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シャーロットと執事ジェームズ

「急に何をおっしゃいますか、シャーロットお嬢様。お、俺が王族の執事なんて、務まるわけありません」

『でもジェームズは王族の書庫に興味があるから、シャロちゃんについてきたのだろ』

「確かに王族の書庫に興味はありますが、俺は豊穣の女神であるお嬢様の下僕。娘が連れさらわれても心配しないクレイグ家、あの薄情な女には仕えたくなかった」


 ガチの異端聖女狂信者ジェームズは、十歳の少女をすがるような眼で見つめる。

 シャーロットの中の人は一瞬だけ怯えて身をひいたが、すこし考え込むと両手でジェームズの腕を掴んだ。


『ちょっと二人きりで話をしようか、ジェームズ』

「えっ、こんな真夜中に、俺が、お嬢様と二人っきりですか」

『シャロちゃんの、とてもとても大切なお話。ジェームズにしか頼めないの』


 上目づかいで甘えるような声で痩せた執事の腕にしがみついてお願いすると、相手はシャーロットの思うがままに動く。

 与えられた客室は応接間の隣に寝室があり、シャーロットはそこにジェームズを引っ張って行こうとした。


「なんでエレナがついてくる。シャーロットお嬢様は俺とふたりっきりで話がしたいそうだ」

「私はシャーロット様のお側を片時も離れません。ふたりが話している間、耳を塞いで後ろを向いていましょう」


 お互い威嚇し合うエレナとジェームズを生暖かい眼で眺めながら、シャーロットの中の人は寝室に移動する。

 寝室は春を思わせる明るい花柄の壁紙と芝生に似せた緑の絨毯、白いロマンチックな家具で揃えられていた。

 シャーロットの中の人はベッドに座ると、エレナが真横にサイドテーブルを運んできて、一人分の紅茶を入れる。

 そしてジェームズの真横で後ろを向いて手で耳を塞いだが、どう見てもまる聞こえ状態だ。

 シャーロットの中の人は、甘い花の香りのする紅茶を一口飲むと、ジェームズの方を向く。


『ところでジェームズ、例のブツは持ってきたか』

「シャーロットお嬢様、申し訳ございません。旅の途中で二本割ってしまい、十本しか持ってくることが出来ませんでした」


 カマキリのように細いジェームズの身体のどこに隠していたのか、金色に輝く蒸留ハチミツ酒大瓶を十本テーブルの上に並べる。


『ほおっ、まるで金を溶かしたような美しい色の酒。更に蒸留を重ねて、蓋を開けた途端の揮発するアルコールだけで酔っ払いそうだ。これは度数80パー超えているな』

「シャーロットお嬢様の誕生会でほぼ使い切ったので、クレイグ家にハチミツ酒は僅かしか残っていません。メアリー奥様は次のパーティでハチミツ酒を振る舞うとおっしゃいましたが、あはは、どんな不味い酒が出来るか楽しみです」

 

 ジェームズのハチミツ酒は《腐敗=アルコール発酵八倍速》で作られたモノ。

 同じ酒を造るには半年以上時間がかかるが、シャーロットの母親は酒がひと月で出来ると勘違いしたらしい。


『そういえばジェームズの家は醸造所で身分は平民だ。そしてエレナは下級騎士の娘』

「はい、おっしゃる通りです。しかしそれが何か」

『こちらの世界の権力構造は、王族より聖教会の方が力は上らしい。聖女候補シルビアと後見人の母親メアリーは、権力構造のかなり上にいる。そしてシャロちゃんは第五王子ダニエルに保護され辺境伯の客人になったが、今のままではかなり心許ない』


 シャーロットの中の人の話にエレナは不思議そうに首をかしげるが、ジェームズは小さく頷くと答えた。


「つまりシャーロットお嬢様は、役立たずと噂される末席の王子に保護された現況に満足されない。それで俺に、ダニエル殿下の執事になれとおっしゃったのですね」

『そうだジェームズ。次期国王候補争いに第五王子ダニエルを加えるには、どうすればいい』

「では手始めに、上級薬草を王様に献上すれば大変喜ばれるでしょう。ダニエル殿下は長男王子のために、危険な魔獣の住む辺境の森で上級薬草を探し出したのです。王族としてカリスマ性に乏しいダニエル殿下は、武勇で名をあげる方が早い」

『ジェームズ、お前ならダニエル王子を、第三王子フレッドより上に据えることはできるか』

「シャーロットお嬢様の命とあれば、役立たず王子を立派な王に仕立て上げましょう」 


 この異世界の権力ピラミッド頂点は聖教会、その下に王族がいる。

 そしてジェームズは前法王直属の部下で、今の聖教会にかなり恨みを持っていた。

 頭が切れすぎる男に末席王子という駒を与えれば、とても面白いことになるだろう。 


『それからシャロちゃんはここでも、ジェームズの作ったハチミツ酒が飲みたいわ。辺境に咲くお花のハチミツは、とても甘くて香りが良くて美味しいの』

「そ、それは、かなり激務になりますね」

『上級薬草ドーピングすれば平気平気だから。ダニエル王子とハチミツ酒、宜しくお願いね』 




 

 トーラス辺境伯の庭園に建てられた二階建て温室には、牧草のように高級薬草が生い茂り紫の花が咲き、花の蜜を求めて色とりどりの蝶やミツバチが飛び回る。

 シャーロットは虫網を両手に持ち、赤い蝶を追いかけ回していた。

 温室でお茶をしていたアザレアは、足首の見えるドレスを着たシャーロットに話しかける。


「シャーロットちゃん、この四ヶ月でずいぶん身長が伸びたわ。そろそろ私のお下がりではなく、自分のお洋服も必要ね」

「でも私は、女神アザレア様からいただいたドレスが沢山あります」

「お下がりのドレスは少し流行遅れなの。来月招待された王都のパーティは、可愛いドレスを着て参加しましょう」


 そう言うとアザレアは、テーブルの上に分厚い封筒の束を置いた。

 シャーロットの誕生パーティで羽目を外したラストダンスは貴族の間で話題になり、ダニエル王子が滞在先のトーラス邸にパーティ招待状が山のように届く。

 招待状の差出人達はダニエル王子とシャーロットのダンス、そして豊穣の女神にそっくりと言われるアザレアの姿を拝みたいのだ。


「私のダンスパートナーはエレナなのに。お誕生会にダニエル王子と踊ったダンスは、夢の出来事みたいでよく覚えていないのに」

「それならシャーロットちゃんとエレナ、お揃いのドレスを作りましょう。エレナは男性パートだからドレスよりパンツスタイルがいいわ。明日、辺境領で一番大きな街の仕立屋に、ドレスを頼みに行きましょう」

 

  

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