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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
43/80

魔法学校

「フィニィも一緒にくる?」


 その日、アクウェイル邸で起きたフィニィにレトが言った。


 かねてからの約束どおり、今日レトはピアの魔法学校の入学手続きに付き合うことになっていた。

 特に用事のなかったフィニィは、ピアに会いたいのと学校というものへの興味もあって誘いに乗ることにした。


 現在、ピアはネラの家に移っている。師匠の建てた工房は時がくるまでそのままにしておくことにした。


 ピアとは朝ご飯を食べてから魔法学校の前で待ち合わせとなっている。


 魔法学校はフィニィが以前気になっていた、北の黒い大きな建物群がそうだった。

 針のような先の細い屋根はそれぞれが校舎であった。


「あ! フィニィもきた!」


 学校の前ではすでにピアが待っていた。フィニィの顔を見て嬉しそうに飛び跳ねるので、フィニィもなんだか嬉しくなった。


 学校に門などはなく、芝の生えた敷地にはどこからでも自由に入れる。

 まずは事務局なる場所で受付をするということでレトに付いていく。


 学校の敷地はとても広い。大勢の従業員を抱え倉庫がたくさん並ぶディングの屋敷にも負けてはいない。

 建物も大きいが、それ以上に木が生えていたり花畑があったり、庭がとにかく広かった。

 植物はどれも魔法の材料になるものばかりだ。


「あれなんだろ?」


 好奇心旺盛なピアが草むらに何かを見つけて走り出した時。

 校舎への道を外れたところで、突然地面から網が現れピアを包み込んでしまった。


「んぎゃあ!?」


「ピア!? なにそれ!?」


 案内人のレトもなんだかわからない。

 網の口には羽が生えており、空を飛んでピアをどこかへさらっていった。レトとフィニィは急いで追いかけた。


 やがて網は校舎の一つに入っていった。

 騒ぎ声の聞こえる教室で、ピアは子供らに囲まれつつかれていた。


「やめろー!」


「羽の民かよ。もっと珍しいのがよかった」


 一人の黒髪の少年が残念そうに言い、ポーチから黒曜石のナイフを出して網の口を切る。

 暴れていたピアは床にどさりと落ちた。


「なんだおまえ!?」


 ピアは当然抗議した。

 黒髪の少年たちは「ごめんごめん」と軽く謝る。


「ほんとはケモノを捕まえたかった。あんた小さいからかかっちまったんだな。ワナがいっこムダになった」


「せっかくうまくできたのにな」


 横にいる焦げ茶色の髪の少年がうんうん頷いていた。

 この二人が罠を仕掛けた犯人なのであった。


 子供らの輪に入りにくく、レトは教室の入り口から声をかけた。


「ええと、ピア? 大丈夫?」


「どうした?」


「うわっ。あ、イーデン先生どうも」


 背後に突然知らない大人が現れ、フィニィはレトの足にしがみついた。


 薄茶色の短髪の男はイーデンというこの子供ばかりの教室の担当教師で、レトとは顔見知りである。


「レトじゃないか。珍しいな? 今日はどうした? チェラさんなら――」


「いえ、特にそちらに用はないです。知り合いの子の入学手続きにきたんですよ。その子が罠のような魔法に捕まってここまでさらわれてしまったのを追いかけてきて」


「なるほど」


 担任はそれだけで状況を理解した。

 教室に入って床に落ちている鳥の子を助け起こし、その目線に合わせてしゃがむ。


「ごめんな。痛むところはないか?」


「・・・ないけど」


「よかった。お前たち、言い訳はあるか?」


 続けて主犯格の二人へ少々厳しい目を向けた。


「ごめんなさいは先にしましたっ」


「次はお客の通らないルートにしかけるか、人間にはわかる目印をおいておきます」


 少年二人は淀みなく答えた。慣れたものである。

 イーデンはすっかり呆れていた。


「――だそうだが、こいつらを赦してやるか? 赦さなくてもいいぞ」


 ピアは非常に渋い顔をして悩んだが、最終的には「いいよ」と言った。


「この魔法のつくりかた教えてくれたらゆるす」


「えー? 魔法のレシピはかんたんに人に教えちゃだめなんだぞ」


「知りたけりゃオレたちの仲間にならなきゃだめだ」


「いいよ。なったげる」


「それはそれで困るんだが・・・まあ、怪我なく仲良くやってくれ。レト、この子が入学希望でいいんだな? そっちの子は?」


 イーデンは隠れているフィニィを指した。


「この子は違います。入学はそちらのピアだけです。でもこちらのフィニィも学校に興味があるみたいで」


「だったら見学していくといい。ピアもな。手続きの前に試しに授業を受けていったらいいんじゃないか?」


 ということで、フィニィとピアは急きょ魔法学校の授業に参加することになった。


 教室の前には鉄の大釜が一つ置いてある。

 席には皆座らず、大釜の周りに集まった。ここの大釜は小さな子供でも中を覗けるように底が浅く、かわりに口が広く作られていた。


 ピアとフィニィはイーデンの隣にいかされた。

 物珍しそうな子供らの視線がフィニィは落ち着かなくて、哲学ネズミを両手で握りしめていた。


「――さて、では今日の授業は皆の復習も兼ねて基礎の基礎からいくぞ。ピアとフィニィは魔法をつくる前に最初に何を準備するか知ってるか?」


 フィニィが口を開く前に、ピアが元気よく「大釜と水!」と答えた。


「正解。大釜は魔法の力を逃がさないために鉄製のものがいい。大きいほうが力をより多く溜めておくことができる。では水はなんの水を使う? ベネッタ」


 指名された毛先のくるくるしている赤毛の子はすぐに答えた。


「地の底を流れる水。深ければ深いほどいい」


「その通り。水はあらゆる魔法の力を溶かし込む。地の深くにある水ほどたくさんの力を溶かし込める。鉄の大釜を用意し、地下の水をいれ、次にどうする? リリー」


「えっ、と・・・魔法の力のあるものを、たくさんいれる?」


 やや自信なげな髪の長い子にイーデンは大げさに頷いてみせた。


「いいぞ、合ってるぞ。水になんでもいいから色んな魔法の材料をいれて溶かし、何日もかけて混ぜ合わせて基礎を作る。溶かし込んでいる魔法の力が濃ければ濃いほど水の色は黒に近づく。力の濃度の高い水で魔法薬を作ると、通常より効果の高いものが作れるようになる。はじめから水を黒くするのは大変だから、最初は青みがかった色になれば十分だ。魔法薬を作り続けるうちに水は少しずつ材料の魔法を取り込んで黒くなっていくからな。焦らなくていいんだ」


 魔法薬をつくる際にいれる材料の魔法の力は、すべてが使われているわけではない。

 いくらかロスがあり、その分が水に溶け込み、次の魔法薬を作る時に効果の底上げに寄与するのだった。


 教室の大釜の水はかなり黒に近い。

 長い間、ここで教材に使われてきたのである。


 今日もイーデンがさらに新たな材料を加えた。


「材料によっては、釜にいれる前に下処理をする必要がある。より魔法の力を引き出しやすくするためのひと工夫だ。そのやり方も授業で教えるからな。材料をいれたら、形がなくなるまでよく混ぜる。それが基本。魔法の力が完全に混ざったら、一つの魔法として固めるために【核】をいれる。核ってわかるか? フィニィ」


 この場で唯一魔法をつくったことのないフィニィは、なんのことだかわからなかった。


「水に溶けた魔法の力は、核となるものがなければ魔法として固まらない。核になれるのは心の中にあるものだけだ。喜び、悲しみ、怒りなんかの感情や、それ以外のものも心の中には色々あるだろう? その中で、できるだけたくさんあるものを注ぐといい。いつも楽しい奴は楽しい気持ちを注ぐ、怒りっぽい奴は怒りを注ぐ、とかな。一回に使うのはたった一匙分だが、自分の心の中に少ないものを使うとすぐなくなって困ったことになる。楽しかったことが楽しめなくなったり、怒りたくても怒れなくなったりする。だから、心にどんどん溢れてくる尽きないものを使うんだ」


 その時ピアがフィニィに、「ピアは魔法つくるといっつもワクワクするから、ワクワクをいれるんだよ」と耳打ちした。


 フィニィは魔法のつくり方についてこんなに丁寧な説明を受けたことがなかった。


 魔法をつくることはとても特別なことのように思っていたが、実は夜の子でも昼の子でもどの種族でも、心と材料さえあればつくることができるのだ。もちろん、それはフィニィでも同じ。


 イーデンがつくったのは赤サビ色の魔法薬だった。

 片手に垂らして塗り込み、床に触ると水面に手をいれたかのように手首まで沈んだ。効果が切れると外に弾き出される。

 子供らはおもしがって自分の手や足に塗り遊びだした。ピアも一緒になって遊んでいた。


「どうだフィニィ。魔法使いはおもしろいものだろ?」


 楽しげに問う教師に、フィニィは素直に頷きを返した。




 ☾




 授業の後、ピアが入学手続きをレトと一緒にしている間、暇になったフィニィは一人で校内の庭を探検していた。


 他の生徒たちは次の授業の時間が始まっている。

 子供ばかりではなく大人や、色んな民族の人間の姿が窓の向こうに見える。


 庭に生えている草花は彼らの授業で使用されるものなのだろう。


 フィニィは草むらに罠が仕掛けられていないかだけ十分に注意しつつ、敷地をぐるっと回る。


 すると裏手にガラス張りの温室を見つけた。


 ガラスだけで作られた家など見たことがなかったフィニィは近寄って中を覗いた。

 そこでは一種類の植物が育てられていた。


 鈴なりに実をつけた運試しの実――とフィニィは思ったが、なぜか実の色は赤ではなく真っ青だった。

 草姿はまったく同じなのにそこだけ違う。

 夜の森に生える運試しの実とは異なる種類のものなのか、フィニィは気になって開いていた戸口から中に入り込んだ。


 しゃがんで実を一つ取ってみる。

 鮮やかな青はきれいだがあまり食欲をそそられる色ではない。

 試しに哲学ネズミの口元に持っていくと寝惚けながら齧った。青い光が破れたところからふわりと散って、実の色がフィニィの知る赤に変わった。


「イタズラしちゃだめですよ」


 声に驚きフィニィは実を取り落とした。


 帽子をかぶり、首にタオルかけた年配の女教師が入ってきた。

 教師だとわかるのはイーデンと同じ黒いケープを着ているためだ。


 琥珀色の目をやや見開いて、彼女のほうも見慣れぬ姿の子供に少しばかり驚いていた。


「もしかして学校を見にきた子かしら?」


 フィニィはこくりと頷いた。


「そうでしたか。ようこそいらっしゃいました。一人できたのですか?」


 首を横に振った。教師はさらに誰と一緒なのかと尋ねるので、レトとピアと答えた。

 それを聞くと彼女はなぜか頬をほころばせた。


「もし迷子になったのなら、しばらくここでお待ちなさい。あなたのお友達が必ず迎えにきますからね」


 教師はチェラと名乗り、互いに簡単な自己紹介を済ませた。

 フィニィは別に迷子になったつもりはないが、チェラのしていることが気になったのでそこに留まることにした。


 チェラは青い水の入ったバケツを持ち、柄杓で一杯ずつ、運試しの草の一本一本に水をくれていた。

 水が一度土に染みてから、青い光がゆっくりと茎を通り吸われていく様子が透けて見えた。


 運試しの実が青いのはどうやらこの水のせいのようである。


 フィニィは、これはなんの魔法なのか尋ねた。


「昼の子を夜から守る魔法ですよ。一年かけてできる特別な魔法です。もうすぐこれを使った催し事があるので仕上げをしているのですよ」


 一つ一つに水をやる作業は大変そうだった。

 フィニィは鞄から浮き薬を出し、チェラの持つバケツに塗ってそれをかわりに持ってあげることにした。


「手伝ってくれるのですか? ありがとうございます」


 そうして何十本もある運試しの草に水をやりを終えると、チェラは温室の隅にある椅子に腰かけて、手伝ってくれた子供に水筒から出した湯気立つジュースをふるまった。

 甘苦いポマの葉ジュースである。


「――では、あなたは魔法使いではなくて探集者なのですね」


 チェラは無口な子供から上手に話を聞き出した。

 長年この学校であらゆる種類の厄介な生徒を相手にしてきた彼女には慣れたものである。


「とてもいいですね。私たちはもっともっとたくさんの魔法を生み出し、百年先にも繋いでいかなければならないのですから、そのために探集者はなくてはならない存在です。この学校の卒業生の中にも探集者になった人がいるのですよ。自分で魔法もつくれる探集者です。それもすてきでしょう?」


 そうだ、とチェラは思いついて隣の椅子に置いていた自身の鞄を開いた。


「お友達の付き添いでもせっかく見学にきてくれたのですから、これを差し上げましょう。もしよかったら役立ててくださいね」


 テーブルに出したのはスープカップほどの小さな鉄釜だった。

 携帯用の釜といったところである。ここに水をいれれば出先でも魔法薬を調合することができる。馬の民のディングの壺と同じだ。


「水はアクウェイルさんに少しいただくといいでしょう。おそらくこの国ではあの子の釜の水がいちばん濃い色をしているでしょうから」


 フィニィは本格的に魔法使いになるつもりは今もない。

 ただ、魔女の魔法をよく見ていたので、覚えているレシピもある。授業を受けて一回くらいやってみたいような気がしないでもない。

 なので、釜はもらっておくことにした。


「ただし、王の子が悲しむ魔法をつくってはいけません」


 チェラはそう念押しした。


「王の子は魔法が大好きなんだそうです。魔法の国が魔法使いを育てるのは、王の子を楽しませる魔法をつくるため。それを忘れて悲しい行いをした魔法使いのもとには処刑人が罰を与えにやってきます。探集者のあなたも決して忘れてはなりません」


 魔法学校を卒業した魔法使いたちは国に必ず誓約書を書く。

 王の子を悲しませることは決してしないと。

 たとえ魔法の国を去ってもその誓約を一生守り続ける。


 王の子はどんなことが悲しいの、とフィニィは尋ねた。


「あなたや私が悲しむことです」


 自分を悲しませないように、誰かを悲しませないように。優しい魔法をつくってほしいという。


 フィニィは頷いた。


 その時、傍のガラスの壁をコツコツ叩く音がした。

 見れば不満げな顔のレトがいた。ピアはいなかった。


「ほらきました」


 レトは戸口のほうに回ってフィニィを迎えにきた。


「なんでフィニィとお茶してるのさ。仕事中だろ」


「可愛らしいお客様のおもてなしも仕事のうちよ。何がそんなにご不満かしら? フィニィからあなたの失態をばらされるとでも思った?」


「・・・フィニィにはまだ失敗したとこ見せてないし」


 レトはもごもごと何か言っていた。

 今さらながら、フィニィは二人の瞳の色が同じであることに気づいた。


「付き合わせてごめんねフィニィ。この人は俺の母親。もうずいぶん長くここで教師をしてる。実はアクウェイル先生もこの人の教え子なんだ」


「自分の母をこの人呼ばわりはおやめなさい。いつまで照れるのあなたは」


「自分の母親を紹介するのなんか照れ臭いにきまってるよ。会わずに帰ろうと思ってたのに」


「薄情な子。フィニィ、この子は私がいるのをなんでか恥ずかしがって、学校に入らなかったんですよ。本当は魔法使いになりたいくせに意地を張って別の仕事に就いて。でも結局アクウェイルさんのところに弟子入りしたの」


「そこはまあ・・・母さんの口添えには感謝してます」


 アクウェイルは恩師の息子ということもあってレトが弟子になることを許した。


 性格に難のある人物だとは聞いていたものの、レトはアクウェイルのように自由自在に魔法を設計できる人になりたかったのだ。


 学校には入らなかったが、親が魔法学校の教師ということである程度の基礎知識はあった。現在はアクウェイルにさらにしごかれ少しずつ一人前に近づいている。


 それでもたまには「減点」と言われてしまう失敗もする。その辺りはあまり親には報告したくない事柄だ。


「あーもーフィニィは連れてくよ。あと来週は手伝いに帰るから」


「はいはい、ありがとうね」


 レトはフィニィの手を取って温室を出た。心優しい青年の中途半端な反抗期はいまだ継続中である。

 

 恥ずかしいところを見られたと思っているレトは戻る間も口数少ない。フィニィは経験したことのないその気持ちがよくわからなかった。


 ただ、ポマの葉ジュースのおかげなのか、胸の内がぽかぽかと温かった。

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