三人の大臣3
目を閉じてフィニィは思い出していた。
魔女に頼まれアンテとツタの卵を取りにいったこと。
死にかけの獅子が後をつけてきたこと。
色んな材料を集めて夜の呪いを解いたこと。
(ほしのはな・・・)
その名は誰がつけたものなのだろう。
星の光に似ているから、アンテは花が好きだった。
彼女と過ごした最後の日以前にもフィニィは一緒に花を採りにいったことがある。
獅子の呪いを解こうとしていた時がその最初だ。
フィニィはたてがみから顔を上げた。
歩き出すと獅子が前に回りこんで身を低くした。乗れと言っている。
子供がよじ登るのを待ち、小さな手が指し示すほうへ駆けた。
フィニィは確信があったわけではない。
ただアンテに教えてもらったことを思い出しただけ。
夜の森の奥のほう、木のうろに生えた青く光る花の場所を。
獅子から降りて、そのうろを探す。
すると、あった。
水銀色の花弁。大きなユリ、あるいは星のような形。茎も葉も同じ色。
花の中心にはアンテや魔女の瞳のような紫水晶が嵌まっていた。
植物というより鉱物のような花。
星の花だ。ひと目でわかった。
フィニィはうろの底に溜まっている柔らかい苔とともに、根から丁寧に採取した。
どんな願いでも叶うという魔法の花。使い方は知らない。まずは花へ素直に願ってみることにした。
願いは一つ。魔女に会いたい。
フィニィは口を開いた。
たった一言だけだ。短い言葉で終わるものだったのに、獣の咆哮がそれを遮った。
驚くフィニィのもとへ駆けてきた一匹の熊が花を奪っていった。
フィニィは熊に潰されるかと思ったが、熊は子供の前を横切る直前で頭の部分の毛皮を脱ぎ人間の姿に戻っていた。
襲撃者の正体は熊に変身した熊の毛皮の三兄弟だ。残り二頭が獅子に飛びかかり足止めしていた。
力強い夜の獅子は身をよじって熊たちを振り払う。
「奪った! 逃げるぞお前ら!」
目が見えなくても熊たちは匂いなどの他の感覚で生き物のおおまかな位置を把握していた。
人間の姿で花を持つ長男を次男か三男が背に乗せ、彼らはさっさと消えようとしたが、すかさずその横合いから赤黒い舌が伸び長男を絡めとった。
「うおっ!?」
「ええぞリアン!」
長い長い舌はマスクを取ったリアンのもの。
同じく目隠しを取ったバジーが明かりのないところを迷わず駆けて、地面に落ちた熊の長男から花を奪った。
「きったねえ!」
「お前らに言われたないわ。悔しかったらかかってきぃ。熊ちゃんの爪なんぞ当たらんで~」
バジーの右目は未来を見る。
あまり先の未来は不確実なものではっきりわからないが、相手のこの後の行動など直近の未来ならば明確に知れた。
よって突如頭上に広がった網も軽くかわした。
「おっさんはやっぱ裏切ったやんなあ?」
木の上から現れたのは、はぐれたはずのノーヴィだ。
投げると網が出る捕獲用の手投げ玉を両手に持っている。
「俺は安全に効率的に仕事してえの。お前らフィニィに【呼子鳥の印】を付けたな?」
「おっさんもやろ」
フィニィが夜の子だと薄々勘付いていた彼らは、出発前に子供の手に所在を知らせる魔法を付けておいた。
熊の兄弟もバジー・リアンもノーヴィも、専用の方位磁針を使ってフィニィの後を追ってきたのだ。
熊たちがバジーに襲いかかり、木の上のノーヴィをリアンが舌で叩き落す。
そこへ興奮した獅子が飛びかかる。
フィニィにはもう手を出せない乱闘だ。
星の花はフィニィが見つけたのに。
それを使えば魔女とようやく会えるかもしれないのに。
不安を押し殺して泣きたいのを我慢して、フィニィはもうずっとそうしてきた。
これ以上、見つからないのは嫌だ。
離れ離れはもうたくさんだ。
花を取り返したい。魔女に会いたい。悲しい。寂しい。つらい。
「ぅああっ・・・」
心がはち切れて、フィニィはとうとう泣きだした。
「あーーっ! あ゛ーーっ!!」
癇癪を起こした赤子のような泣き声が夜の森にこだました。
一度堰を切ったら止まらない。
叫ぶほどに悲しくなる。これだけ泣いても魔女はきてくれないのかと思う。
フィニィのことはどうでもよくなってしまったのか。夜の王の言うとおり、魔女はフィニィを捨てたのか。もう、いくら呼んでもどこにもいないのか。
全身で嘆く子供を前に乱闘はぴたりと止まった。
「下がれっ!!」
切羽詰まったバジーの声がした。
直後に空気を切り裂く音がした。
黒いドレスも夜色のベールも闇に同化し、白い鳥の仮面だけが浮き上がる。
「ぐぁあっ!」
熊の腕が飛んだ。だがそれはバジーのかけ声で首への斬撃をかろうじて避けた結果だ。
フィニィ以外、その場の誰もが血を噴き出していた。
二度目の奇跡はない。
フィニィは咄嗟に目の前の黒い影に抱きついた。
「やっ、めっ!」
処刑人の後ろ姿は魔女にそっくりだった。だから怖くなかった。
フィニィは涙と鼻水でぐずぐずの顔をドレスに押しつけた。
子供一人が取りついたとてなんの妨げにもならないが、処刑人は逡巡の後に大鎌の先を地面に下ろした。
真っ黒な手で子を抱き上げ、その背を優しくさすってやる。
フードから出てきた哲学ネズミがすんすん鼻を動かし、獅子が寄ってきて頭を処刑人のドレスにぐりぐりと押しつけた。
フィニィは両目の涙を拭った。
「・・・エリトゥーラ?」
処刑人は何も答えない。
フィニィはそっと仮面に手を伸ばした。
外すと頭がなかった。しかしまるで透明な頭がそこにあるかのようにベールと、黒い髪が浮いていた。
「エリトゥーラじゃないの・・・?」
また涙が溢れてきた。
自分を見てぼろぼろ泣く子をどうしたらいいのか、処刑人はわからない。
「――もういい。証拠は十分に示された」
その時、誰かが言った。
周囲を見回すと右手に白い影がぼんやり見えた。
間もなく、フィニィはそれが裁定人を背負った白い髪の青年であることに気づいた。
頭部の左半分と左腕を木の根に覆われている、アクウェイルの家で一度だけ見かけた大臣。
名前はルジェクだと、アクウェイルが言っていた。
その左右にも同じく裁定人を背負った二人の大臣がいる。
ルジェクは青い右目で泣いている子を見つめた。
「君がフィニィなんだね?」
呆けていた子は、ややあって頷いた。
長くこの時を夢見ていた青年は感動に打ち震えていた。
「・・・夜の森で言うのもなんだけど、最初に言うと決めていたことだから言わせてほしい。――はじめまして。そしてようこそ。あなたの国へ」




