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アザレアと砂ゴーレム

「まぁ、シャーロットちゃんったら、エレナの砂ゴーレムを見て恥ずかしがっているわ」

「シャーロット様、妙なモノをお見せして申し訳ございません。店長、早く砂ゴーレムに服を着せてください」


 エレナが恥じらっていると勘違いした女店主は、白いガウンを砂ゴーレムに着せながらあやまる。


「ごめんなさい。砂ゴーレムは七日で砂に戻るから、それまで我慢してね」

「エレナ、そんなに焦らなくても人払いは済ませているし、ここにいるのは店長さんと私とシャーロットちゃんだけ。女同士の裸を見ても大丈夫でしょ」

「そ、そうですねアザレア様。私としたことが見苦しく取り乱してしまい、申し訳ございません」


 アザレアはイタズラが成功した子供のように楽しそうに笑っていたが、エレナは心中穏やかでは無かった。

 昼間シャーロットが見たこと聞いたことを、ゲームオは全部覚えているのだから。

 アザレアとエレナが話をしている間に、女店主は砂ゴーレムの手を引いて魔法陣の上から移動させる。

 シャーロットが興味津々でエレナの砂ゴーレムに近づいた。


「小さなお客様、触媒の人間と術者以外、他人が砂ゴーレムに触れたら崩れてしまいます。さぁ次は小さいお客様の番ですよ」

「えっ、次は私!! わ、わかりました、宜しくお願いします」


 緊張した面持ちのシャーロットは、顔を擦ったり髪に触れたりして、魔法陣の上でも落ち着きが無い。

 女店主は両手を擦り合わせた術を途中で止め、二回目は床の砂が動かなくて中止になり、三回目はシャーロットが途中でくしゃみをしてしまう。


「シャーロット様、しっかりしてください。吟遊詩人のワルツを思い出して」


 エレナの声かけにハッとしたシャーロットは、その場に静止してつま先立ちで両手を広げる。

 床の砂が勢いよく渦巻いて砂の柱になり、四回目でシャーロットの砂ゴーレムが出来上がる。

 美しいダンスポジション姿の全裸シャーロットを、エレナは素早くガウンで覆い隠す。


「あらエレナったら、私シャーロットちゃんの身体をもっとよく見たかったのに」


 イタズラを邪魔されて不服そうなアザレアの肩に、女主人が優しく触れる。


「そういえばアザレア様、半年前に採寸した時より体型がふくよかになられて、今着ているドレスも少しきついご様子」

「最近は食事が美味しくて、ちょっと太ったかもしれないけど、王都にパーティまでには元の体重に戻すわ」

「いいえ、以前のアザレア様は骨が浮いて当たるくらい痩せすぎでした。でも今はとても健康的で女性らしい美しさです。それではアザレア様、魔法陣の上に立ってください」


 女店主は和やかに笑いながらも、有無を言わせない口調で魔法陣を指さす。

 アザレアはしかたがないと諦めた表情で魔法陣の上に立ち、慣れた様子でポーズをとった。

 女店主が両手を擦り合わせ、呪文と同時に床の砂が激しく渦巻いて砂の柱がそそり立ち、パラパラと崩れた中から現れたのは。

 聖教会の中央に飾られた豊穣の女神像と瓜ふたつ、いいや、長い手足に女性的な美しい身体のライン。

 瑞々しい胸の果実は健康的なエロスを感じさせ、慈悲深い母性を併せ持つ女神ヴィーナス像が誕生した。


『ふおぉおっ、これはまさに女神降臨……きゃあエレナ、何をするの!」


 アザレアの砂ゴーレムが出来上がるのを大人しく見ていたシャーロットの瞳が、僅かに濁る。

 エレナはそれを見逃さず、背後から手の平でシャーロットの両目を塞ぐ。


「あ、危ない。今ちょっとゲームオが出てきたわ」


 シャーロットが驚いて後ろを振り返る間に、アザレアの砂ゴーレムはガウンを着てしまった。


「私としたことが、申し訳ございません。シャーロット様」


 あいまいに理由を言わず謝るだけのエレナに、シャーロットは首をかしげる。

 女店主はシャーロット達の砂ゴーレムを壁に並べると、手についた砂を払いながら部屋の右側の大きな両開きの木の扉に触れた。

 

「本日の採寸はこれで終了です。次は隣の部屋でドレスに使う布地を選んで頂きます」


 扉が開け放たれた向こう側、部屋の床一面に並べられた布が、赤橙黄色緑青藍紫そして黒白とグラデーションで並べられている。


「きれいきれい、お部屋の中に虹色の布が広がっている」


 部屋に入ったシャーロットはおもわず声をあげると、床に置かれた布地が魔法で浮かび上がり、天井近くから長く吊るされる。

 シャーロットは瞳を輝かせながら、カーテンのようになびく大量の布地の中に飛び込んで、後ろからエレナが慌てて布地をかき分けながら追いかけてゆく。


「小さなお客様、布地の迷路に迷わないようにお気をつけください。気に入ったモノを見つけたら、布の表面を手のひらで五回叩いてください」

「ふふふっ、シャーロットちゃんってとても可愛いいでしょ。私シャーロットちゃんとエレナの着るドレスのデザイン画を描いてきたの。店長、このイメージでお願いするわ」


 アザレアは「小さなお客様シャーロット」と呼ぶのを忘れるくらいうきうきしながら、女店主に十数枚のデザイン画を見せた。

 女店主は和やかに微笑みながら、とても独創的で刺激的なダサいデザイン画を受け取る。


「かしこまりましたアザレア様。この素敵なデザインに少しアレンジを加えて、小さなお客様のドレスを造らせていただきます」

「私のデザインしたドレスを着たシャーロットちゃんは、更に可愛らしくなるわ」


 天から万物を授かった豊穣の女神の生まれ変わりのようなアザレアだが、唯一の欠点は服の趣味が独創的すぎてダサくなる。

 女店主はそれを見抜き、少しだけアザレアの趣味を残した最新流行のドレスに仕立てるのが仕事。

 女店主はひどく頭を悩ませるデザイン画を眺めていると、数枚の布地がフワフワと浮きながら運ばれ、シャーロットが布の迷路から戻ってくる。


「シャーロットちゃん、とても真っ赤で光沢があって綺麗な布地ね」

「私のドレスを女神アザレア様が考えてくれたから、私は女神様の布地を選んだの。店長さん、この布で女神様に、ノールアザレアの花のようなドレスを作ってください」

「でもシャーロットちゃん、ノールアザレアの花はピンク色。私に燃えるような赤なんて似合わない」

「この赤はダニエル王子様の髪の色なの。私が王子様とダンスの練習をすると、女神様はちょっと寂しそうな顔になるから、王都のパーティで女神様はダニエル王子と一緒にダンスを踊るの」


 シャーロットは無邪気に笑いながら、アザレアの秘めた恋心をいい当てる。

 以前はくすんだ色に髪を隠していたダニエル王子も、現在執事ジェームズから帝王学をたたき込まれ、自尊心も芽生え燃えるような鮮やかな赤毛を隠さなくなった。


「でも私は北山脈の要塞を離れられないお父様の代理でパーティに参加するから、ダニエルの、王族であるダニエル殿下と一緒にダンスを踊るなんて……」

「どうして? ダニエル王子はいつも女神様ばかり見て、私の事なんて全然見てないわ。それに王子はエレナよりダンスが下手、えっと踊りにくいの」

「ダニエルが下手って、シャーロットちゃんとエレナのダンスが上手すぎるのよ。でも王族の前でそんなこと言っちゃダメよ」


 家庭教師マーガレットからどれだけ礼儀作法を教わっても、軟禁期間が長く対人関係の乏しいシャーロットは、王族を敬うという常識がない。

 そして王族の開くパーティで、ダニエル王子の髪の色のドレスを着てダンスを踊る意味をアザレアは知っている。

 

「ではアザレア様、この赤い布でドレスをお作りしても宜しいですか?」

 

 優しく問いかける女店主に、アザレアは顔を真っ赤にしながら頷いた。

 それからアザレアも、シャーロットとエレナのドレスとパンツスーツ用に、綺麗な碧色と艶やかな白い布地を選んだ。

 ドレスの採寸と布選びを終えると、時間はすでにお昼前だった。

 

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