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夜の君とアンドリュース公爵

 深夜十二時、サジタリアス王宮の薄暗い庭園。

 気が付くとシャーロットの中の人は、十三歳のシャーロットと結婚して三ヶ月後に死ぬ予定の、王太弟アサトゥール・アンドリュース公爵に両手を握られていた。


『僕の最愛で至宝のシャロちゃんが、白髪交じりの爺さん……ではなくアラフィフおっさんとの結婚を自分から言いだすなんて!! それにおっさんが王太弟なんて全然知らなかった』

「さっきはあんなに可愛らしい顔で私を見つめていたのに、夜の君はとてもつれない。私が王太弟の地位にあるのは、先王が決めたこと。即死呪いに冒された者が王になることはない」


 ゲームで、なぜ魔力の低いシャーロットが魔王側近なのか不思議だったが、彼女は王太弟夫人の地位と巨人族の豪腕を持っていた。

 しかもアンドリュース公爵と無理矢理結婚させられたのではなく、シャーロットから結婚すると言いだす。


『シャロちゃんは昆虫採集を褒められて嬉しかっただけで、結婚の意味もよく分かってない。おっさんとの結婚なんて、僕は大大大反対だぞ』

「ふははっ、子供の気まぐれな約束を強要するつもりはない。それに私は即死呪いで、何時死ぬとも分からない身だ」


 笑いながら自分の死を語るアンドリュース公爵に、中の人は少し哀れんでしまった。


『あんたはまだ死なない。シャロちゃんが十三歳になるまで生きる』

「それは未来を知る夜の君の予言か? シャーロットは去年十歳になったから、私はあと二年生きるのか」

『僕の知る未来のダニエル王子は左腕を失っていた。深い森でダニエル王子はグリフォンに指を喰われたけど、左腕丸ごとではなく指三本と被害は軽くなった。僕の知る未来は変えることができる』

 

 六つ星最強魔法と強靱な肉体を持っていても、常に死の恐怖と戦っている。

 死を恐れるアンドリュース公爵は、アザレアすら警戒してハチミツ酒を受け取らない。

 シャーロットの中の人の一言は、期間限定だが即死呪いの恐怖からアンドリュース公爵を解放させた。

 

「そうか、私は今日も明日も死なないのか。シャーロットが十三歳になるまで、私は生きる」

『シャロちゃんは今十歳九ヶ月だから、残り二年六ヶ月でエンシェントドラゴンを討伐して新しい呪いに上書きすれば、アンドリュース公爵は生き延びると思う』


 目の前のアンドリュース公爵から余裕のある落ち着いた大人の表情が剥がれ落ち、禍々しい笑顔で歓喜に震えた。


「シャーロットは私に素晴らしい亜虎魔カブトを、そして夜の君は私に救いの予言をプレゼントしてくれた。人々はアザレアを豊穣の女神と言うが、私にとって夜の君こそ豊穣の女神だ」


 アンドリュース公爵の全身から溢れ出す王気は爆風になり、吹き飛ばされそうな中の人の身体を掴まえて高々と掲げた。

 男の腹の底からの笑い声はショックウェーブになり、美しく整えられた王宮庭園の木々がなぎ倒され、花は無残にも散る。

 シャーロットを掲げるアンドリュース公爵を中心にクレーターが出来た。


『なにこのおっさん、マジでヤバイ。ダニエル王子やアザレア様の魔力なんてまるで子供だ。魔王、いやそれ以上、ラスボスポジションだ』



 クレーターに駆けつけるアザレアとダニエル王子とエレナ、遠くで腰を抜かしたジェームズの姿がみえる。


『エレナ、早く僕を助けろ。アザレア様、えーん、シャロちゃんとてもこわいっ』

「アンドリュース叔父様、これはいったい。とにかくシャーロットちゃんを下ろしてください」

「はははっ、笑いすぎて喉が渇いた。アザレア、さっきの特別なハチミツ酒を私に一杯くれないか」


 アンドリュース伯爵はアザレアとおしゃべりを始め、中の人は宙ぶらりんのまま王宮を見上げると、最上階バルコニーに人影がある。

 暗闇の中でも眩く輝く金色の髪、遠目からでも第三王子フレッドとわかる。


『そういえばフレッド王子の態度、とても胸騒ぎがする。アイツは異常にアザレア様に執着していた。まさかゲームのアザレア様は、豊穣祭のパーティで王族フレッドに襲われた?』


 だとしたら僕は、おっさんと遊んでいる場合ではない。

 抱き上げられた手をバシバシと叩き巨人族の豪腕で手の甲をつねり、腕の力が緩んだ隙に抜け出してヒラリと地上に舞い戻る。


『あーん、アザレア様、シャロちゃんとても怖かったです』

「可哀想なシャーロットちゃん、もう大丈夫よ」


 中の人が両手を広げたアザレアの柔らかな胸に飛び込む寸前、エレナが割って入る。


「ゲームオ様申し訳ありません。ダンスのあと同窓のリーザ様に話しかけられて、気付くのが遅れました」

「邪魔するなエレナ、アザレア様の優しいお胸に包まれる千載一遇のチャンスが!!」 

「それなら私が優しく抱きしめてあげます」

『ぐわぁ、エレナのたくましい胸骨が顔に当たって、痛い痛いっ』


 シャーロットの中の人はゴリゴリした感触を頬に感じながら、必死で考えを巡らせる。

 舞踏会にフレッド王子が現れたら、必ずアザレアをダンスに誘うだろう。

 ダニエル王子もアザレアも、位上の第三王子の命には逆らえない。


『フレッド王子に絶対アザレア様を会わせてはいけない。こうなったら誰かをアザレア様の身代わりに……こんな硬い胸じゃダメだ!!』

「ゲームオ様。今の言葉、どういう意味ですか」


 ちょっと怒ったエレナにヘッドロックされた時、中の人はひらめく。


「そうだ、アザレア様の身代わりなら、そこら辺に何十体も突っ立っている。確かダニエル王子の指を直したルル夫人が控え室にいるはず。エレナ、僕を控え室まで案内しろ」

「えっ、シャーロットちゃん、私の身代わりって?」

『ダニエル王子はフレッド王子が来たら、「アザレアは五分で戻る」と言って引き留める。おっさんはアザレア様のボディガードとして一緒に来てくれ』


 まだ子供のシャーロットが年上のダニエル王子達に指示を出す様子に、アンドリュース公爵は首をかしげた。


「夜の君は、王太弟の私にアザレアのボディガードを命じるのか」

『僕は運命シナリオから、シャロちゃんとアザレア様を護る。僕に協力するならオッサンの命も救ってやる』

「なるほど。アザレアが健康になったのも、ダニエルがグリフォンを騎獣にできたのも、胸を患った夫人を蘇生させた特別な酒も、すべて夜の君が関わっているのか」


 アンドリュース公爵の呟きに、エレナが小さく頷く。

 そしてシャーロット達は人目を避けながら庭園を抜け出し、ダニエル王子はひとり大広間に戻った。

 舞踏会が始まって二時間が過ぎ、大広間の照明も淡い光に変化して静かな音楽が流れていたが、突然盛大なファンファーレが鳴り響く。

 大広間正面の扉が開け放たれ、酒に酔って赤ら顔の第三王子フレッドが美しい貴族令嬢を大勢はべらしながら入ってきた。

 怖いアンドリューズ公爵がいないのを確認してから、大広間に来たのだろう。


「寛大な俺は王族として、末席王子ダニエルの婚約を祝おう。なんだ、アザレアの姿がみえないぞ?」

「フレッド兄上、アザレアは衣装替えで席を外しています。あと五分ほどで戻ってくるでしょう」

「アザレアがいないなら好都合、俺は兄として弟ダニエルに命ずる。王杯に注がれた酒を飲み干せば、第五王子と辺境伯令嬢アザレアの婚約を認めよう」


 フレッド王子が宣言すると、従者が黄金に輝く洗面ボウルサイズの杯をダニエル王子に差し出す。

 そしてフレッド王子の後ろに控えていた女性達が、持っていた酒瓶の中身を王杯に注いだ。

 酒は不気味な紫色で、生臭い魚のような香りも混じっている。


「この酒を飲めば、俺とアザレアの婚約を認めるのですね」


 ダニエル王子は覚悟を決めて、杯を持ち上げ酒を飲むが、三口飲んだところで動きが止まり、その場で気を失って倒れる。

 昏倒したダニエル王子と鋭い金属音を立てて床に転がる王杯を見て、フレッド王子はゲラゲラ笑い出す。


「ぎゃははっ、子供はねんねの時間だ。お前達、ダニエルをベッドで寝かせて子守歌でも聞かせてやれ」


 強烈な睡眠薬入りの酒を飲まされたダニエル王子は、フレッド王子の従者に荷物のように引きずられて大広間から追い出される。


「ダニエルがいないと、アザレアはダンスの相手に困るだろう。仕方ない、俺がダンスの相手をしてやる」


 大広間にいる貴族達は、次期国王候補の呼び名高い第三王子フレッドの行為を、見ない振りするしかない。

 フレッド王子は大広間に運ばれたソファーに寝そべり、ご機嫌で美女に膝枕させながらアザレアを待つが、三十分たっても彼女は現れない。

 

「次期サジタリアス国王の俺をいつまで待たせる!! 着替え途中でもかまわん、今すぐアザレアを連れてこい」


 酒が進み泥酔状態のフレッド王子が、声を荒立てて従者に命じる。

 その時、開け放たれた大広間の扉の向こうに、真っ赤なドレスを着た陶器のような白い肌のアザレアが静かに佇んでいた。

 フレッド王子はソファーから飛び起きると白いアザレアに駆け寄り、魅入られたように彼女の手を引いて大広間から出て行った。



 


「さすがシャーロットお嬢様の薬草チンキです。王族特製の睡眠薬すら、鼻がもげるほどの悪臭に目を覚ます」


 大広間の外で待機していたジェームズは、ダニエル王子が連れ込まれた部屋に大量の薬草チンキを投げ込んだ。

 色仕掛け担当の女は薬草チンキの臭さに悶絶卒倒して、なんとか耐えた従者も目を覚ましたダニエル王子に捕らえられた。

 ジェームズが窓を開け換気して臭いを消したところで、シャーロットの中の人とエレナ、髪を紫のショートカットにした女性が部屋に入ってくる。


「なぜトパーズ服飾店の女店主がここに? そうだゲームオ、アザレアが危ない」

『フレッド王子と豊穣の女神なら、今頃ベッドの上でいちゃついている』

「なんだと、フレッドとアザレアが!! お前はアザレアを見捨てたのかぁ」


 ダニエル王子は怒りで我を忘れ、シャーロットの中の人に掴みかかろうとしたところで、エレナに阻まれる。


「ダニエル殿下、アザレア様は無事です。ゲームオ様も下品な物言いはお止めください」

「しかしアザレアはフレッドと一緒にいるんだろ」

「アザレア様はアンドリュース公爵の馬車で待機しています。フレッド王子と一緒にいるのはアザレア様の身代わり。トパーズ服飾店のルル夫人にお願いして、ゴーレム魔法で女神の石像に命を与えました」


 女神アザレア様大好きシャーロットは、長廊下に並ぶ豊穣の女神像を全て記憶していた。

 そして中の人はアザレアに一番似ている女神像に赤いドレスを着せ、アザレアの身代わりにフレッド王子の所へ行かせたのだ。


「しかしフレッドにアザレアが石像とバレたらどうする」

「ダニエル殿下、心配はご無用。ハチミツ酒の温度管理に使う私の一つ星魔法で、石像を人肌に保温しておきました。泥酔したフレッド王子は少しも疑うことなく、女神像を寝室に連れ込みました」 

『ゴーレム土魔法の効力は四時間。アザレア様は公爵の馬車で王宮を出る、ダニエル王子はグリフォンを連れて、シャロちゃんも辺境伯の馬車で王都を脱出する!!』



 *



 豊穣祭の翌日、日が高く昇った時刻。

 普段通り第三王子フレッドの寝室に入った女官は、大きな悲鳴をあげる。

 フレッド王子が寝ているはずの、分厚い布に覆われた天蓋付きベットが潰れて変形していた。

 女官の悲鳴を聞いて近衛兵が駆けつけ、壊れたベッドの天幕を払い中を見て驚愕する。

 ベットには豊穣の女神の石像が寝かされていて、全裸のフレッド王子が女神像に跨がった状態で、イビキをかいて爆睡していた。


 あまりにショッキングな出来事に箝口令が敷かれたが、噂は瞬く間に広がり、優秀で色男と評判だった第三王子フレッドの人気は地に落ちる。

 それと入れ替わり、これまで全く存在感のなかった第五王子ダニエル・サジタリアスが、王位継承権争いに加わった。


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