中の人、飲んで飲んで飲んで飲んで
ダニエル王子の祝福に、十歳になったシャーロットは大人びた淑女の笑みを浮かべた。 今日やっと、味見でスプーン一匙しか舐めさせてもらえなかったハチミツ酒を、思う存分飲めるのだ。
シャーロットの中の人の前で、ジェームズは用意した小さめのクープグラスに、金色に輝くハチミツ酒が注ぐ。
『最初の一杯はできたてハチミツ酒をストレートで。ふわっ、しっかりアルコールの香りはするのに、生ハチミツを舐めたみたいに甘い。でもハチミツ独特のくどさがなくて、喉をスルリと落ちてゆく』
シャーロットの中の人は、喉をじわじわと焦がすように熱いアルコールの熱さを堪能すると、口直しに水を一杯口にふくむ。
ジェームズは隣のグラスに、秘伝の製法でアルコール度数を高くしたハチミツ蒸留酒を注ぐ。
シャーロットの中の人は、注がれたハチミツ蒸留酒のグラスをテイスティングして匂いをかぎ、一口ふくむと恍惚の表情になる。
『ぷはぁ、さすがに強い。ウイスキーと同じ度数、いや、この喉が焼けそうな感じは花酒の六十度か。爽やかな甘い花の香りと金を溶かしたような酒の色が美しい』
シャーロットの酒盛りの様子を眺めるダニエル王子が、ポツリと呟く。
「とても十歳とは思えない。まるで中年親父のような飲みっぷりだ」
シャーロットの中の人は聞こえない振りをして、二杯目を飲み干す。
『ハチミツの甘みは薄くなったけど、喉ごしの良さは変わらない。そうだ、エレナ。パーティのデザートに果物とナッツがあったはず』
「シャーロット様、もうお酒は終わりですか? それではデザートを用意しましょう」
エレナは少し席を外し、ベリー系の果物と数種類のナッツが盛られた皿を持ってくると、シャーロットの中の人は赤いベリーを数個、ハチミツ酒の中に入れた。
『ふふっ、甘いハチミツ蒸留酒に新鮮なベリーを加えたフルーツコンポートができた。ハチミツ酒にたっぷり浸ったベリーをスプーンで潰しながら食べると、甘く酔える禁断のデザートになる』
ご機嫌でベリーのハチミツ蒸留酒漬けを堪能すると、スプーンをエレナに渡し味見してみろという。
「私はお酒に弱いので少しだけ。あら美味しい、酸味の強いベリーに極上のハチミツをかけたみたい。お酒の味が気にならないから食べ過ぎそう」
『これをバニラアイスにかけて食べたいけど、異世界にアイスクリームはあるかな? さて次は……」
そう言うとシャーロットの中の人は、スプーンの上にひよこ豆に似たナッツをのせると、ハチミツ蒸留酒をかける。
スプーンに息を吹きかけると魔法で酒に火がついて、甘いアルコールと焼けるナッツの芳ばしい香りが周囲に漂う。
『角砂糖をブランデーでフランベして飲むコーヒー、カフェ・ロワイヤルを真似てみた。ナッツの表面に軽く焦げ目が付いたところで火を消す』
酒に酔って次第に顔が赤くなってきたシャーロットは、焼いたナッツを少し冷まし、指でつまんで口に放り込む。
『カリッ、ポリッ、熱々で芳ばしくて少しほろ苦いナッツがうまい。甘いハチミツ酒のつまみに最高、もっと食べたいな』
空になったグラスにハチミツ蒸留酒をおかわりすると、ナッツを盛った皿にドボドボと降りかけて、火魔法でフランベする。
静かに燃える蒼い炎と、時折ナッツがパチパチとはぜる。
王族お貴族様が集うパーティ会場で、酒のつまみを作るシャーロット(の中の人)。
出来上がった炙りナッツを、「熱い熱っ」と言いながらポリポリ音を立てて美味しそうに食べるシャーロットの姿を見ていると、何故かダニエル王子の口の中が乾く。
『ダニエル王子、もしかしてこれが気になるの? シャロちゃんひとりでは、沢山のナッツを食べられないから、王子様も一口どうぞ』
最初は用心していたダニエル王子も、楽しそうに酒を飲んでツマミまで作るシャーロットに警戒心が緩む。
「こんなどこにでもある豆を焼いただけで、カリカリッ、なるほど、これは美味い」
『王子様、ベリーのハチミツ酒デザートもどうぞ。ふふっ、シャロちゃんは料理が上手なの。あれ、ジェームズ、もうお酒が無いよぉ』
「シャーロットお嬢様、だいぶ酔っているみたいですね。これ以上飲むのはやめましょう」
『ふぅ、顔が熱い。でもまだシャロちゃんはハチミツ白レモンのお酒を飲んでいない。ジェームズ、氷でキンキンに冷やしたお酒をちょうだいっ』
腕にすがりついて甘えた声でお願いするシャーロットに、ジェームズは鼻の下を伸ばしおねだりを聞いてしまう。
いよいよ待ちに待った、ハチミツ蒸留酒白レモンカクテル、異世界ストロン愚ゼロを心ゆくまで味わう。
氷のたっぷり入った大きめのグラスにそそがれたお酒を、シャーロットの中の人は一気にあおる。
『コクコクっ、ぷはぁ、五臓六腑に染み渡るうまさ。この酒を飲むために、ひと月頑張った!!』
「シャーロット様は初めてのお酒なのに……無理矢理飲むのはやめなさい、ゲームオ」
黙って側に控えていたエレナは、とうとう我慢できなくなり、シャーロットの中の人を止めようとする。
『エレナったら、メイドのくせにご主人様に命令するの? シャロちゃんは赤いお酒と紫のお酒と緑のお酒、全部飲むんだから。あっ、お酒がとられた!!』
「メイドが言うのが正しい、お前は飲み過ぎだ」
エレナを無視して飲み続けようとしたシャーロットの後ろから、男の長い腕が伸びて酒の入ったグラスを取り上げられる。
『シャロちゃんはまだ半分しか飲んでいないのに。キンキンに冷やした、甘くて美味しいお酒を返してぇ』
完全に泥酔したシャーロットが、奪われたグラスを取り返そうとダニエル王子の腕にすがりつく。
手の平にグラスの冷たさを感じると、美味しそうに酒を飲んでいたシャーロットを思いだし喉の渇きを感じた。
ダニエル王子は無意識のうちに、取り上げたグラスを自分の口に運び、残りの酒を一気に飲み干した。
『ああっ、ダニエル王子がシャロちゃんのお酒を飲んじゃった。酷いよ、ええーんっ』
最初は淑女の微笑みを浮かべ、中年親父のように酒を飲み、大きな瞳に涙を浮かべ悲しそうに震えるシャーロット。
「まぁ、シャーロット様が口を付けたお酒を、ダニエル殿下は直接飲んでしまったのね」
「泣かないでください、シャーロットお嬢様。そうだ、パーティのラストダンスは、ダニエル殿下にお願いしましょう」
泣きじゃくるシャーロットを、棒読み台詞で慰めるエレナとマーガレット。
なんて白々しい三文芝居だ。と溜息をつくダニエル王子の耳に、シャーロットの声が聞こえる。
『でもダニエル王子、少し足元がふらついているわ。アレで私のダンスについてこれるの?』
泣き顔からふてぶてしく見下した顔に、次々と表情を変えるシャーロット。
そういえば、大して酒を飲んでいないダニエル王子の身体は熱く、喉が渇き足元がおぼつかない。
しかし誕生パーティの主役はシルビアからシャーロットに移り、第三王子フレッドが酔いつぶれた今、この場で一番位の高い男子は王族のダニエルだった。
「それではシャーロット・クレイグ伯爵令嬢、お手をどうぞ。ラストダンスはダニエル・サジタリアスがお相手しよう」
姿勢を正し燃えるような髪をなびかせて、優雅に右手を差し出す王子に、シャーロットは臣下の礼をすると左手を重ねようとして、わし掴み自分の方へ引っ張った。
『つまらない王子ごときが、僕のシャロちゃんに偉そうな口をきくな。音楽ゲーム・ワルツの達人でワールドランキング50位内、難易度・鬼ワルツを全クリした僕の前にひれ伏すがいい』
思わず身体を離そうとしたダニエル王子を、小柄なシャーロットが完全ホールドする。
そして鍵盤を叩きつけるようなピアノ演奏が流れ、ラストダンスが始まった。




