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シャーロットと王都避難民

 草木一本生えない灰色の焦土に、鮮やかなエメラルド色の女神アザレア教旗が風になびいている。

 シャーロットがラドクロス領に来て早二ヶ月。

 野営地のすこし高台に、シャーロットのテントは設営されていた。

 彼女の泊まる大型グランピングテントはだいぶくたびれて、少し雨漏りするようになる。

 壊滅光魔法で焦土となったラドクロス領の先は、魔白羽蟲の死骸を養分にしてマンドラゴラ化した魔草が生い茂るスタンピード汚染地帯。 

 時々シャーロットは焦土の外に出かけ、門外不出国家機密本「異世界ジャンクフード」に書かれた魔昆虫や小魔獣を捕まえた。

 



 月の無い夜、焦土歩きを終えてグランピングテントに戻ったシャーロットは、椅子に腰掛けて「異世界ジャンクフード」を読んでいた。 


「シャーロット様、足の手入れをいたしましょう。靴を脱いで、あら、少し靴が狭くなったような? 申し訳ありませんシャーロット様、少し立ってもらえますか」


 言われるままシャーロットは椅子から立ち上がると、頭のうなじが前よりエレナの顔に近づいている。

 もうすぐ十二歳になるシャーロットは、この二ヶ月でずいぶんと背が伸びた。

 狭い靴を無理矢理履くと大切な足が傷つくし、シャーロットの体型にぴったり合わせたオーダーメイドドレスは、体型が変わると着られなくなる。


「シャーロット様の服が狭くなりました。それに明け方は地面に霜が降りるようになって、冷たい土の上を裸足で歩かせたくありません」


 エレナは夕食を運んできたジェームズに相談する。

 

「そうですね。現在シャーロットお嬢様の足跡タイルは三十万枚ほどあります。冬の作業はやめても在庫は充分足りるので、一度辺境伯領に戻りましょう」


 夕食のシチューをすすりながらふたりの会話を聞いたシャーロットは、スプーンを置くとなぜか哀しそうな顔をした。

 

女神アザレア様の新婚家庭にお邪魔してもいいのかしら? 避難民のおばちゃん達が、新婚さんのお邪魔虫はダメだって話していた。でも私、あの子供部屋には帰りたくない」


 そろそろお年頃のシャーロットは、大勢の避難民と接してカップルが誕生したり修羅場った場面を見た。

 

「お邪魔なんて、そんなことありません。アザレア様だってきっと、シャーロット様に会いたがっています」

「シャーロットお嬢様、現在メアリー奥様は王都のタウンハウスに住まわれ、シルビア様は王都聖教会預かりです。領地は叔父のスコット・クレイル子爵が管理しています」

「私、お母様よりお父様に会いたい。今お父様はどこにいらっしゃるのかしら」


 シャーロットの父デニスはクレイグ伯爵家の入り婿という形だが、真実は貿易商として財を成した彼が、破産寸前爵位返上寸前だったクレイグ伯爵家をメアリー込みで買ったのだ。

 だがデニスは貿易商という仕事柄ほとんど家に戻らず、それをいいことにクレイグ一族は彼の名で小切手を切りまくり贅沢三昧で暮らしていた。

 シャーロットがクレイグ家に戻っても、そこに家族はいない。

 一度辺境へ戻りアザレアに会ってから、今後どうするのか話し合う事となった。



 就寝前、シャーロットの艶やかな金髪を梳いていると、突然テントの外から騒ぎ声が聞こえた。

 それもひとり二人では無い、大勢の人間が怒声をあげながら何かを破壊する音、警備の兵士がやめろと叫んでいる。

 

「シャーロット様は中でお持ちください。私が外を、あっ、いけませんシャーロット様!!」


 エレナがテントから出るよりも早く、シャーロットは野営テントの端をめくり、杖先が薔薇の花をもした鈍器モーニングスターを握り外へ飛び出す。


「食い物をよこせぇ。俺たちは王都を出てからまともに飯を食ってないんだ!!」


 野営テントの周囲に立てられたエメラルド色の教旗は倒されて、突然現れた百人以上は補給物資を積んだ荷馬車に群がっている。

 王都でよく見かける色鮮やかな薄い生地に無駄に装飾の付いた服、まさに着の身着のまま逃げてきた様子の疲れ切れた顔の男女、若者に老人に子供の烏合の民。

 彼らを荷馬車から追い払おうとし警備兵は、逆に取り囲まれて武器を奪われる。 


「あいつの顔、王都で見たことあるぞ。聖教会をおそった連中だ」

「そうか、お前らが王都から小魔麦を盗んだせいで、俺たちの食料が無くなったんだ」


 殴られて倒れた兵士に、ヒゲ面男は奪った剣を振りあげる。

 次の瞬間、鋭い金属音が響くと同時に振り上げた剣が真っ二つに折れ、ひげ面の肩に何かが当たって、ベキベキと骨の砕ける音がした。


「ぐわぁ、痛てぇ! 肩の骨が折れたぁ。誰だ、石を投げたのは」

「やめろぉ、俺はなにもしていない。ギャア」


 兵士を取り囲んでいた男達の頭や胸に、次々と石球が飛んできて確実に仕留める。


「私の大切な女神アザレア様の旗を倒したのは誰? 私の荷馬車を壊したのは誰」


 石の飛んできた方向、野営地の大テントの前には、輝くブロンドの髪をなびかせた美少女が薔薇を模した銀杖モーニングスターを構えて立っている。

 細やかなレースが幾十にも重ねられた純白のナイトドレス姿の少女は天使のようで、男たちは倒れた仲間のうめき声も耳に入らず、食い入るようにシャーロットを見つめる。


「おい、あのデカいテントの中にも食料があるぞ」

「貴族のお嬢様とメイドの女かぁ。どんな魔法を使ったか分からねぇが、この人数で勝てると思っているのか」


 美少女とメイド女を守るのは、小柄な年寄りと痩せた男だけ。

 男達は卑猥な言葉を吐きながら襲いかかる。

 下卑た笑いを浮かべながら近づく男達を眺めながら、シャーロットはエレナに聞く。


「ねぇジェームズ、あれは人間なの。それともオークのような魔物?」

「シャーロットお嬢様、あれはオークのようなモノ、手加減不要です」

「それなら石を頂戴。深い森でオーク集落を壊滅させた千本ノックで仕留めるわ」

「シャーロットお嬢様、両腕を狙ってください。足を怪我させると護送の時不便です」


 ジェームズが慣れた手つきで石球を放ると、シャーロットは鋭い振りで石球を打つ。


 カキィーーン。


 先頭を走る鼻息の荒い男の左肩に石球が直撃、反動で後ろに吹き飛ばされた。

 突然の出来事に男達は立ち止まると、そこに時速170キロの石球が降り注ぐ


「あの娘の攻撃魔法なら、俺さまの三つ星防御魔法で防げば……ぎゃあっ!!」


 魔物のいない王都に住む人間と、辺境の深い森で四つ星上位魔獣を狩るシャーロットでは勝負にならない。

 石球ひとつ防いでも次から次へと飛んでくる弾丸ライナーに、防御魔法は簡単に破壊された。


 カキィーーン、べきべき、カキィーーン、ごきっ、カキィーーン、ぐしゃっ。


 鋭い金属音と骨の砕ける音が三分程続いた後、その場に立っている者はいない。

 うめき声を上げながら地面に転がる男に、シャーロットは花びらの先が鋭く尖った銀杖モーニングスターを振り上る。


「お待ちくださいシャーロット様!! これは一応人間です。オークのようにとどめを刺してはなりません」  

 

 すんでのところでエレナがシャーロットを制止して、男の頭部破壊を防ぐ。


「でもエレナ、オークリーダーの首を落として集落の中心に掲げないと、別のオークが反抗して鎮圧できない」

「男達は全員両腕を折られています。シャーロット様には反抗できません」


 味方にはあらゆるモノを与えるが、敵は容赦なく鉄拳をふるう。

 シャーロットはエレナになだめられしぶしぶ杖を下ろすと、壊れた荷馬車の方へ歩き出す。

 男達は全て倒され、残った女子供や老人は奪った食料を手放すとその場に座り込む。


「お許しください貴族様。王都には食べる物がなくて、ラドクロス領には沢山の食べ物があると聞いて逃げてきたのです」


 シャーロットの足元に飛び出してきた女が、泣きながら懇願する。


「エレナ、バンシーみたいに泣いているけど退治した方がいい?」

「シャーロット様、それは人間です。杖で殴ったら死にます。お前も殺されたくなければシャーロット様から離れろ!!」


 深い森の魔物バンシー(泣き女)を狩るシャーロットは、どんな見た目でも敵ならば容赦しない。

 腰を抜かして動けなくなった女は縄で縛られ、襲撃犯と王都民は全員捕らえられた。




 その翌朝、足跡タイルの作業員が別の王都民百人を野営キャンプに連れてきた。


「大変ですシャーロット様。さらに大勢の王都民がラドクロス領に押し寄せています。数が多すぎて、人数の確認ができません」


 わずか二日で千人以上の王都民が集まった野営キャンプに、ラドクロス伯爵の伝書魔鳩が届く。

 

「シャーロット様、ラドクロス伯爵からの伝令です。王都民は焦土に留まり、緑地への立ち入りを禁じる。食料配給は無し。数日中に物資をつんだ商隊が到着して、パンや食料をラドクロス領民と同じ価格で販売します」


 これまで散々王都聖教会に無視され、自領もスタンピード被害復旧で忙しいラドクロス伯爵に王都の人々を助ける義理はない。

 シャーロット達も二週間分あった食料を提供して、食べ物は残り数日分しかなった。

 辺境伯領へ戻る予定を早めて、明日の朝出発しようとグランピングテントを片付けていると、それを見た王都民が集まってくる。


「タイル運びの連中には食糧配給があるのに、どうして王都民はパンを買わなくちゃいけないんだ」

「ラドクロス領に来れば飯にありつけると思ったの。こんな草木一本生えない場所で、どうやって生きていけばいい」

「ラドクロス領主のご厚意で、火魔法の灯火と飲料水は無料で提供された。もうすぐ物資も買える。あとは仲間と助け合って生きてゆけばいい」


 詰め寄る王都民たちに、ジェームズは冷たく言い放つ。

 王都民の女が「あっ」と叫んで、シャーロットを指差した。


「そこの嬢ちゃん、聖女シルビア様にそっくりだ。思い出した、シルビア様にはシャーロットって名前の姉がいる」

「シャーロット様、あたしはシルビア様に沢山お布施した。だから妹の代わりに助けておくれよ」

「俺も毎年聖教会に多額の寄付をしている。助けてくれないなら金返せ!!」

「お前の食べるパンを寄こせ、そのドレスも俺たちの寄付で買ったモノだろ」


 怒りの形相で詰め寄る人々を、シャーロットは不思議そうに見つめる。


「このレース織りのドレスはラドクロス伯爵からの贈り物、パンは魔白羽蟲スタンピードから小魔麦を守って手に入れた。私はシルビアから貰った物なんて、ひとつも無いわ」

「あんたは貧しい私達を哀れむ慈悲の心がないの? ほら、子供がお腹を空かせて泣いている」


 母親の隣でヘラヘラ笑っていた子供は、空気を察してエンエーンと大げさに泣きだす。

 しかし幼女の頃、空腹が当たり前だったシャーロットは、無表情で子供を見つめた。


「お腹が空いたら眠ればいい。パンを買うお金がないなら、魔獣や魔草を食べればいいじゃない」


※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。


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