあ、まるで僕は求婚者に無理難題を押しつけて貢がせたかぐや姫状態。しかも公爵は全部の貢ぎ物を揃えている』
「シャーロット様はアンドリュース公爵と結婚したいのです。だからゲームオ様も協力してください」
『ちょっと待て。僕は非モテオタクで結婚した記憶ないし、シャロちゃんが結婚したら憑依する僕も、ええーっ、無理無理無理っ!!』
傍目から見て、結婚したい、結婚反対と迷ってジタバタするシャーロットの様子に、アンドリュース公爵は苦笑いする。
「夜の君がそれほど拒むなら、結婚ではなくシャーロットを養女にする方法もある。シャーロットが母親から育児放棄されていた証拠は揃えている。父親にも真実を伝え、私が後見人になると話そう」
「まぁ、アンドリュース叔父様がシャーロットちゃんの後見人になら、とても心強いわ。本当は私がシャーロットちゃんを引き取りたいのだけど、それだと世間はダニエルの愛人と誤解するのです」
シャーロットの待遇に悩んでいたアザレアにとって、アンドリュース公爵の話は渡りに船だった。
「家族のいない私が死んだ後、遺産は愚兄王が相続する。あんなやつに遺産を渡すくらいなら全部使い切ってしまおうと思ったが、シャーロットに全てを与えればよい」
『アンドリュース公爵の遺産? それって砂漠の中の巨岩の上に建つ、金色の屋根に白亜の館。園庭には色とりどりの花々が咲き誇り、鳳凰を放し飼いにしている』
「その通りだが、なぜ夜の君は私の屋敷を知っている? 愚兄王が私に与えた土地は、人も魔物も干からびて、決してたどり着くことのできない大砂漠の中央にある」
そうだ、僕は知っている。
ゲームの公爵未亡人シャーロット・アンドリュースが大切にしていた、私のお家。
聖女シルビアに公爵家の財産を全て浄財として差し出せと恐喝され、勇者に焼き払われたシャロちゃんの白亜の館。
アンドリュース公爵が善意でシャーロットに遺産を相続させても、正義を掲げた聖女と勇者に全て奪われる。
ではどうすればいい、答えは出ている。
アンドリュース公爵を生かして、シャーロットを白亜の館でひとりぼっちにしない。
『こうなったらシャロちゃんが十三歳になるまでに、エンシェントホワイトドラゴン討伐してアンドリュース公爵の即死呪いを上書きして、養女でも結婚でもいいから後見人になってもらう』
「夜の君の口ぶりだと、まさか私のエンシェントドラゴン討伐に同行するつもりか?」
『もちろん、僕のアドバイス無しでエンシェントドラゴンは倒せないし、エレナもムア爺さんもジェームズも一緒だ』
「えぇーっ、シャーロットお嬢様。まさか一つ星魔法しか使えない執事の私まで、エンシェントドラゴン討伐に参加するのですか!!」
結婚するとはしゃいで結婚反対と狼狽えて、エンシェントホワイトドラゴンを討伐すると言いだしたシャーロットの両手を、アザレアは微笑みながら優しく握る。
「良かったわね、シャーロットちゃん。アンドリュース殿下が後見人になれば、もう子供部屋に戻らなくてもいいわ。私もエンシェントドラゴン討伐に参加したいけど、ダニエルが許してくれるかしら?」
握る手に力がこもり興味津々で瞳を輝かせるアザレアを見て、新婚ホヤホヤのアザレア様が討伐に参加したいなんて旦那のダニエルは何やってんだよ。中の人はと心の中で愚痴る。
『あっ、忘れていた。シャロちゃんはアザレア様のために、レシピ本(異世界シャンクフード)を見て甘くて苦くて不思議な香りにする黒いお菓子をつくったの』
「シャーロットちゃんのお菓子がもらえるなんて嬉しい。まぁ、綺麗な包装紙に包まれたキャンディかしら」
『アザレア様、これは魔カカオビーンズを甘くしたチョコレートっていうお菓子なの。少しお酒の入った大人のお菓子だから、ダニエルと二人で食べてね』
アザレアがチョコレートを受け取ると、中の人はにんまりと笑う。
シャーロットがラドクロス領にいた四ヶ月間、逐一女神アザレア教信者からアザレアの様子を報告させていた。
夫婦仲は良好だが奥手で優柔不断ダニエルはあてにならなず、アザレアに懐妊の兆しは無い。
『でも異世界ジャンクフード本に、ここでは存在しないチョコレートの作り方を見つけた。アンドリュース公爵に魔カカオを探させて、魔カカオ豆発酵はシャロちゃんの七倍速時短、豆を焙煎してジェームズが二日間休まず練って、乳化したココ魔ッツオイルと特別なハチミツ酒を加えて作った、異世界設定でおなじみ媚薬チョコレート!!』
「心の声が漏れていますよ、ゲームオ様」
「シャーロットお嬢様、密林魔カカオ一粒は、最高級金剛石一個と同じ価値があります」
『本当はシャロちゃん用のミルクチョコレートも作りたかったけど、密林魔カカオは熱帯で湿度80パー以上のジメジメした木影でしか育たない……暑い砂漠、オアシス全体を甲羅みたいな巨大ドーム状のモノで覆って、水魔法で湿度管理して、土壌改良はムア爺さんの土魔法があれば、アンドリュース公爵の領地で魔カカオ栽培が出来る?』
こうしてシャーロットの十二歳バースディーは、エンシェントホワイトドラゴン討伐と、アンドリュース公爵を後見人とする養女or結婚の予定が決まった。
それから二月後、冬の寒さから体調を崩したと思われたアザレアの懐妊が分かった。
*
その日、温暖な気候の王都で珍しく雪が降った。
豊穣の聖女候補シルビアは、寝室の扉の前に控えている女騎士の顔を見て首をかしげる。
「一昨日から私の護衛聖騎士リーザの姿がみえないけど、どうしたのかしら?」
聖女候補は女神に近い存在といわれ、毎日数えきれないほどの従者に接して、いちいち名前など覚えない。
目の前にいる女騎士の顔も名前も覚えていないシルビアだが、リーザは王都聖教会で暮らし始めた頃から仕える護衛だった。
くすんだ茶髪の女騎士は、口元に歪んだ笑いを浮かべながら答える。
「誠に申し上げにくいことですが、聖騎士リーザはシルビア様のお側に仕える清らかさを失ったと判明しました」
「そういえばリーザには婚約者がいたから、その人と結婚したのね」
「いいえ、相手の殿方は暴徒騒動が原因で婚約解消されました。実は私見てしまったのです」
声を潜めながら近づく女騎士を、シルビアは魔杖で突き放す。
「無礼者、聖女候補の私にむやみに近づかないで」
「も、申し訳ありませんシルビア様。でも私見たんです。先々日の夜、聖騎士の詰め所にサジタリアス王家の馬車が停まり、中から降りてきたフレッド殿下が、まるで逃がさないようにリーザの肩を掴んで馬車に乗せたのです」
「ここの女騎士はみんなフレッド殿下のお気に入りになりたがるわ。リーザも私に仕えるより、フレッド殿下を選んだのね」
感情のこもらない声のあと、シルビアは小さくあくびをする。
リーザはまるで姉のように可愛がってくれて、少し気に入っていた。
胸の奥に冷たい風が吹いた様な、ひとりだけ取り残された寂しさがあるけど仕方ない。
聖女は万人を愛し、誰かに執着してはいけないと教えられた。
お母様とフレッド殿下と法皇様の言いつけ通り、人々を癒やすのが私の努め。
シルビアは着替えを済ませて廊下に出ると、窓の外から甲高い怒鳴り声が聞こえ、食堂に行くまで十人以上の護衛騎士が周囲を固める。
二十人掛けの長テーブル上座にシルビアが腰掛け、続いて十五人の上級神官が座る。
テーブルの上にはフラワーカットされたフルーツが飾られた子魔豚の丸焼き、山のように積まれた白パンに前菜の魚スープには金粉が浮かぶ。
シルビアの皿に、子供では食べられないほどの肉や果物が盛られた。
「シルビア様の加護と癒やしの力により大地に豊穣がもたらし、どうか我々に女神のお恵みをお与えください。そして偽女神を名乗る魔女と邪教徒に、神の怒りの鉄槌を降してください」
長々とした大神官の祈りの半分は邪教徒への憎しみの言葉、そして朝食が始まる。
窓の外から何かが打ち砕かれる破壊音が聞こえ、末席の神官が立ち上がり慌てて食堂を出て行く。
スプーンを持つ手がとまり、窓の外が気にかかる様子で眺めるシルビアを、神官たちがなだめる。
「シルビア様、何も恐れることはありません。王都聖教会の本殿は百人の聖騎士と三百人の武装神官が守る、世界で一番安全な場所です」
「豊穣の女神様は、卑怯な邪教徒をお許しになりません。邪教徒の中から魔王が目覚める時、豊穣の女神の使徒である勇者が現れると、法王様が予言されています」
「勇者と聖女は一対の存在。そしてシルビア様が多くの人々を癒せば、その信仰心が女神に届き聖女として目覚めるのです」
食事を半分以上残したまま、シルビアは椅子から立ち上がる。
今日は百人、明日は百四十人、明後日は百五十人の病床人を癒すが、聖女と認められるには日に千人癒せるだけの魔力が必要。
それと同時に聖教会の行事や王家の式典、母親の舞踏会にも参加するシルビアは、聖女候補として酷使されていた。
※十三歳→十二歳、修正しました!! ご指摘ありがとうございます、大大感謝です!!
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、アドバイスありがとうございます。とても助かります。
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