中の人、ハチミツ蒸留酒試飲会を開く
シャーロットの三十四回転ソロダンスと、エレナとのペアダンスの練習。
伯爵令嬢としての礼儀作法と、美しい立ち振る舞いのレッスン。
誕生会用のドレスのお直しに、肌と髪のスキンケア。
そして深夜になると中の人の僕は食料調達して、料理を作る。
シャーロットにとって多忙な日々も残り二日となった深夜十二時、子供部屋の扉がノックされて、ボサボサの髪に中途半端に生えた無精ヒゲ、よれよれのワイシャツ姿の男が現れる。
『ひいっ、誰だお前!!』
「シャーロットお嬢様、ついに出来上がりました。完璧です、最高の仕上がりのブツです」
男は一週間全く姿を見せず、子供部屋の下の階でハチミツ酒を作り続けた執事ジェームズだった。
寝不足で目の下にクマが浮き出て、ギラギラとした眼光で痩せてカマキリのような姿になっている。
「ああ、驚かせて申し訳ありません。シャーロットお嬢様の《女神の祝福》でハチミツ酒が仕上がったあと、我が造醸所秘伝の製法で酒を何度も濃縮しました。通常なら五十日かかる酒が、《女神の祝福》ならわずか七日で完成する。シャーロットお嬢様に、俺の最高傑作である燃える酒を一刻も早く飲んでもらいたくて持ってきたんだ」
『そ、そうかジェームズ、ご苦労だった』
「少し落ち着きなさい、ジェームズ。シャーロット様が怯えています」
不気味な微笑みを浮かべながら、オタクの早口で一気にしゃべり続けるジェームズの様子にエレナはドン引きしていたが、僕は気持ちが痛いほどよく分かった。
シャーロットの《腐敗》呪いは八倍速、ハチミツ酒の醸造・蒸留・熟成まで五十日かかる行程を七日で終わらせる。
そしてハチミツ酒を造るジェームズも、八倍の忙しさで働かなくてはならなかった。
ジェームズは手にしたハチミツ酒の瓶の蓋を取ると、強烈なアルコールの香りが周囲に漂う。
エレナは前回と同じようにテーブルの上にグラスを並べていると、再び部屋の扉が開き、騒々しい足音を立てながら家庭教師のマーガレットと庭師ムアが部屋に入ってくる。
「そんなでかいグラスで強い酒を飲んだら、一杯で酔って倒れちまう。味見は小さいグラスで飲むんだ」
「あら、ジェームズちゃん久しぶり。シャーロット様、頼まれた果物ジュースを持ってきました」
『マーガレット先生もじいさんも、ちょうどいいタイミングに来た。ところで三人は強い酒を飲める?』
シャーロット(の中の人)がおどけながら愛嬌たっぷりに聞くと、マーガレットはお酒大好きと答え、庭師ムアはグラスを持つ仕草でのんべぇアピールをする。
執事ジェームズは、すでに酒の味見で何度も呑んで泥酔状態だろう。
『マーガレット先生とじいさんは、たくさんお酒の味見をしてね。それじゃあ一週間ぶりのハチミツ酒試飲会を始めよう』
ダンスレッスンは仕上げの状態だし部屋の植物も順調に育っているから、僕はふたりを実験台にするつもりだ。
エレナはムアのアドバイスに従って小さなグラスにハチミツ酒を注ぐと、空気に触れたアルコールが揮発して濃厚な香りが周囲に漂う。
「このハチミツ酒の匂いだけで酔ってしまいそう。シャーロット様はこのスプーンをどうぞ」
『ちょっと待てエレナ、このスプーンじゃ一匙どころか、数滴しか飲めないぞ』
漂う香りでアルコール度数が高いと知ったエレナは、とても小さなティスプーンを僕に渡す。
エレナは恨めしそうに眺める僕を無視して三人にグラスを渡し、自分のグラスには少なめに酒を注ぐ。
『最初に確かめたいことがある。エレナ、グラスの酒を一匙もらうよ』
金色がさらに濃くなったハチミツ酒を一匙すくうと、皆に見えるように目の高さまで掲げる。
金色の酒から揮発するアルコールに、シャーロットの火魔法で息を吹きかける。
一瞬、青い炎が膨れあがりハチミツ酒がメラメラと燃え、甘くて強いアルコールの香りが立ちのぼる。
エレナは少しだけ身じろぎして踏みとどまり、マーガレットは「ウホッ!!」と野太い驚きの声をあげた。
すぐ火がついた、ということはアルコール60度は越えている。
『ありがとうジェームズ。シャロちゃんのために火がつくお酒を造ってくれて嬉しい、貴方は素晴らしい執事よ』
「シャーロットお嬢様、我が豊穣の女神からお褒めの言葉が頂けるなんて、ううっ、ありがたき、幸……せ」
喜びで感極まり泣き出したジェームズは、その場でひれ伏したまま動かなくなった。
過労で再び失神、そのまま爆睡のジェームズをエレナは無言でお姫様だっこで抱えると、乱暴にソファーに放り投げる。
「それでは改めて、再びハチミツ酒の試飲会を行います。シャーロット様、乾杯の合図をお願いします」
『それじゃあシャロちゃんのお誕生会の成功を願って、乾杯!!』
前回より控えめに乾杯したマーガレットとムアは、グラスの中で怪しく揺らめく金色の酒を恐る恐る口にする。
「ぷはぁ、これは喉が焼けそうなくらい強いお酒ね。でも花の爽やかな香りと微かにハチミツの甘みも残っているわ」
「このハチミツの香りは、スキキとウメメの蜜だな。しかしワシにはまだ甘すぎる」
エレナはグラスの縁についた酒をペロリと舐めただけで、慌ててグラスを遠ざける。
「シャーロット様には、スプーン一匙でも多すぎるかもしれません。これはかなりキツい酒です」
僕はエレナの注意を無視して、グラスからスプーン一匙のハチミツ蒸留酒を口にふくむ。
あれ、もしかしてエレナと間接キス?
と思ったのも一瞬で、わずか一匙のハチミツ酒で舌が燃えるように熱くなり、口の中に広がる濃厚なアルコールに思わずむせてしまう。
『うぷっ、ゲホゲホっ、これはもしかしたらアルコール80度近いかも。かなり強烈な蒸留酒だ』
エレナにむせる背中を撫でられながら、渡された口直しの水を一気飲みした。
強烈なアルコールに驚いてむせたが、ハチミツ酒そのものは微かに香る爽やかな花の香りがして甘さは半分、微糖のドリンクぐらい。
舌先に残るようなハチミツ独特のクセが全く無い、それでいてとんでもないアルコール度数の酒に仕上がっていた。
『素晴らしい、最高だジェームズ。これでシャロちゃんのお誕生日は成功する!!』
「ジェームズにこんな強烈な酒を造らせて、いったい何を企んでいるのですか。ゲームオ」
思わず両手を真上にあげてビクトリーポーズの僕に、エレナが強い口調で聞いてきた。
※お酒は二十歳になってから。




