9 聖剣伝説 その9 新たなるおっさんと聖剣の物語
レイは朝ごはんだけテーブルに並べて、そっと家を出た。
リンス達も起こさない。起こすとティファとの時間が取れなくなりそうだからだ。
ティファにはもうあまり時間はない。
レイは街に出て腰の剣に話しかける。
「よーし。今日は思いっきり楽しむか。金貨もルシアの革袋から持ってきたよ」
ワイルドローズの金庫番はルシアがしている。
しかし、金を預かろうとする割には計算はややずさんで、隠し場所も知っていた。
『本当に……いいのかな。私は世界中の人の平和を守るって使命があるのに』
少女に押し付ける仕事かとレイが憤る。
「誰だよ! ティファにそんな仕事を押し付けたの」
『私が月の女神アルミス様に願ったんです』
「え? あ、そうなんだ」
『はい。私が人間だった頃……』
ティファが話す。
はるか昔、人間は魔族王ヴァサーゴと魔貴族達に家畜のように支配されていた。
しかし、ティファ達のパーティーがそれら魔族を倒して封印した。
「ひょっとして封印の方法が?」
『聖なる力を持つ剣に転生して世界の中心に刺さることです』
「マジかよ……」
『本当です』
その辺のおっさんを自認しているレイには話がビック過ぎた。
『でも年々私の力も衰えていて、そろそろ魔族王は復活すると思っていました。森の霧による結界が晴れたのはそれが原因でしょう』
「しかし、魔族王は死んだ」
『ええ。不思議なことですが、それは間違いありません。魔貴族だけなら後、数百年は人類に平和を提供できると思います』
確かに世界は概ね平和だった。
一人の少女の孤独と引き換えに、数百年間それを延長することができる。
『数百年も封印できるのは、レイさんがデュラハンを斬ってくれたから少し力が戻ったからです。うふふ。英雄ですね』
ティファは魔物や魔族を斬ると力が戻るようなことを言っていた。
それにしたって英雄はないだろうとレイは思う。
「いやそんな。俺なんかただのおっさんで」
『そんなことないです。少なくとも人類に平和な時を百年は加算しました。世界中の人が知らなくても私だけがレイさんを真の英雄だと知っています』
レイは真の英雄ってティファのことじゃないかと涙ぐんだ。
元々、年端のいかない女の子を拾って育ててしまうような性格なのだ。
「ティファアアアアアアアアアアアア」
『きゅ、急になんですか? 』
「今日はなんっっっっっんでもティファの望むことをしてあげるよ。さあ、なにがいい?」
『わ、私の望むこと?』
「なんかあるだろ?」
『そう言われても私は世情に疎くなっていますし』
確かに疎いってレベルではない。
数千年のブランクがある。
『あっ』
「なに?」
ティファがなにか思いついたようなトーンの声を出す。
『いや……でも……これは……』
「なにさ」
『その……なんでもないです……』
「いやいや、今思いついたでしょ?」
『無理かもしれないです……嫌かもしれないし』
「無理そうなことだって、なんだって聞から」
ティファはそれでも「でも……」とか「いや……」とかためらっていたが、最後にはレイに折れて蚊の鳴くような声を出した。
『デート……』
「デートね。デ、デートォ?」
ティファの恥ずかしい感情が、レイに流れてくる。
したいことを聞き出していた時から、既に流れ込んではいたが、レイは聞き出すのに必死になって気が付かなかったのだ。
「そ、それって、ひょっとして俺と?」
『レイさん以外の男の人なんか知らないもん』
言い方が誤解を招くとレイは思ったが、考えてみれば10代の女の子はそういうことがしたいお年頃なのかもしれない。
「でもさ。どうせ一緒に遊ぶんだからデートみたいなもんじゃないか?」
『レイさんがデートのつもりでいて欲しいの!』
レイは女の子を怒らすことに関して右に出るものがいなかった。
「す、すいません」
『もう! わかればいいんです!』
◆◆◆
二人で街を歩く。
ティファは今の時代のことを知らない。
レイがどこを案内しても珍しがって喜んでくれる。
そしてそれは実際嘘ではない。流れ込んでくる感情で本当に楽しんでくれていることがわかるからだ。
レイも10代の頃のような気持ちを楽しんだ。
楽しい時間が過ぎ、そろそろ日が暮れる街を歩いているとティファがふと声を上げる。
『あっ』
「どうした?」
『……』
付近に良い匂いが漂っていた。
ティファとはじめてエステオの街に入った時に見た山鳥の串焼きだ。
あの時もちょうど夕暮れだった。
「食べたいのか?」
『食べたいけど……無理かな。数十秒しか人間になれないし。一度、人間になったからさらに短くなっているかも』
レイはしばらく沈黙した後に何か決心したような顔をする。
「二人で食べようぜ」
『え?』
レイは屋台に行って二本買った。
それを木の皮に包んでもらう。
『そんなに早く食べれませんよ』
レイは無視して今度は錬金ギルドに入った。
「すいません。夜目の薬ありますか?」
夜でも昼のように視認できる薬を金貨を払って買い込む。
そしてエステアの街を出て走る。
『どこ行くんですか? まさか』
「アルラウネやスライムやワームを何匹ぐらい斬ったら五分ぐらい人間に戻れる?」
『む、無理ですよ』
「無理なことでもなんでも聞くって言ったろ? 二人で串焼き食べようぜ」
今度はレイの真剣な気持ちが伝わったのだろう。ティファが折れて笑う。
『ふふふ……そうですね。ちょうど五百匹ぐらいかな。それに夜目のスキルなら私が持っていますよ』
「なんだー金貨無駄にしたな。五百匹か……現実的に考えて楽勝じゃん」
現実的に考えて絶望的な数字だとレイは思う。
少なくとも魔貴族が復活する前に倒せる数ではない。
「俺、昔は剣鬼って呼ばれてたんだぜ?」
『本当? 私も同じですね。昔は剣姫って呼ばれてましたよ』
「ははは」
『ふふふ』
迷わずに霧の森に入ったレイが叫ぶ。
「来いやあああああぁ!」
こんなにいたのかと思うほど、後から後からアルラウネが沸いてくる。
アルラウネは一匹でSランク冒険者パーティーが十分に絶滅する可能性がある魔物だ。
「ウフフフフフ」「アハハハハハハ」「キャハハハハハ」
「助かるぜ」
レイは真っ直ぐにアルラウネに懐に踏み込んだ。
その踏み込みは縮地というスキル。地が短くなったかのような早さで踏み込むティファのスキルだった。
間合いに入られたアルラウネが正中線から両断される。
「次ぃ!」
レイは気合とともに、またアルラウネの懐に飛び込んだ。
◆◆◆
泉の前には斬られた魔物が山のように横たわっていた。
レイは顔の返り血を拭い、呼吸を整える。魔除けのスキルを発動して新しい魔物は来ない。
だが、誰の目から見ても、座り込んだレイはもうボロボロだった。
「ぜぇ、ぜぇ。ティファの力を借りてるとはいえ、古代の魔物をこれだけ倒せる冒険者はちょっといないんじゃないか」
『レイさん……』
「とはいえ、せいぜい150匹ってとこか。さてと後350匹」
『もう十分です! 本当にありがとう』
「いや……俺はやるよ」
レイが剣を手にとってまた立ち上がろうとすると裸の少女がふっと現れた。
そしてそのまま押し倒されてしまう。
「ティ、ティファ? は、はだか……」
「いいから串焼き出してください。一分ちょっとしかないんです」
「あ、あぁ!」
裸のティファを抱いたまま素早く上体を起こす。そしてポシェットから串焼きを取り出して渡した。
レイの胡座の上で、ティファは串焼きを肉を一つ口に含んだ。
「凄く美味しい」
ティファが満面の笑みを見せる。
「そうか……」
レイがティファの頭を優しく撫ぜると同時に、彼女は剣になってカランと音を立てた。
『あーもっと食べたかったなあ。余っちゃったのは勿体無いから食べちゃってくださいね』
レイは無言で串焼きを頬張った。細かい味はわからないが塩味がした。
『レイさん。本当にありがとう』
「いや、なにもできなくて」
『そんなことないですよ。数千年間で一番楽しかったです』
「そっか」
『じゃあ、そろそろ……』
ティファが言ったのはまた封印してくれということだろう。
レイが聖剣手にとって立ち上がる。
「なあ? ティファがここに刺さっているのって魔貴族ってのを封印するためだよな?」
『はい』
「魔貴族っていうのを倒せば人間に戻れる時間が増えるんだよね?」
『そうですけど』
レイは聖剣を腰の鞘に収め、泉と反対方向に歩きだした。
『ちょ、ちょっとレイさん。どこに行くんですか?』
「山鳥の串焼きも食ったし、家に帰るんだよ」
『な、なに言ってるんですか? 魔貴族が復活しちゃうまで、もうあまり時間はないんですよ。帰ってここに来たらもう復活してるかも』
「魔貴族は斬る。それで全部解決じゃんか。ティファが孤独に苦しむこともない」
レイはティファの孤独と恐れを感じてしまった。
世界がどうなろうとそれを感じて再び封印することなどできない。
それがレイというおっさんだった。
『な、なに言ってるんですか? 世界中の人と私、どっちが大事なんですか?』
「ティファ」
レイは即答する。
それに反応が送れたのはティファった。
『……え?』
「現実的に考えて知らねえ奴らより、俺にとってはティファのほうが大事だ」
ティファのなかに、恥ずかしさと救われたという強い気持ちを感じて、レイは自分の決断に満足した。
『も、もおおおおおおおおおおおおぉ!』
緑の森に日が差し込む。
どうやら長い夜が明けたらしい。
レイはティファの説得を聞き流して、意気揚々と家へと歩く。
おっさんと聖剣の新たなる物語がはじまった。
第一章 聖剣伝説は終わりです。
ここまでの感想や評価をいただけると凄く励みになります。




