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フィニィの魔法の国  作者: 日生
四章 夜の国
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夜に備えて2

 城壁に向かって歩いているフィニィの後ろから、花人が転がってきた。


 フィニィが足を止めると、花の塊の中から美しい少女の顔と腕を出す。彼女はいつも満面の笑みだ。フィニィに会えるのが嬉しいらしい。


 彼女の押しつけてくる大量の花を鞄へ雑に詰め、フィニィはこれからルジェクたちのところへいくのだと教えた。花人もころころ付いてきた。


 大臣たちの屋敷――機能としては役所というべきか――は、玄関の大扉が開け放たれ、様々な人が出入りしていた。


 彼らはフィニィと花人がきたことを、中の大臣たちへ呼びかけた。


「いらっしゃいフィニィ。どうしたの?」


 ルジェクは何人もの魔法使いたちが大釜をかき混ぜる広間におり、ヴィーレムやミルカと大きな机を囲んで話し合っていた。机の上には魔法の国の地図があり、あちこちにピンを刺している。まるで作戦会議をしているようだ。


 熱中していた彼らだが、フィニィがくると話を止めた。


 フィニィはスタラナから預かった小瓶をルジェクに渡した。


「あぁ、届けてくれたんだね。ありがとう。助かるよ」


 机の向こう側からミルカも小さな体を乗り出す。今日の彼はアクルタ商会のがめつい商会長ではなく、未知に目を輝かせる魔法使いの顔をしている。


「身代わりの果実の濃縮液ですか?」


「うん。これを染みこませて侵食をさらに遅らせる」


「花人の花を加えて効果を底上げしては? フィニィさん、よければその花を幾本か分けていただけませんか?」


 ミルカに頼まれ、フィニィは鞄の中の花を全部机に乗せた。それを花人もまねしてさらに花束の山を乗せた。


 机の上が隅まで埋もれるほどになったが、いくら花を抜いても花人の体が減る様子はない。


「大盤振る舞いだなあ」


 笑みをこらえるヴィーレムの横で、花人は上機嫌に跳ねている。


 フィニィは他に必要なものはないかルジェクに訊いてみた。 


「今は大丈夫だよ。ちょうど休憩にしようと思ってたんだ。フィニィも休んでいきなよ」


 ルジェクは左手の根を伸ばし、ミルカの後ろのカウンターからカップを取り、花の隙間に置いた。さらにポットを持ち皆のカップへ茶を注ぐ。


 フィニィも椅子を用意されてそこに座った。少し背が足りないため、ヴィーレムがクッションを下に敷いてくれた。


 茶請けにアクルタ商会でもらったクッキーとディングにもらった果物も取り出し、哲学ネズミと半分にして食べる。


 花人にもあげようとしたが、いらないと首を振られた。魔女も物を食べなかったから、その分身である花人も必要がないのかもしれない。


 なので、かわりにミルカと大臣たちに分けてあげた。


「ユピの様子はどうだ? フィニィ」


 何気ない調子でヴィーレムが尋ねた。


 しばらく、フィニィは夜の森で寝泊まりしている。

 魔法の国の傍の森はまだ枯れていない。攻撃するものがいないため、ユピは最後までここだけは根を切らずにいるつもりのようだ。


「せめてユピが苦しい思いをしていなければいいんだが」


 ヴィーレムは琥珀色の茶を見つめている。

 彼のせいでないとはいえ、昼の王たちを止められなかった責任を感じているのだろう。


 ユピはフィニィに、痛い苦しいと伝えてくることはない。そういった肉体的な感覚は、夜の魔法で木に変えられた大昔に失っている。


 フィニィはヴィーレムに大丈夫だと教えてあげた。


「そうか。なら良かったと言えるものでもないが・・・ユピには助けられてばかりいるのになあ。もともと返せる恩でないとはいえ、歯痒いものだ」


「ユピに恩ですか。何か個人的な思い出がおありで? それともいずれかの時代の大臣の記憶ですか?」


 向かいに座るミルカが話を促す。

 世間話を装い、あわよくば大臣の弱みでも握ろうかとする底意地の悪い商人の思考がわずかにあったが、ヴィーレムは特に気にせず陽気に語った。


「まだ魔法の国にくる前、俺は盗賊団で働いていてな。追っ手を撒いたり盗品の隠し場所に夜の森を使わせてもらっていたわけだ」


「ははあ、噂は耳にしておりましたが事実だったのですか。ヴィーレム卿が盗賊だったとは」


「生まれた場所がそこだったんだ。罪深いと知らずに色々してきたよ。色々な。自分が強者であると信じていた。我が身を守っているものは自身の力だけだと思っていた。――だが俺たちが捕まらずにいられたのは夜の闇のおかげ。夜の子にならずにいられたのは、ユピが夜の魔法を押し込めてくれていたおかげだった」


「森の入り口を少し出入りするくらいだったら、そこまで深刻な影響は出ないからね。君らも気をつけてはいたんだろう」


 ヴィーレムは夜の魔法に侵されてはいない。ただあともう少しそんな盗賊生活が続いていれば、さすがに無事では済まなかった。


「俺たちはいつも夜に仕事をしていた。昼間のうちに下見をしておいて、星明りを頼りに手探りで忍び込んだ。夜は俺たちの味方だと思っていた。あの日、仕事の終わりに夜の子に襲われるまではな」


 それはまるで皮膚を剥がされたような、真っ赤な老爺の姿をしていたという。目は潰れて口が嗤っていた。脇に大きな壺を抱え持ち、盗賊たちを次々と壺に押し込めて殺した。


 蓄える者(ノス)と名付けられた夜の子だ。フィニィも知っている。捕まると壺の中に蓄えられてしまう。


「俺は一人で逃げた。夜の恐ろしさを初めて知った。人生が変わったよ。だが性根はそう変わらない。それからあちこちで噂を集めて、俺は魔法の国に興味を持った。また夜の世界で仕事ができるように、魔法薬を盗もうとしたんだ」


「確か学校に忍び込んでスタラナに見つかったんだったよね?」


「うむ。口封じしようとしたら先に自分の両腕が落ちていた。あれも怖かったなあ」


 当人は笑いを交えながら思い返している。


 結局、切られた腕はスタラナに付けてもらい、ヴィーレムは魔法薬のかわりに魔法のつくり方を教わった。


 自身の愚かさを痛感したという。


「フィニィ。俺がこの国で最も奇妙に思えたのは、他人が俺を人間扱いすることだった。盗まずとも、脅さずとも、自分のものを分け与えてくれる者に俺は出会ったことがなかったんだ」


 ヴィーレムはフィニィにもらったクッキーを顔の横に掲げた。


「一方で心配にもなったよ。魔法の国の本質をよその者たちは知らない。ユピの果たしている役割を知らない。ゆえに奴らは魔法の国を攻め、むやみにユピを恐れる。真実をもっと知らしめるべきじゃないかと大臣たちに詰め寄ったら、ならお前がやれと言われて大臣にされた。この国は心底からおかしい」


 奇妙のおかしい、愉快のおかしい、どちらの意味もかかっているようだ。


 ヴィーレムが魔法の国にきた時期もちょうど良かった。ルジェクが大臣を継承してからいくらか慣れてきた頃で、もう一人いた古株の大臣がそろそろ自らの引退を考えていた頃だった。


 歴代の魔法の国の守護者の任命は、魔女が手近にいた者を深く悩まず指名したことから始まり、現代においてもあっさり行われている。


「やる気があるなら誰でもいいんだよ」 


「それでは、僕も大臣に選んでいただける可能性があるということでしょうか?」


 完璧な笑みを作ってみせる少年のような男に、ルジェクも朗らかな笑みを返した。

 

「もちろんだよミルカ。裁定人に処断されない自信があるなら、いつかなってみればいい」


「世界中が夜の子だらけになったらこちらは商売あがったりです。清廉潔白な人間になってみせますよ。ね、どうでしょうかフィニィさん。今ならお買い得ですよ僕」


 そう言われてもフィニィが大臣を決めるわけではない。

 クッキーをさくさく齧る。


「すかさず利権を貪れそうなところを狙うのが商魂たくましいというか、君らしい気はするな」


 ヴィーレムがミルカを茶化し、この場での話は終わった。


 良いところで休憩を終え、魔法づくりを再開する。そう時間に余裕があるわけでもない。

 まだ目に見える形になるほどでき上がっているわけではないようだった。

 

 フィニィは好きなだけ休んでいていいと言われたが、それもなんだか落ち着かない。


 哲学ネズミをフードに戻し、花人と一緒に外へ出て、なんとはなしに城壁へ向かった。


 開けっ放しの門を通ると、影の短くなってきた地面に大きな竜人が昼寝している。

 皆がいつになく慌ただしいなか、ゼノだけはいつもどおりだ。


 フィニィはゼノの尻尾を枕に仰向けに寝そべった。


 まだ夕方ではないが、そろそろ陽が傾いてきている。

 

 青空が薄く灰色がかって見えるのは、ユピの抑えていた夜があちこちの森から昼の世界に漏れてきているためだろう。


 花人がフィニィの胸に橙色の花を置いた。


 毎朝、呪われた兵士の骸に捧げるように。


「・・・ぜんぶ、よるになったら、かなしい?」


 呟くと、青い毛の生えた尻尾の先がぱたりと動いた。


「・・・夜の森がなくなったら兵士どもは死ぬんだろ」


 鱗に覆われた背の向こうから聞こえる。

 

 夜の森を殲滅するまで死ねない呪いにかかり、昼と夜の狭間に閉じ込められた兵士らの悲願は間もなく叶う。

 もう何を殺すことも、殺されることもない。

 戦いの終わりを迎えられる。


「百年は戦えるって話だったのが、あの髭野郎め適当言いやがった」


 ゼノは放浪中にヴィーレムに誘われ魔法の国にきた。

 呪われた兵士たちが死ぬのなら、彼の仕事もなくなる。


「この際、俺も夜の子になってやるかな」


 フィニィは頭を上げた。

 肩越しにゼノを覗き込む。


 ゼノの目線の先で、花人が風の流れに花を浮かせて遊んでいた。


「夜の子になりゃあ、お前を一人にしないでやれるだろ」


 フィニィはびくりと震えた。

 

「何百年も生きて、世界中の夜の子どもと戦って、そんで、あとは――」


 中途半端に独り言が止まる。

 ふんとゼノは鼻を鳴らした。


「しょうもねえ。俺は夜の子になっても、どうせ戦い続けて死ぬだけか。お前のことも絶対忘れる」


 夜の魔法に蝕まれると、己がなくなってしまう。大切なことをすべて忘れ、過去の痛みに囚われる。

 それを薄めるためだけに生きることになる。

 その存在はとても悲しい。


「・・・いまが、いい」


 変わらないでほしいと、フィニィはゼノの肩に額をつけて願った。


 死はつらい。置いていかれるのは寂しい。

 それでも、ゼノまで終わりの見えない想いに囚われてしまうのは嫌だった。

 

 呪われた兵士たちのように。ユピのように。

 フィニィや、哲学ネズミのように。


 ゼノが死んだらフィニィは亡骸へ花を供える。その約束どおりでいい。


「――最近は、前より街中をぶらつくようになった」


 背後で震えている子の頭をゼノはなでてやる。


「気軽に絡んでくる奴が増えた。戦場の外での過ごし方が、まあ、なんとなくわかってきた気がする。だから、心配すんな。俺は消えねえよ」


 すべてのことがフィニィの手を離れ変わっていく。

 それを止めることはできないから、せめて良いほうへ向かってくれることを願う。良いほうとは幸いを信じられる明日のことである。


 転がってきた花人が、フィニィの上から花を降らせる。

 そのくらいしか子供を慰める方法はなかった。

 

 

 ☾



 夕暮れに、フィニィはアクウェイルの館へ寄った。


 薄暗い調合室のソファで、家主は一人、レシピと図録を眺めていた。


 彼もルジェクらと同じ魔法の制作に携わっているのだが、大勢で顔を突き合わせて作業するなどこの偏屈な魔法使いは好まず、己の家から出ずにいた。


「きたか」


 本を閉じる。どうやらフィニィを待っていたらしい。


 隣に座った子供に、さっそくアクウェイルは依頼を告げた。


「不死鳥の羽とユピの一部を取ってこられるか」


 フィニィは隣を見上げる。

 不死鳥の羽は前にも頼まれた。だが後者は初めてだ。


「死んだユピではだめだ。まだ魔法の力の残っているものでなければならない。夜を防ぐために必要なのだ」


 ユピの魔法の力は、夜の魔法を遮断する。気づいている者は他にもあろう。だがアクウェイル以外は誰もがフィニィに依頼をためらっていた。


「根の先だけでもなんでもいい。可能なら、ユピからもらってきてくれ」


 少しの間の後。

 フィニィは頷き、出かけていった。

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