第94話 女将の正体
私達は、エルキーナさんの案内で旅館に来ていた。
旅館の女将、ヨウコさんは私達を歓迎してくれた。それは、嬉しいことである。
「……女将さん、少し待ってください」
「どうかされましたか?」
「獣人を泊めるなんて、どうかしています。他の客にとって、それは迷惑になることだとわからないんですか?」
しかし、それは女将さんだけのことだった。旅館に来ているお客さんが、私達に反感を持ったのだ。
獣人と同じ所に泊まりたくない。そういう気持ちが、彼女の中にはあるのだろう。
それは、彼女だけではないかもしれない。ここにいる多くのお客さんが、そう思っている可能性があるのだ。
それなら、私達はつまみ出されてしまうかもしれない。流石に他の多くのお客さんが反感を持っているなら、私達を泊めようとは思わないはずだからだ。
「早く、この人たちをつまみ出してください」
「どうして、彼女達をつまみ出さなければならないのでしょうか? 彼女達が、あなたに何かをしましたか?」
「存在そのものが不快なのです」
「……そういうことなら、あんたが出て行けばいい。彼女達がいると不快に思う者達は、即刻ここから出て行きな」
お客さんの一人に対して、ヨウコさんはそう啖呵を切った。
それは、私達にとって意外なことである。
獣人に反感を持つ者は多いはずだ。それなのに、ここまでいえるというのは驚きである。
「なっ……客に対して、そんな態度でいいんですか?」
「お客様は神様だ。とでもいいたげだね。だけどね、私は他の客に迷惑をかけるような人間を客とは思わないよ」
「わ、私はただ、ここにいる人たちの意見を代弁しただけで……」
「それじゃあ、聞いてみようか? 皆は、この子達がここに泊まることに何か不満はあるかい?」
そこで、ヨウコさんは他のお客さんに呼びかけた。
すると、お客さん達から笑い声が聞こえてきた。それは、明るい笑いだ。
「ヨウコさん、そんなの聞かなくてもわかるでしょう?」
「ここに昔から通っている常連が、彼女達を拒絶するなんてあり得ないね」
「さて、ここにいる多くの人達は、こういう意見だ。勝手に主語を大きくしているんじゃないよ」
「なっ……」
他のお客さん達の言葉に、文句を言っていたお客さんは驚いた。
彼女だけではなく、私達も驚いている。まさか、獣人を差別する人が少数派だとは思っていなかったからだ。
「も、もういいです!」
文句を言っていたお客さんは、速足で旅館から出て行った。それに続いて、二人くらいの人が出て行く。それは、恐らく彼女の友人か何かだろう。
「まったく、困るんだよねえ、ああいうのは……客が増えるのも、嬉しいことばかりじゃないね」
「……なるほど、常連さん達は、あなたの正体を知っているということかしら?」
「おや、わかっていたんだね。流石、鼻が利くね?」
「え? クラーナ? どういうこと?」
ヨウコさんに対するクラーナの言葉に、私は混乱した。
彼女の正体、それは一体どういうことなのだろうか。
「アノンには後で話そうと思ったのだけど……彼女、獣人よ」
「獣人?」
「ええ……ただ、私やラノアと同じという訳ではなさそうね」
「まあ、この面子なら、正体を隠す必要もないし、のびのびとさせてもらうとしようかね」
言葉と同時に、ヨウコさんの体に変化が起こった。
頭からは耳が生え、その背後に尻尾のようなものが見えてくる。その姿は、私がよく知っている獣人の姿そのものだ。
「こちらの風習に倣うと、私は狐の獣人といった所かね」
「狐の獣人……」
どうやら、ヨウコさんは狐の獣人だったようである。
そんなことはまったく考えていなかった私は、この場でただ一人だけ大いに驚くのだった。




