表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/67

3−7 「信じらんない!シッキーの馬鹿野郎!死んじまえー!」

前回の粗筋。


怒りに身を任せて部室を破壊、群がる暴漢共を張り倒した野田のもとに、騒ぎを聞きつけた桐生が現れる。

部長の優しさに感激する野田だが、部長はやっぱり外道でした。

「私に任せれば万事上手くいくから。悪いけど先に帰ってな」


 そう桐生部長が仰ったので、俺は全てを部長に委ねる事にした。どうやら隠蔽工作のお手伝いさんが案外早々に到着したとかで、現場監督を務めなければならないそうな。

 サッカー部の部室に引き返した部長の背中を見ながら、俺は複雑な気分だった。決して安堵とは言えないような、胸糞悪い嫌な気分だ。

 明日からも俺の学籍は空席にならずに済みそうだろう。部長の隠蔽工作の手腕は既に世界一。学生同士の暴力事件なんて朝飯前どころか寝起き直後の歯磨き前でも完遂できるだろう。

 ……しかし、サッカー部の部長とあの不良達は無事なのだろうか。

 俺自身が一体どんなからくりを使ったのかは俺にすら分からないが、あの場の六対一を生き残った。やっぱり……この身体能力のお陰なんだろうか。考えるまでもない。暴漢に囲まれし少年を救ってくれる気のいいヒーローとかはあの場に現れなかったんだし。そして自分の天性の怪力と身軽さを思う存分に振るって、不良達を薙ぎ倒したと、そう言う事なんだろう。

 何となく、テニス部の松井部長の言葉が想起された。


『才能の前には凡人の何年もの努力なんて、何の意味もない』


 あの百戦錬磨と謳われていた不良達も、おそらく何年間も喧嘩してきたんだろう。色々な修羅場を経験し、時には勝って時には負けてを繰り返しながら、腕っ節を磨いてきたのだろう。そして俺は彼らを打ち砕いた。生まれて初めての殴り合いで、彼らの肉体と矜持を粉砕したのだ。

 ……何も間違ったとは思っていない。

 あのサッカー部の腐れ部長を殴った事は、心が冷静になった今でも謝罪する気持ちにはなれない。襲ってくる不良達を倒さなければ俺は大怪我、下手すれば命を落としていたかもしれない。だからと言ってこれが最善の結果だなんて、口が裂けても言えはしない。

 もし俺にもっと忍耐があって、もっと口が上手ければ、殴り合いの争いなんて起きなかったかもしれない。

 俺は自分でも知らなかった訳では無い。俺程の怪力で人を殴ればどうなるか、何てことを。

 それでも俺は抑え切れなかった。俺の力は普通じゃなくても、俺の精神はそんなに強くないんだ。俺のこの筋力は……やはり、一般人の規格の外にあるものなのだろうか。

 今思えば学校の体育の授業でも剛志以外のクラスメイトは少し引いていたようにも思う。普通の人々に交じっていくには、俺は少し異常すぎるんだろうか。

 ……駄目だな、グダグダ考えていても無限にネガティブになるだけだ。

 ここはすっぱり考えを切り替えて、頭を真っ白にしよう。難しい事は保留だ、保留。別の事考えよう、そう例えば……そうだ、剛志の奴は何処に消えたんだ?アイツこそが厄介事を持ってきた原因じゃねぇか。サッカー部の部室周辺にはいなかったな。今日は部活自体が休みなのか、いつもはまるで競い合うかのように響き渡るサッカー部と野球部の二つの部活の喧噪が平常時の半分になっていた。つまり部活の線もなし。ここにくるまででも誰にもすれ違わなかった。

 ……どうせ部長に命令されたって事だろうから、土下座して謝れば許してやらんでも無いのにな。わざわざ剛志を探してやるのも癪だったので、部室にあった救急セットで手足を適当に治療し、俺は鞄を置き忘れた教室に帰る事にした。

 下駄箱で靴を取り出していると、コレは一体何の因果か腐れ縁か。廊下の向こうから一人の女の子が歩いてきた。こちらには気がついていないようで、何故か少し前屈みで、足音に気を使うかの様な戦々恐々とした足運びで下駄箱に向かってくる。辺りをキョロキョロと見渡して落ち着かない様子は、さながら森の中を狼に警戒しながら彷徨う子鹿みたいなもんだった。あのヘルメットみたいなボブカットの忍者見習い女は、もしかして相川か?近づくに連れて、俺の推測は事実へと遷移していく。俺の目は結構信頼出来る奴だ。両目とも3.0あるからな。まだ校舎に残っていたと言う事は、新聞部の部活だろうか。

 中々どうして部活熱心な人だ。俺にもその気力を分けて欲しいね。


「相川ー!」

「うわぁ!……なんだシッキーじゃん……。

 突然大声出さないでよ……って、シッキー!」


 二回も名を呼ばんでも分かるわ。何をテンパってんだコイツ。壊れた玩具みたいに手をワタワタと振る相川は挙動不審の極みであった。


「あれ、その手、どうしたの?」

「……ちょっと下手こいて切っちまったんだよ。大した事は無いさ。

 今日は新聞部の部活かなにか?」

「え!?あ……うん、今回の学校新聞は上手く行きそう」

「おお、良かったじゃん。そうだ、もしや俺の記事も載るの?」

「あー……アレはすんごい端っこのコーナーになりそう。

 ごめんね?私まだ一年の下っ端で、スペース貰えないの。

 ま?一年でスペース貰えるのなんて私くらいなもんですけど?」


 胸を張って鼻息荒く矜持を語るのは結構だが、その額に浮かぶ汗と後ろ手に隠した鞄はなんなんだ?さっきから彼女の怪しいすぎる挙動が気にかかるが、俺は気づかぬ振りをして会話を続ける。


「そうなんだ、相川って意外とやり手なんだな。

 ……でも、あんなグダグダな取材じゃ、碌でもない記事になりそうだけど」

「……前から思ってたんだけどさ。

 シッキーって結構キツい事言うよね。天然毒吐き?」

「いや、わざと」

「ははは、なお悪ぃーっつーの」


 聞いている分には普通に会話をしているように思えるだろうが、この間の相川はアッチをキョロキョロコッチをキョロキョロと、調整を間違えた首振り人形みたいに落ち着かない様子である。

 何なんだよお前、ちゃんとこっち見て話せよ。さっきから相川は俺と目を合わせようとしない。やましい事がある時はそうなるってベタ過ぎるかな?


「何隠してんだ?」

「な、何の事よ」

「じゃ俺の目を真っ直ぐ見れるか?」

「も、もちろん」


 一秒、二秒、三秒……五秒で目を逸らしました!判定は!?……イッツァノゥグッド!舐めたら嘘をついている味がしそうだな。


「隠してるんだな?」

「だ、だから別に隠し事なんてないってば!」

「お前が俺に隠すとなると……」


 今日の昼休みの出来事が天啓のようにフラッシュバックする。


「まさかとは思うけどよ、部員名簿パクったりしてねぇだろうな?」

「……!」


 昼休みに鞄の中身をぶちまけてしまったが為に相川には部員名簿の存在を知られている。加えて言えば彼女はその中身に興味津々だった。そして俺の鞄は今現在教室でいじらしく俺の到着を待っている事だろう。

 相川は一瞬肩を飛び上がらせて、焦りの色が浮かぶ目を見開いた。擬音に変換すれば『ギクッ』ってやつだ。もうこれ、確定だろ。


「ちょっと鞄の中身見せろ!」

「馬鹿、止めてよ!」


 隠すと言う事はますます怪しい。俺は素早く背後に周り、強引に相川の通学鞄を奪い取って中を改めようと鞄を開ける。


「返せぇ!」


 そう言って飛びかかってくる相川を避けようと後ずさる……が、今の俺は足を怪我しているのだった。痛みにバランスを崩して後ろにぶっ倒れる俺。相川もそれについてきて、俺の上に覆いかぶさってきてしまった。


「ええい、どけぃ!」

「返せ!返せー!」


 そう言って俺の身体の上で暴れる相川。

 うぉい、頼むから身体を密着させないでくれ!胸とか脚とか胸とか胸とかが当たって俺が色んな意味で参っちまう!

 何とか身を避けようとしても、鞄を持っている以上相川も俺について来る訳で。

 おい、誰か来たらどうするんだよ。絶対誤解を生むぞこの体勢。

 しかも下駄箱。登下校の際には誰しもがここを通るのだ。つまり今この時間で校舎内一人通りの多い場所はここだ。見られない方がおかしい。さて、人にこの体勢を見られるのがいいか、鞄を返すのがいいか。どちらが良い策でしょうか。……言うまでもないな。


「よっと」


 俺は鞄を適当な場所に放り投げた。相川はそれを追って立ち上がり、猛ダッシュする。そして鞄を拾い上げて、こちらをキッと睨みつけて金切り声を上げた。


「何すんのよ、泥棒!」


 大事そうに抱えちゃってまぁ、よっぽど見られたくないもんでも入ってんのか?でもお前もお前だ。さっきの態度を見せられちゃ疑わない方がどうかしてるぜ。


「新聞部の記事のネタが入ってんだから、人に見せれる訳ないでしょ!?」

「なんだ、そんな事か」

「そんな事……ですってぇ!?」


 やべ、口が滑った。相川は少し目に涙を浮かべて激昂する。紅潮した頬は照れや体温の上昇によるものではない。怒りに頭に血が上っているのだ。相川は猛禽類の様な鋭い目でこちらをギロリと睨みつけて、校舎全体に響き渡る様な大声を発した。


「私はねぇ!新聞が好きでこの部活やってんの!

 それを、そんな事って……!」

「す、すまん。そう言うつもりじゃ」

「信じらんない!シッキーの馬鹿野郎!死んじまえー!」

「ごっはあぁ!」


 鞄のフルスイングが俺の横っ面を張った。避けられんかった。首が吹っ飛びそうな痛みとともに、一瞬意識が遠のいた。何とかたたらを踏んで体勢を整え、相川の方を見る。が、既に彼女は靴を履き替えて、肩を怒らせて早足で下校し始めていた。あっという間に遠のいて行く怒れる彼女の背中。まるでプンスカ、なんて擬音すら聞こえてきそうだ。

 声を掛けようにも何も言葉が出てこない。こればっかりは悪かったのは俺だ。真剣に取り組んだ成果の結晶をそんな事扱いされれば、誰だってはらわた煮えたぎると言うもんだ。

 いかんな、些か見切り発車過ぎた。

 ぶっ叩かれた頬がまだひりひり痛む。今日一番の負傷はこれだな。超痛ぇ。俺は二、三回ふらつきつつ、自分の鞄を取ると言う第一目標を果たす為に廊下を歩き出した。






 結局、俺の鞄の中には、しっかり部員名簿が残っていた。これは本格的に相川に悪い事をしたなぁ。謝ろうと思ったが、アイツのメールアドレスも電話番号も知らねぇや。仕方ない、明日でいいか、謝るのは。

 鞄の中に入れっぱなしだった携帯電話を見てみると、メールが二通。一通目は剛志。時間は、四時半。丁度放課後、俺を部室に押し込んですぐか。


『Title:

 今日は本当にすまん。許してくれ。

 部長に命令されたから従わざるを得なかったんだ。

 償いならなんでもする。本当に、ごめん』


 可哀想なくらいの平謝りだなコイツ。……まぁ、それもそうか。下手すりゃ俺はフルボッコにされた挙げ句無理矢理サッカー部に入部させられる所だったんだから。でも、親友のよしみだ。大事には至らなかったんだし、ここは一応、許してやるか。適当にメールを返信して、もう一通に目を通す。

 二通目は……茶香子だと?時間は五時四十分。……ついさっきだな。


『Title:今日暇?

 実は例のMUSCLEPOWER号、まだ直してなくて。

 ちょっと手伝ってくれない?夜遅くなるかもだけど』


 ……あれ、まだ直ってなかったのかよ。親父さん会社行けてねぇんじゃねぇの?正直今はそんな気分ではない。さっさと家に帰って休みたいってのが本音だ。

 それに何となく今は茶香子と顔が合わせ辛い。俺が林原に対してブチぎれした原因は詰まる所、茶香子の事を言われたからなのだ。自分が我を忘れてしまうほどに茶香子に恋焦がれていると否が応でも自覚せざるを得なくなった今となっては、これまで以上に面と向かって会話するのは気恥ずかしいし、上手く口を回せる自信が無い。

 ヘタレだと?なんとでも言うがいい。

 俺は断りのメールを返信することにした。


『Title:Re:今日暇?

 今日はちょっと元気ないから、無理だ』


 さて、帰るかな、と携帯をポケットに突っ込もうとした所、携帯電話が震えを上げる。……電話か。しかも茶香子だ。どうしよう、流石に出ない訳にはいかないよなぁ。あーあーと声が裏返っていないのを確認してから、意を決して俺は通話ボタンをプッシュする。


「もしもし」

『あ、識君?大丈夫?元気無いって、どうしたんですか?』


 そう優しい声を出さないでくれ。心臓が一気に脈を早める。口の震えを必死で抑えながら、俺は何とか口を開く。


「あぁ、それは……ええっと。

 きょ、今日は色々あってな?少し疲れが……」

『……やっぱり、迷惑だったよね』


 電話口から聞こえてきた完全に予想外の言葉に、結局俺は声を裏返してしまった。


「は?」

『いや、いいの。なんでも無いから。

 ごめんね、私があんまり仲良くしちゃ、迷惑だよね』


 えっと、茶香子は一体何を言っているんだろうか。なんか凄く悲しそう、と言うか殆ど泣きそうな声だ。まるで状況が理解できないのは、俺の理解力が足りないのか?必死で俺が頭をひねって今のこの事態を整理していると、茶香子は更に続けた。


『あーぁ、やっぱり、私駄目だ。

 ちょっと頑張ってみても空回りするばっか……』

「あの、さ。……さっきから一体何を言ってるんだ?」

『気にしないで。……ごめん、無理言って。じゃ、またね』


 その言葉を最後に、茶香子は電話を切った。俺の耳に届く虚しい電子音が、会話の強制終了を告げていた。一体なんだったんだろう……心にわだかまりしか残らないこの電話の意義が、俺には未だに分からない。

 掛け直して見ても電源が入っていないらしい。繋がらない。

 畜生、一人で納得してないで俺にも分かるように説明しろってんだ。

 そうじゃないとこれからお前んち言って例の改造車の修理手伝っちまうぞ?

 俺は躊躇無く、メールを一つ打ってから、携帯電話をポケットに仕舞いこんだ。


『Title:

 夜遅くなるから晩飯いらね』

モノローグの長さが全て。内容的にもモノローグが全て。


なんかラブコメっぽくなっちゃった。参った。これは参ったよ先生。

でも自分的にはこれでもシリアスだったり。

ついでに言うと次回もラブコメっぽいぞ。コメって言うかラブだよ。

いや、違う。ラヴだ、ラヴ。

下手すると残虐描写注意になるかもしれないけどな!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ