昼の魔法使い1
朝になってしまった。
通りに徐々に人が現れはじめ、どこからかパンを焼くような匂いが漂ってくる。それを嗅いでもフィニィは特に空腹を感じなかった。
かわりに少し眠い気がする。夜中走り回って疲れていたのもあり、フィニィは物陰に座り込んで休憩した。
玄関先の鳥は夜の間に徐々に体が鈍色に変わり、完全に光らなくなった頃にちょうど陽が差して、止まり木がわりのランプから羽ばたいていった。
また家の中から外に向けて飛び出している金属の筒からも鳥が出てきて、同じように飛んでいった。
やや体力が回復した頃、フィニィはフードを目深にして通りを歩いてみた。
誰もフィニィを見咎める者はいない。
昼の子に交じり、やはり夜の子らしき姿の者たちが闊歩している。
人の体に獣の足や角、尻尾など一部をくっつけたような者、見た目はほとんど獣だが人のように二足で歩く者、その種類は様々だ。
また、ただの昼の子にしてもフィニィの見たことのない肌の色、顔立ちをしている者がある。
服装も実に多様だ。
彼らは道ですれ違う己と出で立ちの異なる者に対して、さしたる関心を持たず何気なく歩いていた。
フィニィは一人だけ知らない世界に迷い込んでしまった気分だった。
街の中心の塔のてっぺんにはまだ人影がある。
明るくなってもその姿は遠すぎて詳細がわからないが、フィニィはやはり見られていると思った。
だが今はフィニィだけではない。あの塔の上にいる誰かはこの街のすべてを見渡している。そのうちの一人としてフィニィを見張っている、と感じた。
ともかくこの街はフィニィがいてもあまり問題ないらしい。
フィニィはやや警戒を解き、昨夜見て回れなかった中心部のほうへ向かった。
食べ物の良い匂いにまじり、時々、薬の匂いがしてくる。フィニィの知る薬とは魔法薬である。魔女と暮らしていた洞窟の空気を常に満たしていた匂いだ。
表に看板を出している店があり、開け放たれている扉から覗くと、棚にカラフルな液体の入った瓶や丸薬などが見えた。
赤毛の店主が覗き見する子供に気づき、寄ってくる。
フィニィは二歩三歩後ずさった。
「どうぞ遠慮せずお入りなさいな。新発明のおねしょ治しの塗り薬とか、あなたは必要じゃないかしら?」
フィニィは首を横に振る。
「あら失礼。何がご入り用? 治癒の飴も今なら在庫が十分あるから欲しいだけ言って」
フィニィは胸の前で鞄の紐をぎゅっと握りしめた。
「・・・まほう?」
愛想の良い店主は大きな目を瞬いた。
「そうよ、ここにあるのは全部魔法薬。なぁに? ばったもんじゃないわよ」
その時ちょうど別の客がやってきたため、店主はよくわからない子供の相手を早々に切り上げた。
フィニィは首を傾げ傾げ、歩を進める。
「――さっさと失せろ!」
どこかの路地に入り、また広い通りに出た時、言い争いの声を聞いた。
動くと背中で毛先が揺れる、黒く長い髪。
その姿が見え、フィニィは反射的に駆けだした。
「エリ――」
「それのどこが不死鳥の羽だというんだ!」
声をかけようとして途中でやめた。
長い黒髪の後ろ姿は魔女ではなかった。
とても背が高く細身であるところは似ていたが、その人物は男だった。
黒いドレスではなく黒のスラックスとシャツにベストを着ている。
自分より背の低い男を突き飛ばし家の敷地から追い出していた。
背の低いほうの男はたたらを踏みながらも、その場に留まる。そちらは古ぼけたリュックを背負い、腰のベルトにナイフなどを差した旅装である。
指出し手袋をはめている右手で金色の小さな羽を掲げ、背の高い男に猛抗議していた。
「不死鳥の羽ってぇったらコレでしょうがよ!? 一体何が気に食わないんすか!?」
「それは不死鳥モドキの羽だ! 正式名称は小金鳥! 私が依頼したのは本物の不死鳥の羽だぞ!? ふざけるな!!」
「なっ、ふざけてんのはそっちでしょうが! 本物なんて見つかるわけねえ!」
「なら最初に言え! いいかっ、私は商会に不死鳥の羽を取ってこられる探集者を要請した! そうして貴様をよこされたんだ! これでは詐欺だろうが!」
「へえ残念そいつは発注ミスってやつだぜ先生! 巷で不死鳥っつったらムルゥなの! これだって捕まえるのに相当苦労したわ! 報酬をもらう権利は当然ある!」
「あれだけ前金をふんだくっておいて言えた立場か!? 詐欺の輩にこれ以上払う金なんぞあるか馬鹿者!」
口論は道を半分塞いで続いていく。
フィニィは少し怖くもあったが、男たちがとても気になることを言っていて素通りできなかった。
影から近づき、そっと髪の長い男の袖を引いた。
「なんだ!?」
手は振り払われた。
だが男は己の腰のあたりまでしかない小さな頭が目端に映り、無視できなかった。
「まほう、つくる?」
フィニィは勇気を出して尋ねた。
突然の見知らぬ子供の登場に男たちは一瞬怒りを忘れ、呆けた顔をした。
「・・・ああ。私は魔法使いだが。何か用か」
魔法使いというのは聞き慣れない言葉だ。フィニィは魔女と似たようなものかと解釈した。
やはりこの街には魔法が存在し、それを生み出す者がいる。
「どのハネがほしい?」
さらに尋ねると背の高い男は眉をひそめた。
「どの、とは?」
口論相手の背の低いほうの男も、二人の様子を黙って見ていた。
フィニィは、必要なのは不死鳥の尾羽なのか、肩羽なのか、何列目かの風切り羽なのか、あるいは冠羽なのか、詳細を求めた。
「・・・どれでも取ってくると? 本物の不死鳥の羽を?」
フィニィが頷くと、背の低い男が「うそぉ」と小声で呟いた。
背の高い男は逡巡し、やがて「尾羽」と答えた。
「正直、どの部位の羽でもいい。一枚で足りる、が、もし余分に取れるのであればその分だけ報酬は上乗せしよう。本当に本物を取ってこられるのならば頼む」
報酬というのがフィニィはよくわからなかったが了解した。
何やら狐につままれた気分の男たちを後に残し、すぐさま駆けていった。




