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6 聖剣伝説 その6 幸せな結末

「出て行けって言ったでしょ!」


 家に入るなり魔法使いのルシアに怒鳴られた。


「ルシア、俺だよ。野次馬じゃない」

「レイ!」


 ルシアは一瞬だけ嬉しそうな顔をしてから、急に怒った表情になる。

 平手を作り、レイの頬を強烈にひっぱたく……と思いきや、彼の胸に手を回して頭を預けてきた。

 小刻みに震えている。泣いているようだ。


「どこ行ってたのよ……」

「霧の森だよ」

「やっぱり! そんな危険な場所に行ってアンタまで死んだらどうするのよ!」


 会話を聞いて聖剣少女のティファが驚く。


『え?』


 聖剣少女のティファは毒に苦しむアンジェをレイが放って置いたことを怒ったと思ったらしい。

 どうやらそれは違った。


「帰って来てくれてよかったよおおおおおぉぉ。レイまで死んだら私……」


 いつもはクールビューティーでパーティーのブレーン役をしている魔法使いのルシアが泣く。

 本当はレイのことも心配していたのだ。

 レイは胸元にあるルシアの頭を優しく撫でる。

 聖剣少女のティファが感心する。


『ルシアさん。怖いって聞いてたけど、とっても良い人じゃないですか』

「あぁ」


 ルシアが驚いてレイの胸から顔を離す。

 レイの顔を間近で見て、恥ずかしそうに少し離れた。


「今、女の子の声がしなかった?」


 レイが聖剣のことをルシアに話そうとするとティファが先に説明した。


『聖剣を抜いていない人には私の声は聞こえません。剣と接触してれば、少しだけ聞こえますけど』


 レイは心の中で理解する。


「女の子の声? いや聞こえなかったけど」

「そう。疲れてるのかな。私……」


 ルシアが指で眉間を抑える。涙があふれる目を隠す意味もあったようだ。


「錬金ギルドで効く薬を探したんだけど無かったし、リンスも自分を超える解毒魔法を使える人は見つけられなかったって。ひっくぐす」

「ルシア、大丈夫だよ。アンジェの部屋に行こう」

「え?」


 レイが大きな歩幅でアンジェの部屋に向かってノックもせずに中に入った。ルシアも後から入る。

 部屋ではリンスが効いていないだろう解毒魔法をアンジェに必死にかけ続けていた。

 もう意識もないようだ。


「レイ、ルシア……ごめんなさい……私の力不足でアンジェは……」


 リンスは疲れた顔を見せてからがっくりとうなだれた。


「大丈夫だ。聖水取ってきたよ」


 レイが皮の水筒をチャプチャプやってみせる。

 ルシアとリンスが顔を見合わせた。


「「え? えええええっ!?」」


 ルシアが叫んだ。


「霧の森に行ったっていうのは聞いたけど、まさか本当に聖剣から出る聖水をとってきたの?」

『……』


 レイが訂正して答える。


「あぁ。聖剣から結露する聖水な。取ってきたよ」


 普段のリンスは女性というよりも男の子のように活発なタイプだ。

 だが今は弱々しい涙声を出した。少女の時、レイに拾われた彼女はひどい心配性だった。今は本来の姿が出ているのかもしれない。


「で、でもぉ。古代の文献に書かれていることなんてただの神話時代の伝説で普通の泉だったのかも……」

「俺が泉に辿り着く前になんどアルラウネから攻撃を受けたと思ってるんだ」


 リンスがさらに泣き顔になる。


「そ、そんな。レイもアルラウネの毒を受けたの?」

「泉にたどり着いた時は喉がカラカラでガブ飲みしたよ。ちゃんと効いたから聖水さ。ピンピンしてるだろ?」


 ルシアとリンスが驚いた顔を見合わせた後に、期待をこめた顔に変わる。


「じゃ、じゃあ!」

「アンジェは助かるの!?」

「もちろん」


 レイはアンジェの寝るベッドのかたわらに膝をついて泉の水を飲ませようとした。

 だが意識のないアンジェからは口からそのまま聖水がこぼれてしまう。

 レイは血の気がサッと引いた。ヤバイ……と思った時に声がした。


『レイさん。聖水はわずかでも食道に入れば少しづつ回復していきます。気道に入る危険はあっても今は口から』

「そうか! 口から口で」


 レイは聖水を口含む。

 後ろでルシアやリンスが私がやるとか揉めていたが、時間がないので無視する。

 アンジェの口に重ねた。


「けほっけほっ。え? レイ? ちょっちょっと」


 弱々しい声だが、いつものレイを責める時のアンジェのトーンも入っていた。

 レイはそれを聞いて安心する。

 気道に入った水にもむせることが出来たようだ。


「気がついたか? この水をもっと飲め」

「う、うん……」


 ルシアとリンスがアンジェに飛びつく。


「アンジェッ!」

「アンジェぇ~~!」

「ルシア、リンス……」


 安堵したレイは床に座り込んだ。


『レイさん。本当によかったですね』

「ああ。ありがとう。ティファ」


 レイとティファは、三人が抱き合う姿を眺めてクスリと笑った。


◆◆◆


 レイはアンジェの部屋から追いだされた。

 汗をかいた体を拭いたり、髪を整えたいとアンジェが希望したからだ。

 レイはアンジェのことを二人に任せ、お湯を沸かして届けたり、散らかった家の掃除などをしていた。

 しばらくするとルシアがレイを呼びに来た。


「アンジェがレイに会いたいってさ」

「あ、あぁ」


 それだけいうと掃除をしていたレイを置いて、ルシアはまたアンジェの部屋に戻っていった。

 ルシアの態度は、さきほどまで弱々しくレイに抱きついていた女性とは思えない。

 いつもの冷ややかな態度に戻ってる。


「な? 怖いだろ?」

『そうですかね?』


 レイも掃除を中断してアンジェの部屋に入った。

 アンジェはまだベッドで横になっていたが、髪が少しだけ三つ編みで整えられていた。

 ルシアもリンスも傍らにいたので、ワイルドローズのメンバーが全員集まっていた。

 もちろんレイの腰には聖剣少女のティファも収められている。


「皆、ありがとね。特にリンス。高位の神官を探してくれたんでしょ?」


 アンジェは聖水を飲んでからも少しぼうっとしてた。

 どうやら自分が助かったのはリンスが高レベルの解毒魔法ができる人物を探したからだと思っているらしい。

 現実的に考えれば、助かる可能性はそれが一番高い。

 レイはこの誤解に乗っかろうと思った。

 ところがリンスがすぐに左右に首を振る。


「違うよ。私じゃないよ」

「ならルシアが錬金ギルドで解毒剤を調合してくれたの?」


 ルシアもすぐに否定してしまう。


「違うわ。錬金ギルドでも解毒剤の調合は無理だったの」

「なら私はどうして助かったの?」

「レイが霧の森から解毒の聖水を持ってきたのよ」


 レイは気まずそうに肯定した。


「いや、まあ、そうかな?」

「嘘……?」


 アンジェが細長い指を艶やかな唇に当てた。


「じゃあ、アレは夢じゃなかったんだ」

「え? なんのこと?」

「ありがとう……レイ……」


 アンジェが満面の笑みでレイに礼を言った。


「う、うん」


 命を救ったんだからお礼ぐらいはされてもおかしくないのに、レイはなんだかアンジェが優しいのが怖い。

 二人の会話にイライラした声でルシアが割って入った。


「でも、おかしいわね。古代図書館の本によれば聖剣の泉は強力な魔物が守っていると書いてあるわよ」

「ああ、それがあのデュラハンだったのか」

 

 レイは一人、納得した。

 霧の森の魔物のなかでもデュラハンは格が違った。

 だが、納得できなかったのは他の三人だ。リンスが聞く。


「デュラハンだったのかって。まさかデュラハンが守ってたの? どうやって聖水を取ったの?」

「あ、いや……その……デュラハンから逃げ回って、泉の水だけなんとか汲んできたのさ」


 本当は隠すことでもないが、心配症のリンスの顔を見ると、ついデュラハンを倒したことを隠してしまう。


『どうして倒したと正直に言わないんですか?』


 そういえば、レイはティファのこともパーティーにまだ隠していた。

 リンスがふくれっ面を作った。


「もう! 一週間、家事当番だからね。危ないことして!」


 危険な冒険をしたなどと言ったら、もっとひどいことになるに決まっている。

 だから言いたくなかったのだ。


「でも、そうだよね。デュラハンって言ったらダブルSランクだもん。アンジェならわからないけどレイに倒せるわけないかぁ」

「あら、リンス。わからないよ。レイは私の剣の師匠だもん」


 久しぶりに師匠と言われるレイがびっくりしてアンジェを見ると小さくウインクされた。

 乙女心がわからないレイは「お前調子に乗んなよ」という意味に受け取って縮み上がる。

 パーティーでもっとも古代図書館の文献を読み込んでいるルシアが首をひねった。


「デュラハンは地獄からアンデットの馬を召喚すると言うわ。簡単に逃げ切れる魔物じゃないと思うんだけど?」

「そ、それは大木の影に隠れたりさ。茂みに入ったり、這いつくばって泥まみれになって、なんとか撒いたのさ」

「そうよね。レイは逃げ足だけは早いしね。あはは」


 ルシアが笑い出す。納得してくれたようだ。アンジェもリンスも笑う。


「あははは」

「ししし」

『違いますよ! レイさんが倒したんです』


 聖剣少女のティファだけが否定していたが、現実的に考えてこれでいいとレイは考えていた。


「皆で飯にしようか。なんか美味いもんでもくおうぜ」


 レイの一言でワイルドローズはダイニングに移動する。

 ところが玄関から野次馬冒険者が入ってきた。


「レ、レイ! この首どうすりゃいいんだよ! 怖いよ! あ、あれ? アンジェさん治ったの?」

「ば、馬鹿!!!」


 玄関とダイニングは直結していたので、ワイルドローズの全員が冒険者が突き出すデュラハンの首を見た。

 デュラハンの目が赤く光るのと皆が叫び声を上げたのは同時だった。


「レイ! どういうこと?」

「まさか本当は倒したの?」

「五十年前の王国最強のパーティーだって追い払っただけなのに!」

 

 デュラハンの頭が何かの球技のように飛び交って宙を舞う。

 レイが騒ぎに紛れ、その場から四足で逃げようとする目の前に美しい太腿が現れて道を阻まれる。

 見上げるとアンジェがニッコリと笑って仁王立ちしていた。



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