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三章 商う人④

 杏は店を離れ、別の小間物屋をのぞきに行った。


 店は女官で混みあい、にぎやかだ。ここで売っている白粉は化蝶白粉。二人の女官が、色鮮やかな紙包みを見せ合っている。


「いいわよねえ、雲蒼様! 鎧姿が凛々しいわ~」

「まだいらないのに、これは買ってしまうわよね」


 化蝶白粉には包み紙に種類があり、役者の姿が刷られたものは特に人気だ。

 杏は店にもどり、露台に目を落とした。

 白一色の包み紙には、黒字で商品名が記されているだけだ。


「……そっか。見た目がいけないのかも」

「え?」

「他の白粉の包みは、どこも色とりどりで華やかですよね。

 うちのは、分かりやすいことは分かりやすいんですけど――」


 言わんとすることを察し、高鉄雄も深々とうなずいた。


「地味、ですよね。でも、包装にこだわれるほど、お金に余裕がなくて」


 ちなみに、商品の文字は職人の手書きらしい。印刷を頼めるほどの余裕もないのだ。


「何か、紙一枚で工夫を凝らすしかないですね……」


 杏はしばらく考えこみ、やがて手を動かしはじめた。

 白粉の包み紙をはがし、あれこれ折り目をつけ、八角形に折り畳む。


「すごい! 紙一枚でこんなことできるなんて」


 高鉄雄が手を叩いた。


「“折り紙”というそうで。昔、父が旅人に教わった技なんですよ」


 薬包紙にこの技を使うと、患者が喜ぶ。それで杏も覚えたのだ。


「白杏ちゃん、あたしにも教えて!」


 高鉄雄の指は太いが、器用だった。あっという間に八角形を折った。

 聞けば、手巾に入っている花の刺繍は、彼の手によるものだった。細かい作業は好きらしい。


「ねえ、これ。せっかくだし、もっと綺麗な紙で折ったらどうかしら?」


 高鉄雄は斜め向かいにある、筆や紙を取り扱う店を見た。


「印刷代は無理でも、紙代なら出せるし。

 あそこはお友達のお店だから、お値打ちにしてもらえると思うの。

 ちょっと見てくるわね!」


 しばらくして、高鉄雄は薄く色のついた紙を持ち帰ってきた。

 桃、碧落、翡翠、紫苑、金黄――包み変えると、露台が一気に華やいだ。

 折よく、また韻夫人が店の前を通りかかる。


「韻夫人、こちらの白粉はいかがですか?」


 杏は胸の前で、五色の包みを扇のように広げた。

 あら、と韻夫人がおもしろそうに近寄って来る。


「いいじゃない! 包みがこんな風に折ってあるなんて、凝ってるわ」

「見たことナイ。紙だけでも欲しいデス!」


 瑠那もふくめ、反応がさっきと明らかに違った。

 杏は少し申し訳なさそうにして、本当のことを明かした。


「実は、中身はさっきお勧めしたものと同じなんですよ」

「そうなの? でも印象が全然、違うわ」


 韻夫人は無地の包みに、小首を傾げる。


「なんという名前の白粉なの? 何も書いていないけれど」

「それは――」


 『新・清華白粉』と言いかけて、止める。

 改良を重ねたことを強調している名前だが、前回の悪評は今も尾を引いている。思い切って改名した方がいいだろう。


「一串三味、噛めば幸せ三度来る~! 招福団子はいかがですか~?」


 耳が、他店の売り口上を捉える。

 瞬間、杏の頭に閃くものがあった。

 八角形の包みを掲げ、その一角に指を当てる。


「肌にはさまざまな難が生じます。くすみ、たるみ、しみ、しわ、肌荒れ、そばかす、日焼け――」


 人差し指が、包み紙の角を順に指していく。


「これはたとえ七難あっても一彩加えてあなたを輝かせる白粉――『八彩』です」


 八つ目の角を指し、最初の角へもどる。

 口上が完成したとき、韻夫人は大きく目を見開いた。

 これしかないというように、八角形の包みだけを見つめる。


「瑠那、好きな色選びなさいよ。包みはおまえにあげるから」


 侍女は嬉しそうに露台をのぞきこんだ。

 淡い金黄色の包みを手に取り、胸に押しあてる。


「八角形、縁起イイ!」

「それに、七難あっても、なんて頼もしいわ」


 代金を支払うと、主従は満足そうに帰って行った。

 高鉄雄は受け取った銭をしまうことも忘れ、呆ける。


「白杏ちゃん――すごい! 売れた、売れちゃいましたよ!」

「売れ、ましたね」


 杏もほっと胸をなで下ろしたが、少し肩を縮めた。


「包装だけでなく、名前まで勝手に変えてしまって。

 職人さん、気を悪くしないでしょうか?」

「大丈夫ですよ。だって、そのおかげで売れたんですもの!」


 二人は夢心地で喜び合い、現実に返った。二つ目を売る手立てを考える。


「どうやら、まずは見た目でお客さんを引き付けた方が良さそうですね」

「その方が、すんなり受け入れてもらえたわね」

「毒の説明は、購入の後押しとして使いましょう」


 杏は露台の端に寄せられている、紙の切れ端に目を留めた。


「これも、折りませんか?」

「できあがり、すごく小さくなるわよ?」


「白粉を小分けにして売ったらどうかと思って。お試し用に」

「それ、賛成! 小分けにすればお値段も押さえられますし、一包み買うより気軽に手に取れますよね」


 小さな八角形ができあがると、杏は大小の包みを盆にならべた。往来へ出る。


「肌に七難あっても、これがあれば安心! 新商品の白粉、八彩はいかがですかー? あなたを輝かせますよー!」


 多彩な八角形の包みは人目を引いた。何人かが足を止めてくれる。

 大きな包みは躊躇されたが、小さい方は一つ二つと売れていった。


「めずらしく忙しそうじゃな、白杏医官」

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