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中の人と門外不出国家機密本


 豊穣祭の前日。

 王太弟アンドリュースはサジタリアス王宮に現れると、王宮図書館から本を持ち出し、その日の内に城を去った。

 ダニエルとアザレアは南のポーラス領へ新婚旅行へ出発、シャーロットは荒れ地となったラドクロス領に《腐敗=七倍速の成長促進》を与えるための旅行準備で忙しくしていた。


「夜の君の旅の暇つぶしに、異界の転生者が書き残した書物を持ってきた」


 アンドリュース公爵はテーブルの上に古びた本を積み上げ、それを見たシャーロットの中の人は歓声をあげる。


『ありがとうアンドリュース公爵。これはフランス語とロシア語で書かれた本。こっちは英語と、おおっ日本語の本があった!!』


 六つ星魔法使いアンドリュース公爵ですら解読できない異界文字を、シャーロットの中の人はパラパラめくって判別する。 

 この世界では、五十年前にひとり異界文字を読める者が現れただけ。

 もしかして彼女が聖教会に厳重に保管された禁書を解読すれば、異界の魔導技術を再現できるかもしれない。


「夜の君でも読めない本があるのか」

『英語はなんとか会話できる程度で、フランス語やロシア語は全然分からん。旅行には英語の本と日本語の本五冊持っていこう』


 中の人はエレナに本を手渡すと、美しい布張りの表装をエレナはうっとり眺める。


「はははっ、王都図書館に収蔵された門外不出国家機密の本だ。大切に扱ってくれ」

「えっ、アンドリュース王太弟殿下、王都図書館の本を持ち出してもよろしいのですか?」

「そんなのダメに決まっている。これ一冊で小国ひとつ買えるくらいの価値があるそうだ。丁寧に扱ってくれよ」


 エレナは思わず悲鳴をあげそうになり、震える手で本をテーブルの上に戻す。

 アンドリュース公爵はシャーロットの無理難題なおねだりに叶えようと、金に糸目を付けず国の法すら平気で冒す。

 実のところ、ドレスや宝石を浪費するシャーロットの母親の方が、まだ安上がりだった。

「シャーロットお嬢様、持ち運ぶ本は一冊だけにしましょう。アンドリュース王太弟殿下、こちらで秘蔵本を複写いたします」


 部屋の隅で控えるシャーロットの執事に復帰したジェームズは、白手袋をはめると無造作に並べられていた本を丁寧に並べる。


『うーん、門外不出国家機密本なら仕方ない。この中から一冊選ぶなら日本語で書かれた「我が輩は異世界人である」「限りなく異世界に近いブルー」「呪異界廻戦」なんかパクりっぽい』

「ゲームオ様、ジェームズの様子が変です。早く本を選んでアンドリュース殿下に返しましょう」


 書物《特に禁書)関係に詳しいジェームズは、異様に血走った目で本を見つめる。


『うわっ、限定本の中身が知りたくてビニール包装を凝視するオタクみたいな眼だ。パクり本以外は「=*召喚*名簿」文字が消されている。おっ、これがいい「異世界ジャンクフード」』


 シャーロットの中の人が手にしたのは、青い布の表装に果物や動物の絵が描かれた子供辞典のような本。


「ゲームオ様、ジャンクフードとは何ですか」

『僕みたいな転生者が書き残した料理レシピ本みたいだ。ジャンクフードとは、彼方あちらの世界のお手軽で美味くて食べ過ぎると太る身体に悪い食べ物をいう』

「ゲームオ様、食べて太るのは身体に良い食べ物です。皆、食物が無いと痩せて飢えます」

『うーん、エレナに栄養バランスの話をしても分からないか』

 

 中の人は異世界ジャンクフード本をジェームズに渡すと、ニッコリ微笑んだ。 


『さて、旅の出発は明後日の朝。全四百ページあるけどジェームズなら模写できるね』


 三日後の早朝。

 シャーロットとエレナを乗せた辺境伯の馬車はラドクロス領へ出立する。

 不眠不休で写本した執事ジェームズと、土魔法でシャーロットの足跡を土に刻む役目の庭師ムアが旅に同行。

 馬車の後ろからラドクロス小魔麦を仕入れる商人のキャラバン隊と、女神アザレア教の信者集団が街道を埋め尽くし、千人近くの大旅団がラドクロス領を目指す。



 *



 全方位光壊滅魔法で焼き尽くされた大地には、黒い岩盤がむき出しになり草木一本生えない。

 王都を逃れたお貴族様ことゼクス・マホーン伯爵子息は、荒れ地で干からびかけたところをラドクロス領民に助けられた。

 そこから五日歩き続けてたどり着いたラドクロス避難所は、荒れ地に布張りのテントや掘っ立て小屋の建ち並ぶ。

 そこで聞こえる明るく賑やかな人々の声は、スタンピードに襲われた悲壮感が全くない。


「屋台に並んだ沢山の果物に、様々な種類の肉。こんな荒れ地で新鮮な魚を売っている」

「どこからか香ばしく焼けたパンの匂いがする!!」


 避難民の子供が走り出した先に、岩窯から白い煙が上がり焼きたての大きな白パンが並べられていた。

 王都では貴族や豪商しか食べることの出来ない白パンを、擦り切れた服を着た平民が美味しそうに食べている。

 しかし子供は無一文でパンを買えない。

 露店の前で泣いている子供に、黒い女神像を持った女が近づく。


「あなた方は今朝いらした避難民の方々ですね。こちらでアザレア聖教会の昼の配給があります」

「うわぁ、聖教会が僕たちを捕まえにきた!!」


 聖教会と聞いて子供は慌てて逃げだすと、女が追いかけてくる。

 悲鳴を聞いた避難民の大人達は子供を隠すと、女に向き合った。


「ちくしょう、ここにも聖教会の連中がいるのか」

「早く逃げよう。聖教会に逆らえば、罪人として地下牢で拷問を受ける」

「わたしは捕まえてもいいから、子供だけは助けてくださいっ」


 パニック状態の避難民は数人が逃げ出し、ほとんどの者はゼクトの周りに集まると諦めてその場に座り込む。

 避難民リーダーになってしまったゼクトは、及び腰になりながら女に言い返す。


「ちょっと待ってくれ。ぼ、僕たちは、王都聖教会を襲っていない!! 家も家族も失い聖教会に助けを求めたのに、王都から出て行けと追い出されたのだ」


 焦って言い訳するゼクトに、女は慈悲深い笑みを浮かべながら、手にした黒い女神像を掲げる。


「私たちは王都聖教会ではありません。ローラド時計塔に降臨した女神アザレア様を信仰する、アザレア聖教会の信徒です」

「貴女はアザレア様を知っているのか? 僕達はアザレア様に会いに行くんだ」

「私たちラドクロスの領民は、女神アザレア様のお姿を拝見しました。女神アザレアは天から風のヴェールを下ろし羽蟲のスタンピードから人々を守ったのです」


 とつぜん周囲の喧噪が止み、ゼクトが周囲を見回すとパン屋の主や露天の買い物客や通行人、その場にいる全員が黒い女神像を天に掲げうやうやしく頭を下げた。

 人々が女神像を掲げる方向、遠くに巨大な塔の影が見え、昼の時刻を告げる鐘の音が聞こえた。

 空気を震わす重たい鐘の音が終わるまで、人々は微動だにせず女神像を掲げ続ける。

 

「大時計ローラドへ、正午の祈りは完了しました。では避難民の皆様、食事をとりながら女神アザレアのお話しを聞いてくださいね」 


 新興宗教 女神アザレア教は、スタンピードでのアザレアの活躍を大げさに脚色して語り、避難民たちに施しを与え信者を増やしていた。

 王都を逃げ出したお貴族様ゼクトと避難民は、瞬く間に女神アザレア教に洗脳される。

 女神アザレア教の聖地は、奇跡の行われたローラド大時計。

 ゼクト達は聖地ローラドを目指し、同じ頃、豊富な物量と高級薬草をたずさえたシャーロットの大旅団が時計塔に到着した。


『ええっ、なんでゲームの魔王ダールの副官・冷血無慈悲の火炎獄ゼクトがここにいる!! しかも歩き疲れた子供を背負って励ます姿は、まるで善良な普通の一般人だ』


 ローラド時計塔の前で、ゼクトと鉢合わせたシャーロットは、思わず中の人が出てきた。 


※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。


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