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血塗られた聖槍

 大槍の近衛兵は全身大量の血しぶきを浴びながら、刃向かう者を次々串刺しにした。

 略奪行為を働いた暴徒の中に、指名手配中の罪人が数人まぎれこんだため、避難民達は全員捕らわれる。

 

「スタンピードで城も領地も失って、法王様の慈悲にすがろうと聖教会に来たのに、平民と一緒に捕らえられるなんて。僕は豊穣の女神に見捨てられたのか」


 避難民の中には、スタンピードの時アンドリュース公爵に助けられたお貴族様がいた。

 彼は運良くスタンピードを生き残り領地に戻ると、城も街も畑も跡形もすべて無くなってた。

 家族の行方も分からず一文無しズタボロ状態で王都にたどり着くと、運悪く避難民暴動に巻き込まれる。

 色白で弱々しいお貴族様は老人女子供と一緒に捕らえられ、縄で手足を縛られたまま聖教会近くの空き地に放置されている。

 聖教会を守る分厚い守護結界を眺めながら、避難民の女が叫んだ。


「豊穣の聖女候補シルビアは、法王と第三王子の言いなりで、民衆の苦しみなんて分からない!」

「あたし噂で聞いたんだ。辺境伯領にいる本物の女神様が、スタンピードに襲われたラドクロス領を救ったって」

「俺も、ラドクロスの商人から似たような話を聞いた。北の辺境に行けば、女神様が手厚く保護してくれるって」

「王都聖教会はワシらを助けない。それなら本物の女神様に会いに行こう」

「でも辺境までどうやって行くんだ」


 捕らえられた避難民の噂話に、お貴族様はうっかり答えてしまう。


「豊穣の女神が辺境にいるなら、それはアザレア・トーラスのことだ。僕は彼女を見たことがあるぞ。遠目からだけど」


 すると絶望していた老人や女達は、両手両足を縛られたまま這ってお貴族様の周りに集まる。 


「辺境の女神は、アザレア様とおっしゃるのですね」

「でも俺達は捕まって手足を縛られたまま、ここから逃げれるのか?」


 兵士や武装神官は、金目のモノを所持している避難民の取り調べに忙しく、空き地に放置された貧しい避難民を監視する者はいない。

 聖教会に逆らう暴徒として捕らわれた避難民の姿が、お貴族様にはスタンピードで失った領民に見えた。


「僕は辺境までの道程も知っている。僕がお前達を、女神アザレア様の元へ連れて行ってやる」

「あんたみたいなひ弱そうな男になにが、えっ、縄が解けている」


 何かが焦げる匂いがして、お貴族様の両手を固く縛っていた縄が切れると、足の縄も解けた。

 お貴族様は伯爵家六男で二つ星火魔法しか使えないが、荒縄を焼き切るくらいできる。

 夜の迫る薄暗い空き地に放置された避難民達は、彼の周囲に漂う小さな蝋燭の炎みたいな魔法に心奪われる。

 その夜、お貴族様と避難民達は監視の目をかいくぐって王都から脱走。

 二日後、原野で遭難しかかったところを、偶然通りすがりのラドクロス領民に助けられる。




 白銀の鎧に暴徒の返り血を浴びた王族近衛兵は、王族馬から降りて聖教会の大門をくぐる。

 避難民リーダーを串刺した黒い槍には血と臓腑がこびりつき、その禍々しさに神官達が小さな悲鳴をあげて逃げてゆく。

 大聖堂の正面で、光り輝くブロンドの髪に神秘的な赤紫の瞳、凜々しい顔立ちのフレッド・サジタリアス王子が、数人の聖女をはべらしながら彼を待っていた。

 公務失敗を繰り返し次期国王候補から遠ざかったフレッド王子は、神官達に賄賂を送り麗しい美貌で高位の聖女たちに取り入って、聖教会への影響力を強めていた。


「豊穣祭の前に王都を汚しやがって。ちゃんと野良犬の処分は済ませたか、マックス」

「御命令通り任務を完了しました。フレッド殿下からお預かりした貴重な大槍に、暴徒の血をたっぷり吸わせています」


 ミスリルの兜を脱いで刈り上げた茶髪の頭を下げるのは、近衛兵マックス。

 フレッド王子の側近が次々辞めていく中、マックスは王子側近という出世街道にすがりつき、進んで汚れ仕事をこなすようになった。


「聖槍の所有者であるフレッド殿下こそ、次期サジタリアス国王にふさわしい御方です」


 大槍を受け取ったフレッド王子は、黒曜石に似た宝石の中で紅い炎が揺らめく穂先をまじまじと眺める。

 

「ふうん、伝承では穂先が焼けたように真っ赤になるらしいが、野良犬を何匹か処分しただけでは、聖槍が目覚めるには不充分らしい。聖教会法皇から授かった聖槍で、俺を馬鹿にした死に損ない王太弟を懲らしめてやる」

「素晴らしい考えです、フレッド殿下。死に損ないの王太弟、寝たきりの第一王子と奴隷腹の第二王子にザジタリアス国王は務まりません。必ずフレッド殿下が次期国王に選ばれるでしょう」


 マックスの言葉に、フレッド王子の周りではべっていた聖女達は、黄色い歓声を上げる。

「私たちのフレッド殿下こそ、次期国王にふさわしい御方」

「聖教会は、全力でフレッド王太子殿下を支援いたします」


 王都聖教会に務める清廉で汚れ無き聖女達が、王子の腕に豊満な胸を押しつけ、酒場の女のようにまつわりつく。


「第四王子はフレッド殿下の弟君。そして偽女神アザレアを娶った末席の王子は、田舎貴族に婿入りして王族では無くなりました」


 その時、アザレアの名前を聞いたマックスの顔から、へりくだった表情を変える。


「貴様、今の話、本当かぁ!!」


 マックスは激怒で顔を真っ赤にして、アザレアの名前を出した緑の髪の聖女に掴みかかる。


「ひぃいっ、本当の話でございます。三日前、辺境伯令嬢アザレアが第五王子と結婚したと、魔道伝書鳩の知らせが来ました」

「ま、まさか、あのダニエルと、俺の女神アザレアが結婚した?」

「なんだマックス、お前知らなかったのか。王都聖教会に結婚式を断られたダニエルとアザレアは、辺境のボロい聖教会で式を挙げたらしい。死に損ないアンドリュースが結婚を承認したよ」

「俺はその時……フレッド殿下の御命令で難民達を追っていました。アザレア様の話なんて知らない」


 密かにアザレアを女神のように崇めるマックスに、フレッド王子はわざと結婚を教えなかった。


「お前の大切な女神アザレア様は結婚して汚れた」

「うそだ、王族の誇りも無い小間使いダニエルとアザレア様が結婚するなんて。アザレア様はダニエルに騙されている!!」


 顔面蒼白で膝から崩れ落ちるマックスの姿に、フレッド王子は笑いながら眺め、後ろに声をかける。


「お前は豊穣祭が終わったら、伯爵令嬢リーザと結婚するのだろ。婚約者の前でも、愛しの女神アザレア様の話ばかりして、とても煩いそうだな」

「俺は命の恩人であるアザレア様を讃えているのです。それよりも女神を汚したダニエルに懲罰を与えるべきだ」

「なにが女神よ。婚約者の私の話には耳も貸さないくせに」

 

 フレッド王子にはべっていた女達の後ろ、聖女候補シルビアの護衛女騎士が叫ぶ。

 純白の制服を着た伯爵令嬢リーザは、怒りに震えながら立っていた。


「マックスはいつも私に、女神アザレア様みたいにしとやかになれと言った。地味な灰色の髪を黒髪に染めろと言われて、その通りにしても貴方は私に興味も示さない」

「俺が崇高する、清楚で優れたアザレア様のかわりは、どんな女もなれない」 

「まだ人妻アザレアに未練があるの?」


 マックスとリーザは親の決めた婚約者だが、互いに騎士を目指し切磋琢磨して、素晴らしいパートナーになるはずだった。

 しかしマックスは豊穣の女神に瓜二つのアザレアに命を助けられてから、リーザと会っても狂信者のように女神アザレアの話しかしない。


「アザレアと出会ってから貴方は変わった。そんなに豊穣の女神を崇めるなら、地位も家族も婚約者も捨てて神職にでもなったら」


 リーザは黒く染めた長い髪をうっとおしくかきあげると、大きなため息をつく。


「リーザ、それはどういう意味だ?」

「貴方との結婚、少し考えたいの」


 アザレアの結婚を知って激怒していたマックスは、婚約者がひどく冷めた目で見つめても気付かない。

 純白の女騎士はきびすを返すと、一度も振り返らず聖教会の中へ消えてゆく。

 彼女の凜とした後ろ姿を、フレッド王子は食い入るように見つめる。

 リーザを追いかけて建物の中に入ろうとしたマックスは、罪人の血が付いた鎧では聖教会が汚れると止められ、護衛神官に大門の外に追い出された。

 血に濡れた大槍を握りしめたまま立ち尽くすマックスに、大門前を竹箒で掃除していた神官がしゃがれ声で話しかける。


「貴方様が野良犬を処分してくださり、とても助かりました。しかし野良犬の血を幾ら吸わせても、魔…聖槍は目覚めません。もっと高貴な、例えば王族の血が必要です」


 灰色のフードで顔半分を覆ったしゃがれ声の神官は、地面に出来た血だまりを竹箒で掃いて消しながらマックスの側を通り過ぎる。


「その素晴らしい聖槍で、王族ダニエルから女神アザレアを取り返せば良いではありませんか」

「俺が、アザレア様を取り返す?」


 マックスは驚いて声の方を振りかえると、そこに人影は無く、折れた竹箒が地面に転がっていた。

 三日後、避難民の騒動はすっかり忘れ去られ、通年通り華やかに王都豊穣祭が開催された。

 影の薄いサジタリアス国王と寝たきりの第一王子は一度だけ民衆の前に姿を見せ、王太弟アンドリュースは欠席。

 第三王子フレッドは聖教会の威光をバックに国王のように振る舞い、母親が元奴隷の第二王子の式典出席を許さなかった。

 煌びやかなサジタリアス王宮では、国中から集められた様々な高級食材や外国から取り寄せた珍味を使い、贅を極めた料理が貴族や高位神官に振る舞われる。

 しかし王都大通りを走る馬車は、数もまばらで、露店も商品が半分しか並んでいない。

 ラドクロス領の小魔麦が王都に一粒も入らず、主食であるパンの値段が五倍に跳ね上がり、他の食料も三倍以上値上がりした。

 王都の住民たちは、小さな固いパンと野菜くずの浮いた味の無いスープで飢えをしのいでいた。

※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。


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