マンドラゴラジャ魔芋とポテチ
エレナが老婆の生首みたいなマンドラゴラシャ魔芋を掘り起こすと、シャーロットの中の人が脳天一撃でとどめをさす。
その様子を見ていた奴隷女たちは、ひとりふたり、シャベルを手に取ると芋を掘り始める。
マンドラゴラシャ魔芋はその見た目から、王都聖教会の教えに反すると食べるのを禁じられ、辺境ですら飢饉時に仕方なく口にする芋だった。
「やめなよアンタ。生首芋を食べたら天罰が下って地獄に堕ちるよ」
「食物のない王都のほうが地獄だよ。私は子供を飢え死にさせたくないんだ」
背中に乳飲み子を背負った若い女は仲間の手を振り払うと、マンドラゴラシャ魔芋を掘り始める。
前の主人はとても残忍な性格だったので、彼女たちは生首を見慣れていた。
ほとんどの女奴隷が芋を掘り、信仰深い緑の髪の女だけはその場に留まる。
今日分のマンドラゴラシャ魔芋を確保した中の人は、わざと大声で女に聞こえるように、エレナに話しかけた。
『ねぇエレナ、魔核五千個あれば奴隷解放できるって本当?』
「はいシャーロット様。マンドラゴラシャ魔芋の魔核は2個、2500個掘れば魔核五千個手に入ります」
『異世界ジャンクフード本に、マンドラゴラシャ魔芋は繁殖力旺盛でほぼ一年中収穫出来る。と書いてあるから、毎日芋を掘れるね』
その話を聞いた信仰深い女は、次の瞬間芋畑に向かって走り出す。
あっという間に土の中からシャ魔芋を引っ張り出すと、キエェエーッと奇声を上げて岩のように固い脳天に拳を叩きつけた。
『えっ、ちょっと待って。異世界でも空手の瓦割りがある?』
「あの女奴隷の仕事は薪割りだったのでしょう。土魔法で拳を石化しています」
「フフっ、みんな頑張って、僕の分までジャ魔芋を掘ってくれ」
信仰深い緑の髪の女奴隷は、これまでのうっぷんを晴らすかのように次々とマンドラゴラシャ魔芋の脳天をたたきつぶす。
それから日が沈むまでにズタ袋二十個分のジャ魔芋を収穫して、グランピングテントの場所まで持ち帰る。
一番乗り男がズタ袋の中身をのぞいて、悲鳴をあげて腰を抜かしたのはお約束。
『えっと、異世界ジャンクフード本に書かれた下ごしらえ方法。岩のように固いマンドラゴラジャ魔芋を柔らかくするには、
1,マンドラゴラジャ魔芋を荒いタワシで擦り洗う。
2,マンドラゴラジャ魔芋を二時間乾燥させる。
3,固いマンドラゴラジャ魔芋をたっぷりの水で三十時間茹でて、あく抜きをする。』
奴隷女たちは、老婆の生首そっくりのマンドラゴラジャ魔芋をごしごし洗い、グランピングテントの周囲に並べる。
地面に等間隔で置かれた生首は、まるで大量虐殺現場のようだ。
子ワイルドボアを独り占めしていた一番乗り男は、牛飼いたちに頭を下げて、肉を七割譲る約束で解体を頼んだらしい。
「ゲームオ様、マンドラゴラジャ魔芋を三十時間茹でるための燃料がありません」
『それは大丈夫。こんなこともあろうかと、ミスリル板を七枚重ねて圧縮した大鍋をムアじいさんに造らせた』
中の人が合図をすると、子供がすっぽり入るサイズの銀色に光り輝く大鍋を、ムアとジェームズふたりがかりで運んできた。
『鍋底にシャロちゃんの手形を刻印してあるから、通常七時間かかる料理がたった一時間で仕上がる。シャロちゃん印・時短七倍速ミスリル鍋!!』
焚き火の上に設置された巨大ミスリル鍋にマンドラゴラジャ魔芋が投げ込まれ、瞬く間に水が沸騰する。
女たちが鍋の中で生首を潰すようにグルグルかき混ぜる、釜茹拷問のような料理。
「まぁ、この鍋なら三十時間かかる料理も、四時間で茹であがります」
『しかもミスリル鍋は中身が沸騰して蓋をきっちり閉めれば、二十時間保温状態が持続する。時間が経ってもホカホカ料理が食べられる』
「ところでゲームオ様、五つ星最高級武器の素材になるミスリル板を、どこで手に入れたのですか」
『ミスリル板を欲しいと言ったら、アンドリュース公爵がくれた』
エレナは毎度のことなのであきれ顔、ジェームズはミスリル鍋を時価換算して顔が紙のように白くなる。
「シ、シャーロットお嬢様。ミスリル板一枚の価値は城ひとつ、七枚あれば要塞都市を丸ごとひとつ買えます」
ジャ魔芋を茹でる間に牛飼いと奴隷たちのボア肉BBQが始まり、シャーロットは彼らに異世界ストロン愚ゼロを振る舞う。
『薄着りにしたボアのハツ(心臓)を軽く炙って、軽く塩胡椒大蒜をふりかけて、はむっ、旨いっ。肉がジュージーで黒豚とかアグーとかお高い豚肉に似ている』
「シャーロット姫様、俺たちにボアの弱点を教えてください。ほほう、牙の付け根が弱点。それならボアを罠に引っかけて全員で牙を狙って攻撃すれば倒せそうだ」
「フフフッ、僕もお肉を一口食べたいな」
インキュバス男は昼間からずっとシャーロットに付いてきて、今も当たり前のようにエレナの隣に控えていた。
さすがに気になったエレナが、小声で中の人にたずねる。
「ところでゲームオ様、このままずっとインキュバス男を無視し続けるのですか?」
『当たり前だ、口をきかず無視し続ければ奴隷契約は結ばれないからな。僕の聖なる清らかなシャロちゃんと、淫夢の化身インキュバスを契約なんてさせない』
やがてマンドラゴラジャ魔芋が茹であがり、皮むきもかなりグロいが、タフな奴隷女たちは明るく談笑しながら作業する。
シャーロットの中の人は、包丁で切れる柔らかさになったマンドラゴラジャ魔芋を手に取るとにんまり笑った。
『僕が欲しかったのはこれだよ。やっとジャンクフードの代名詞ポテチが作れる。スライサー代わりにエレナの双剣で芋を薄く千枚切りにして、ボア肉のラードでからりと揚げる』
「芋を紙のように薄く切って油で揚げるだけ? 芋に下味もなしですか」
平鍋にラードを放り込むと、熱で溶けて液体になりやがて沸騰し始めた。
貴族のお嬢様が手際よく料理をする様子を、牛飼いや奴隷たちは面白がって眺める。
脂の中に薄切り芋を入れると、ジュワジュワと油のはねる音がして、枯れ葉のように固くなった芋が揚がる。
パリッ、パリッパリ。
メイドが塩を振って毒味をした後、貴族のお嬢様は素手で摘まんで口の中に放り込むと、音を立てて干からびたジャ魔芋を食べた。
『これはボアのラードで揚げて大正解だ。こんがりポテチの歯ごたえと、ラードのほんのり甘い旨味を塩が引き立てる』
「薄切り芋からとても香ばしいかおりがして、サクサクッ、固い歯ごたえで癖になる美味さです」
芋の皮を剥いていた女たちは、なんだか美味しそうなシャーロットの様子に、干からびた薄い芋を食べ始めると手が止まらなくなる。
奴隷女たちもポテチを揚げだすと、エレナはさらに大量の千枚切りを頼まれた。
欲張って革袋にポテチを詰め込んだ一番乗り男は、後でシケって細かく砕けたポテチにガッカリする。
『ポテチとマックのフライドポテト、ボア挽肉でコロッケもつくれる。ポテサラは簡単じゃないからパス、ポテトグラタンにマッシュポテトにガレット、ジャガ芋餅。これで王都民の主食はまかなえるだろう』
「芋を炒めて塩を振るだけでも美味しく食べられますね。ゲームオ様は食べられる魔草を教えるため、わざと王都民に追いかけさせたのですか」
『一年前に訪れた王都は、色とりどりの花々に囲まれた華やかな都だった。王都へ至る道も見渡す限りの花畑で、小魔麦畑も牧場も豚小屋も見かけなかった』
大勢の人々が暮らす王領は食糧自給率が低い。
王領中の花畑を小魔麦畑に変えても、住民全員を食べさせることはできないだろう。
例え王命で物資を集めようとしても、スタンピード汚染地帯で魔獣に襲われ、届く物資は半分以下。
『王都はもう二度と華やかな暮らしを取り戻せない。王都聖教会が禁じても、王都民はマンドラゴラジャ魔芋を掘り魔獣を狩って食べるしかないんだ』
「私の家は弟の高価な薬代を払うために、小魔麦に鳥の餌を混ぜてパンを焼いていました。あの時マンドラゴラジャ魔芋が食べられると知りたかったです」
大鍋の周りで奴隷たちが、山盛りマッシュポテトにボア肉を乗せたローストボア丼をモリモリ食べている。
この御方はシャーロット様を助け、アザレア様を救い、自らを罵倒した王都民に食べ物を与えた。
その慈悲深い行為は、まるで人々に豊穣をもたらす女神のようだとエレナは思う。
芋と肉で腹一杯になって、酒で気分の高揚した牛飼いと奴隷と護衛は、インキュバス男の歌に会わせてダンスを踊っている。
『明日はシャロちゃんのために甘いスイーツを作ろう』
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。
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