第十三話 昔話です5
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これからも頑張ってまいります!
当時の俺は、同じ夢を見続けていた。
赤い夢。
夕焼けでもない、夜更けでもない、この世界にはない、血を連想させるような、異質な朱殷色の空だった。
暗くて見えない地面に、たくさんの鳥居がどこまでも連なっていている。
その鳥居が朱色ではなくて、毒々しい柘榴色なんだ。
一番手前の鳥居で、赤銅色の前掛けをしたお狐様の石像が両脇に鎮座している。
俺は、この鳥居をどうやったらくぐれるかを考えている。
やがて、迷っている俺に、淡い緋色の蝶がたくさん向かってくる。
あまりの美しさに見とれていると、蝶が鳥居をくぐり始めた。
そちら側に行ってはいけないと思った。
焦って蝶を止めようとしても、むちゃくちゃに振り回す俺の腕を軽々しく避けていく。
偶然、一匹の蝶が手のひらに当たった。
よろよろと、俺の腕に止まる。
この蝶だけは、なんとか助けなければいけないと思って、その蝶に気を付けながら顔をあげた。
ひらりさんがいた。
不自然なほどに薄暗い紅色の装束をまとっている。
うつむいていて、表情が読み取れない。
会えたことがうれしくて近寄ろうとした。
けれど、足が自分の足ではないようにまったく動かない。
「なぜ、そこにいるんです?」
問いかけても返事がない。
不安になって、
「こちらに来てもらえませんか?」
そう嘆願するけれど、反応してくれない。
このままでは、もう会えなくなる気がして這ってでもそちらに行こうとするが、体がずっしりと重くて動かせない。
手で足を持ち上げて進ませようとしても、そもそも手がゆっくりとしか動かない。
顔をあげると、黒。
暗闇が目の前にあった。
視線を上にあげると、鳥居。
俺は気づかないうちに、鳥居の目と鼻の先に立っていた。
暗闇の中に、ぼんやりと紅色の装束が浮かび上がる。
ひらりさんはもう鳥居の中を歩いている。
冷や汗が出た。
なんとか、連れ戻さなくてはいけない。
夢の中の俺は焦燥感に駆られている。
橙色の炎が、ひらりさんを囲むようにして、ちろちろと立ち上がる。
焦燥が、いよいよ大きな焦りと悲しみに変わった。
ひらりさんは、奪われてしまう。
この世から。
炎は、ひらりさんの足元に届いた。
喪失感から逃れようと、頭皮を引きちぎりそうになるほどに、俺は頭をかきむしった。
炎はゆっくりとなめるように、皮膚をはい回り、とかしていく。
皮膚がなくなり、肉がなくなり、骨が砂になるまで見届けて、俺は目を覚ます。
夜が深まったばかりの俺の部屋で、大きく息を吸い込んで、長く息を吐いた。
俺は4回目で、ようやくこの夢が夢ではないのだろうなと気づき始めていた。
でも、この夢が何を示しているのかは、当時の俺はまったく見当がついていなかった。
ある日、俺とひらりさんは切り立った崖の上に立った。
「ここから飛び降りれば、死ぬんじゃないかと思います」
ひらりさんにそう言った。
「綺麗なところね」
そう答えた。
季節は冬。
枯れ木がにぎわい、寒々とした岩肌が痛々しい。
「飛ぶんですか?」
俺はまだ、ひらりさんの背景の重みを、少しも感じ取れていなかった。
実際に死に直面したら気が変わるかもしれない。
俺はこの期に及んで、ひらりさんのことを、踏み切れないだけの自殺志願者だと思っていた。
「そうだよね。やってみないと分からないよね」
そう答えた。
やってみなくても想像くらいつくだろう?と内心焦った。
崖に歩き出したら、力づくで止める気でいた。
何かの間違いで落ちてしまったらと思うと、手が震えた。
嫌われたっていいから、やっぱり説得するべきだったと思った。
「俺は」
「ちょっと待っててね」
そう言いながら、ひらりさんは駆け出していた。
崖の先へ。
一切の迷いもなく。
俺は手を伸ばすことしかできなかった。
言葉すら発することができなかった。
目の前が急に、赤色の世界に変わった。
崖が消えて、視界の果てのほうから、赤い何かが連続して降ってきて、地面に突き刺さっていく。
それがだんだんと自分のほうに近づいてくる。
やがてそれがなんだか分かった。
鳥居だった。
夢の景色の再現。
いや、俺が見た夢の世界、そのものだった。
だから当然、俺は夢の中にいるのかと思った。
俺は混乱しながらも、鳥居につぶされないようにその場から離れようとしたけれど、夢の中のように体が動かない。
やがて目と鼻の先に鳥居が立ち、音がやんだ。
やはり鳥居の中は、こんなにも近いのに暗闇しか見えない。
目をそらしたいのに、顔を動かすどころか、まぶたを閉じることすらできない。
暗闇の先から、白いものが見えた。
手だった。
1つや2つではない。
数えきれないほどの腕。
叫び声をあげる前に、口元もつかまれた。
俺は体中をつかまれ、暗闇に飲み込まれた。
意識が、ぷつっと途切れた。
「目を開けて! 返事をして!」
ひらりさんの緊迫した声が耳に入った。
目を開けると、下からのアングルで木々が見えた。
ぼんやりとした意識で、ここはどこだろうかと考えた。
木々の枝と枝の隙間から、崖が見えた。
あの崖が、ついさっきまで俺らが立っていた場所だと気づいたとき、一気に恐怖に襲われた。
崖から落ちている。
腕を見た。
ある。
頭を触った。
割れてはいない。
腹を見た。
何かが出ている様子もない。
一切、何も変わったところはない。
「生きているよ、ちゃんと」
ひらりさんの声をのほうを向くと、ひらりさんも何も変わったところはなかった。
心底、ほっとした。
「よかった」
思わず、そう声が漏れた。
「ごめんね」
申し訳なさそうな顔で、ひらりさんが言う。
正直怖い思いをしたけれど、これでひらりさんが自殺を思いとどまってくれればいいと思った。
「巻き込んでごめん」
ひらりさんはそう言った。
「あいつが、君に手を出すとは思わなかった」
「あいつ?」
ひらりさんは思いつめた表情で、俺のことをじっと見つめた。
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