第92話 あの人なら
私達は、エルキーナさんに家の中に入れてもらった。
入ってすぐに、私達は一人の女性を見つける。初老の女性が、こちらを少し驚いたような顔で見ているのだ。
「お母さん、この人達は……」
「……ガラン」
エルキーナさんは、その人物のことをお母さんと称した。薄々わかっていたが、彼がガランに助けられた女性であるようだ。
彼女は、私の顔を見ている。その瞳は、どこか悲しそうだ。
恐らく、彼女は私にガランの面影を感じているのだろう。不本意なことだが、私とあの人は似ているらしい。親子であるのだから、それは当然なのかもしれないが。
「えっと……この人は、アノンさん。ガランの娘さんだよ。知っているよね?」
「ええ……あなたが、アノンさんなのね。あの人に……よく似ているわ」
「そう……ですか」
エルキーナさんのお母さんは、少し震えた声で、私に話しかけてきた。
その感慨深そうな声で、彼女の中にあるガランへの思いが伝わってきた。それはほんの少しだけ、痛々しいものであるような気がする。
「あの……今日は、エルキーナさんに会いに来ました。同じガランの娘として、少し話したいと思ったんです」
「そうなのね……ゆっくりしていってね」
「はい……」
彼女にどのように声をかけるべきか。私は、少し迷った。
だが、迷っても仕方ないので、私は普通に接することにした。
ただ、これが普通かどうかは怪しい所だ。もしかしたら、私も声が震えているかもしれない。
「……あの人は、亡くなったのよね?」
「……ええ、亡くなりました」
「そう……そうなのね」
私の言葉に、エルキーナさんのお母さんは目を伏せる。
そんな彼女を置いて、私達はエルキーナさんについてく。今の彼女は、一人にしてあげた方がいいと思ったからだ。
◇◇◇
私達は、エルキーナさんに客室らしき部屋に通された。
先程から、彼女の表情は暗い。やはり、彼女にとってこの来訪は喜べるようなものではなかったのだろう。
だが、だからといって、私と彼女が会わないというのは問題の先送りになるだけだ。私は心を鬼にしてでも、彼女と話をつけなければならない。
「エルキーナさん、もう一度聞きましょう。あなたがガランの娘であるということは、本当なんですか?」
「……先程も言った通り、それは私にはわかりません。ただ、母も町の皆も、私をガランの娘だとして扱っています」
町の人々は、エルキーナさんはガランの娘だと思っているようだ。そう思われているから、私の耳にその事実が入ってきたのだから、それは当然のことである。
ただ、彼女自身は、それを心から受け入れられていないのだろう。その表情が、それを物語っている。
「私は一体何者なのか……それは、長年の疑問でした。ずっと悩んでいたんです。でも、やっと答えがわかりました。あなたと会って……母のあなたに対する反応を見て、わかったんです」
「答え?」
「ええ……」
エルキーナさんの言葉に、私は少し驚いた。まさか、既に彼女が答えを導き出していたとは思っていなかったからだ。
彼女は、憑き物が落ちたかのように穏やかな顔をしている。きっと、彼女はずっと答えが知りたかったのだろう。
「エルキーナさん、一つ聞いてもらっていいですか?」
「え? はい、なんですか?」
そんな彼女に、私はあることを伝えなければならない。それを伝えるために、私はここまで来たのだ。
「ガランは、褒められた人間ではありません。あの人には、迷惑をかけられてばかりで、あの人の娘で良かったなんて、思ったことはありません」
「それは……」
「でも、まあ、あの人だったら、こういうと思うんです。お前は、俺の娘だって。きっと……あなたにも」
「え?」
私の言葉に、エルキーナさんは目を丸くしていた。こんなことを言わると、思っていなかったのだろう。
「そういう人なんですよ、あの人は……別に、こっちは娘だと思って欲しい訳じゃないんですけどね?」
「アノンさん……」
私が伝えたかったのは、ただそれだけだった。
それだけでいいのだと思う。あの人の生き様を彼女に伝えることは、きっと深い意味があるはずだ。
「……そうだ。皆さん、今日はどちらに宿泊を?」
「え? ああ、適当な宿をとろうと思っていたんですけど……」
「実は、この辺りには有名な温泉宿があるんです。せっかくですから、そちらに行ってみませんか?」
「温泉宿……」
私は、クラーナとラノアと顔を見合わせた。
エルキーナさんの提案は、とても魅力的なものに思えたからだ。
だが、色々と心配はある。果たして、そういった場所に私達は受け入れてもらえるのだろうか。
「……安心してください。あそこの女将は、獣人がどうだとか、そういうことは気にしない人ですから」
「……それなら、とりあえずそこに行ってみましょうか。温泉宿なんて、滅多に行けない所だもの」
「……うん、そうだね。そうしてみようか」
私は、クラーナの言葉にゆっくりと頷いた。
こうして、私達は温泉宿へと行くことにするのだった。




