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五つ星魔獣グリフォン

 土魔法で切りだした石版を赤々と燃える焚き火の上に置き、二センチの厚さに切った七角鬼バッファロー肉を乗せる。

 ジュワッと肉が音を立てて脂がパチパチ弾けると、少し黄色みを帯びた煙が立ちのぼった。

 野営地の結界を点検していたダニエル王子が、匂いに釣られて焚き火の側にやってくる。


「今日の夜食は焼肉か。石板が大きすぎてシャーロット嬢には扱いにくそうだ。俺が肉を焼こう」

『シャロちゃんの呪いで八十時間熟成状態の七角鬼バッファロー肉。切り口は鮮やかな紅色、焼き加減はミディアムで』


 ダニエル王子は今回も慣れた様子で、フォークの腹で肉を石板に押しつけながら表面に焼き目を付けた肉を切り分ける。

 中の人は少し赤みが残った熟成肉を一切れ、味見させてもらった。


『もぐもぐ、適度に水分が飛んで弾力があって、噛みしめるとあふれ出る肉汁が昆布締めのグルタミン酸みたいな旨味だ。ちょうどいい塩加減とハーブの爽やかさで、いくらでも肉を食べられる』

「そういえば、あねぅ…七角鬼バッファロー肉が大好物だった。エレナ、アザレアを起こしてきてくれ」


 エレナは追加の肉と野菜を石板に並べると、ダニエル王子に濡れた手ぬぐいを渡す。


「それでは私がお肉を焼きましょう。ダニエル殿下、アザレア様をお願いします」

『王子、肉は沢山有るから、慌てないでゆっくりでいいぞ』


 中の人たちのおせっかいに、ダニエル王子は表情を変えず、でも耳を真っ赤にしながらアザレアの休むグランピングテントに向かった。 


『これでダニエル王子とアザレア様はふたりっきり、でも白虎がいるから甘い雰囲気にはならないか』

「それでは私が、白虎を肉で餌付けしましょうか?」

『露骨すぎるぞエレナ。あっ、肉が焦げている』


 焚き火は火力調整が難しく、石板から気をそらしていたエレナは慌てて肉をひっくり返す。

 焦げた肉からからモクモクと立ちのぼる煙は、まるで狼煙のようだ。

 異世界の空に浮かぶ二つ満月の夜は、白夜のように明るかった。


彼方あっちの世界の月より小さいな。でも月が三つ並ぶと、本を読めるくらい明るい』

「ゲームオ様、晩秋の月はふたつ、月が三つ現れるのは春です」


 中の人は焼肉と分厚く切ったマトマをパンに挟んで、モグモグ頬ばりながら空を見上げていた。


『でもエレナ、空には月が三つ……あの月動いている? もしかして流れ星、違う、何かが光りながら落ちてくる!!』


 遙か上空で、二つの月の間で輝いていたモノが地上めがけて落ちてくる。

 中の人が月と間違えたモノは、突如白く鋭い輝きとオレンジの揺らめく光に分かれて形を変えた。


「あれは、旧採掘場にいるはずのアイスドラゴンです」


 白銀に輝くコウモリのような巨大な翼の魔獣と、炎をまとう鷹のような翼を持つ魔獣が、上空で縄張り争いをしていたのだ。

 フランピングテントから白虎が飛び出してくると、とても興奮した様子で威嚇の唸り声を上げた。

 その後ろからダニエル王子と大弓を手にしたアザレアもテントから出てくる。

 夜の深い森に中に潜む魔獣たちも異変に気付き、周囲はにわかに騒がしくなった。


「どうしてアイスドラゴンが針葉樹エリアで現れる? 魔獣の縄張りははっきり区切られているはずだ」

「ダニエル、四つ星上位獣の白虎が、四つ星低位獣のアイスドラゴンをこれほど威嚇するなんておかしいわ?」


 アザレアは白虎の背中を押さえつけてなだめながら、上空を見上げた。

 空で激しくアイスドラゴンと戦う魔獣は、鷹に似た姿でアイスドラゴンより二回り小さい。


「アイスドラゴンと対等に戦える鳥の魔獣なんて、あれはまさか!!」


 思わす叫んだダニエル王子に、ジェームズは慌てて魔道双眼鏡を渡す。


『アザレア様、あの魔物がこっちに落ちてきたら大変だ』

「大丈夫よシャーロットちゃん。王族結界は野営地をドーム状に守っているから、空から魔獣が落ちてきてもはじき返すの」

「魔獣達の戦いが終わるまで、結界で待機した方が安全です。どうやらアイスドラゴンが鷹の魔物に勝ちそうですね」

「あの鷹は幻の王獣グリフォンだ!!」

 

 ダニエル王子は大声で叫び、上空を食い入るように見つめる。

 アイスドラゴンは巨大白トカゲにコウモリのような翼が生えた生き物、そして巨大な鳥は鷹の上半身に褐色の毛並みを持つ獅子の下半身、瞳がやたら大きく幼い顔立ちをしている。


『へぇ、これが本物のグリフォンか』

「あら、物知りのゲームオ様でも、グリフォンは知らないのですね」

『深い森にいる魔獣は殆どゲームで狩ったことあるけど、グリフォンは見たことがない。シャロちゃんが十七歳の頃には、グリフォンは絶滅していた』


 シャーロットの中の人の話に、隣にいたダニエル王子は驚愕の表情になる。


「ゲームオ、それは本当か。サジタリアス王家の象徴はグリフォン、初代サジタリアス王はグリフォンを騎獣にしていたという伝説がある」

「私は騎士学校で、この二十年間グリフォンの存在は確認されていないと教わりました」


 よりによってシャーロット達の野営地真上で二体の魔獣は争い、双眼鏡無しでも姿を確認できるほど地上に近づいてきた。


「グリフォンは五つ星魔獣だが、まだ幼体。そして四つ星アイスドラゴンの方が二回りもでかい」


 小柄なグリフォンは俊敏な動きをしているが、戦いはアイスドラゴンが優勢。

 硬い甲羅で覆われた鞭のようなしっぽをグリフォンの翼に叩きつけ、前足の長い爪で切りつける。

 空からぱらぱらと、血糊の付いたグリフォンの羽根が舞い落ちる。


「ダニエル殿下、これはめったにないチャンスです。二体の魔獣が戦って終えて体力が消耗した頃を見計らい、アイスドラゴンを生け捕りにしましょう」

「ジェームズ。グリフォンではなくアイスドラゴンを生け捕りにするのか?」

「はい殿下、この戦いは私のような素人目から見ても、明らかにドラゴンの方が強い。アイスドラゴンを騎獣にすれば、辺境から王都まで二日で飛べます」

「しかしこのグリフォンは、もしかして最後の一匹かもしれない」


 その時白虎をなだめていたアザレアが立ち上がると、空に向かって大きく両腕を広げる。


「ドラゴンは凶暴で知性の無い魔獣、だけどあのグリフォンは賢い。ドラゴンの動きを見切って攻撃を避けているわ。でもこのままじゃグリフォンは殺されてしまう」

「あねぅ…アザレアはグリフォンを助けたいのか」


 見た目爬虫類にコウモリ翼のアイスドラゴンより、大きな瞳を持つ幼い風貌のグリフォンにアザレアの保護欲は刺激されたのだろう。


「しかしアザレア様、私もダニエル殿下も近距離攻撃メインで、空を飛ぶ魔物には手も足も出ません」

「私がアイスドラゴンに矢を射かけて、地上に落とすわ」

「それは危険です。アイスドラゴンとグリフォンが我々の存在に気付いたら、こちらを攻撃するかもしれません」


 執事ジェームズは、内心怯えながらも冷静な声で指摘する。

 パーティの中でアイスドラゴンより格上は五つ星魔力のダニエル王子だが、魔獣二匹に襲われたら全員無事では済まない。


「でも私は、初代サジタリアス王が使役したグリフォンをダニエルの騎獣にしたい。ダニエルが王族にふさわしい選ばれた人間だと、グリフォンで証明したいの」

 

 それでも大弓を構えようとするアザレアに、シャーロットの中の人が声をかける。


『アザレア様はグリフォンを助けたいのなら、シャロちゃんがアイスドラゴンを地上に引きずり降ろしてあげる』


※誤字脱字報告、ありがとうございます。とても助かります。

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