中の人と王都避難民
王都から逃げてきた者はほとんどが無一文で、野営キャンプに商隊が来ても食料を買うことが出来ない。
「パンを買えないなら、毒のある魔草を食べて死ねというのか」
「魔獣喰らいは野蛮な冒険者や田舎者がすること。王都民は祈りで清められた肉しか食べないぞ」
「慈悲深い聖女シルビア様とは比べものにならない。やはりお前は呪われたシャーロット、悪ノ令嬢だ」
暴言を吐く王都民を、雑魚モンスターの群れのように眺めていたシャーロットの瞳が鋭さを増す。
消え苛立ったように口角が歪み、暗闇でも光り輝く金色の髪に赤黒い影が宿る。
『はぁ、黙って聞いてりゃ、好き勝手ほざきやがって。世界中の美を集めた人類史上最高傑作、僕の大切な超絶美少女シャロちゃんがシルビアに劣るだと!! お前らが昨日今日食べたパンはシャロちゃんの成長促進で実り、アザレア様の風魔法で守られた小魔麦を焼いたモノだ。シャロちゃんが気にくわないならパンを返せ、食ったモノ吐き出せ!!』
シャーロットの中の人は、目の前でイキッて「呪われたシャーロット」と名前を呼んだ男の襟首を掴む。
男は小馬鹿にした表情でへらへら笑っていたが、シャーロットは巨人族の豪腕で襟首を絞るように締めあげる。
「貴族のお嬢ちゃんに何ができる。な、なんだこの力は、ぐはっ、息が……や、やめてくれぇ!!」
細身の貴族令嬢に片手で首を締められた男は、苦しんで泡を吹きながら膝からくずれ落ちる。
王都民たちは一瞬で大人しくなると、中の人は王都民の中に男を投げ飛ばし三人ぐらい下敷きになったが気にしない。
シャーロットの野営テントは少し高台にあり、見下ろす位置に千人近くの王都民が集まっていた。
「シャーロットお嬢様はお前達を哀れに思い、ご慈悲で十張りのテントと三日分の食料を与えた。その恩を仇で返すとは、馬鹿の極みだ」
「連中はシャーロット様といっさい関係のない王都の民。捨て置きましょう」
「ふぉほほっ。シャーロットお嬢様、出立の準備は出来ています」
大切なシャーロットを侮辱されて、エレナ達も怒り心頭だった。
『そうだな、連中と付き合ってもラチが明かない。ここを引き上げてあちらに行く』
赤黒く禍々しい怒りのオーラを漂わせながら、中の人は遙か彼方を指差した。
「ゲームオ様。その方向は大時計塔でもトーラス辺境領でもありません?」
月の無い夜、中の人が指差した向こうは暗闇が広がる焦土。
しかしエレナの心眼には、魔の気配うごめくスタンピード汚染地帯が映る。
「まさかゲームオ様、王都民たちを魔獣の餌にするつもりですか」
『ちがうちがうっ、シャロちゃんが帰る前に向こう側で遊びたいって。僕も本の料理を試したいし』
中の人が鞄から取り出したのは、門外不出国家機密本「異世界ジャンクフード」
「しかしシャーロットお嬢様、我々の食料も残り僅かです。他に立ち寄る余裕はありません」
エレナの困った様子に、状況を察したジェームズは焦った声でシャーロットを説得する。
『食料なら現地調達すればいい。ねぇジェームズ、シャロちゃんは二ヶ月も一生懸命お仕事頑張ったのに、ちょっと寄り道するのもダメなの?』
シャーロットの中の人はあざとく小首をかしげながら上目使いで見つめると、ジェームズはコロリと懐柔される。
「シャーロットお嬢様のお願いなら、断るわけには参りません。それに我々を追いかけて、王都避難民は大時計塔まで付いてくるでしょう」
『わぁい、ありがとう。ジェームズ大好きっ』
シャーロットの中の人は満面の笑みを浮かべながら手を握ると、鼻の下を伸ばしたジェームズの後頭部をエレナがはたいた。
その後三十分で野営テントは撤収され、王都民が騒ぐのを無視してシャーロットの中の人は笑顔で馬車に乗る。
車体に七色の宝石を散りばめた優美な馬車を引くのは、アンドリュー公爵から貢がれた魔獣と馬の掛け合わせハーフスレイプニル。
四つ星魔獣に襲われても壊れない、頑丈な辺境仕様。
「悪ノ令嬢シャーロット、俺たちを見捨てて逃げるのか!!」
『オホホッ、悔しければ馬車を追いかけてきなさい。もし追いついたらシャロちゃんが褒美をあげる』
馬車は王都民たち周囲を走り回ると、中の人は馬車の窓から身を乗り出し手を振って煽る。
「褒美なんかいらねぇ。お前の馬車も着ているドレスも靴も全部奪ってやる」
『たったそれだけ? シャロちゃんは金銀財宝、どんな怪我病気も治る万能薬を持っているわ。でも聖女候補シルビアの結界に隠れていた臆病な王都民が、スレイプニルの馬車に追いつけるかしら』
王都民をさんざん煽って北西の方向へ走り去り、ほとんどの人々は諦めてその場に座り込んだが、冒険者らしき数人が馬車を追いかける。
その後を武装したガラの悪いグループと、首輪を付けた数十人の男女と奴隷商が続く。
シャーロットを追いかける王都民は、その途中で心眼を持つエレナにより選別される。
王都民に化けた強盗団や女神アザレア教を探るスパイは、暗闇に紛れて処分されたが、意外にも奴隷商は放置された。
シャーロットが王都民の気を引いている間に、遠くで待機していた足跡タイル作業員たちは、暗闇に紛れて大時計塔に撤退した。
*
スタンピード汚染された場所に生えた植物はマンドラゴラ化し、田園地帯に生えていた小魔麦は毒を持つ実を付け、道ばたに咲く可憐は野薔薇は鋭いトゲで得物の血を吸う。
赤く小さな甘い実を付ける魔チェリーは、木のうろに数百本のギザギザ歯が生えた魔樹に変化していた。
やがて大地の向こうから日が昇り、馬車を追いかけていた王都民たちは目の前に広げる景色に悲鳴をあげる。
「なんだ、ここは!! どうして俺たちはスタンピード汚染地帯にいるんだ」
「地面を見ろ、焦土の土とスタンピード汚染の土が入れ替わっている。俺たちは悪ノ令嬢シャーロットに騙された」
ラドクロス領からスタンビード汚染地帯に、馬車が十台並んで走れるほどの広い道が伸びていた。
先に汚染地帯に到着したシャーロットの中の人は、 足跡タイル造りでレベルが上がり広域土魔法を習得したムアに、地面の入れ替えを命じる。
広い道の向こうには、悪ノ令嬢シャーロットの野営テントが設営されている。
頬に傷のある一番乗り男は、肩で激しく息をつきながら野営テントの前に立つシャーロットに向かって進む。
男は王都でも有名な商隊の護衛だったが、スタンピード汚染で凶暴化したオーク集団に襲われ、男ひとり生き残る。
物資も仲間も失い護衛失格の烙印を押された男は、王都を捨ててラドクロス領にたどりついた。
褒美が欲しくて馬車を追いかけたら、スタンピード汚染地帯に戻ってしまった。
今さら王都民たちのキャンプに帰っても、パンを買う金がなければ飢死にするか、食い物を盗むしかない。
「はぁはぁ、こんな場所まで俺たちを誘い出して、何をする気だ。ぜぇぜぇ、約束通り褒美をもらうぞ」
『一番乗りは、見た感じ冒険者だな。ここまで四時間休み無しで走れるなら、少しは役に立つだろう』
男の目の前に立つ美少女は、伯爵家令嬢とは思えない口調で答える。
明るいブロンドの髪を編んで後ろにまとめ、オレンジの花びらのような膝丈スカートに編み上げブーツ、右手に持つ花をかたどった杖の先が赤黒く汚れている。
シャーロットの背後に設置された野営テントは、少しいびつな形をしていた。
「俺は金も食い物も、何もないんだ。さっさと褒美を寄こせっ!!」
『仲間が来るまで待ちなよ。あんたひとりじゃ運べないと思うけど』
「仲間なんていない。褒美は全部、俺ひとりのモノだ」
『独り占めは無理と思うけど、まぁいいか』
シャーロットの中の人が両手を叩きながら振り返ると、野営テントが音を立てて取り払われ、被せていた中身が現れる。
『おめでとう、パチパチパチッ。一等賞の褒美は大きな豚一頭でーす』
「う、うわぁーっ、こいつは豚じゃない。山のような巨体に牙が上下四本あるワイルドボアだっ」
男の目の前には、顔面血まみれで片側の牙が折れた、小屋ほどの大きさがある魔獣が倒れていた。
むせかえる生臭い血の匂いと血走った魔獣の目を見て、腰を抜かし座り込む。
『座って休憩する時間は無いよ。さぁ早く、コレを持って』
「ま、待ってくれ。こんなデカいワイルドボア、俺ひとりで運べるわけないだろ」
『もうすぐ次が来るから、片付けてもらわないと邪魔なんだよ。仕方ない、少し手伝ってやる』
腰を抜かした男の目の前で、シャーロットは横倒しになったワイルドボアの耳をわしずかみ、恐ろしいほど力でズルズルと引きずってゆく。
巨人族の血筋と三つ星魔法レベルMAXの身体強化で、シャーロットは大人三十人分の剛力を発揮する。
ワイルドボアを広場から出したところで、一番乗り男はやっと立ち上がり、形ばかりだが牙を掴んで一緒に運ぶ。
道を五十メートル進んだところで、次に到着した王都民と鉢合わせになり、道一杯に広がった巨大ボアに驚いて全員腰を抜かした。
「うわぁーっ、みんな逃げろぉ、魔獣だぁ!! えっ、死んでる?」
「すげぇ、アンタがこのワイルドボアを仕留めたのか」
一番乗り男の周りに集まったのは、十人ほどの重装備一団だ。
「いや、これはシャーロット様の馬車に追いついた褒美で頂いたモノだ」
「これが悪ノ令嬢シャーロットの褒美? なに意味の分からないこと言ってんだ」
武装集団のリーダーは薄ら笑いを浮かべながら一番乗り男に近づくと、突然仲間が後ろから羽交い締めにする。
相手が金属の鎧や鎖帷子で装備した武装集団では、薄い皮の胸当てだけの一番乗り男に勝ち目はない。
「このワイルドボアは上等な肉が獲れるぞ。大きすぎるから、ここで解体しよう」
「やめろぉ、これは俺の褒美だ。勝手なことはするな!!」
得物を横取りした武装集団の様子を、シャーロットの中の人はワイルドボアの頭の上から見下ろしていた。
男たちはシャーロットに気付くと、ひゃははっと猥雑な声をあげて笑う。
「お前、あの生意気なお嬢さんもさらってきたのか。あははっ、お嬢ちゃん、そこにいたら危ないから下に降りてこいよ」
『あんたたちがまともな兵士や冒険者なら、周囲の木々の倒れた方を見れば分かるだろ。ここはモンスターの獣道』
シャーロットの中の人は武装集団を無視して、道の向こうの汚染地帯を凝視する。
遠くから微かな地響きと、一斉に鳥が飛び立つ羽音が聞こえる。
『ほら、奪ったモノをさっさと運ばないと、子供を殺された親ボアや血の臭いをかぎつけた魔獣に襲われるよ』
遠くに見えた山がもの凄いスピードで向かってくると同時に、立っていられないほど地面が揺れて固い焦土の道に細かいひびが入る。
生い茂る魔草を踏みつぶしながら、山のようにみえた親ワイルドボアが姿を現すと、子ボアの周りにいた武装集団に突進する。
さらに三眼ウルフと灰泥ハイエナが数匹、子ボアを横取りしようと現れて大乱闘になる。
「ゲームオ様、わざと魔獣をけしかけるとは、人が悪いですよ」
シャーロットの中の人の背後に潜んでいたエレナは、武装集団が親ワイルドボアの牙に吹き飛ばされるのを見ている。
『汚染地帯にいるのは強くても三つ星魔獣。あれだけ立派な防具を着ていれば、ワイルドボアも三眼ウルフも簡単に倒せるだろ』
「聖女候補シルビアの結界に守られた王都にいるのは、スライムや吸血モスキートぐらいで、王都の兵や冒険者が倒せるのは二つ星魔獣くらいでしょう」
『えっ、嘘ッ!! 辺境の子供のほうが、ちゃんと戦える』
「王都の人間は、一番乗りの男も武装した連中も見かけ倒しです」
悲鳴をあげて逃げまわる武装集団の前に飛び出したエレナは、服の中に隠した双剣を取り出すと三眼ウルフに立ち向かう。
シャーロットは親ワイルドボアの顎下に1.2倍速で移動すると、オーバースペック五つ星鈍器・薔薇の部分が高速回転する聖杖を振り上げる。
『スタンピード汚染で変化したばかりの、ワイルドボアの牙はもろい。軽く叩けば簡単に砕ける』
四本牙の根元に聖杖を叩きつければ、薔薇が肉をえぐり骨を砕き、親ワイルドボアの顔半分が牙ごと砕ける。
横倒しに倒れる親ボアの左に回り込んで、前足の付け根から身体の中心めがけ聖杖で連打して、頭から血と肉片をあびながら心臓を粉砕する。
エレナは返り血ひとつ浴びず瞬く間に三眼ウルフを七匹倒し、一番乗り男はへろへろになりながら灰泥ハイエナを一匹倒した。
シャーロットの凄まじい戦いっぷりに恐れをなした武装集団は、怪我をした仲間を見捨てて逃げてゆく。
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。
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