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中の人とダークムーンウルフの群れ

 裏街道の開けた場所に出たシャーロット達は、ダークムーンウルフに怯えて座り込みそうな王族馬を集め、護衛達に守らせる。

 背後から聞こえる狼のうなり声は、耳が痛くなるほど騒がしい。

 

「お前達すまないな。フレッド王子の護衛に残れば危険な目に遭わなかったのに、俺の護衛に付いたせいでモンスターと戦う羽目になった」

「そんなこと言わないでください。フレッド殿下の事務仕事や女遊びの後始末を手伝わされるより、ダニエル殿下の護衛の方がいいです」


 ダニエル王子が護衛たちに指示を出す様子を見ていたエレナは、一番年若い騎士の声を聞いて驚く。 


「その声はもしかして。ああ、やっぱりマックスだ」

「あははっ、やっと俺に気付いたか。エレナ、グリフォン騎士学校の競技会以来だな」


 エレナと知り合いらしい護衛の騎士はガッシリした立派な体格で、茶髪を短く借り上げた目元爽やかな男。


「グリフォン騎士学校の中でもマックスは飛び抜けて優秀だった。それで今は、ダニエル殿下の護衛を務めているのか」

「いいや、俺はフレッド様付きの護衛だ。まぁ、一番下っ端だから、ダニエル様を辺境伯領まで送った後、王族馬を連れ帰る役割を引き受けたんだ」

『ほほう、これはこれは』


 親しげに会話するふたりを、シャーロットの中の人がニマニマしながらのぞき込むと、エレナはあきれ顔でため息をついた。


「ゲームオ様、濁ったオーラで私を見ないでください。マックスは同級生の恋人がいます。お相手の伯爵家令嬢リーザ様は、成績優秀で氷魔法に秀でた素晴らしい女騎士です」

『なんだつまらん。あれ、氷魔法の女騎士? リーザって名前をどこかで聞いたような』

「おしゃべりはこのくらいにして、我々の待機場所に急ぎましょう。しかしゲームオ様、本当にこの作戦で大丈夫ですか」


 エレナは会話を切り上げると、王族馬を守る結界を離れ少し小高くなった丘に移動する。 シャーロットの中の人が立てた作戦は、ダニエル王子の王族結界を利用してダークムーンウルフの群れを狩りまくるという作戦。


『無限湧きのレイドバトルは、モンスターをいくら倒しても意味ない。何時間持ち堪えられるかが重要。ダニエル王子の王族結界なら、対峙するモンスターの数をコントロールできる』

「それなら私とダニエル殿下だけで戦えばいい。シャーロット様は庭師ムアと一緒に避難してください」


 エレナの困惑した表情には訳がある。

 シャーロットの中の人は、庭師ムアもバトルに参加しろと命令したのだ。


『それはできない。ムアじいさんは二つ星初心者シャロちゃんのアイテム係。シャロちゃんの後方支援にはアイテムが欠かせない』

「以前シャーロットお嬢様に頼まれて集めた、魔ボックリ百個です。お嬢様はこれを何に使うのですか?」


 庭師ムアは、植えた種を違う場所の地面から取り出す土魔法が使える。

 ムアが素手で地面を掘ると、地中から松ボックリに形がよく似た紫色の魔ボックリがゴロゴロと出てきた。

 シャーロットの中の人は受け取った魔ボックリに息を吹きかけると、油分を含んだ松ボックリと似た性質の魔ボックリは、火魔法で勢いよく燃え上がる。


『月の無い夜に夜目が効くムーンウルフと戦うなんて、人間は圧倒的に不利。そこでシャロちゃんの火魔法で、魔ボックリに火をつけて周囲を明るくする。光魔法が使えなくてもアイテムでまかなえばいい』


 毎晩暖炉で料理を作るシャーロットの中の人は、火魔法で灯した火は勝手に燃え広がらないことに気が付いた。

 最初異世界で目覚めたときは自分の火魔法で火傷しそうになったが、今は燃える魔ボックリを握っても平気だ。

 シャーロットの中の人は片足を高々と振り上げると、流れるような投球フォームで魔ボックリを結界の外に投げる。

 

「ゲームオ様、そんな奇妙な投げ方では……えっ、速いっ。魔ボックリがあんなに遠くまで飛ぶなんて!!」


 魔ボックリは丘を越えて百メートル以上飛び、ダークムーンウルフの群れの前に落ちる。


『うわぁ、ずいぶん遠くまで飛んだな。小学校の少年野球以来だけど投球フォームを覚えていた。それにシャロちゃんの身体は運動神経抜群で、僕より上手に投げる』


 シャーロットの中の人が投げる魔ボックリは、流星のようにムーンウルフの群れに降り注ぎ、丘の周囲は魔ボックリの炎で明るく照らされる。

 その明かりの中、燃えるような赤い髪をなびかせたダニエル王子が、左手になにかを引きずりながらシャーロット達と合流する。

 王子は、他のダークムーンウルフより一回り大きなリーダー格の狼の生首を握っていた


「ゲームオの指示通り、狼の群れをこちらにおびき寄せた」


 首だけでも生きているムーンウルフは、悔しそうに遠吠えを繰り返す。

 引きずられた狼の血が地面にべったりと付いて居場所を知らせ、怒り狂ったダークウルフの群れは、リーダーの生首を取り返そうと小高い丘に押し寄せる。


『ひいっ、うなり声が怖い。この狼、まだ生きているのか』


 間近で見るダークムーンウルフの迫力に、シャーロットの中の人は思わずムアじいさんの後ろに隠れる。


「ゲームオ様、ムーンウルフはこのように、急所の眉間を突けば一瞬で大人しくなります」

『いやいや、僕は後方支援だから。モンスターに攻撃なんてできないからッ』


 お手本を見せるように、細身の剣でムーンウルフの額を一突きするエレナに、シャーロットの中の人は逃げ腰になる。


「ダークムーンウルフ討伐は、最低でも三つ星上位魔法使いでないと無理だ。二つ星初心者のシャーロット嬢は、結界の中でおとなしくしていろ」


 ダニエル王子は左手の中指を剣先で傷つけて地面に血を数滴垂らすと、その場所に巨大な魔法陣が現れ王族結界を展開する。

 丘の中心から大股で十歩の場所に透明なガラス壁の結界、二十歩の場所に槍のような茨のトゲがびっしりと張り巡らされた結界壁が築かれた。


「茨の結界でダークムーンウルフの五分の四を仕留め、硝子結界に三匹だけおびき寄せるように設定した」

「ダニエル殿下。王族結界は、どのぐらい持ち堪えられますか」

「いざという時、王族が籠城できる特別な結界だ。何もしなければ三日、戦いながらでも一日は保つ」


 ダニエル王子の説明に、シャーロットの中の人はしきりに頷く。

 ゲームでは魔王ダール(ダニエル王子)の陰湿で残酷な結界術に散々苦しめられたが、逆の守られる立場なら王族結界は絶対安全安心。

 茨の結界の外から、槍で串刺しにされた狼の断末魔が聞こえる。

 しかし残酷で知性の高いムーンウルフは、しばらくすると串刺しになった仲間の死体を踏み台にして茨の結界を飛び越えてきた。


「ではゲームオ様、ムアの後ろに隠れて決して危険なことはしないでください。シャーロット様の大切な身体に、傷ひとつでもつけたら承知しませんよ」


 ガラス壁の結界に入り込むムーンウルフを、エレナは光の無い漆黒の瞳で睨んだ。

※感想や誤字脱字報告、ありがとうございます。

 現在小説リハビリ中で、やっと三カ月書き続けることができました。

 

 

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