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フィニィの魔法の国  作者: 日生
一章 夜の森
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夜の王

 ――どれだけの時間が過ぎただろう。


 目が覚めると、上のほうからまた光が漏れていた。

 ユピの根の下にいる間、外は暗くなったり明るくなったりを頻繁に繰り返している。それは昼の世界の日没と夜明けのようで、フィニィは起きるたびにどのくらい魔女を待っているのかが気になった。


 鞄の食料はまだ残っている。

 夜の森でフィニィが食べられると判明した果実や草、肉を加工したもの。麦粥も少しある。清浄の水菓子も一口齧れば気力が戻る。


 しかし根の下では何もすることがない。だから考え事ばかりしている。


 地上はどうなっているのか。

 魔女はどうしているのか。

 いつ迎えにくるのか。


 まさかもう、フィニィが一人になっているということはないのか。


 あの魔女が殺されるとは思えないが、フィニィは不安だった。

 なまじ気力も体力もある分、じっとしているのがひどく落ちつかない。


(うえに、いこうかな)


 何度もそう考えては自分を戒めてきた。

 夜の森に繋がる木の根のトンネルは長く、ここにくるまでにも途中何度も急な坂を滑り降りたから、いくら体力があってもそこからは夜の森へ戻ることはできない。


 浮き薬などの魔法薬は食料に場所を取ってかわられ鞄に入っていない。あるいは、魔女はフィニィが不用意に動かないようあえて抜いたのかもしれない。


 だとすれば根の下から夜の国に出て森に戻るしかないが、それが最も危険なことはわかる。


 フィニィはまだ夜の王に見つかったことはない。魔女の教えを固く守ってきたがゆえである。

 すべての呪いの元凶たる夜の王に目をつけられれば、フィニィはフィニィでなくなってしまうかもしれない。

 

 それは怖い。

 怖いが、魔女が迎えにきてくれなかったらと思うと、いてもたってもいられない。


 大切な人は皆フィニィを置いていく。


 手元に残っているのは哲学ネズミだけ。


「・・・進もうが、進むまいが、決断は無意味なものかもしれない。生まれた時から死に背を押されている私たちには。――気づかなければ、自らの足で進んでいると思うだろう。気づいてしまえば、立ち尽くしても変わってゆく景色に絶望する。私の人生は意図せず始まり、我が意のままにできることなど一つもなく勝手に終わってしまった」


 呻くネズミを両手で包み、フィニィは隙間の向こうを注意深く窺った。

 眠らず、食べず、外が暗くなりまた明るくなる時間を哲学ネズミの鼓動の回数で計る。それをしばらく続ける。


 間もなく、周期を掴めた。


 夜の王の動向にはパターンが見える。

 次に明るくなった時、フィニィは銀蝶の粉を自分と哲学ネズミに振りかけ、ユピが塞ぐ前に根の隙間から素早く出た。


 そこも景色は根の下とさほど変わらない。

 頭上まで木の根がきめ細かく張り巡らされ、草や花は根から直接生えていた。


 夜の王を閉じ込めるための場所。


 背後にそびえるユピの本体はその全容が視界に収まらないほどに巨大だ。枝と根の見分けはつかず、夜の国の空に浮くユピの木々と繋がっていた。


 まるで天地の間に立つ柱のようだ。

 ここから世界中のあらゆる場所にユピの根が伸び、夜の国と昼の国の境界線を定めた。


 星形の頭をしている陽の欠片たちが数匹フィニィのもとへ駆け寄り、嬉しそうに跳ね回る。

 フィニィは彼らとともに急いでその場から離れようとした。


「フィニィ」


 一瞬で辺りを夜が覆った。

 闇に溶ける黒衣をまとった長身痩躯の男が、木の根の間からするりと現れた。


 秋の今は壮年の姿。全盛期ではないが、それに程近い。


 髪も瞳も黒い。作り物めいた顔立ちは魔女に似ている。

 ただ魔女と違って不気味な薄笑いを浮かべていた。


「そんなところにいたのだね。ずっと気配が掴めずやきもきしていた。ユピがいじわるをしていたのだね」


 夜の王は巨木へ優しげに言う。

 他愛ない戯れと思っているようだ。


 戦慄するフィニィにも同じ眼差しを向けていた。


()の中で起きたことはすべて知っている。可哀想なフィニィ。ひとりぼっちのフィニィ。私はお前の悲しみを知っている」


 フィニィは駆け出した。

 夜の冷気に肌が粟立つ。絶対に捕まってはいけない、そういうものだと命が確信している。


 ユピは子を逃がすため、急いで根を動かし王に絡みついた。


「愛し合うのは後にしよう、ユピ。エリトゥーラはなかなかあの子に会わせてくれないから。今のうちに私たちの子にしてしまおう」


 フィニィはユピが開けてくれた木の根の隙間を通り、古の廃墟の中を走って、緑の炎が躍る岩場を飛び越え、巨大な骨の埋もれた丘を下り、沼地に抜けた。


 すると通りかかった傍の沼から、青い手がフィニィを掴んだ。


 焦るあまりに忘れていた。

 三人の沼の乙女(レイス)はフィニィを水底に沈めケラケラ笑う。


 もがいても六本の手に押さえつけられる。

 ごぼりとひと際大きな泡がフィニィの口から吐き出された。


 胃と肺を水が満たす。

 耳の奥からギリギリと擦れる音がする。

 痛くて苦しくて流れる涙も水に薄まってしまう。


 魔女の言いつけを破ってはいけなかった。我慢して待っていればよかったのに。


 代償は重く、どんなことをしてもフィニィは青い世界から逃れられない。



 ややあって、水面が波立たなくなった頃、小さな体が静かに浮かび上がった。哲学ネズミもその横に浮いた。


 まっ白な顔面。目は開かず、息を吸わない。

 陽の欠片たちが浮き沈みするフィニィと哲学ネズミに飛び乗り、心配そうに覗き込んだ。


 そこへ夜の王がやってきた。陽の欠片たちは慌てて逃げた。

 

 王は岸辺に座り、フィニィを手元に引き寄せた。

 しかしまだ陸には上げない。


 己の中指に口づけし、色の失せた唇に触れる。


「夜を一匙」


 指先から生じた黒い欠片がフィニィの口内に落ちた。

 様子を見ながら、王は幾日もかけて少しずつ、少しずつ、注いでゆく。


「今度は失敗しない。可愛いフィニィ。永遠に()の中にいておくれ」


 身勝手な王の願い。


 黒い水面を漂う子供は一人、後悔の涙を流し続けていた。




《二章のあらすじ》

 長い眠りから覚めたフィニィは、真っ先に魔女を探したが、森の中にその姿はなかった。よって思いきって森の外まで探しに出てみると、そこには魔法使いが大勢暮らす【魔法の国】ができていた。

 おかしな魔法使いたちとなりゆきで知り合いになったフィニィは、彼らの頼み事を叶えつつ、魔女の行方を探すことにした。

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