表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

80/101

お貴族様ゼクト

 辺境伯の馬車から飛び降りたシャーロットの中の人は、ひとりの男を指差す。


『この痩けた頬と糸目と鉤鼻。忘れるはず無い、クッコロ女騎士のウスイホンに必ず登場する魔人ゼクトだ!!』


 避難民の先頭に、かなり薄汚れているが仕立ての良い服を着たお貴族様ゼクトがいる。

 ゲーム中盤に現れる魔王ダールの副官・魔人ゼクトは、村を襲い聖教会から派遣された女騎士を激しく蹂躙(画面暗転、音声のみ)している最中、勇者に退治されるお約束敵キャラ。

 副官ゼクトを倒した勇者は、そのまま女騎士とのエッチなイベントをクリアすると、五つ星にランクアップする。


「ひとの名を呼び捨てて怒鳴りつけるとは、なんて無礼な娘だ。貧しい身なりをしても僕は由緒ある伯爵家子息」


 顔のことを色々言われたお貴族様ゼクトは、もちろん怒りだす。

 ジェームズが慌ててふたりの間に割って入り、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません、我が主シャーロット様は親しい知人と勘違いされたのです。どうかお許しください、貴方様の袖に縫われた蛇の刺繍、サジタリアス王国宰相補佐・マホーン伯爵家の方とお見受けしました」


 ジェームズの後ろで、左右非対称で少し風変わり(アザレアデザイン)なドレスを着たシャーロットの中の人も、形ばかりの頭を下げる。


「良かった、お前は僕が貴族と分かるのだな。僕は何度も王都聖教会の礼拝に参加して多額の寄付をしたが、神官は誰ひとり僕の顔を覚えていなかった」

「えっ、兄さん。本物の貴族、しかも伯爵様なの?」


 ゼクトについてきた避難民達は驚いて騒ぎ出す。


「しかし宰相補佐のマホーン伯爵は、現在行方不明と聞いています」


 父親は宰相補佐を務めるほどの大貴族でも、彼の名はゼクト・六番目。

 伯爵家跡継ぎの長男やスペアの次男以下、神官に名前を覚えてもらえない存在。


「確かに伯爵家貴族だが、猫の額ほどの小さな領地しかなかった。それもスタンピードで消えて無くなった。だから僕は避難民達が失った領民に思えたんだ」

「ワシらも同じです。だからこれからもゼクト様について行きます」

『えっと、話の最中失礼するが、ゼクトは王都聖教会を襲撃した暴徒リーダーではないのか?』


 中の人が尋ねると、周囲の避難民達が一斉に声をあげる。


「王都の兵士は、私たちの避難小屋を壊して追い出した」

「王都聖教会は俺たちを助けるどころか、金品を没収していったのです」

「暗闇の中、ゼクト様は光魔法でワシらを導いて、王都を脱出しました」

 

 避難民達はスタンピードから逃がれ、さらに王都から追い出されたと涙ながらに訴える。


『わかった、わかった。ゼクトも貴方たちも暴徒じゃない、善良な避難民だ』


 ゲームの魔人ゼクトは、《暴徒リーダーとして捕まり、拷問で幾度も焼かれて火炎魔人に目覚めたゼクトは、王都聖教会に封印された魔槍を奪い逃げた。》とあった。

 つまり目の前にいるゼクトは、王都から逃げ出したおかげで拷問を受けず善良な人間のまま。

 ちなみに魔人ゼクトとクッコロ女騎士は、即売会で島が出来るほど大人気だった。


『王都聖教会に捕まらなければ魔神も現れない。でもこの世界は必ずゲーム通りの現象が起こるから、誰かが魔人ゼクトの替わりに……』

「ゲームオ様、先ほどのクッコ女騎士とはどういう意味ですか? あっ、逃げた」


 エレナの問いに中の人は身を強張らすと、さっさとシャーロットと入れ替わる。

 エレナは不思議そうな顔をしたシャーロットと馬車に戻り、ジェームズはお詫びに積み荷の食料を分けるとゼクトと避難民に約束した。



 シャーロット大旅団の到着と王都からの避難民の収容で、大時計塔は大忙しだった。

 街の人々は、辺境から運ばれた大量の物資を見て歓声を上げる。

 シャーロットの到着に合わせてローラドの街に駆けつけたラドクロス伯爵は、極秘扱いのラドクロス領図をテーブルに広げて状況を説明した

 壊滅光魔法の焦土範囲はラドクロス領土5分の2、回復まで十年以上の月日を要する。

 しかしシャーロットの【腐敗=成長促進七倍速】で大地を回復させれば、二年後の春には小魔麦の種が植えられるはずだ。

 翌日、シャーロットを乗せた馬車は街を出て、壊滅光魔法で大地が焼き尽くされた大地に向かう。

 黄金の髪をなびかせた愛らしい少女は、膝丈の短いドレスから白い裸足をのぞかせる。

 庭師ムアが地面に両手をかざすと、シャーロットの足元が粘土のように柔らかくなって小さな足跡が付く。

 シャーロットがゆっくり歩き出すと、粘土は黒く固い岩になり足跡が刻まれ、足跡の付いた岩を叩くとタイルのように剥がれる。


 様子を見守っていたラドクロス伯爵に、執事ジェームズが説明する。


「小魔麦畑を黄金色に染めたシャーロットお嬢様の足跡を、土魔法で固めました。大人の足十五歩間隔で地面に並べれば、その範囲でシャーロット様の加護が発動します」


 シャーロットの【腐敗=成長促進】範囲は10メートル。

 足跡タイルを縦横10メートル間隔で千枚並べれば、東京ドーム二倍の広さになると中の人は言った。

 

「私が歩けば綺麗な黄金の小魔麦畑が蘇るって、女神アザレア様が教えてくれたの。

だから皆のために、頑張って沢山歩きます」

「時計塔を背に四時の方向に歩くと、その先に水の涸れた泉があります。気が遠くなるような作業ですが、どうかシャーロット様よろしくお願いします」


 シャーロットは任せてくださいと明るく微笑むと、草木一本生えない焦土を弾むような足取りで歩き始める。

 お付きのメイドが日傘を差して追いかけ、地面に出来た足跡タイルをアザレア教信者が並べる。

 シャーロットの姿を見た避難民の男は、不思議そうに呟く。

 

「貴族のお嬢さんじゃ、五十歩歩いたら疲れて休憩だろ」


 しかし見た目可憐な少女だが、巨人族の血を引き辺境の森で鍛えられシャーロットは、疲れ知らずの強靱な脚力を持つ。

 疲れたら薬草チンキを足に塗るドーピングで夜中まで歩き、シャーロットより先に年寄りムアの方が魔力切れで倒れた。

 シャーロットは予想の三倍距離を歩き、万単位で足跡タイルが作られる。


「シャーロット様は歩くのが速すぎて、足跡タイルの運び手が足りない。町人でも避難民でも、手伝ったヤツには食糧の配給を二倍にする」


 タイル運び十人では全然人手が足りないと、慌てて街で人を集める。


「土魔法使いの爺さんひとりじゃシャーロット様に追いつけない。土魔法使い一緒に募集する。シャーロット様は枯れた泉から南の森があった場所に移動された」

「そっちの方向に俺の畑があった。自分の土地に足跡タイルを敷くぞ」


 その後も人と馬と荷車を集めたが、シャーロットはさらに加速して、夜までタイル設置作業は続く。

 

「ラドクロス領主様は、運んだ足跡タイル数に応じて土地を与えるそうだ」

「沢山足跡タイルを運べば、僕や避難民でも土地が貰えるのか?」


 大時計塔でアザレア教の手伝いをしていたゼクトは、話を聞いて飛びつく。

 スタンピードに汚染された土地は魔物が沸くが、壊滅光魔法で焼かれた土地は魔物の現れない安全な場所でもある。

 しかし人集めの信者は、ヒョロヒョロ体型のゼクトを一瞥すると首を振る。


「ダメだダメだ、あんたの小枝みたいな腕じゃタイル二枚も持てない」

「でも僕は土地をもらって、避難民達の住む場所を作りたいんだ」


 何度断られても諦めないゼクトの様子に、避難民の女性達が集まってきた。


「あたしゃゼクト様より腕太いし力もある。ゼクト様の代わりにタイルを運ぶよ」

「ダメだダメだ、タイル運びは夜中でも作業する。いくら魔物が出なくても女には危険だ」

「月の無い夜に貴重な薪を燃やして作業するのか? 僕の火魔法で灯せば一晩中明るいのに」


 二人の会話を聞いていたゼクトがなにげない呟きに、信者は顔色を変えて彼の肩を掴む。


「あんた、それは本当か。火魔法を一晩中行使できるなんて凄いぞ」

「僕は二つ星魔法しか使えないけど、魔力の蓄えはあるんだ。避難民全員に、毎晩ろうそく代りの灯火を配っている」

「避難民全員って百人近くいるぞ。だから避難民を収容した大時計塔ホールは、夜でも昼間みたいに明るいのか。よし、あんたは運ばなくていいから、足跡タイルに火魔法を付与してくれ」


 こうしてゼクトは避難民と共に、足跡タイル運びに参加した。

 暗闇の中、明るい火魔法の灯火はほのかに温かく、作業する人々に感謝された。

 後にゼクトは元領地より広い土地をラドクロス伯爵から与えられ、避難民の街をつくり、結婚して家族をもうける。

 ゲームで魔王ダールの副官・火炎獄ゼクトと呼ばれた男は、聖人・灯火のゼクトになった。

 

 

 シャーロットは素足で気ままに焦土を歩き、時々踊ったり子供達と駆けっこする。

 土魔法使い十人で一日三万枚の足跡タイルが作られ、大勢のタイル設置作業員は投入されてラドクロス領の一大公共事業となる。


「昨日の夜、天使様が山を越える姿をお見かけした。焦土を蘇らせるために天使様は裸足で休むことなく歩き続ける」


 シャーロットの行く先々では、裸足の黄金天使をひと目見ようと人々がつめかける。


「天使様のお顔、どこかで見たことがある。誰かに似てないか?」

「お前知らないのか。天使様のお名前はシャーロット・クレイグ、聖女候補シルビアの姉だ」

「まさか、聖女シルビア様の姉は、母親を老婆にする呪われたシャーロットだぞ」


 思わず声をあげた男の口を、仲間が慌てて塞ぐ。


「おまえ黙れっ。確かに聖女シルビア様は治癒魔法で大勢の人を助けてくださるが、母親は悪い噂しか聞かない」

「俺もその話知ってる。母親がシルビア様への寄付金集めに、参加費金貨一枚のパーティ開いたら薄い水みたいな酒しか出てこなかったって」

「そういえば王都に住む親戚から、食べるパンが無くて困っているって手紙が来た」


 王領内は聖女候補シルビアの結界に守られているが、領地の周りはスタンピード汚染で魔物のはびこる場所になっていた。

 商隊が王領にたどり着くまで、スタンピード汚染地帯では確実に魔物に襲われる。

 危険を冒して王都に行くより、壊滅光魔法の影響で魔物のいない安全なラドクロス領や、最近とても景気の良い辺境伯領の方が儲かると商人達は判断した。

 陸の孤島状態の王都は、じわじわと食糧不足が深刻化する。

 豊穣祭から二ヶ月後、その日初めての雪が降る。

 王都から東へ伸びる街道には、大きな鞄を両手に持った人々や家財道具を積んだ荷馬車で溢れかえり、大勢の王都民がラドクロス領を目指した。

 


※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。


※ブックマークと下の星ボタンで応援していただけると、作者とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ