シャーロットのプレゼント
振る舞われた特別なハチミツ酒効果で、怪我や病気が治癒して喜ぶ人々。
これまで末席の王子など全く相手にしなかった貴族達は、みごとな手のひら返しでダニエル王子を褒め称え、豊穣祭は第五王子婚約祝賀会の様相となる。
「アンドリュース叔父様も、どうぞお酒を」
アザレアが差し出したシャンパングラスを、アンドリュース公爵は手を横に振って断る。
「いいや、私は遠慮しよう。それよりダニエル、グリフォンに囓られた指の替わりを見せてくれ」
アンドリュース公爵に命じられたダニエル王子は、黒手袋をとると公爵の目の前で左手を広げる。
日に焼けて浅黒い肌と真っ白な義指は、はっきりと違いがわかる。
「この指はトパーズ服飾店の女主人に頼んで、砂ゴーレムと同じ方法で造らせました」
「ほおっ、砂ゴーレムの土魔法で右手を鏡写しに反転させて、左手の指にしたのか。ダニエル、この義指はどのぐらい動かせる」
「少し小指の動きが鈍い程度で、日常生活を送るのに支障はありません。義指は三ヶ月に一度交換するように言われています」
「ではダニエル、私と腕相撲をしてみよう」
「ご冗談を、アンドリュース叔父上は六つ星魔力の持ち主。腕を組んだ瞬間、砂ゴーレムの義指が壊れてしまいます」
ダニエル王子の義指の性能を直に確かめたいアンドリュース公爵は、相手が嫌がるのを無視して、テーブルの上に腕をのせて構える。
「アンドリュース叔父様、自分の砂ゴーレムと腕相撲をしてはいかが。ダニエルの義指メンテナンスのために、トパーズ服飾店の女主人ルルも王都に来ています」
「なるほど、それは面白そうだ。アザレア、今度私にルル婦人を紹介してくれ」
ダニエル達と話で盛り上がるアンドリュース公爵の袖を、シャーロットが引っ張る。
「私もアンドリュース叔父様に見せたいモノがあるの。エレナ、あのカゴを持ってきて」
シャーロットに命じられたエレナは大広間から出て行き、しばらくして四角いカゴを抱えて戻ってくる。
カゴの中からガサゴソと音が聞こえ、中身を知っているアザレアは小さな悲鳴をあげてダニエル王子の後ろに隠れる。
シャーロットはキラキラと瞳を輝かせながらカゴの蓋を開けると、子供の頭サイズの巨大魔昆虫が角を立てて威嚇する。
「私、深い森で虫を沢山捕まえて、沢山戦わせたの。これが最後に残った一番大きくて強い、背中に大きな傷のある亜虎魔カブトです」
カゴの中身を見たアンドリュース公爵は、うおぉっ!! と驚きの声をあげる。
「こんなに大きくて立派な角を持つ亜虎魔カブトは初めて見た。クレイグ家のお嬢さん、角で木の幹を貫くほど獰猛な亜虎魔カブトを、どうやって捕まえた?」
「うふふっ、特別なハチミツに少し麻痺草の汁を混ぜて木の幹に塗ると、亜虎魔カブトが集まってくると爺やに教わったの。亜虎魔カブトは、甲羅を親指で押さえれば簡単に捕まえられるわ」
大人数人で押さえ込んで捕まえる亜虎魔カブトを、シャーロットは巨人族の豪腕で軽々と摘まみ上げる。
ちなみに貴族男子の間では魔昆虫バトル(ムシ木ング)という趣味があり、一番人気の最強甲殻魔昆虫・亜虎魔カブトを掲げるシャーロットの周りに、ワラワラと男子が集まってきた。
「すごい、何という甲羅の厚さ。私が五つ星冒険者から入手したノコギリ鬼角カブトの倍以上大きいぞ」
「辺境の深い森には、あのような立派な魔昆虫がいるのか。いつかワシも深い森で昆虫採集をしてみたい」
周囲の羨望の眼差しを一身に浴びながら、シャーロットはアンドリュース公爵に亜虎魔カブトを渡す。
魔獣との戦闘狂アンドリュース公爵は、魔昆虫バトルも大好きだった。
「クレイグ家のお嬢さん、これほど素晴らしい亜虎魔カブトを貰えるなんて、今まで贈られたどんな宝物より嬉しい」
「私のことはシャーロットとお呼びください。アンドリュース叔父様のために捕まえた亜虎魔カブトを大切に育ててね」
「これほどのプレゼントを貰った私は何を返せば……。そうだシャーロット、手を出しなさい」
アンドリュース公爵は小さな赤い宝石の付いた細いリングを指から外すと、シャーロットの左手人差し指にはめる。。
「シャーロット・クレイグ、君に新たな力を授けよう」
ほんの一瞬、シャーロットの身体が軽くなったような気がして、不思議なことに指輪の宝石がカチリと音を立てて三つに分裂した。
「大変です、アンドリュース叔父様。宝石が増えました」
「これは魔力判定に使われる闇夜の泉の底から採取した、魔力上限解放効果のある宝石。赤い石が三つに増えたということは、シャーロットの魔力が二つ星から三つ星に上限解放された」
「でもそれじゃあ、アンドリュース叔父様の魔力が減ってしまいます」
「はははっ、今私のレベルは六つ星680、少し減ったところで大したことない」
シャーロットの持つ魔力は一つ星40+二つ星80、合計120。
アンドリュース公爵の魔力は一つ星から五つ星1120+六つ星680、合計1800。
シャーロットに渡した三つ星指輪分の魔力が減っても、公爵は痛くもかゆくもない。
しかしシャーロットは頬を真っ赤に染めて、指輪をはめた指を見つめたまま動かない。
「シャーロットちゃん、貴重な魔力上限解放の指輪を貰えて良かったわね。さぁ、アンドリューズ叔父様にお礼を言いましょう」
「女神様。私、魔力上限解放の指輪を貰ったから、アンドリュース叔父様と結婚するのね」
「えっ、突然何を言いだすの!! シャーロットちゃん」
シャーロットはこれまで結婚式等に参加したことが無い。
だからトパーズ服飾店の女主人が指に填めた結婚指輪=魔力上限解放指輪と知り、シャーロットは指輪=結婚とインプットした。
シャーロットはアンドリュース公爵の前に歩み出ると、丁寧にお辞儀しながら左指の指輪を大切そうに触れる。
「アサトゥール・アンドリュース公爵殿下、シャーロット・クレイグはこの指輪を戴いて叔父様と結婚します」
「ちょっと待ってシャーロットちゃん、アンドリュース叔父様は結婚とか、そういう意味で指輪をあげたのではないわ」
「でも魔力上限解放の結婚指輪があれば、私はもっと強くなって女神様を護れる。この指輪が絶対欲しいから、私は叔父様と結婚します」
「シャーロットちゃんと叔父様はとても年が離れているし、結婚は早すぎると思うの」
「でも女神様、私はまだ身体は小さいけど、十歳のお誕生日にお酒を飲める大人になりました」
指輪をプレゼントされた天使が勘違いして結婚すると言いだし、女神が慌てて説得する。
周囲の大人達は女神と天使の言い合いをほっこりしながら眺め、アンドリュース公爵も愛らしい少女の発言を断りたくなくなった。
「シャーロット、結婚は年上のダニエルとアザレアが先だ。君が三つ星最大魔力180までレベルを上げれば結婚しよう」
「ダニエル王子と女神様、早く結婚してくださいね。私も三つ星魔法のレベル上げ頑張ります」
シャーロットが元気よく返事をすると、堪えきれずにアンドリュース公爵は爆笑する。
結婚を急かされて照れるダニエル王子と困り顔のアザレア。
しかしエレナは顔を伏せたまま、わき上がる怒りの感情を抑えていた。
エレナの命より大切な主シャーロットが、悪魔の予言通り、死に損ないアンドリュース公爵の妻になるかもしれない。
その時、大広間の時計の鐘が何度か鳴り響き、優雅なワルツの音楽が流れる。
黒曜石の舞台から降りてきた第二王子が細身の公爵家令嬢と手を取り、大広間の中央でダンスを踊り始める。
舞踏会の始まりは身分の高い者から踊る決まりだが、第三王子フレッドの姿は見当たらず、フレッドの実弟の第四王子は国外に留学中。
ワルツ二曲目、ダニエル王子と真っ赤な素晴らしいドレスを着たアザレアが手を取り踊り出すと、周囲から歓声が沸き起こる。
続いて上位貴族と伯爵家の子息令嬢が踊り始め、華やかな場所取り合戦が始まり、ダニエル王子と楽しそうに踊っていたアザレアが、シャーロットに手招きをする。
「エレナ、どうしたの、大丈夫? 女神様が呼んでいるわ」
「あっ、私としたことが申し訳ありません。このような華やかな場所は久しぶりで、皆様のダンスに見とれてしまいました」
「さぁエレナ、行きましょう。私、早く踊りたくて身体がウズウズしているの」
愛らしく微笑みながら手を差し出すシャーロットの姿に、エレナは例えこの先どんなことがあろうと、私は騎士として姫を守り抜こうと心に誓った。
そこから先は、シャーロットとエレナの独壇場となる。
豊年祭は双子の小太陽が夜九時まで沈まない、一年で一番昼の長い日に行われる。
この日だけは国中の全ての時計を三時間遅め、一晩中豊年祭を楽しむ習わしだった。
宴もたけなわ、エレナとダニエル王子相手に超絶技巧の高速ダンスを披露して、まだ踊り足りなそうな表情のシャーロットに、アンドリュース公爵が声をかける。
「さすがシャーロット、ダニエルを踊り負かした素晴らしいダンスだ」
「はいアンドリュース叔父様、久しぶりに沢山踊れて、とても楽しいです」
「実は私もシャーロットと一緒に踊りたいが、人が大勢居るところで踊るのは恥ずかしいのだ」
「アンドリュース叔父様、それなら庭園のほうで踊りましょう」
バトルも恋愛も百戦錬磨のアンドレリュース公爵が人前を恥ずかしがる訳はなく、シャーロットはまんまと騙されて連れ出される。
大広間の時計が、鐘を九つ鳴らした。
***
『はぁ、アンドリュース公爵が王太弟って、これっぽっちも聞いてないぞ!! ゲームの運営、説明不足にもほどがあるっ!! それにシャロちゃんの好きなタイプって、くたびれた影のあるおっさん? イケメン熱血な勇者じゃないの?』
「なるほど、私の調べさせた情報通り、真夜中十二時になると君が現れるのか」
『ぎゃあーーっ、耳元でイケボでささやくなぁ、エレナ助けてぇ!!』
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、本当に本当にありがとうございます。とても助かります。
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