泣く娘5
「このたびは突然の依頼にご対応いただきありがとうございました」
キーラのもとに一晩泊まった翌日。
結局一日中起きて採取をしていたフィニィは昼までたっぷり寝てからディングの家を出て、街を歩いていたところミルカに捕まった。
ミルカにはディングから依頼達成の連絡が届いていた。その礼がしたいということでフィニィは以前と同じアクルタ商会の応接室に連れてこられ、クッキーを齧らされた。
「熊の毛皮の兄弟も実績があるのでディングバヤン氏にご紹介したのですが、今回の依頼はどうも普通の探集者では手に余りそうに思えまして。それをたった一日で達成とは。熊の三兄弟はまだ街を発つ準備もできていませんでしたよ。さすがはフィニィさんです。やはりあなたは貴重な探集者だ。この魔法の国であなたの助けを必要としている方はもっといますよ。これを機にぜひ我が商会へご登録を――」
フィニィはディングの家でもたくさんご飯を食べさせられたので、クッキーを一口だけ齧ったら全部はとても食べられなかった。哲学ネズミも鼻をそむける。なので残したクッキーはズボンのポケットにしまった。
昼まで寝たもののフィニィはまだもう少し眠かった。だがここで寝たいとはあまり思わない。
上着で指を拭い、哲学ネズミをフードにいれてソファをすぐ降りた。
勧誘を無視され終始目を合わせられなくても、ミルカは笑顔を崩さなかった。
「ぜひ、またあなたのお力を貸してください」
フィニィは自分のつま先を見ながら頷いた。ミルカのことはやっぱり少し苦手だった。
商会を出て、フィニィはとりあえずアクウェイルのもとへ顔を出そうと思った。
前にレトが市場で情報収集をしたらと教えてくれたように、魔女をどこで探せばいいか相談できるかもしれない。
ところが、ぱっと駆け出そうとしたその瞬間に、フィニィは誰かにフードを掴まれた。
相手の姿が見えないまま路地裏に引きずられ、フードを放された時、三匹の熊がフィニィを見下ろしていた。
「お前は何をした?」
熊の毛皮の三兄弟、その長兄が詰問する。
まだ変身していないが、無精ひげが生えている顔はすでに熊のようだった。
「たった一日でラクスラと光吸石を取ってきたって? あり得ないだろ」
「ラクスラなんて荒野にごく稀にその欠片が走っているところをやっと追いついて採取するんだぞ? 光吸石も高山のてっぺんまで登らなきゃ十分な光を吸収したものは取れねえ」
「偽物をつかませたんだろ? そうなんだろ?」
彼らは前金の金貨を使って装備を整え、いざ採取に出かけようとした出鼻に依頼主から「もう必要ない」との連絡を受けたのだ。
寝耳に水どころか信じられない話だった。十倍の儲けもふいにされた。どうしても子供を問い詰めずにはいられなかった。
だがフィニィからすれば脈絡のないことで混乱してしまう。
熊たちが何を疑っていて、何に怒っているのかわからない。
壁に追い詰められ、三方を囲まれ逃げ場はない。
フィニィは浮き薬で上に逃げようとしたが、鞄にいれたその手をすかさず長兄が掴んだ。
「お前、新入りなんだろう? 子供なら容赦してもらえると思ったか? 悪いが俺たちはあの金持ちたちほど優しくないんでね。探集者のルールを教えてやる」
腕を吊り上げられて踵が浮いた。もう少し力を込められたら骨が折れてしまう。
熊の人にかつての主人の姿が重なった。
理不尽な折檻の痛みを思い出した。
「っ・・・!」
怖くて声が出なかった。
フィニィはぎゅっと目を瞑って耐える。
痛みはすぐさまやってきた。
腕を吊り上げる力が急になくなり地面に落とされたのだ。
目を開けると、フィニィの手首を男の肘から先の部分だけが掴んでいた。
「あ・・・? あああっ!?」
一瞬呆けた熊の長兄。
腕の断面を空気にさらしている彼とフィニィの間には、大鎌を振るった後の影が立っていた。
鳥の仮面の処刑人はわずかに身じろぐ。
それだけで三兄弟の手足が追加で二つ三つ落ちた。
「赤い・・・誰もかれもが、その色に汚れていく・・・」
いつの間にかフードから転がり出ていた哲学ネズミをフィニィは急いで拾い、熊の人の手は振り落としてその場から逃げた。
全力で走った。
まっすぐアクウェイルの家に辿り着き出窓をばんばん叩いた。
開き始めた窓の隙間から素早く中に入り、大釜の前にいたアクウェイルの右足に抱きつく。
「なんだなんだ今度は」
「フィニィどうしたの?」
窓を開けたのは師匠の調合室で勉強していたレトだ。
アクウェイルは子供に心配そうに寄っていく弟子の背後を見て、ぎょっと目を剥いた。
「待て。なぜ処刑人を連れてきた?」
「え?」
レトも振り返って息を呑んだ。
窓の外に、大鎌の刃を上にして持つ長い影が佇んでいたのである。
フィニィは怖くてアクウェイルの足に顔を押しつけていた。
間もなく、処刑人は姿を消した。
師弟は胸をなでおろした。
「よかった・・・先生がとうとう一線を越えたのかと」
「馬鹿を言え。命と玩具の区別も付かん凡人以下と一緒にするな」
「ならいいですけど。では、フィニィが処刑人に追いかけられてたわけですか? どうして?」
「さあな。なんにせよ落ち着かせねば話もできまい。――フィニィ、処刑人はいなくなったぞ。そろそろ離れろ。動けん」
アクウェイルがつむじをつついた。
それでもフィニィは離れない。窓の外も見ない。
「わかった。離れなくていい。いったん足だけ放せ。一瞬だ」
少し強引にアクウェイルは子供を剥がし、抱き上げてソファに座った。
フィニィは魔法使いの胸元に顔を埋めて、手には哲学ネズミを握りしめ、ぐずぐず泣いていた。
「まさか先生が子供の世話を焼くなんて」
「泣く子にはかなわんだろ。早くお前も何かしろ」
「じゃあ心が落ち着く飲み物でも」
レトはぱたぱたとキッチンへ駆けていった。
弟子が持ってきたのはポマの葉の温めたジュース。
彼の家ではそれがどんな時にも定番なのだ。
フィニィはしばらく泣き続けてから、ジュースを受け取って飲んだ。ちょうど良い温かさで、だいぶ気が落ち着いた。
「何があったのか話せる?」
横に座ったレトに優しく誘導され、フィニィは少しずつ言葉を紡いだ。
例のごとく質問を投げかけて話を聞き直し、魔法使いたちはようやく状況を理解した。
「――それはたぶん、フィニィを助けたんだと思うよ。処刑人は子供を守るものなんだ。俺も昔、人さらいに遭った時に助けてもらったことがある」
フィニィは目をぱちぱちさせた。
「えっとね。魔法の国は誰でも自由に出入りができるから、中には時々、たとえば子供をさらってどこかに売り飛ばす目的でやってくる悪い人がいるんだ。俺もフィニィくらい小さい時、家に帰る途中で突然知らない人に袋に詰められてさ。でもすぐに処刑人が現れて、その人をまあ、いわゆる処刑した。その時は何が何だかわからなかったけどね。他にも、魔法でひどいことをする人とかが処刑されるよ。どういう魔法が禁忌になるのか判断基準はいまいちはっきりしないけど、その魔法で子供に悪さした人だけは絶対に見逃されないって噂」
「【王の法】に関係があるのだろうな」
アクウェイルが一言だけ口を挟んだ。
「ですね。魔法の国には王の定めた法があるんだ。たった一つだけの決まりごと。【王の子を悲しませてはならない】っていう。聞いたことない?」
フィニィがこの国にきてから時々耳にしていた王という言葉。
無論、国である以上は王がいるだろう。フィニィが生まれた昼の国にだっていた。
国の決まりを定めるのは王だ。しかしそれが一つきりというのはあまりに珍しい。
「生活の上でのもっと細かいルールは大臣たちが作ったけど、そっちは最悪破っても特別な罰則はない。ただ国にいづらくなるだけで。――でも王の法は別。処刑人が法の番人を務めてる。王の基準で直接処罰されるんだよ」
だから熊の兄弟は手足を切られた。
王による処罰を受けたのだ。
処刑人は子供を守る存在だとレトは繰り返し、フィニィの飲み干したジュースのおかわりを取りにキッチンへ再度向かった。
「王の子というのは魔法の国の子供らの比喩ではないぞ」
レトが部屋を出ると、アクウェイルが話の続きを継いだ。
「まさしく王の子を指している。今はこの国にいないらしいが、いずれは現れると言われている。ゆえに魔法の国では子供を粗末に扱わない。王の子が中にまぎれているかもしれないからだ」
それは魔法の国の建国当初から噂されている伝説だった。
「おそらく処刑人は子供らを守っているというより、王の子に害なす可能性のある輩を排除しているのだろう」
王も王子も奴隷だったフィニィにはあまりに遠く、どんなものか想像すらつかない存在だった。
空や陽の話をされている気分である。
なので、二人の話もただそうなのかと思っただけ。
やがては安堵の反動から、泣き疲れて寝てしまった。




