アイスドラゴン討伐
エレナは慌てふためくシャーロットの中の人を抱きかかえてその場を離れ、アザレアは白虎にしがみついて跳躍する。
ムアは土魔法で岩室を出すと、頭上を見上げて座り込むジェームズを引っ張って中に避難。
王族結界の真上に、軽自動車サイズのグリフォンが落ちてきた。
結界天井に張られた一枚目の硝子は衝撃で細かく砕け散り、二枚目の硝子はグリフォンを受け止めたように見えたが、次の瞬間大きなひびが入る。
グリフォンの身体が接触した部分から王族結界は溶けて、再び落下すると、逃げるシャーロットの目の前にあるグランピングテントを押し潰す。
グリフォンは潰れたテントの真上で苦しげな鳴き声をあげているが、王族結界とグランピングテントがクッションになり、地面に叩きつけられずに済んだ。
「グリフォンは命拾いしたな。しかし結界の隠蔽が破られ、我々の姿はアイスドラゴンから丸見えだ」
翼を傷つけられ糸でがんじがらめになったアイスドラゴンは、まだ上空にいた。
アイスドラゴンは翼と尻尾に傷を負っているが、グリフォンを捕らえていた両脚は全く攻撃を受けていない。
『エレナ、アイスドラゴンが僕をじっと見つめているんだけど。魔獣もシャロちゃんの可愛らしさが分かるのかな』
「あのドラゴンは、子供をいたぶるのが好きみたいですね。逃げますよゲームオ様!!」
結界が消えれば、シャーロット達は身を隠す場所のない広場にいる。
手負いのアイスドラゴンの眼中には、シャーロットしか見えない。
まるで巨大な氷山が空から急降下するように、アイスドラゴンはシャーロットに迫る。
『うわぁ!! 王子、早く助けろ』
「ゲームオ、囮になってアイスドラゴンを引きつけるんだ」
『えっ、か弱い美少女に、お前なに言ってんの!!』
中の人は文句を言うが、シャーロットを抱えたエレナは小さく頷くと全速力で広場から巨木の立ち並ぶ森の方へ走り出す。
『ひぃいーっ、アイスドラゴンがデカい木の幹をへし折っている。エレナ、もっと早く!!』
「ゲームオ様、落ち着いてください。私たちの役目は、グリフォンからアイスドラゴンを引き離すこと」
全身鋭利な氷の鱗で覆われたアイスドラゴンは、巨大な針葉樹を芝刈り機のようにザクザクと切り払いながらシャーロットに迫る。
『木の中じゃダメだ。エレナ、あそこに見える岩の影に隠れろ』
針葉樹の中に、枯れた木の幹によく似た柱状の岩が突き出ていた。
「しかしゲームオ様、あの細い岩では隠れる場所はありません」
エレナは戸惑いながらも、命じられたままに柱状の岩影に隠れる。
シャーロットとの鬼ごっこに夢中のアイスドラゴンは、動きを止めた獲物に恐ろしい勢いで迫る。
針葉樹と同じように岩をなぎ払おうと左翼を振るい、そして甲高い悲鳴を上げる。
『アイスドラゴンの鱗は土球で壊れた。だから岩は切り倒せない。あははっ、まぬけドラゴン、こっちまでおいで』
中の人はエレナが止めるのも聞かず、岩影から飛び出すとアイスドラゴンの目の前でひらひら手招きする。
怒り狂ったアイスドラゴンは地上に舞い降りると、岩柱の周りを駆け回る獲物を捕らえようと無傷の鉤爪を伸ばした。
しかし鉤爪は、目の前の小さな獲物に届かない。
アイスドラゴンの身体に絡まった王族命綱の糸は、シャーロットの中の人が駆けずり回った岩柱と木々の間を幾重に絡まり、蜘蛛の巣のようにドラゴンを捕らえていた。
さらに細い糸が一本、なぎ倒した木々の間を縫ってピンと張っている。
「よくやったゲームオ、ここからは俺に任せろ」
頭上から声がして、広場にいるはずのダニエル王子がアイスドラゴンの背にまたがっていた。
細い蜘蛛の糸のような王族命綱は、その上を歩いたり梯子のように登ることが出来る激レアアイテム。
『遅いぞ王子、もっと早く助けに来い!!』
「ゲームオ様。ダニエル殿下は細い糸の上を、綱渡りのように走ってアイスドラゴンを追いかけていました」
アイスドラゴンがシャーロットに気をとられている隙に、ダニエル王子は糸を伝いドラゴンの背中に飛び移ると、ミスリル製のバスターソードを高々と掲げ、氷の鱗に覆われたドラゴンの首に勢いよく突き刺さす。
アイスドラゴンは甲高い悲鳴を上げると、王子を背中から振り落とそうと激しく暴れる。
エレナは中の人を背に庇いながら、地上に降りたドラゴンの鉤爪に双剣を振るう。
「魔力を持たない私に、氷の魔法は意味が無い。物理で破壊するのみ」
四聖エレナの剣は、硬いはずの氷の鱗をアイスピックで割るかのように簡単に傷つける。 右足を集中的に攻撃、エレナ自身も傷を負うが、中の人が上級薬草チンキをエレナに投げつけて治す。
背中からダニエル王子の攻撃、地上からエレナの攻撃で、ついにアイスドラゴンは地面に倒れる。
『今だ、ダニエル王子はドラゴンの首を切り落とせ。エレナは心臓を狙って刺せ』
ゲームのアイスドラゴンは頭部とコア(心臓)両方破壊しないとHP1から修復するので、コンボ攻撃で倒したのだ。
「アイスドラゴンよ、子供を痛ぶるのは楽しいか? だがそれもこれで終わりだ」
ダニエル王子は両手でバスターソードを高々と掲げ、眩く光り出す剣に魔力を込めて、アイスドラゴンの首の肉をえぐりとる。
エレナは長いレイピアを二本取り出すと、腹を見せて倒れたアイスドラゴンの心臓に深々と突き刺した。
再びダニエル王子は、光魔法を帯び二倍の大きさになったバスターソードで、肉を削ぎ骨の見えるアイスドラゴンの首を一刀両断する。
耳をつんざくような大音響の断末魔、心臓を刺され首を落とされてもアイスドラゴンの身体はもがき続け、数分経ってやっと動きが止まった。
通常なら魔力四つ星の五人パーティで挑むアイスドラゴン討伐を、五つ星ダニエル王子と四つ星のアザレアとムア、魔力無しエレナと二つ星シャーロットと一つ星ジェームズでやってのけた。
『魔力無しでステータスを物理攻撃ガン振りのエレナは、五つ星と同等に戦える。そして魔王予定のダニエル王子が、まるで勇者のように光り輝く剣を振るう。かなりゲーム設定と異なってきた』
中の人はおそるおそる首を失ったアイスドラゴンに近づくと、地面にダラリと垂れた氷の翼から鱗を数枚はぎ取る。
ゲームはアイスドラゴンの鱗五枚を素材に、パーティドレス風のSSレア防具が作れたけど、この鱗のサイズでは百枚以上集めないと難しそうだ。
「ゲームオ様、おやめください。シャーロット様の指が氷の鱗で傷ついてしまいます。素材回収はジェームズに任せましょう」
『ゲームでアイスドラゴンは五回に一度しか鱗を落とさないから、ゲームオタクとしては本物の鱗をじかに触れたいんだ。シャロちゃんとアザレア様のドレスに氷の鱗を縫い付けるとしたら、ふむふむ』
さっきまで悲鳴をあげてアイスドラゴンから逃げ回っていたのに、今は宝の山のように眺める中の人にエレナは苦笑いする。
アイスドラゴンの背から降りてきたダニエル王子は、黄金色の輝きが増したバスターソードを食い入るように見つめる。
「アイスドラゴンは四つ星上位、五つ星程度の魔力があった。この剣の輝き、ドラゴンスレイヤーに格が上がったようだ」
この時、自意識過剰な第三王子だと大げさに勝ち鬨をあげるだろうが、ダニエル王子は剣を鞘におさめながら自分に言い聞かせるように呟く。
戦いを終えてシャーロット達が一息ついていると、遠くから慌てた男の声が聞こえてきた。
「大変です、ダニエル殿下。急いでグリフィンのところへお戻りください!!」
2021年、明けましておめでとうございます。
本年もシャロちゃんと中の人を宜しくお願いします。
※誤字脱字報告、古い言い回しご指摘、ありがとうございます。とても助かります。
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