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フィニィの魔法の国  作者: 日生
二章 魔法の国
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アクルタ商会3

 魔法の国でフィニィはアクウェイル邸に居候している。

 調合室のソファでアクウェイルの仕事姿を眺めながら眠り、起きたらレトの用意してくれるご飯を食べる。


 レトの食事は魔女の料理よりバリエーションがあり、毎日少しずつ違うものが出る。彼がキッチンで作ることもあれば店から買ってきたものを出すこともある。一度もまずかったり毒が入っていたりしたことはなかった。


「今日はどこに行くの?」


 まだアクウェイルが自室から起きてこない朝、カウンターでフィニィと並んでパンを食べているレトが何気なく尋ねた。

 フィニィはアクルタ商会のことをたどたどしく話した。

 これから、きのう連れて行かれた商会本部に集合し出発することになっている。


 話の後でいくつか子供に質問を投げかけ、おおまかな経緯を知ったレトは渋い顔をした。


「フィニィ、あんまり知らない人に付いて行っちゃだめだよ? 確かに商会だったら情報を集めるには便利だけど・・・あの商会はわりかし最近できたばっかりでちょっと怖い噂も聞くんだよ。あそこの商会長、子供みたいな見た目で実際はかなり年上らしいし。いや、だからなにって話かもだけど、つまり、いまいち得体が知れないというかね?」


 そう言いながらレトはフィニィの不思議な色の頭を見て、一瞬浮かんだ言葉を飲み込んだ。


「――念のため、気をつけて」


 フィニィは頷いた。

 スープを飲み干し、パンの欠片に噛みついたまま寝ている哲学ネズミをフードに放り込み、出かけていった。




 アクルタ商会に行くと、マスクをしたリアンが表に立っていた。


 リュックを背負いブーツを履いている。腰に太いベルトを巻いてポーチやナイフを提げている。手袋をしている。

 彼が同行するのだろう。それは別に良かったが、フィニィは青年がロングスカートを穿いていることが少しだけ気になった。


 全体的に黒い服装から、フィニィは昔の主人の館にいたメイドを思い出した。男がその類の服を着ているのは見たことがなかった。


「あんま気にせんでええんよ」


 目隠しをした男、バジーが遅れて建物の中から顔を出した。

 彼も旅装をしている。スカートは穿いていない。


「採取なんやからズボンにせぇ言うたんやけどな? 今日はスカートの気分なんやて。ついでに心ン中も女のコになっとるけど、大して変わらんから気にせんといてあげてな」


 リアンは見つめ続けるフィニィに、スカートの裾を軽く持ち上げてみせた。背中で揺れる長髪も三つ編みになっていた。


「似合ってる?」


 そう訊くので、フィニィは素直に似合ってると答えた。

 リアンは嬉しそうに目を細めた。


「一緒に行くんは俺ら二人な。よろしく。ミルカの奴は別の用事で見送りこれてへんけど勘弁してやー。ところでフィニちゃんご飯食べた? おしっこ行きとうないか? 忘れ物ない?」


 バジーはひととおり子供に確認し、ではさっそくと出発した。


 二人に連れられた先は街はずれ。

 城壁に庇われていない街の端だ。


 家の途切れた草原に、奇妙な生き物たちがたむろっていた。


 おおまかな形は毛に覆われた鯨に近い。

 足がなく、ヒレのようなひらひらしたものが体の両脇から生えていた。白い個体が多く、皆、毛深くて目がどこにあるのかわからなかった。


 大きさは二、三人を背中に乗せられるほど。実際、轡に手綱をつけて草原から人を乗せて飛び立っていくところをフィニィはちょうど見かけた。


 飛ぶというより泳いでいく。


 フィニィはあの生き物がなんなのか二人に尋ねた。


「おろ、見たことないん? こいつらは空遊魚(ピューイ)やで。遠くに行く時はみんな使っとうよ。普通の人は一回ごとに日割りで持ち主さんに前払いやけどな、アクルタ商会(うち)では年間契約しとるけ乗り放題なんよ。フィニちゃんもうちの会員になればいくらでも乗れるけ、考えといてな」


 バジーは慣れた様子で小屋にいる貸主に挨拶し、ピューイを二頭借りた。

 一頭にリアンとフィニィが一緒に乗ることになった。


 ピューイの毛はさらさらしていて、体は脂肪が多いのかふかふかしていた。

 フィニィが座ると腰まで毛に埋もれる。子供の足では短くてピューイの体を挟むことはできない。


 リアンはフィニィを後ろから抱えるようにして跨った。

 手綱は彼女が持ち、フィニィにはピューイの毛を掴ませた。


「思いきり引っ張っても痛がらない。平気」


 フィニィは両手でしっかり毛を掴んだ。

 肩掛け鞄は股の間に置き、哲学ネズミは鞄の中にしまっておいた。


 リアンが軽くピューイの体を蹴ると、ふわりと浮上する。


 低いところを漂っている雲に手を伸ばせば触れそうだった。


「怖くない?」


 フィニィは大きく頷いた。


 足下に魔法の国が見える。

 塔を中心に広がっている街並み。その周囲には夜の森を除いて草原しかない。一部、城壁のある辺りだけなぜか地面があちこち抉れ草が生えていなかった。


 今なら塔の上の守り人とやらが見えるかとフィニィは思ったが、それはあっという間に視界の後ろに消えてしまった。


 草原を越え、山を越え、どこかの国をいくつも越えて、やがて空の魚は海をも越えていった。



 ☾



 途中幾度か休憩を挟みつつ、一行のピューイは日暮れの前に無人の孤島に辿り着いた。


 その小さな島はおよそ八割方が夜の森に侵食されている。

 海岸にピューイを待機させ、夢見る木(リポルス)のもとには徒歩で向かった。


 歩き出せばそこはフィニィの知っている場所だった。

 緑の葉をつけたユピではない木の林の中をひょいひょい進む。倒木の隙間もすり抜け、うっかりすると草陰に容易に姿を見失ってしまう子供を大人二人が必死に追いかけていた。


「フィニちゃーん、バジー兄やんのこと置いてかんでー。兄やん図体でかくて同じとこ通れんのよー」


 最後尾のバジーが時々泣き声を上げるとフィニィは立ち止まる。

 魔女でも哲学ネズミでもない人が一緒にいるのは、やはり変な感じがした。


 リアンは障害物を身軽に飛び越え、スカートの裾を何にも引っかけず問題なく林の中を行く。

 バジーは前を行く二人ほど軽快な歩みではないが、目隠しをしているわりに転んだり躓いたりすることが一度もなかった。


 やがて一本の大木に辿り着いた。

 夢見る木。フィニィが以前きた時よりまたさらに大きくなったようである。


 灰色の枝が血管のようにきめ細かく頭上に広がっているが、周囲の他の木々のような緑の葉は一枚もない。花もなく、当然、果実などあろうはずもなかった。


「やっぱなんもないなあ。フィニちゃん、どうやって取ったらええの?」


 フィニィはまず鞄を漁った。取り出したのは寝ぼけた哲学ネズミ。それを両手で持って、リポルスの根元に寝そべり、目を閉じた。


 そこをすかさずバジーが揺り起こす。


「待ってお願い説明して。なんか意味あるん? 疲れたん?」


 フィニィは目を開けた。もちろん疲れて眠かったわけではない。


「ゆめ、みる」


「夢?」


 リポルスの果実は夢の中に現れる。

 夢の中で果実を探し、入手すれば目が覚める。


「・・・で、現実でも手に入っとるゆーこと?」


 バジーとリアンは話を聞いてぽかんとしていた。


「三人寝ればそれぞれで手に入れられるんかな?」


 それはフィニィにはわからなかった。哲学ネズミと寝ても一つしか手に入ったことがないからだ。そして一度取ったら、しばらく日をあけなければ再度取れない。


「物は試しやな。ちょっと待っとき」


 バジーとリアンは自分の荷物を下ろし、中から小瓶をいくつか出した。フィニィに動かないよう指示し、二人は少し離れたところでしばらくごそごそと何かをしてから戻ってきた。


「獣避けの魔法使うたよ。あんま時間かけるとミルカに怒られるけ、ぱっと寝てぱっと帰ろ」


 リアンとバジーは子供の左右に寝そべった。


 改めて目を閉じ、フィニィは深く息を吐く。


「こわいゆめ、みるよ」


「えっ」


 わずかに頭を浮かせた左右二人。


 哲学ネズミをぎゅっと握りしめ、フィニィは覚悟とともに眠りに落ちた。

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