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中の人とダークムーンウルフの群れ2

 普通の狼の三倍以上の巨体、銀色の毛並みに蒼い炎の瞳を宿すムーンウルフ。

 王族馬から自分たちにダークムーンウルフの気を引くために、わざとガラス壁結界の内部に侵入させる。

 目の前に現れた一匹目に向けて、エレナは細身の長い剣を二本両手に持ち構えた。


『エレナは二刀流か。でもあんな細い剣で、馬鹿でかいムーンウルフを切れるのか?』


 シャーロットの中の人が、ゲームのような異世界で目覚めてから二ヶ月。

 子供部屋の外に出るのも本物のモンスターを見るのも初めて、騎士エレナの戦いを見るのも初めてだった。

 エレナはうなり声を上げながら突進する狼をするりとかわし、横に回り込み脇腹に剣を突き立てる。

 悲鳴を上げたムーンウルフがエレナに噛みつこうと飛びかかると、今度は下に沈み込み

狼の下あごと上あごを一刺しで縫い止め、スカートの中から三本目の剣を取り出す。

 エレナの剣は細く鋭く、斬るより刺すに特化していた。

 

『巨大狼相手に、蝶のように舞い蜂のように刺す。これがグリフォン騎士四聖エレナの剣技か』 


 口を縫い止められた痛みで地面をのたうち回るムーンウルフの眉間に、エレナは三本目の剣を突き立ててとどめを刺す。

 三つ星以上の魔法使いでなければ倒せないダークムーンウルフを、魔力を持たないエレナがわずか数分で倒してしまう。


「ほう、さすが四聖。同じ騎士学校のマックスより、エレナの方が遙かに強いだろう。魔力を持たない者は魔力の相性に左右されないから、魔物相手でも安定した戦いができる」


 エレナの戦いを側で眺めていたダニエル王子は、二匹のムーンウルフの半身をガラス結界に引っかけて身動きをとれなくしていた。

 しかしあがいて大暴れした一匹が結界を抜け出し、いきなり王子に飛びかかる。


「いちいち額を狙うのも面倒、要は頭が無ければいいのだろ」


 ダニエル王子は腰に下げた剣を抜き、闇夜でも眩い黄金色に輝く豪奢なバスタードソードを構える。

 剣の眩い輝きで目つぶしを喰らったムーンウルフの動きが一瞬鈍り、次の瞬間、狼の顔面に長剣がめりこみバキバキと骨の砕ける音がする。

 一見すると騎士より文士のようなダニエル王子が、凶暴なムーンウルフを脳天から兜割りする。

 振り下ろした剣は地面にめり込み、それを引き抜くとまだガラス壁結界から身体を半分出した狼の頭を一撃。

 ダニエル王子の凄まじい剣技に、シャーロットの中の人は思わず息をのみ、僅かに失望する。 


『ダニエル王子の持つ王族の神剣。剣の宿す色が違うモノを……ゲームの中で見たことがある』


 優柔不断で自分を見下す癖はあるが、ダニエル王子は普通のまともな青年で、彼は魔王では無いかもしれないと僅かに思った。

 しかし黄金に光輝く神剣と、魔王ダールの持つ漆黒の闇を纏った魔剣は、全く同じ装飾全く同じ造り。

 同じバスターソードを持つ彼は、やっぱり未来の魔王ダールだ。


「急に大人しくなったな。魔物を見て、シャーロット嬢はおじけづいたか?」

『今僕の目の前に、魔物より怖いモノがいる』


 ダニエル王子はシャーロットの中の人の言葉に首をかしげていると、エレナの驚いた声が聞こえた。


「えっ、私が倒したムーンウルフの死体が無い。魔物が消えるまで三十分かかるのに、わずか数分で死体が消滅した?」

『エレナ、それはシャロちゃんの《腐敗》呪いだ。死体には時間経過八倍速が適応される』

「庭師にムーンウルフの死体を片付けさせようと思ったが、その必要無いな。魔物からドロップしたアイテムは、お前達が拾うといい」

『やったぁ。拾った魔物の核はシャロちゃん八割、エレナとじいさん一割で山分けしよう』

「ゲームオが八割もらうなら、それは山分けじゃない。搾取です」


 さっきまで怯えていたのも忘れ、魔物の核を手にしてはしゃぐシャーロットの中の人に、エレナは呆れながらも安堵する。


「さて、おしゃべりはこのくらいにして、次がくるぞ」


 神剣に付いた魔物の血を拭いながら、ダニエル王子はガラス壁結界に向き直る。

 ダークムーンウルフの無限湧きレイドバトルは始まったばかりだ。


 *


 東の空が僅かに明るくなってきた。

 しかし日が昇るまで、まだ三十分以上かかるだろう。

 異世界の太陽も東から昇るのか、とシャーロットの中の人は思った。

 結界の中で二時間近くダークムーンウルフを狩り続るエレナは、疲労の色を隠せない。


「たった二時間でバテるなんて情けない。だらけたメイド生活で、すっかり身体がなまっている!!」


 悔しそうに呟くエレナに、タイミング悪く二匹のムーンウルフが襲いかかる。

 二本の剣で一匹を仕留め、スカートの中からとりだした三本目の剣で二匹目の眉間を狙うが、狙いが外れ片眼を刺してしまう。

 片眼を潰された手負いのダークムーンウルフは痛みで吠えながら、狂ったようにエレナの真上に飛びかかってきた。


『危ない、エレナ、よけろっ!!』

「狼ごときに後れをとるなんて、私はなんてふがいないっ」


 ムーンウルフに押し潰されたエレナの姿が消えた。

 次の瞬間、ダークムーンウルフの身体から十本余りの剣が生え、悲鳴を上げるまもなく絶命する。

 ダニエル王子が駆け寄って死んだムーンウルフを持ち上げると、下からエレナが這い出す。


「あっ、痛っ。押し潰されるとき、左腕に魔獣の爪が食い込んだ」

「大丈夫かエレナ。その傷では、片手でしか剣を持てない。俺の傷薬を使え。こんな場面、聖女シルビアほどの回復役がいれば楽なんだが」

『シルビアなんていらないよ。シャロちゃんのアイテムで、エレナの傷を治してあげる』


 次の瞬間、パシャンと音がして、エレナの腕になにかの液体が投げつけられた。

 メイド服の白いエプロンがとどめ色に染まり、よく知るアルコールの香りを十倍強烈にしたような野草臭が周囲に漂う。

 

「シャーロット様、いいえ、ゲームオ。こんな時にイタズラはやめなさい」

『エレナ、目を閉じろ。汁が目に入ったら痛いぞ』


 パシャン、パシャンと、エレナの背中と頭と足元に臭い液体が投げつけられ、黒いメイド服が泥色に染まる。

 二人から離れてバトルを見守っていたシャーロットの中の人の手には、魔ホオズキの実が握られていた。


「ゲームオ、悪ふざけはやめなさい!!」


 怒りながらこちらに向かってくるエレナを見て、シャーロットの中の人は手を叩いて喜ぶ。


『もう傷が治って走れるようになったか。アルコール度数六十度のハチミツ酒で上級薬草の成分を抽出した薬草チンキ、効果抜群だ』

「えっ、そういえば腕が痛くない。傷が消えている。でもこの臭い泥水みたいなモノが薬草?」

『シャロちゃん家は伯爵家だから、庭に少し上級薬草を育てていた。それとムアじいさんの野草酒は、いくら飲んでも二日酔いしない薬効成分があった。だからいざという時のために、野草酒に大量の上級薬草を加えて上級薬草酒を造らせた』

「ふぉふぉふぉ。シャーロットお嬢様に命じられて、子供部屋の真下で上級薬草を育てたら、八倍に増えて八十本以上収穫できたのだ」


 シャーロットの《腐敗=成長促進八倍》呪いと庭師ムアの緑の手で、栽培の難しい上級薬草を大量に育て種まで採取して、倍々ゲームで増やした。

 エレナ達が会話している間にダニエル王子は魔獣を二匹倒すと右手を差し出し、それを見たシャーロットの中の人は、王子めがけて魔ホオズキの実を投げる。

 魔ホオズキの実はダニエル王子の手のひらで弾け、王子は《神眼》でそれを鑑定する。


「なるほど、魔ホオズキの実に上級薬草酒=薬草チンキを詰めて投げられるようにしたのか。成分は……なんだこれは。聖教会の配る回復エリクサーが上級薬草一本の成分なのに、この薬草チンキには上級薬草四本分の成分が含まれている」

「それじゃあシャーロット様の薬草チンキは、聖教会のエリクサーの四倍も効果があるのですね。臭いけど」


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