第4話 歯磨きの際に
食事をした後に歯磨きをするというのは、一般的なことだ。
私もクラーナも、歯磨きは欠かさず行っている。夕食を終えて少ししてから、私達は今日も洗面所に向かう。
「……ねえ、アノン、少しいいかしら?」
「え? どうかしたの?」
洗面所についてから、クラーナは神妙な顔をして私に話しかけてきた。
なんというか、何か重要な話がありそうな感じだ。ただ、彼女はこの表情で高度な要求をしてくることもある。そのため、これが深刻な話かどうかはまだわからない。
「今から、私達は歯磨きをするのよね?」
「うん、そうだよ」
「そこで、一つ提案があるんだけど……」
「えっと……何かな?」
クラーナの言葉に、私は理解する。これは、高度な要求をしようとしているのだと。
一体、今日はどのような要求だろうか。なんだかんだいつも要求を受け入れている私は、今日もそうなるだろうと少し思いつつ、彼女の言葉を待つ。
「アノンの歯ブラシを私に使わせてもらえないかしら?」
「え?」
私は、クラーナの要求に困惑していた。
私の歯ブラシを使わせて欲しい。それは、流石にどうなのだろうか。
「クラーナ、それはどうなのかな? 流石に、倫理的にまずいというか、なんというか……」
「そうかしら? 歯ブラシには変わりないと思うのだけれど……」
「いや、変わりないなら、自分のを使ってもいいんじゃないかな?」
「それはそれ、これはこれでしょう?」
もちろん、クラーナの気持ちがわからない訳ではない。わからない訳ではないが、流石に気が引けるのだ。
だって、それは一線を越えているような気がする。そこまでやってしまうと、色々と戻れなくなるのではないだろうか。
「当然、交換条件として、私の歯ブラシをアノンが使っていいわ」
「う、それは……」
「どうかしら?」
私は、クラーナの言葉に怯んでいた。
それが魅力的な提案だと思ってしまったからだ。
だが、それに屈してはいけない。いや、いけないのだろうか。ここは自分の家だし、別に問題ないのではないだろうか。
「クラーナ、わかった。歯ブラシを交換しよう」
「アノン、そう言ってくれると思ったわ」
私は、クラーナの要求を受け入れることにした。
よく考えてみれば、別にこれをしたからといって何かが変わるという訳ではないはずだ。誰かに迷惑をかける訳でもないのだし。
私とクラーナは、それぞれ相手の歯ブラシを手に取った。それは、別に何の変哲もない歯ブラシだ。しかし、私達の目には特別なものに見える。
「……」
「……」
私とクラーナは、息を呑んだ。
どうしてこんなに緊張するのだろう。それが、よくわからない。
そのまま、私達はゆっくりとその歯ブラシを口の中に入れる。なんというか、背徳的な味がして、私達は震えるのだった。




