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アザレアと優柔不断王子

 シャーロットの中の人はダニエル王子とアザレアをくっつけようとしているのに、彼女は王子がシャーロットに好意を持っていると勘違いする。

 

『僕はスマホのRPGゲーとか音ゲーとかアクションゲーばかりで、恋愛シミュレーションゲームは全然プレイしてないんだよ。こんな優柔不断男、どうやって攻略すればいいんだ?』

「ダニエル殿下は年ごろになっても姉弟気分で、片方に恋人が出来てから慌てふためいて後悔するタイプですね」


 エレナの覚めた物言いに中の人は、慌てふためいて後悔して魔王になるんだよ。と言いたくなるのを堪える。

 外をのぞき見しなくても、男女の揉める声がテントの中まで聞こえてくる。


「俺がどれだけ王族から疎んじられてるか、姉上も知っているはずだ。アイツらは俺と同じ血が流れているだけだ」

「もう私たち子供じゃないの。ダニエル殿下はサジタリアス王国の第五王子、私は顔が豊穣の女神に少し似ているだけの辺境の田舎娘」


 アザレア様が田舎娘なら私は野蛮人ですよ。とエレナの呟きが聞こえる。

 アザレアは酒の力を借りて、これまでの鬱憤を晴らすようにダニエル王子に本音をぶつける。


「王宮のパーティで粗相しないように、田舎娘はアンドリュー叔父様にエスコートをお願いします。ダニエル殿下はシャーロットちゃんをエスコートしてね。パーティで素敵な殿方との出会いがあるかもしれない」

「それはダメだ。姉上は俺がエスコートする」

「ダニエル殿下、何度も言わせないで。私たちは子供でも姉弟でもない。ちゃんと正式に、私をパートナーとして申し込んで頂戴」


 燃えさかる焚き火をバックに立ち上がったアザレアは、決意を込めた強い眼差しで彼を見つめる。

 ダニエル王子はアザレアの前に片膝を折りかしづくと、両手をとって真剣な顔で見上げる。


「辺境伯令嬢 アザレア・トーラス。お願いだ、俺の、ダニエル・サジタリアスのパートナーになってくれ!!」

「ダニエル殿下、喜んで承ります。ダニエル、これから私を名前で呼んで。姉上と呼んだら一週間口をきかないから」

「分かったよ、姉…アザレア」


 テントの入り口から外を覗いていた中の人とエレナは、驚いてお互い顔を見合わせた。


「アザレア様はダニエル王子の髪と同じ色のドレスを仕立てているのに、もしかして優柔不断男は、これまで正式にアザレア様をパートナーとして誘ったこと無い?」

「アザレア様、健気すぎます。私だったら相手を一発殴っているわ」

『二人の関係は、優柔不断王子よりアザレア様がリードしたほうが進展するのか』


 フムフムとなにやら考え込んでいた中の人はそのまま押し黙り、座り込んで動かなくなる。


「ゲームオ様、どうしました? あら、寝てる」


 昼間の疲れとローストチキンをお腹いっぱい食べた満腹感で、シャーロットの中の人は睡魔に負けて夢の中。

 外の焚き火の前の二つの影は、一晩中仲良く寄り添っていた。


 翌朝。

 全員しっかり寝坊してすっかり日が昇った時間に、旧採掘場を目指し出発する。

   

「今日も俺が先頭を進む。エレナはシャーロット嬢に付き、ムアは最後尾を頼む。あねう…ア、アザレアは偵察をお願いする」

「ふふっ、分かったわダニエル。任せて頂戴」


 顔を真っ赤にして軽くどもりながら話すダニエル王子を、アザレアは満足そうに頷くと、白虎の背に乗って巨木の上まで跳び上がる。

 深い森の木々は広葉樹から、先端が雲にとどくほど高い針葉樹に変化して、三つ星以上の魔獣が生息するエリアに入る。

 野営地から出立した直後、四つ星・月の火炎熊に遭遇したが短時間で片付け、昼前に七角鬼バッファローを十頭ほど狩って、午後は体長二十メートルはある紅マダラ幻蛇を二時間かけて仕留めた。


「いろいろな魔獣を狩ったが、王都まで走れそうなモノはいないな」

「それにしてもシャーロットちゃんが、投石で三つ星魔獣の七角鬼バッファローを二頭も仕留めたのには驚いたわ」

女神アザレア様、私の投げる石にじいやが魔法をかけてくれたの。この丸い石は投げるとギザギザのトゲが出てきて、当たるとトゲが刺さってとても痛いの」

 

 シャーロットは威力のある剛速球を投げる。

 庭師ムアは土魔法で、投げた瞬間鋭利なトゲが無数生える石に細工した。

 七角鬼バッファローとのバトルで、シャーロットの球はで七角鬼バッファローの顔面を直撃。

 そして鋭利なトゲが高速回転して肉をえぐり、ミンチ状に粉砕した。


「シャーロット様に護身用の剣を持たせようと思っていたのですが、まさか投石でここまで戦えるとは驚きです」

「これほど優れた身体能力を持つ娘を、屋敷に閉じ込めて放置していたなんて、クレイグ家の人間は馬鹿揃いだな」


 か弱いお嬢様風で二つ星魔法使いのシャーロットだが、抜群の身体能力を持つ。

 そして優れた運動技術は、中の人の学生時代の部活と体感ゲームで習得したモノ。

 今のシャーロットは、中の人の経験を身体が覚えている状態だった。



 日が暮れて二日目の野営地設営も済み、昨日よりだいぶ早く携帯食料での夕食を済ませる。


「まだ夜八時なのに、女神様は眠たいの?」

「シャーロットちゃん、明日は朝早く出発して長時間歩くから、今晩は早めに休みましょう」

「ふふふっ、私女神様に抱っこされて寝るの、とても大好き」


 甘くて柔らかなアザレアの香りに包まれたシャーロットは、日中の疲れからものの数分で深い眠りにつく。

 アザレアは少女の光り輝く艶やかな髪を撫でながら、優しく微笑んだ。



 *



『くんかくんか、やっぱりムアじいさんの硬い腕枕か。エレナ、ちょっとだけでイイから、僕にもアザレア様抱っこを体験させてくれ!!』


 真夜中に目覚めると見慣れた緑色のテント、そして枕元にはエレナが正座待機している。


「ゲームオ様が出てきた瞬間、邪悪な気配を感じ取った白虎が襲いかかるでしょう。白虎が欲望まみれの魂だけ喰ってくれればいいのですが」

『残念だなエレナ。僕とシャロちゃんは一心同体、魂を切り離すことはできない』

「ふん、いつか絶対にシャーロット様の身体から追い出してやる。おしゃべりはこのくらいにして、ゲームオ様、すでに用意は整っています」


 エレナの言葉に中の人は飛び起きる。


『エレナには肉の下処理を頼んでいた。七角鬼バッファローを討伐して十時間経過、シャロちゃんの腐敗の呪いのおかげで、肉は八十時間熟成したことになる』

「ゲームオ様の指示通り、七角鬼バッファローの背中の肉を下処理して塩で包みました。まさかジェームズにあれだけ大量の塩を運ばせていたなんて驚きです」


 今回のパーティに氷魔法を使える者はいないが、深い森は気温一ケタ冷蔵庫並みの寒さだから、肉の腐敗防止に塩で保存すれば大丈夫。

 中の人がテントから出ると、荷物置き場から布に包まれた塩づけ肉塊を抱えたジェームズが走ってくる。


「シャーロットお嬢様、塩にコリリンダのハーブと岩玉葱のみじんぎりを混ぜて肉を包むと、この短時間で肉の臭みも消えました」


 ジェームズは一つ星生活魔法で水を出すと、平らな岩の上に包んでいた布を広げ塩漬け肉を軽く洗った。

 中の人は腕まくりすると、巨大な七角鬼バッファローの背中、リブロース・サーロイン部分にナイフを入れる。


『昨日は夜中から調理を始めたので、シャロちゃんとアザレア様の睡眠時間がだいぶ削られたからな。ムアじいさん、ジェームズが抱えている肉が乗るくらいの、石の板を作ってくれ』  

「かしこまりました、シャーロットお嬢様。深い森にすむ水牛は、月昆布草を主食にしているので、肉は柔らかくて美味いそうです」


 ムアは黒々とした硬い岩肌を撫でて、引き出しを引くような動作をすると、ズリズリと岩が動き幅一メートル厚さ五センチほどの石板を切り出した。


『下準備をすませた肉を切って焼くだけ。鉄板の代わりに岩板で「熟成肉BBQ祭り」開催!!』 

 


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