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アザレアの婚礼

 秋晴れの青空に鳴り響く鐘の音を聞いた人々は、若い二人を祝福しようと歩調を早め街の教会へ向かう。

 そして豊穣の女神と噂される辺境伯令嬢アザレア・トーラスの姿をひとめ見ようと、沿道には大勢の人がつめかけて婚礼馬車を待ち構える。


「アザレア様は王都聖教会の神官達に断られて、こんな小さな教会で結婚式を挙げるのか」

「でもそのおかげで俺たち平民でも、女神アザレア様のお姿を拝むことができる」

「おい、あれはなんだ? むこうからキラキラ光るモノが、こっちに向かってくるぞ」


 道の向こうから現れたのは、七色に光り輝く美しいたてがみの王族馬。

 続いて純白の車体に七色の宝石がちりばめられた屋根のない婚礼馬車が現れ、額にかぎ爪傷のある威風堂々とした辺境伯ダント・トーラスの姿が見えた。

 父親の後ろに控えるアザレアは薔薇魔蜘蛛レースがふんだんに使われたウエディングドレスを身に纏い、その深いエメラルド色の瞳には幸せで満ちあふれている。

 沿道に詰めかけた人々に応えるように椅子から立ち上がり手を振ると、その瞬間一陣の風が吹き抜け、ヴェールが大きく舞い上がると背中に純白の翼が生えたように見えた。

 人々の歓声は婚礼馬車が通り過ぎるまで続き、最後尾の馬車から天使のように愛らしい金髪の少女が沿道に菓子やコインを撒く。


「アザレア様の横顔が印された綺麗なコインだ。村の皆への良い土産になる」

「さすが辺境伯様、俺たちにも祝いの品を用意してくださった。こんなデカい飴玉、子供の誕生日にも買ってやれないぞ」


 村から一晩中歩いてきた男は、両手一杯にコインと菓子を拾った後、道ばたに腰を下ろし金色の飴をひとつ口に含むと、不思議そうに首をかしげる。


「えっ、眠気や歩き過ぎた膝の痛みが一瞬で無くなった。この感じは、治癒ポーションと同じ」


 男は慌てて口に含んだ飴玉を吐き出すと、ハンカチに包んで懐にしまう。

 アザレアの婚礼祝いに配られたのは、特別なハチミツで作られた大きな飴玉。

 それを持ち帰った男は、飴を砕いて村中に配り、謎の熱病で死にかけた村長の娘を救う。


 *


 ミラアの街の中心に建つ冒険者ギルド会館が、大建造物に呑み込まれている。


「ここにあった小さな教会は何所に消えた? それになんだこの巨大建物は」


 本日の婚礼進行役の執事ジェームズは、思わず悲鳴をあげた。

 なぜなら本日の婚礼会場ミラア教会の場所に、たった一晩で王都聖教会そっくりの建物が建っているのだ。

 慌てふためくジェームズを尻目に、ギルド関係者や冒険者達は普段通りの様子で大聖堂の周囲に待機している。

 巨大建造物の正面の扉が開き、質素な神官服に派手な金糸の模様が縫い込まれたかぶり物、こぶし大の宝石が填まった身の丈もある杖を持った神官ホプキンスが現れる。 


「我が豊穣の女神アザレア様は王都聖教会と同等、いや、それ以上の素晴らしい結婚式を行うため、砂魔法を駆使して王都大聖堂を再現しました」


 神官ホプキンスが誇らしげに宣言する後方に、図面を持った土魔法の庭師ムアと砂魔法のトパーズ服飾店女店主がいた。

 王都聖教会の関係者だった神官ホプキンスは、一週間かけて聖教会の見取り図を書き起こし、ミラアの街に大聖堂を再現させたのだ。

 

「といってもたった一晩で造った土と砂魔法の聖堂。正面は綺麗だけど後ろ半分はオンボロ教会のまま、一日経てば魔法も解けて消えてしまいます」

「アザレア様とダニエル殿下は、大切なシャーロットお嬢様の恩人。だからワシも二人の結婚式を盛大に祝いたいのだ」 

「なるほど、子供が砂山を作るように聖教会を作ったのですね。いやはやとんでもない」


 シェームズは感心したように砂の聖教会正面を見上げながら、空に向かって手を振る。


「これだけ大きな目印なら、グリフォンも迷わず来れるでしょう。そろそろ花婿が到着します」


 晴れ渡る空の向こう、深い森の方角から街に向かって巨大な何かが飛んでくる。

 広場の半分を覆う大きな影と、熟練の冒険者が身構えるほどの魔物の気配がした。

 人々は怯えて天を見上げると、巨大な猛禽類の鍵爪と獅子の逞しい後ろ足を持つモンスターが、荒々しい羽音を立てながら舞い降りてくる。


「皆の者、怯える必要はない。空におられるのは、神獣グリフォンを従えたサジタリアス王国第五王子・ダニエル殿下である」


 怯える人々を、神官ホプキンスがなだめる。

 ダニエルと一緒に北要塞に行った幼いグリフォンは、半年で五つ星上位の神獣に成長した。

 神獣グリフォンの背には、燃えるような赤毛に純白の礼服の上からでも分かる筋肉隆々の花婿がいる。


「うわぁ、俺はグリフォンなんて初めて見たぞ」

「ダニエル殿下も半年で随分と逞しくなって、まるで初代サジタリアス王のようなお姿だ」


 ジェームズは広場に舞い降りたグリフォンの前に駆け寄ると、大通りの方へ先導する。

 砂の聖教会の鐘の音が鳴り響き、開け放たれた扉の中から女神賛歌が流れ、大通りの向こうから虹色のたてがみの馬と白い婚礼馬車が駆けてくる。


「アザレア様がいらっしゃいました。ダニエル殿下、花嫁のお迎えを……殿下、どうしました」


 ジェームズがグリフォンの背を見上げると、ダニエル王子は緊張で顔面蒼白になり、手綱を握りしめたまま固まっている。

 ジェームズは思わずため息を吐くが、一年近く側近として優柔不断王子に仕えている。

 第三王子の小間使いだったダニエル王子は、自分が主役の本番に弱い。


「殿下、覚悟を決めてさっさとグリフォンから降りてください。婚礼の儀のスケージュールは秒刻みで決まっているのです」


 優柔不断ダニエルとアザレアの仲を取り持つため、シャーロットやジェームズやエレナは散々苦労させられた。

 その苦労が今日報われるし、さっさと結婚して嫁の尻に敷かれろと思う。


「愚鈍な花婿のままで、アザレア様に恥をかかせるつもりですか」


 すでに婚礼馬車はグリフォンの目の前に到着していた。

 ダニエル王子は数回深呼吸すると、グリフォンの背から転げ落ちるように降りて花嫁を迎える。

 大聖堂の正面で待つアザレアは少しはにかみながら花婿を待ち、二人は寄り添って周囲の人々に手を振った。

 砂の聖教会の前に並んで立つ、神獣グリフォンを従えた赤毛の王子と豊穣の女神に瓜二つのアザレア。

 民衆は歓喜の声をあげ、賑やかで騒々しい結婚式が始まる。


「ご結婚おめでとうございます。今日のアザレア様は一段とお綺麗で美しい」

「王子様ぁ、アザレア様を幸せにしてくれよ」

「ダニエル王子はトーラス辺境伯の後継者となられ、アザレア様はずっと辺境にいてくれる」


 ふたりが大聖堂の中に消えた後も、広場を埋め尽くした民衆の歓声は続く。



 全てが白一色のレプリカ大聖堂、中央に敷かれた赤い絨毯のヴァージンロード。

 席に座る辺境伯領の身内と関係者、数少ないが五大貴族の王弟アンドリュース公爵と女公爵シュシュ・ポーラスも参加している。

 ヴァージンロードを歩むアザレアのウエディングヴェールは、新雪のように白く神秘的な淡い光を放ち、彼女の優美な顔立ちと艶やかな黒髪の美しさを際立たせた。

 アザレアはゆっくり進みながら来賓客をながめると、席から身を乗り出して一生懸命手を振るシャーロットの姿に思わず微笑む。

 

「私は最初、ダニエルがシャーロットちゃんに好意を持って、さらってきたと思ったの」


 小さく呟いて隣を見ると、筋骨隆々で逞しくなったはずのダニエルは、緊張で顔面がこわばっている。

 神官の待つ祭壇の前に来て、婚礼の儀が始まっても、ダニエル王子の手の震えは止まらない。


「それでは豊穣の女神の祝福を受けた、新郎ダニエル・サジタリアス、新婦アザレア・トーラス。婚礼の誓いの口づけを……大丈夫ですか?」


 緊張し過ぎて全身硬直状態の新郎に、周囲も異変に気づきザワザワと不安そうな声が聞こえる。

 次の瞬間、アザレアの全身から風が巻き起こり、身体がふわりと浮き上がる。

 纏ったヴェールは光り輝きながら翼のように広がってはためき、細い両手でダニエル王子の頬を包み込むと、薄く薔薇色の唇でアザレアから接吻した。

 それは女神聖書の表紙に描かれた、初代サジタリアス王に祝福の接吻を与える女神の場面と同じ。

 キスで正気に戻ったダニエル王子は、頬に触れたアザレアの手を取ると熱々のキスをお返しして、大聖堂内は祝福の拍手に包まれる。


「これはまさに神話の再現。ダニエル王子は降格して王族では無くなるのに、豊穣の女神は彼こそ王にふさわしいと神託したのか」


 婚礼の儀を終えて親族から祝福を受ける新郎新婦を眺めながら、神官ホプキンスは大杖を握り直す。


「女神の御神託、しかと受け取りました。私は腐敗しきった王都聖教会を捨てて、女神の使徒として辺境に新たな聖教会を築きましょう」


シャーロットは頬を真っ赤に染めて興奮した様子でアザレアに抱きつく。


女神アザレア様の背中に白い翼が生えてみえて、キラキラ光の粒が溢れ出して、とてもとてもお綺麗でした」

「ありがとうシャーロットちゃん。私が結婚できたのも、シャーロットちゃんとエレナの励ましがあったからよ。あら、エレナはどこ?」


 普段は常にシャーロットの後ろに影のように控えているエレナの姿がみえない。

 

「それがエレナ、女神様のウエディングドレス姿を見たら涙が止まらなくて、椅子から立ち上がれないの」


 シャーロットが指さした先、エレナは大聖堂の端の席で椅子にうずくまり、肩を震わせて大泣きしている。

 一見クールなメイドは、身内の祝い事には人一倍感動して号泣する激情家なのだ。


「ウワァーーッ、おめでと、ございます、アザレア様。やっとお幸せに、ううっ」

「分かるぞエレナ、おまえ頑張ったよ。あの優柔不断王子とアザレア様が二人っきりになるようにセッティングしたり、お邪魔しないように人払いしたり」

「私はエレナに頼まれて女神様を温室に呼んで、ジェームズはダニエル王子を呼んで、ふたり揃ったら外に遊びに出かけるの」

「えっ、シャーロットちゃんが急に虫を追いかけて温室を飛び出したのって、私とダニエルを二人きりにするため?」

「ワシはエレナに頼まれて、温室にリラックス効果のあるララベンダの花と、恋愛成就効果があるママリゴールドの花を植えました」


 エレナはシャーロットの中の人の指示で、アザレア様とダニエル王子をくっつける作戦を遂行していた。

 ゲームの魔王ダール、現在ダニエル王子。

 彼は愛する人と結ばれれば、魔王になる必要は無いのだから。

※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。


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